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Ex さいきんのSS 鴎外、神に祈りて力を得る

このエクストラは、本編を呼んでいない方にとってはつまらない以前に、意味をなさない作りになっています。

こちらを初見で開いた方は、適当な本編からご覧になることをお勧めいたします。



 拙者の名は鴎外と言う。


 変わった名前だが、母がカモメのように海を渡り外の世界に羽ばたいて欲しいという思いを込めて名付けたと聞く。

 母の願いの通り、拙者は若くして生まれ育った東方の小さな島国を飛び立った。


 行く当ても決めず、ふるさとに戻ることなど一切考えず、様々な所を旅した。

 どこまでも続く白い砂の海。

 木々が競うように延び絡まり合い、光も届かず、中を進むのも困難な森林。

 体を休める木陰の一つもない、うねる様な大地に広がる大草原。

 さまざまな場所を見た。

 いろいろな街にも行った。

 様々な出会いが会った。

 自分の名の元となったカモメという鳥も見ることができた。

 そんな暮らしを10年以上続けた。

 若さも衰え、旅を続けるのを止めて少し羽を休めようかと考えていた矢先の事だった。


 拙者は後にアリスの母となるライラと出会った。


 ライラは美しかった。

 美しい女性は好きだが、ライラは別格だった。

 拙者はすぐさま恋に落ちた。雷に打たれたようにとか、弓矢で撃たれたかのようにと言うが、痛みがないだけでまさに何かが心に穴を穿っていった。きっと、それが恋というものだったのだと思う。

 しかし、ライラはファブリカ国の王妃であった。

 ライラにはすでにネルヴァリウスという名の年老いた夫がいた。

 さらには、すでに立派な息子もいた。

 それでも、彼女は美しかった。

 恋というものは拙者を盲目にさせた。

 拙者は年甲斐もなくライラにアタックし、ライラも拙者の事を受け入れてくれた。

 ライラは自分を彼女の騎士として迎え入れ、我々は城の庭園の片隅で逢瀬を重ねた。

 遠く離れた地の者同士故、日常の会話すらも食い違う事が多かったが、それでも二人で居るときは楽しかった。

 ライラは庭の草花が好きで、拙者と連れ添って歩きながらいろいろな話を聞かせてくれた。草花にとんと興味のない拙者であったが、ライラの透き通るような声色を聞いているだけでとても幸せだった。

 ライラは薄い水色の小さな花を好み、小さな冠を編んで拙者の頭に乗せてくれたりもした。さすがに気恥ずかしかったが、とてもうれしかった。


 そして、1年の月日を待たずにライラが身ごもった。


 まさか、正直、自分とライラの間に子供ができるとは思わなかった。

 無知だった私はその程度のついばむ程度の戯れでこのような事になるとは知らなかった。

 拙者のことなど気にもとめていない王はライラの懐妊を心から喜んでいるらしい。

 無論、王の子である可能性も大いにあったが、彼との子供は10年空いている。タイミング的にも自分の子供であることは間違いないと思えた。何より自分の第六感がそう叫んでいた。

 子がなされたことによって拙者はライラとは会えなくなった。拙者の騎士としての任も解かれてしまったようだ。

 如何にお腹の子の親であろうとも、はたから見れば所詮は流れの者。女王であるライラに会えようはずもない。

 拙者はしばらくの間、城の周りを後ろ髪をひかれる思いでぐるぐるとうろついた。ライラがどこかの窓から拙者の事を見つけてくれれば良いと女々しいことも思った。しかし、何事も起こらなかった。

 拙者の国では、女が雛を育み空へと帰すのがしきたりだ。そして、本来、男は妻である母を守り助くのがスジなのであるが、幾分に助けの手を差し出すどころか一目その姿を見ることすらかなわない。

 仕方なく、拙者は子の事はライラに委ね、再び旅に出ることを決心した。

 ライラなら安心だ。きっと丈夫な子を産むであろう。そして、王女である彼女は、拙者が助力などせずとも、拙者が与えられるよりずっと裕福なものをすでに得ているのだ。

 自らの不甲斐なさがひたすらに悔しかった。


 当ても無く旅をし、5年近くの月日が過ぎた。


 相も変わらず旅は素晴らしいものではあったが、以前のように輝かしいものでは無くなっていた。

 故障に戻りたいなどと一度も思わなかったが、ライラのもとに戻りたい、自らの子のそばに居たいと思った。

 何度かは本気で戻ることも考えたが、何も持たぬ拙者がライラの周りをうろついては、ライラはおろか我が子に迷惑をかけてしまうかもしれない。そう思うと帰るに帰れなかった。それに、もし、ライラの子が一目見て拙者の子だと解かる容姿であったらと考えると恐ろしかった。

 旅立ち、ライラの国に立ち戻り、城まで行く勇気もなく再び国を離れ、の繰り返しが何度も続いた。



 そんなある日の事。

 あてもなくさすらう拙者の目の前に争いごとが見えた。

 普段なら、関わりを持たぬようにし迂回をするところであったが、喧噪の中に一人の見知った顔を見た。

 ライラの息子であった。

 もちろん、拙者の子ではなく、王とライラの間に生まれていた子だ。ユリシスといった。

 ユリシスの近くには『うすい紫色』の薔薇の文様の描かれた馬車が止まり、その馬車と共に来たと思われる数人の兵士と闘っていた。

 ユリシスは徒歩、敵は馬に乗っていた。

 花の文様のある馬車はおそらくライラの国のものだ。かの国の人間たちは、馬車や武具に花の文様をあしらうのを好む。

 馬上からの攻撃は有利であり、ユリシスはまだ若輩であったにもかかわらず、ユリシスは善戦していた。ユリシスの近くには彼が倒したのであろう兵士がすでに三人倒れていた。

 しかし、まだ、残りの敵は3人。

 数は半分になったとは言えど、はた目にはユリシスのほうが押されているように見えた。

 恋敵の息子ではあれど、ライラの息子だ。そうでなくとも、若い身空をこのような人気のない大地に返させるのは忍びない。拙者は助太刀いたすことにした。

 拙者の加勢の甲斐もあって、ユリシスは敵襲を退けることが出来た。

 助太刀と言ったが、拙者自身は誰とも刃を交えることは無かった。

 拙者の加勢に敵が驚いた一瞬のうちに、ユリシスは敵の二人を切り捨ててしまった。ユリシスは拙者にはるかに勝る豪の者であった。

 紫の薔薇の馬車は、最後の一人が地に落ちるのを待たずに逃げるように走り去っていった。


 


 ユリシスと拙者はすぐに仲良くなり、しばらく旅路を共にすることにした。

 ユリシスにライラの事を尋ねると、ライラは死んだと伝えられた。

 目の前が真っ暗になった。

 お腹の子は無事だったのだろうか。つたないこの国の言葉で必死に子供の事を尋ねた。

 ユリシスはニッコリ笑いながら、妹は無事だと教えてくれた。安堵した。

 そして、我が身に娘ができたと知ってとても湧き上がるものを感じた。

 娘がアリスと言う名だと知って、この世に名を刻んだ幸せに打ち震えた。

 おそらく、見た目は拙者には似ていないのだろう。ユリシスが拙者の人相と彼の妹を結び付けることが無かったのでそう推察した。さすがにこの疑問を尋ねるわけには行かない。

 許されぬこととはいえ、ほとぼりが冷めたら娘に会いに行ってみよう。

 しかし、まずは、若き身空でありながら一人で流浪するユリシスをしばらく見守ることにした。

 彼もライラの子である。ライラの別れ身を無下に放っておくのが嫌だった。

 ユリシスはライラの国の手の者に狙われていた。彼がこのようなところを一人流離っていたのも、彼を狙う者から逃げ延びての事らしい。

 先に語った通り、剣の腕は一流なユリシスであったが、城内での毒殺やそのほかの陰謀を防ぐ手段はない。ライラがこの世を去り、城に居ることに未練のなくなったユリシスは一人で城を抜け出してきたのだそうだ。

 彼を狙っているのが、先ほどの紫の薔薇の馬車に乗っていた者たちだ。橙の薔薇という派閥らしい。

 橙という果物は紫色では無いので不思議な話だが、この国の言葉に精通していない拙者はその辺りを尋ねる苦労を厭わった。

 以前、白の花についてライラが教えてくれた時、彼女は白とうす水色とうす紫を混同していた。そのことを指摘しようと四苦八苦したのだが叶わなかったからだ。この辺りの感覚を伝えるのはこの国の言葉につたない拙者には難しい。

 おそらく、この国の人々は色の対する感性が鈍いか、薄い色同士の区別がつかないかのどちらかなのであろう。今回も実際の色が言葉に当てはまっていないだけに違いない。

 橙の薔薇の手の者が何故、ユリシスを狙うのかは良く解らなかったが王位継承が絡んでいるらしかった。




 ユリシスと拙者は数年間共に旅をした。

 一人旅にやや飽いていた拙者だったが、ユリシスのおかげで旅を楽しむことができた。

 ユリシスは大地の営みを見て回るよりも人々の暮らしを見て回るほうが好きなようだった。食べ物についてはとんと疎かった拙者もユリシスに進められるがままに様々な場所の食べ物を楽しんだ。時には共に異国の女とも戯れた。

 そんな、ある日、ふとアリスの事を耳にした。


 アリスが王になるかもしれない。

 だが、伏せっており、近く死ぬだろう。


 なにが起こっているのか詳しくは解らなかった。

 ふと、ユリシスを狙っていた橙の薔薇の者たちの事が頭をよぎった。

 よくよく考えればアリスは表向きは王の娘。ユリシスがここにいる今、アリスは城に居る人間の中で最も王になるに近しい人物なのだ。

 なんて馬鹿なのだろう。ユリシスの言っていた毒殺という言葉が警鐘のように頭の中で鳴り響く。

 即座に拙者はユリシスに別れを告げ、ライラと過ごした、今は娘が暮らす城を目指し旅立った。

 今さら娘のもとに飛んで行ったとて何ができることがあるかなんて解らなかった。

 何かできたとしても間に合わないかもしれなかった。

 こんなにも離れたところまで来てしまったことを後悔した。

 逃げずにライラとアリスの傍に居ればよかった。

 無駄かもしれないが、命のすべてをかけて急いだ。

 急いだ。

 急いだ。

 それだけでも心が足りず神に祈った。

 祈った。

 祈った。

 拙者の故郷には信仰という文化は無く、神に祈るというこの国の人々の行為が何を意図しているのか、神という人物が何者なのかまるで理解できていなかったが、ようやくこの時理解した。

 形にすることの能わぬ願いをどうしても形にしたいときに望むものが神というものなのだ。

 神に祈り、そしてアリスの元へ急いだ。


 城に着くまでは一年以上かかった。


 城は以前来た時と変わりなかった。

 城の中にこっそりと忍び込み、城の周りを回りながらアリスをどこかに見つけられないかと中を覗った。

 通りすがるメイドたちが不審そうに拙者の事を見たが、そんなことに気を止めている余裕はなかった。

 完全に気が逸っていた。

 拙者は城の大男に簡単に捕らえられた。

 このような造形を取っている人間を見たのは初めてだ。人と言うより毛のない熊だ。

 そんな相手に拙者が叶うべくも無かった。

 大男は拙者を檻に閉じ込めた。

 そして思いもよらぬことを言った。


 「アリス君を助ける手助けをして欲しい。」


 彼は何者なのだ?

 彼は私がアリスの父親だという事を知っているのか?

 少なくとも、以前城に居たときには見たことのない人間だ。

 大男はアリスを助けるのに協力しろと言ったものの、拙者を檻から出すことは無かった。

 日を跨ぐこと二日。

 再び例の大男がやって来て拙者を連れ出した。

 彼は拙者を城の上のほうにある一室へと連れて行った。そこには、一人の少女が床に伏せっていた。

 一目見て分かった。


 アリスだ。

 

 娘はライラにそっくりだった。

 幸いなことに拙者には似ていなかった。だが、親としてのひいき目を別にしても、王よりは自分に似ていると思う。

 彼女は将来美しくなるだろう。

 拙者はもう逃げない。

 たとえ、この後一生、狭い檻に閉じ込められて二度と外界へ飛び立つことができなくとも、アリスのそばで彼女を守ると神に誓った。

 拙者の一生などは、娘の数日の幸せに並ぶことは無い。

 拙者は娘とこうして出会えたことを神に感謝し、すべてを覚悟した。

 これからは、できることをする。

 できることがなければ、見守り、神に祈り続けるのだ。

 それが、アリスに認められることが無くとも構わない。誰に理解されなくとも構わない。

 娘が幸せにあればそれで良い。


 神はそんな拙者に寛容だった。


 アリスは少しづつ回復した。

 笑顔も増え、時折外に遊びに行くようにもなった。

 拙者は神に深く感謝した。

 祈るしかできない。そんな拙者の願いを叶えてくれたのだから。

 さらに、拙者には時折天啓がもたらされるようになった。

 拙者は神の啓示に従順に従った。

 それが拙者にできることであり、神への恩返しでもあった。

 そして天啓の通りに働くことはそれ即ち、アリスを助けることとなった。

 神の啓示のおかげで、橙の薔薇の手の者からアリスを守ったり、告発したりすることすらできた。

 深く神に感謝する。

 拙者は橙の薔薇の手の者からアリスを守る力を手に入れたのだ。

 騎士として、アリスの幸せをこの後も陰ながら守っていくことができるのだ。

 これ以上何を望むべくがあろうか。


 いや、一つだけ欲を言って良いのならば、


 アリスが拙者の事を『ネオアトランティス』などという珍妙な名で呼ぶことを止めてくれたら嬉しいものだ。

 しかして、神はここまでささやかな願いでは聞き遂げてくれないのであった。

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