8-14 c さいきんのギルド運営
あくる日の小さな会議室。
そこに王とケネスが居た。
彼らは二人だけでの会議の時はいつもそうであるようにアリスの話を始めた。
「丸く収まっちゃいましたね。」ケネスが言った。「私が見たかったのはどうやって周りの貴族を懐柔して協力を取り付けるかだったんですけどね。懐柔どころかより軋轢が生まれてしまいました。王都から貴族が二人居なくなっちゃいましたし。」
「あれはブラドたちが悪かろう。」王が言った。
「そう言った人間たちを、説得して折り合いをつけていくところが大事だったのです。これでは第二第三のブラドが生まれるでしょう。」ケネスは言った。「このままでは王都のそこかしこに血だまりができてしまう。」
「しかし、アリスは協力者を別の所から調達してきたぞ。ジュリアスもしかりだが、排除すべきスラムのごろつきどもを協力者にしたというのは驚くべき功績だ。そもそも協力者を現地調達など普通ならば出来まい。今回はアリスなりのやり方が勝っていたという事だ。」
その過程にも暴力による若干の出血が混じってたけどな。
「そこら辺はさすが王女殿下と言ったところですね。学校の時のようだ。ただ、殿下は気に入らない人間や仲間になってくれない人間に対する見切りが早すぎる。これでは国王になった時に山といる諸侯たちとうまくやっていくことはできない。」
ケネスは知らんかもしれんが、説得面倒だったら頭突きする子だったからな。このままだとこの国の未来がやばいと思うケネスの気持ちは良く分かる。
「ならばこの国の諸侯たちはアリスの構想外という事になるだけだろう?」王は特に気にした様子もなく答えた。
「国を動かすのにそのようでは騒乱が起こりますぞ。」
王は微笑んで何も答えなかった。
ケネスが王の表情に動揺して続く言葉を飲み込んだのが、彼の中に居た自分には分った。
「で、そちらはどうであった。」王が急にケネスの背後に声をかけた。
「は、申し訳ありません。結局、見捨てられてしまいました。」ケネスの視界外から女性の声が返事をした。
え?
嘘だろ!?
ケネスが声のほうを向くとそこにはブレグが居た。
ウソだろ?王の手下だったのか?
王は何を考えている?
「そうか。見捨てられたか。」王は言った。なんだか少し嬉しそうだ。「アリスは何と言っていた。」
「私が助けたいのは貴女だけではないと。そして謝罪されました。」彼女の口調はスラムで聞いていたものとは全く異なる知的で冷たい感じのするものだった。「もしかしたら、勉強の進みが遅いのがワザとだと見抜かれてしまったかもしれません。」
「気にするな。それならそれでなおのこと良い。」王は嬉しそうに言った。「情に駆られて公私をわきまえず『施し』を成すような人間ではなかったという事じゃ。切るものを切れぬようでは王として持たぬ。」
「それは、相手が貴族であってもですか?」ケネスがブレグと王の会話に割り込むように訊ねた。
王はちらりとケネスを見ただけで否定も肯定も口にしなかった。
「ご期待に沿えず、王女殿下を失脚させることができず申し訳ございません。」ブレグは王が視線を戻してきたので、深く頭を下げた。
まじかよ。
アリスすごく悩んでたんだぞ・・・。
「いや、十二分じゃ。」
なに満足そうに言ってんの?
まさか、今までのいろんなこともアリスに試練を与えるための王の差し金だったりとかしないよな?
それこそロッシフォールとかトマヤとか・・・まさかな。
「それより、こちらこそ足をすまなかったの。」王はブレグの足を見て言った。
「いえ、王女殿下の言葉を借りするならば、これが私のできることでしたので。」
もしかして自分で折ったのか?アリスの足を引っ張るために?
「あとで充分な褒美を取らそう。それと、城の医師をやろう。もとには戻らんやもしれないが、少しは不便ではなくなろう。」
「お心遣いに感謝いたします。」
「足の様子が良くなったら、エラスティアの貴族の召使にでも斡旋してやる。」
「もったいなきお言葉。」ブレグは深く頭を下げ、しかし、続けた。「ですが、ご辞退願えますでしょうか。」
「今回の働きへの正当な報酬と考えてもらって構わんのだぞ?」
「いえ。私は強人組に戻ろうと思います。」
「なんじゃと?」
「強人組の『頭領』が花壇の手入れに私を雇ってくれると言っているので、そちらに参ろうかと思います。」
「スラムは危ないし汚い。貴族のもとに居たほうが良かろう。足も悪くば花壇の手入れも大変だろうて。」
「そうかもしれません。でも、強人組の頭領は『私』を必要としてくれているのです。私にスラムに来る人を安心させる窓口になって欲しいとのことです。私が最初のスラムに来た女性として活躍すれば、それだけでも来る人の安心になるのだそうです。私は、自分を必要としてくれるところに行きたいと存じます。せっかくの寛大な施しを無為にしてしまい、申し訳ありません。」
ケネスはブレグが王の好意に対して『施し』という言葉を選んだことに顔をしかめた。
「そうか。アリスが協力者に選ぶだけあって、お前たちの頭領とやらはできた人間なのであろうな。」王は仕方ないというようにブレグに声をかけた。
「はい。」ブレグはそう言って頭を下げた。「心から敬愛いたしております。」
こうして、アリスが抱えていたスラムの問題は、アリスが知っているものも知らないものもすべて片がついた。
あとは、ほどなく開催される定期の全体会議で、スラムでのアリスの活動の評価が行われてこの件は終了だ。
ブラド候が捕まり、スラムの問題はケンがやらかしたことも含めて全部ブラドのせいという事になっているので、会議は滞ることなくアリスの功績を認める方向で流れるというのが、4公たちの事前に立てたシナリオだった。
会議はシナリオ通りに進み、そしてシナリオに予定されて無い結果となった。
アリスが王命で農業改革のためアキアに向かうことが決まったのだ。




