8-14 b さいきんのギルド運営
強人組の、すべてが上手く回っているわけではなかった。
いまだブレグ一人が取り残されていた。
次々と就職が決まり、人が大きく入れ替わった。
ブレグにやさしかった皆は去って行ってしまった。
最もブレグをサポートしてくれたスカンクも、最後にブレグに告白して玉砕して去っていった。
もちろん、容姿の良いブレグだから新しく来た人にも人気だった。しかし、人数も増えてきたうえ、女性の参加者も何人か出てきたため、今までと比べるとブレグという聖域は許容されなくなっていた。オギーやトッカータ、それに酒造りをしているカンパとキーノ、事務のポーキーとケンを除けば今や彼女は最古参だ。
アリスも頭を悩ませていた。
アリスはたまにブレグをどこかに派遣するのだが、ブレグはたいていうまくこなせない。
なので、アリスは複数で派遣されなおかつ簡単な仕事を選んでブレグに与えた。周りのフォローが効くからだ。そして、たいていブレグは皆の足を引っ張るのだった。
そんなわけで、ブレグには求人の引き合いがない。
勉強のほうも全く進まない。自分の前世の記憶を合わせても類を見ないほど物憶えが悪い。
今日もアリスが時間を作って四苦八苦しながら教えていた。
「ごめんなさい。全然進まなくてごめんなさい。いろんなことをして食料を調達しているので時間が取れなくて・・・。」ブレグが必死に頭を下げた。
「仕方ないわ。ここまでにしましょ。」アリスはそう言うと、いつにない神妙な顔になった。「ブレグ、ごめん。今日は話があるの。」
「なんでしょう?」
「私は、もうこれ以上あなたの面倒は見れないわ。」
「!」ブレグは目を見開いて声を失った。
「スラムの問題も片付いた。私は何時までもここにとどまってはいられない。」アリスは言った。「あなたは自分の足で歩かなくちゃいけない。頑張りなさい。」
「後生です。行かないで教えてください。私はみんなと同じように生きたいのです。」ブレグがアリスに泣きついた。「助けてください。私のような人間はいっぱいいます。」
「悪いけれど、これからは何度もは来れないのよ。」アリスはそう言ってカリア石の入った袋をブレグに手渡した。「これは私個人としてのプレゼント。あなたにはまだ機会がある。これで食べ物を買って、それでできた時間で勉強なさい。」
「無理です。お願いです!」ブレグが必死に懇願する。
「これだけあれば勉強するには十分。きっとあなたならできるわ。貴女結構人気あるし大丈夫。筆記でも計算でもいいから誰よりもできるようになりなさい。」
「私は、体も動かせない、頭も悪い。」ブレグは泣きそうな声を出した。「こんな私では生きていけません。」
「でも、あなたは私からカリア石を貰えた。あなただけが貰えた。」アリスは少し冷たく言った。「ごめんなさい。私はもう公爵なの。私が公爵として助けるべき人間はあなただけではないの。私は公爵としてあなたにみんなと同じものを与えた。そして個人としてそれ以上の力添えをした。だから、これ以上あなたにばかり与えることはできないわ。私にはあなたより先に何とかしなくちゃいけないことがいっぱいある。」
「でも、このままじゃ私生きていけない・・・・。」
「・・・・・・そしたら、」アリスは少し躊躇してそして言った。「ごめんね。」
なんだよ、アリス!
頑張ってる人を助けるんじゃなかったのかよ!
使えなかったら切るのかよ!
ブレグは絶句してアリスをまじまじと見つめた。
アリスは黙ってにこやかに手を振ると立ち上がって、カウンターの奥に戻って行った。
ブレグはしばらく呆然と立っていたが、やがてうなだれて階段を上がって行った。
「アリス、見損なったぞ。」カウンターの奥にいて顛末を見ていたケンが静かに言った。「ブレグはこれからどうすればいいんだよ。」
「頑張っているのは彼女だけではないわ。スラムには怪我をしていても畑を頑張っている人もいる。やっぱり彼らはほかの人より収穫は少ない。でも私は彼らに彼らのこなした分しか与えていない。」アリスは言った。「私はもう公爵なの。良くしていかないといけない事はまだまだたくさんある。彼女だけを助けるわけにはいかない。彼女が抱えているのは彼女自身が頑張らなくちゃいけないことだわ。」
そうかもしれないけど、そうじゃないだろ!
君は頑張れば何でもできたかもしれない。
君のいままでの友達もそうだったかもしれない。
でもブレグは違う。
もう少しだけでも助けてやってくれ。
「目の前で困っている人を見捨ててもか!?」
「目の前で困っている人を見捨ててもよ!!」
ケンの質問よりもアリスの答えのほうが声が大きかった。
ポーキーがビックリして、怯えながらこちらを振り返った。
「俺たちだって、頑張ったけどいっぱい失敗した。アリスの手助けがあってやっとだったんだ。だからお願いだ。もう少し支えてやってはもらえないか?」ケンはゆっくりと頭を下げた。「たのむ。」
「私はすでに与えたわ!」珍しくアリスが声を荒げた。「助けたければあなたが助けなさい!もう、あなたにだってできるはずよ!」
「アリスならもっとほかの方法で援助することだってできるだろ?」
「絶対いやよ。頑張っている人がたくさんいるのに、ブレグ自身だって頑張っているのに、その結果と関係のないことで彼女に報酬を上げるなんて私はしないわ。彼女の生き方や努力を踏みにじるようなものだもの!」
そうじゃないんだ。アリス。
報われることに意味があるんじゃないんだ。
頑張ったってどうにもならないこともあるんだ。
みんな、幸せになるために頑張っているんだ。
頑張ることそのものに意味があるんじゃない。その先の幸せを見せてあげてくれ。
君は本当にこれでよかったのか?
その日一日アリスは憤慨した様子だった。塔に戻ってきたアリスはいつものように本を読むことも無くベッドに倒れ込んだ。
「アリス様。どうかなさいましたか?」着替えを持ってきたグラディスがアリスの様子を見て心配そうに訊ねた。
アリスは枕を抱いてうつぶせに寝ころんだまま、グラディスに顔を向けることなくブレグの事を話した。
そして、ケンに話したのと同じように、私はブレグだけを優遇する訳にはいかないと説明した。
グラディスは何も答えずにアリスの転がっている横に座ると、やさしくアリスの頭を撫でた。
「ねぇ、グラディス。私王女として間違えたかしら。」アリスは枕を抱きしめたまま、そう訊ねた。
「私には解りかねます。」グラディスはただ一言、そう答えた。
「そう。」アリスはそう言うと、しばらく黙ってもう一度つぶやいた。「そっか・・・。」
アリスはぴょんとベッドの反動を利用してベッドの脇に立ち上がった。
そして、次にグラディスに尋ねた質問はもう別のことだった。
「ねえ、ギルドの周りに花壇とかあったら、強人組の威圧感が少し安らぐとは思わない?」アリスは言った。「あそこ、いかつすぎて、女の人とか入りづらいもんね。」




