8-13 a さいきんのギルド運営
ジルドレイの逮捕とトレメール男爵の死亡を受け、緊急の御前会議が催されることとなった。
ジュリアスの発議によるものだ。
もちろん、ブラドの糾弾が目的だ。
ジュリアスはブラドを捕らえるまではいかないんじゃないかってことを言っていたが、それができるかどうかがここで分かる。
【冬眠】のせいで自分は相変わらずちょっかいが出せない。完全にアリスやジュリアス頼みだ。歯がゆい。
アリスにジュリアス以外で大手を振って助けを頼める相手が居ないというのも辛い話だ。
しかし、ジュリアスはとても親身に動いてくれている。
この会議に向けても、ブラドの逮捕までつなげるためにジュリアスはいくつかの仕掛けを施していた。
例えば、ジュリアスはジルドレイの逮捕の日をアリスがジルドレイを捕まえた日から1日遅らせて公表している。
今回はジュリアスのお手並みを拝見と行きたい。
会議は開始前から盛り上がっていた。
「トレメール卿が殺害されたらしい。どうやら王女殿下が絡んでるらしい。」
「どうやらスラムの悪人どもと王女が裏でつながっていたらしい。」
「先日の火災も事故ではなく、付け火だったそうだ。それにも王女とスラムの人間が係わっていたとか。」
「兵士も居ないのに『何とかしてくる』と言って平然と出ていったのにはそんな裏があったのか。」
めっちゃ逆風!!
赤黒メイドの悪口と何一つ変わらん。
しかも言葉の並びだけならほとんど本当だから困る。
アリスは例によってそんな言葉を気にする様子もなく、この間と同じく議場の前のほうで凛として王女のふりをして立っている。
最前列の4公も今日は特に場をおさめるでも無く、貴族たちがしゃべるに任せていた。今回の件については王が来てからすべて話したほうが良いだろう、という事だ。いつもなら何かしらの報告や王が居ないほうが進む話し合いをするところを一切なしにした。こういう手筈はだいたい事前の4公たちの会議で決まっている。
そもそも、言っちゃなんだが、だいたいの事柄は4公達の話し合いで決まっちゃっていることが多い。
今回はジュリアス視点で事前のミーティングに遭遇できたので、今回の会議で4公が、いや、ジュリアスがやりたいことは把握済みだ。
しばらくして、ファンファーレが鳴って王が入ってきた。
「待たせな。進めよ。」王はいつものように玉座に腰かけてから言った。
前回見た時から2か月ほどしか経っていないというのに、王の姿は死へいっそう近づいているのが見て取れた。
「今回はスラムでの一連の事件とトレメール男爵について話し合うために集まってもらった。皆はすでに知っているとは思うが、先日トレメール男爵は死亡した。」ロッシフォールが告げた。
貴族たち数人からどよめきが漏れた。
「この件について、いきさつの説明から入りたいと思う。」ロッシフォールは言った。「ジュリアス公。説明を。」
「僭越ながら、ご説明いたします。」
ジュリアスはまず、先日起きた火事が祭りで販売されたロウソクによるもので人為的なものであったこと、その犯人がジルドレイという男であったこと、そのジルドレイを操っていたのがトレメール男爵であったことを告げた。さらに、トレメールを捕まえる寸前に何者かがトレメールを殺害し逃亡したことを告げた。
アリスについては完全に伏せた。
ジュリアスはアリスの行動についてはなるべく伏せて説明をしていくつもりだ。
そのほうが話がとっ散らからないので説明しやすいしね。
「ジュリアス公。わたくしどもには今回の放火には王女殿下やスラムの者たちが関わっていたとの情報が流れております。」ジュリアスの報告が一段落したとみて、トマヤの近くに並んでいた貴族がアリスに関して切り込んで来た。
「そちらについても説明いたしましょう。いささか、複雑ではありますが、ご容赦ください。まず、火事の原因となったロウソクについて製造委託を受けていたのがアリス公の指揮するスラムの団体である強人組でありました。ジルドレイは強人組と王女殿下に罪を着せるために今回の仕事を強人組に持ち込んでおります。彼は今回の件の他にも様々な軽犯罪を起こしており、そのため、そのような噂が流れたものと思われます。」
「その強人組というのが前回バゾリ卿の報告したごろつき連中だという話ですが?」一人の貴族が訊ねた。
「その通りだ。」ジュリアスは肯定した。「アリス公がもともと貴殿の街下で問題を起こしていたごろつきたちを束ねあげ、配下として再構築した。」
一部の貴族たちからどよめきが起こった。
「いや・・・王女殿下自ら、ごろつきどものボスになっちゃいかんでしょ。」質問をした貴族が思わず本音で反論した。気持ちは分かる。
「現在、彼らはアリス公をトップとした極東街強人派遣組合という労働者集団となっている。私も仕事を依頼したことがある。もはや彼らは愚連隊ではない。」ジュリアスは言った。「アリス公が極東街強人派遣組合を立ち上げた後、彼らは真面目に働いている。ロウソクの製造についても純粋に業務として依頼されたものだ。彼らに咎は無い。」
「しかし、王女殿下がスラムの処理を任された後もずっとごろつきどもは暴れております。これは紛れもない事実です。」今度は別の貴族が吠えた。
「それは、ジルドレイの配下の者の仕業だ。」ジュリアスが答えた。「ジルドレイ本人から彼が何を行ったかすべて聴取している。バゾリ伯爵に街で起こったトラブルのリストを作成していただき、ジルドレイから聴取したリストと比較して貰った。そのリストと照らし合わせた結果、スラムの人が引き起こしたとされている問題はすべてジルドレイの手によるものだった。それどころか、関係ないと思われていたその他の犯罪についても多くが彼らの所存と明るみとなった。現に、ジルドレイが雲隠れした後、つまり祭りの後からそういった問題は少なくなっている。」
「・・・・・。」質問をした貴族がぐうの音も出ない感じで黙った。
「失礼だが、ジュリアス殿下。王女殿下がごろつきどもを束ねあげたというところが全く良く分からないのだが。」今度はアリスの後ろのほう、ミンドート・ベルマリア派閥エリアの貴族から疑問の声が上がった。「王女殿下は兵も何も引き連れていなかったと思うが。ジュリアス殿下が何かしらご援助なさったのか?」
「いや何も。それについては私も甚だ不思議であった。」ジュリアスはそう言ってアリスのほうを向いた。「説明をお願いしてもよろしいですか?アリス公。」
「真摯に話し合いをいたしました!」
ブッ!!
細胞内基質吹き出すとこだった。
なにを、いけしゃーしゃーと・・・。
「そうか。説得したのか。君は凄いな。」ジュリアスが素直に感心する。
ちがうよ!
ほんと凄いよ!アリスの面の皮の厚さが!!
会場の貴族たちが一層にざわめいた。
王は得意そうに笑っている。
娘褒められて満足そうにしてる場合じゃないよ?
アリスとヘラクレスが仕留めたごろつきの数を競い合ってたのを、動画にして送りつけてやりたい。
「本題に戻りましょう。ジルドレイの証言では、彼を操っていたのはトレメール男爵との事です。また、彼が取り押さえられた現場はトレメール男爵がロウソクの材料となった獣脂を保管していた倉庫であります。これによって、まずは、トレメール男爵とジルドレイが、今回の火事の騒ぎと一連のスラムの人間が起こしたとされるいろいろな問題の真犯人と分りました。ここまではよろしいでしょうか。」
「待たれよ。」王が口を開いた。「なぜ、トレメールは貴殿の申すような付け火などを行ったのだ?」
「王女殿下の悪評を広めて王位選でアミール殿下の擁立に持っていくためにございます。」
「トレメールがそのような大それたことを主導するとは思えないが。」
「ジルドレイの口からブラド侯爵の名前が出ております。」ジュリアスはいきなりぶっこんだ。「彼を捕らえた時にその場に居た人間もその話を聞いております。」
貴族たちから驚きの声が上がり、いっせいに視線がブラドに注がれた。
ブラドはこの流れを予期していたのだろう。特に狼狽えた様子も見せなかった。
「これは、また、突然の容疑ですな。」ブラドは悠然と言った。「確かに獣脂を彼に卸したのは私ですので、その点では責任の一端はございましょうが、私はそのジルドレイという男などと会ったこともございません。」
「ジルドレイもブラド候とは直接会ったことは無いと言ってますね。」ジュリアスは同意した。「しかし、彼はトレメール男爵からはブラド候の命令で動いていると聞かされていたようです。貴殿に心辺りは?」
「さて、皆目見当もつきませんな。」ブラドは憤慨した様子を見せた。「獣脂を早くさばくように命じてはおりましたが、それ以外は何も。大体、私の傘下であるところの街が燃えているのですよ。私になんの得がある。」
「なるほど。トレメール男爵が勝手にやったことだと?」
「私の存ぜぬこと。」ブラドは答えた。「むろん、私は王女殿下よりもアミール殿下が王になることをこの国のため望んでいることは隠してもおらぬ故、トレメールが忖度した可能性はあるやもしれませぬ。」
「では、何故、トレメール男爵は殺されたのでしょうか。」ジュリアスが言った。「明らかに口封じです。トレメール男爵を操っていた誰かの手によるものでしょう。そしてそれはブラド侯爵であるというのが、ジルドレイの証言より推測される仮説になります。」
「仮説は仮説。」ブラドが反論する。「その様な戯言であれば、王女殿下がトレメール男爵と共犯で、すべての罪を着せるためにトレメールを殺害し、ジルドレイをスケープゴートとしてジュリアス殿下に差し出したという可能性もあるでござりましょう?」
貴族たちからどよめきが起こった。
あまりの意見にバゾリやトマヤからも驚きの声が漏れた。
王が不愉快そうにブラド候を見た。
「アリス公がトレメール男爵を殺害したと?」
「あくまで仮説の話ですよ。」ブラド侯爵は落ち着いた声で答えた。「十分あり得る話だと思いますが。」
「ばかばかしい。」ジュリアスは首を振った。
「では、なぜ、貴殿はジルドレイを逮捕したのが王女殿下ご自身だという事を隠しているのだ?」ブラドがここぞとばかりにカードを切ってきた。
「なっ!?」
王女が自ら犯人を逮捕したという事実にブラドとアリスとジュリアス以外の全員が驚きの声を上げた。
王は立ち上がり、モブートとミンドートはジュリアスをまさかという顔で見て、ロッシフォールは額に手を当ててふらついた。
「私の情報網をなめてもらっては困りますよ?」ブラド候は勝ち誇ったように言った。
「おや。どこでそのような情報を手に入れられたのです?」ジュリアスが尋ねた。「なにかしら裏の事情をご存じなのでは?」
「目撃者が居たのですよ。」ブラド候は自信満々にほくそ笑んだ。「懇意にしている貴族が殺されたとあってはいろいろ調べたくもなるでしょう。私自身、八方手を尽くしていろいろと情報を集めたのです。」
「ジルドレイが捕らえられたのは夜ですよ?灯りがあったとは言えど、倉庫の辺りは真っ暗で人の顔など何も見えません。そのような夜の街中でジルドレイを捕らえた人間が誰とどうやって判別しましょうか。ましてや王女だなどと。是非、その目撃者とやらにお会いしたいものですな。」
「別に倉庫の周りで見たとは申していない。」ブラドは言った。「外壁の門番に訊いてみると良い。ジルドレイをそなたに突き出しに行くために王女殿下が通っているはずだ。」
鋭いな。その日は塔じゃなくて門を通って貴族街に入ったよ。
あ。
普通はそのルートしかないのか。
「アリス公はジルドレイ逮捕の時にはほぼ一日城においででしたよ。」ジュリアスは言った。「いろいろな方が見かけておられます。」
「それは、貴殿がジルドレイとやらを逮捕した日にちを一日遅く発表しているからだ。目撃者が居ると言っただろう?」ブラドが苛立たし気に言った。それも知ってたか。
「何を言っておいでですか?」ジュリアスは白々しくとぼけ顔で言った。「ジルドレイなら、逮捕された当日の午前中に目撃されていますよ?ね?バゾリ伯爵。」
「は?」突然のジュリアスからの情報にブラドが間抜けな声を上げた。
「ええ。」バゾリがブラドをぽかんと眺めながら答えた。「その日の朝にジュリアス殿下から連絡を受けまして、ジルドレイのアジトに彼を捕まえに向かいました。王女殿下のおっしゃっていたのと人相がそっくりでした。我々に気づいて逃げ出したので間違いないと思います。」




