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8-12 c さいきんのギルド運営

 すっかり日が沈んでしまっていたが、アリスたちはジルドレイをふん縛って、少しより道をしてから、貴族街のジュリアス旗下の兵士の詰め所まで連行して行った。倉庫の死体はほったらかしだけど仕方ない。

 アリスたちが詰め所に到着すると、幸いなことにちょうどジュリアスが居た。

 アリスは到着するなり、ジュリアスにジルドレイをようやく見つけたとだけ説明し、フードで顔を隠した男をジュリアスに突き出した。

 「いや、さっき君たちに会って話をしたばっかりだった気がするんだけど?もうジルドレイ見つけてきたの?」ジュリアスが電光石火の展開に目を白黒させながら嘆息する。

 アリスは得意そうに胸を張った。

 「彼がジルドレイなのかい?」

 「そうよ。ジャーン!」そう言って、アリスはジルドレイの外套のフードを取り払った。

 アリスはここでジャーンとやるためだけに、ジルドレイにフード付きの外套をわざわざ着せてきた。真夏で暑いというのに可哀そうに。

 そこには長髪で丸顔、少し化粧をした張り付いたような笑顔の男の顔があった。

 「これはこれは。」ジュリアスがジルドレイの顔を覗き込みながら言った。「確かに、アリスが言っていた人相そのものだな。」

 「そうでしょ!凄いのはここからなのよ。」アリスが興奮気味にジュリアスに言った。

 アリスがとっても楽しそうなので、ジュリアス視点に移ってアリスを見ることにする。

 アリスはキラキラの目でジュリアスを見ていた。かわいい。

 「でねでね。見てて。」

 アリスはそわそわとした様子でジルドレイに近寄ると、彼の長髪のカツラをはぎ取った。

 すると、髪で隠れていた彼の耳元から後ろ側に向けて二本のベルトが走っているのが露わになった。

 「!?」ジュリアスは顔の途中にベルトの先が埋まっているのを見て、混乱した様子で、アリスとジルドレイを交互に見た、

 そばで様子を見ていたジュリアス下の兵士たちも驚きの目でジルドレイを見つめた。

 「それから・・・。」

 アリスはそう言うと、ジルドレイの背後に回って、ジルドレイの後頭部にあるベルトのパッチンを二つ外した。そして、再び「ジャーン!!」と効果音を付けて、ベルトを引っ張ってジルドレイの顔面を引っぺがした。

 「おおっ!!」ジュリアスが驚きの声を上げた。

 周囲の兵士たちからもどよめきが上がった。

 ジルドレイの顔面につけられていた特殊メイクのようなマスクが引っぺがされるとそこには班長兵士の顔面が現れた。

 「ね!?すごいでしょ。」そう言いながら、アリスは自分の髪をかき上げて、たった今引っぺがしたばかりのマスクを顔に当てた。「よくできてるでしょ!」

 顔の小さいアリスだと目の位置が変な位置に来るので、出来上がりの顔がちょっと面白い。

 「驚いた。変装だったってこと?」

 変装と言うかもはや特殊メイクだな。

 「そう。」アリスは頷くとジュリアスにマスクを渡した。

 ジュリアスはマスクを受け取るとまじまじと観察した。

 マスクは口の部分と目の部分がくりぬかれ、切り口に段差ができないように薄くなめされている。ゴムというより皮の質感だが少しだけ収縮性があった。裏面は気持ちの悪いまだらで、ここに来る前に塗った松脂でべとついていた。

 これをジュリアスに見せたくて、アリスはわざわざジルドレイの家に寄って変装してもらってきたのだ。

 「いや、良くできてる。皮膚の質感とか本物みたいだ。」

 「たぶん、本物なんでしょ。」

 うぞっ!

 「ゲッ!」ジュリアスが声にならない悲鳴を上げて気持ち悪そうにマスクを放り投げた。

 「ああっ。乱暴にしないでよ。証拠品なんだから。」アリスはそう言ってマスクを床から拾い上げた。

 「腐って来て変色したり、剥いた時に傷んでるのが分からないように、色塗ったあとに化粧してるのよね。」

 そういうの分かってて平然とかぶらないでいただきたい。

 ジルドレイが今さら真っ青になってるんだが、こいつも知らんでかぶってたのか。

 ってことは、知っててかぶったのはこの王女だけってことかな。

 素敵なおもちゃを見るようにデスマスクを眺めるアリスのかわいい笑顔が今はむしろちょっと怖い。

 終いには欲しいとか言いだしかねん。

 「いろいろ片がついたら、これ頂戴。」

 やめて!

 「ところで、彼を捕まえた流れというかいきさつとか説明してもらえるかな?」ジュリアスは苦笑いながら話をそらした。そらしたっていうか、こっちが本筋か。

 アリスはジュリアスが帰った後の話を説明した。

 ジュリアスが慌てて周りの兵士に命令をして、現場を抑えるように指示を出した。

 「ブラド候か・・・」ジュリアスは自答するように言った。「そこまでリスクを負って動くタイプとは思わなかったな。」

 「思ってた流れと違うみたいなこと言ってたし、こんな派手な展開になるとは思ってなかったんじゃない?」

 「まあ、確かに、パレードのあとに王城や私の兵士たちが動き回ったせいで派手な騒ぎになった感はあるしね。」ジュリアスは言った。「バゾリ卿やブラド卿旗下の兵士たちだけだったら、もっといろいろ違っていたのかもしれない。」

 「出来の悪いロウソクのせいで火事が起こって、それを売ってた商人が逃げたって話だけでしたらそこまで大ごとじゃないですからね。その後ゆっくりと、王女と事件を結び付けていくつもりだったんじゃないでしょうか。それをアリス王女が片っ端から顔を突っ込んでくるもんだから、いろいろ大ごとになってしまった。」ヘラクレスが自分の考えを述べてから、それについてジルドレイに同意を求めた。「どうです?」

 「は、はい。その通りです・・・。」ジルドレイはおびえながら答えた。

 今や彼はヘラクレスに恐怖で支配された従順な犬だ。昔のゲオルグ達を思い出すな。

 「まさか、王女殿下が直々にジルドレイと話し合いにくるとは思わなかったので、最初の会合では命が縮む思いでした。」ジルドレイは言った。

 「それにしては、上々の受け答えだったわよ。」アリスは素直に賛辞を述べた。ほんと、敵味方関係なく惜しみない評価を与えるのって良くないと思う。

 「早く帰ってもらいたいのと怪しまれたくないのとで、ただただ必死でした。」

 そういや、アリスの要求全飲みだったな。

 「ロウソクの件は?」アリスが尋ねた。「もともとの計画だったの?」

 「トレメール卿が強引に方向転換を図ったのです。」ジルドレイが答えた。「もともとは獣脂を無理にでも売りさばいて、ついでに王女殿下の悪評をばらまけというのがブラド候からの命令だったらしいのですが、ジルドレイを王女の手先ということにして事件を起こさせて王女に罪をかぶせろという命令に変わったのです・・・。」

 「イマイチピンとこないけど、あんたたちの狙っているようには進まなかったのね。」

 「その・・・、取り調べにジュリアス殿下や紫薔薇公、挙句の果てに王女殿下まで乗り込んで来たとトレメール卿が激怒していたのですが、一体何があったのでしょうか?」ジルドレイはジュリアスに尋ねた。

 「まあ、だいたい、そこの王女殿下の差し金だよ。」ジュリアスが苦笑いした。「君自身、身をもって思い知っただろ?」

 ジルドレイは無言で納得の頷きを返した。

 現場まで乗り込んでくる王女だもんなあ。

 「続きは明日にしよう。今から僕も現場を見ておきたい。」ジュリアスは言った。「アリスは帰ったほうが良い。それから明日、朝一で城のほうに出頭してくれないだろうか。」

 「明日か・・・。」

 「何かあるのか?」

 「いえ、ブレグに勉強を教える約束をしていただけよ。そっちを優先するわ。」

 「そうしてくれ。少し考えていることがある。」ジュリアスはそうアリスに言うと、立ち上がって、そばに控えていた兵士にジルドレイを奥の牢に閉じ込めておくように命じた。

 「ちょっとまって。アリスが思い出したようにジルドレイを連れて行くのを制止した。「バゾリは絡んでないの?」

 「はい、バゾリ伯爵は味方ではあるけれど本件については何も知らないから、すべてを内密にするように、と言われていました。」

 「ブラド卿がいくらでもバゾリを丸め込めるってことかな?」ジュリアスが言った。

 「そっか、バゾリはほんとに迷惑被ってただけってことか。」

 あいつ、下手人を剣で突き刺してたけどな。

 無実だとしても悪もんじゃ。

 ついでに質問みたいな感じで、ジュリアスもひとつ尋ねた。

 「トマヤ伯は絡んでないのかい?」

 

 !!!!????

 ジュリアス、トマヤまで行きついてるの!?


 「いえ、聞いたことも無い名前です。」ジルドレイが答えた。

 「まあ、絶対に絡んでるでしょうけど、相変わらず尻尾も見せないわね。」


 !?!?!?!?!?!?!?!?

 アリスもトマヤの事知ってんの!?


 「僕もベルマリアも降りたから大丈夫だけど、君はこれからエラスティア相手に大変かもしれない。」ジュリアスが言った。

 王位継承の事だろう。ってことはジュリアスもトマヤになんかされてたのか?ロッシフォールのことも知っているのだろうか。

 「うーん。どっちかっていうと、私、トマヤ自身の私怨も買ってるから、そっちのほうの話の気がする。」アリスが考え込みながら言った。

 ええ゛っ!?

 何?何やらかしたの?アリス。

 あれ?

 もしかして今回の件はロッシフォールは関係ないのか?

 もしかしてトマヤと、ロッシフォールやヘラクレスって別ルート?

 ああん。ヘラクレスの表情を見て様子を探りたいのに、二人ともヘラクレスに注目してくれない!

 いや?待てよ?トマヤの馬車に紫の薔薇があったぞ・・・。やっぱロッシフォールの手先じゃないのか?

 そんな自分の興味と混乱をよそにジュリアスは話題を変えた。

 「アリス、君もあまり無茶しないで僕らを頼ったり、議会で直に訴えて欲しい。」ジュリアスは言った。「たぶん僕を含め4公はみんなきちんと味方に付いたと思うよ?」

 さて、それはどうだろうか?

 ロッシフォールはもちろん、ミンドート公やモブート公もアリス側に着かない可能性もあったんじゃなかろうか。

 「もしそうしてたら、ブラドを逮捕できてた?」

 「正直それは、無理かな。」ジュリアスは言った。「今もここまでしてもらってなお、残念だが、まだ彼に刃は届かないだろう。」

 「そう。」アリスは残念そうに息を吐いた。

 「でも、アリスが僕らに訴えてくれれば、しばらく彼らも動けなかったはずだ。」ジュリアスが言った。「その間にいろいろ手を回すことだってできたんだ。」

 「そうね。」アリスは素直に同意した。「でも、みんなにお願いするにも、何か理由とか証拠があったほうが良いかなと思って。私、わりかし招かれざる客じゃない?」

 「相変わらず、そんなこと気にしていたのか。傍若無人なようで、いらないところにばかり気を使うねアリス公は。」ジュリアスはしばし呆れた後、ため息をつくように感想を漏らした。

 「そんなことないわよ。」アリスが否定した。

 「そうだよ。」ジュリアスが即座に否定し返し、そしてヘラクレスに同意を求めた。「そうでしょ?」

 「そうですね。」ヘラクレスも即座に同意した。

 「嘘よ。」アリスは再びまじめに反論した。「私、いつでも、あらゆる事に気を使ってるわよ?届いてないの?」

 絶句。

 「・・・・ぶはは!届いてないねぇ。」ジュリアスが爆笑した。

 「わはは!届いてないですよねえ。」ヘラクレスも爆笑した。

 アリスは心外とばかりに眉間にしわを寄せて二人を睨みつけた。

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