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8-11 b さいきんのギルド運営

 次の日。

 昨日の片づけを終え、アリスがブレグの勉強の面倒を見ていた。

 「うーん。」ブレグがなかなか文字を覚えてくれないので、さすがのアリスも少し困り顔だ。

 「ごめんなさい。ごめんなさい。」ブレグが泣きそうな顔でアリスを見た。「頑張りますから、見捨てないでください。」

 ブレグは自分の目線からしても物覚えが悪い。

 実のところカルパニアもさじを投げている。

 ブレグにとってはアリスは最後の綱なのかもしれない。

 と、そこへ、昨日はまったく話ができないうちに追い出されたジュリアスが組合事務所に再びやってきた。

 「こんにちは、アリス。」ジュリアスはアリスに声をかけた。「今日も忙しいだろうか。」

 昨日は忙しかったわけではない。

 「いいえ、今行くわ。」アリスはジュリアスに返事を返し、そしてブレグに言った。「ちょっと待っててね。」

 ブレグが悲しそうにアリスを見て頷いた。

 ホールの机は文字を憶えるカードで散らかっていたので、ヘラクレスを加えたアリスたち3人は部屋の端のほうに置かれていたもう一つのテーブルの所に陣取った。

 「昨日はごめんね。カルパニアが後で謝りに来たから無事なのは知ってるけど、あれから大丈夫だった?」

 「ああ、なんか、貴族らしからぬ振る舞いをしているのを見られてテンパってしまったらしい。多少のおてんばな振る舞いくらいしたほうが、ひたすら礼儀正しいよりもずっといいと思うけれど。」ジュリアスが懐の深い台詞を吐いて、しかし、付け加えた。「まあ、物には限度ってものもあるけど。」


 ちなみに昨日あの後の話。

 カルパニアを探して走り回ったジュリアスは川岸近くでようやく彼女を見つけた。

 ジュリアスは膝に顔をうずめて泣きじゃくっているカルパニアの隣に腰を下ろした。

 すっかり日も暮れてしまった月明りの中、二人はアリスたちがきれいにした川の土手に腰かけて少し話をした。

 といっても、話をしたのはひたすらジュリアスだけで、泣きじゃくるカルパニアを一生懸命慰めた。

 そもそもの状況を理解できていないジュリアスの慰めは適切な言葉だったとは言えなかったが、カルパニアはジュリアスがずっと自分のために話しかけてくれていた事に心を開いたのか、やがて泣きやむのをやめて隣に座っているジュリアスの袖をこっそりとつまんだ。

 ジュリアスはカルパニアが自分の袖を握ったのに気が付いて、話を止めてその手をそっと握った。

 近くに灯りがないせいで真っ黒な川面には、金色の月が川の流れにちぎられて揺蕩っていた。

 さすがに、これ以上覗くのも無粋なので、それ以降は知らない。チューくらいはしたんじゃなかろうか。


 「まず、ロウソクを作っていた倉庫で捕まえた二人についてだけれど、彼らはジルドレイとはスラムとは真逆の地区にある商店で会っていたらしい。」ジュリアスはニセの強人組二人の取り調べ内容について話し始めた。「彼らの話だと、アリスの言っていた商店に行ったことは無いとのことだ。彼らはふた月くらい前に腕っぷしを見込まれて声をかけられたらしい。その後、週に数回くらいジルドレイのちょっとした仕事をバイト感覚でこなしていたようだ。金払いが良くて仕事も多くなったので、ここ最近はジルドレイの方の仕事をメインに据えていたそうだ。」

 「仕事ってどんなことしてたの?」

 「今回のロウソク作りの倉庫の手配とか、材料や道具を運んだりとかだ。ほかにも、頼まれて荒事もいくつかやっていたらしい。人を雇って街中で君たちに絡ませて騒ぎを起こしたり、酒場で騒ぎを起こして、強人組がやばい連中だと認識させたりとかもしていたようだ。ここにもジルドレイの護衛として来た事あるって話だよ。」

 「あん時の護衛、あいつらだったのか。」アリスが唸った。

 「ジルドレイは彼らにこのまま強人組の幹部にならないかと誘っていたみたいだ。一方で、ヘラクレスの連れてきた男はバイトとして雇われた人間のようだね。彼も何度かジルドレイの仕事を受けているようだ。彼の他にも極東街強人組として雇われてロウソクを販売していた人間が何人かいるようだ。彼も、ジルドレイのアジトは先の二人と同じ商店だと認識しているようだ。」

 「そこは調べたんでしょうね。」

 「もちろん。」ジュリアスが言った。「ところで、その場所どこだったと思う?」

 「どこ?」

 「アープの店だ。」

 「アープ??」

 「この間、君をここで殺そうとした元兵士の商人だよ。」

 「ああ!あの時の。火事で焼けたって言ってなかったっけ?」

 「そう。」ジュリアスが言った。「それを買い取ったのがジルドレイだったようだ。いまは新しく建てられた建物が建っている。アープも見知らぬ商人に売ったと言っているよ。正確には、登記がされていないままなのでアープの所有のままという事になっているが、アープ自身はその事を全く知らなかったようだ。」

 「アープもジルドレイという名前については知らなかった。彼が焼け落ちた商店を引き取ってもらったのは、フェイクという名前だったらしい。どうせ偽名だろう。人相もアリスや捕まえた二人の言うジルドレイとは違う。ペケペケでも無いらしい。結局、ジルドレイについてはアリス君たちと捕まえた二人しか知らない。もちろんアープが嘘をついている可能性もあるが、アープの店の周辺の人たちも誰一人ジルドレイらしき風貌の人間を見かけたことは無いと言っている。ジルドレイとの密会はほとんど夜だったという話だからそのせいかもしれないが。」

 「ちょっと待って?」アリスが声を上げた。「二人って事は、ヘラクレスが捕まえてった売り子はジルドレイを知らないってこと?ジルドレイの仕事を受けているって言わなかった?」

 「そのようなんだ。」ジュリアスが答えた。「彼は先の二人に雇われていて、ジルドレイとは直接会ったことは無い。この点については彼らの供述は一致している。というか、誰も嘘をついていないように思えるね。今、ジルドレイを見たことがあるのはアリスとケン君、それと捕まえた二人だけだ。正直、ジルドレイなんて本当に居たのかって話にすらなってきている。君たちを知らない人間は、アリス君と男たちが口裏を合わせて事件を迷宮入りにしようとしているんじゃないかって疑ってすらいるよ。」

 「むう・・・。」アリスは唸りながら助けを求めるかのようにヘラクレスを見た。

 「店の門番の兵士たちとは話をしました?」ヘラクレスが尋ねた。

 「ああ。彼らも何も知らなかった。全員1年以上雇われている。」ジュリアスが答えた。「ジルドレイと会ったことのある二人にも面通しさせたが、どの兵士もジルドレイとは違うとのことだ。念のためにアリスとケン君にも確認してもらいたいところだ。」

 「門番たちが客を通すときは前もって知らされているのですか?」

 「基本的にはあらかじめ知らされているらしい。突然の訪問の場合は班長の兵士が店主に聞くなりして対応するらしい。店主が居ない時は客に用件だけ聞いて返すそうだ。いちおう、店主も調べたが不審なところは無かったよ。」

 「その班長の兵士のシフトや住んでいるところは解ります?」

 「ちょうど、僕らが最初に店に乗り込んだ日が休みだったはずだ。だから、まだアリス君も会ったことが無いはずだ。」ジュリアスはそう言ってから、ヘラクレスに尋ねた。「彼に何かあるのか?」

 「ええ。」ヘラクレスが言った。「その兵士と会えばジルドレイの事が分かると思います。」


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