8-10 b さいきんのギルド運営
さて、ジュリアスの取り調べの結果がアリスの元にもたらされる前に、いろいろと関係のないことが起こった。
まず、アリスたちが捕まった次の日。
組合事務所にミスタークィーンがやってきた。
例によってブレグに頼まれて計算を教えていたアリスは少し中断してミスタークィーンとの会談を行った。
ミスタークィーンがスラムにやってきたのは初めてだった。さらに、今回彼は一人の商人を連れていた。これも初めてだ。
ミスタークィーンの連れていた商人は顔だけは知ってる奴だった。オリヴァたちの会合の時に居た商人の一人だ。
そういやオリヴァ元気かな?
ちょっとチャンネルを合わせてみる。
おお、人集めてなんか経済っぽい感じの講義しとる。
元気そうで何よりだ。
アリスに戻ってくると、アリスはケンとミスタークィーンたちとホールの机を囲んでいた。
「王女殿下についてはご機嫌麗しゅう。」ミスタークィーンが言った。「本日はわたくしの仲間を連れて参りました。彼はロマン、我々の商人組合のメンバーです。」
「よ、よろしくお願いします。」ロマンと紹介された商人が恐る恐る挨拶をした。
「一番最初にお会いした時に後ろに居た一人です。」
最初?
ああ、ヘラクレスにからかわれた時に後ろで怯えてた二人のうち一人だったか。そりゃ本当に恐る恐るになるか。
「わざわざ、ここまで報告に来なくても良かったのに。」アリスが言った。
今日ミスタークィーンがここに来たのはジルドレイに対する情報を報告するためだ。
グラディスが『ジルドレイについてミスタークィーンに聞けばいい』という一昨日の思いつきをミスタークィーンの使いに伝え、昨日の今日でミスタークィーン本人が返答のためここにやってきたのだ。
「いえ、私どもは今日は報告よりも、ネゴシエーションに参りました。」
「交渉・・・。」アリスの表情がきゅっと引き締まった。「貴方からそう言われると嫌な予感しかしないわね。」
「いえ、殿下にもグッドニュースかと存じます。」ミスタークィーンは言った。「まずは、昨日ご問い合わせを受けた件についてです。」
「よろしく。」
「まず、ジルドレイと言う商人はこの街にはおりません。」
「そっか、ミスタークィーンでも知らないか。」アリスが残念そうにつぶやいた。
「いいえ。」ミスタークィーンは言った。「これからネゴシエイションしようというのに、その程度の情報を手土産には致しません。」
「どういう事?」
「ジルドレイという商人は『居ない』のです。」ミスタークィーンは繰り返した。「存在しないのです。私が知らないのではありません。」
「そうなの?」
「王都のすべてのギルドと食物・雑貨・油分関係のマテリアルを扱うサプライヤーに確認しました。どちらにもジルドレイという名前は引っかかりませんでした。バイヤー側・・・すなわち卸と小売りも私の力の及ぶ限りで確認しましたが、どのこにもヒットはありませんでした。」
「つまり??」
「ロウソクを扱うには油分が必要です。石鹸もそうだと聞きました。石鹸も油分がマストです。ではその材料はどこから?ジルドレイという名でその手のマテリアルを大量に入手したものはおりません。また、彼が商人としてそれを売ったという記録もありません。石鹸やロウソクがユーザーに出回っているにもかかわらずです。」
「要するに商人としてではなく、なんか違った方法で材料の入手と商品の販売を行っているってこと?」アリスが尋ねた。
「商品のセールス自体は目的ではないのでしょう。明確に我々と敵対するのが目的で販売したんだと思います。」
ミスタークィーンが言う『我々と敵対』とは反王女派という意味のようだ。
「そして、油についてもう一つ。獣油を大量に余らせている人間が居ます。」ミスタークィーンはそう言って少し間をおくとその答えを言った。「ブラド候爵です。」
「!!」アリスがミスタークィーンに真剣なまなざしを浴びせた。間違いの許されない情報だ。
「間違いないですよ。」ミスタークィーンは言った。「それについては、このロマンから。」
「は、はい。」ロマンは急に振られたので慌てて説明を始めた。「実はブラド候はわたくし共から定期的に肉をたくさん購入しておいでです。その際、通常、余分な脂分を落としてからカットして、ランプと呼ばれる状態で納入するのですが、ブラド候は皮はぎから何から自分たちでやるので安くしてくれとおっしゃいまして、そのようにいたしました。」
「その油が残っていると?」
「はい、皮はともかく、脂分はうまく除去しないと肉が油っぽくなってしまったり、逆にうま味が無かったりになってしまいます。脂のほうも綺麗に肉をはがさないと良い油分になりません。そのあたり説明したのですが・・・。正直、現在我々は少人数で商会を回しており、解体の手間を考えると大助かりでしたので、候のおっしゃる通りに販売いたしました。」
「その結果、獣脂をだぼつかせている模様です。」ミスタークィーンが補足した。
「そもそも獣脂は加工しないと使えず人件費がかさむうえ、売価も安いので実はあまり儲かりません。獣脂は食肉加工までやるわたくし共のような者でないと儲けにつながらないのではないでしょうか。」
「?獣の油で石鹸とかロウソクって作るもんなの?」
「種類に寄るんじゃないでしょうか?」ロマンはそのあたりまでは知らないようだった。「後で卸先に確認しましょう。」
たしか赤黒メイドが石鹸が臭いとか言ってた気がする。
「そこまでしてもらわなくても良いわ。十分すぎるほどの情報よ。」アリスは満足そうに言った。「で、交渉って何?私、今、あなたのおかげで機嫌が良いわよ。」
「ありがとうございます。では、本題を・・・。」ミスタークィーンは大袈裟に頭を下げてから言った。「オギーとトッカータを私どもにいただきたい。」
「あら。どういう意味。」アリスは興味なさそうな声を出した。
違う。
アリスは我慢をしながら何とか答えた。
アリスが我慢しているのは『喜び』と『笑い』だ。
オギーとトッカータがミスタークィーンの正規の社員となるのはアリスの願ったりなのだ。
中に居るから解かる。さっきの興味なさそうな声はとぼけているだけなのだ。もともと、ミスタークィーンが芋の販売からアリスを除外したがってたのはアリスも知っている。それを知っていて、オギーとトッカータを窓口にしたのだ。
「オギーを私のところのスラム窓口として、トッカータをロマンの所の窓口として頂きたい。」ミスタークィーンが提案する。「申し訳ないが彼らをこれからも使っていく事を考えた時に殿下に払っている手数料がもったいない。」
「そう。」アリスが引き続きポーカーフェイスで言った。「彼らにメリットはあるの?」
「アリス殿下に搾取されている手数料の分をそのまま彼らに支払いましょう。」ミスタークィーンが言った。
「なんで!?」アリスが叫んだ。これは完全に素だ。アリスの態度に取り繕いは無い。ミスタークィーンの申し出がアリスの思っていた条件を超える高条件だったからだ。「あなたに得がない。」
「殿下に分かりやすく言うなら、彼らのスキルは殿下が彼らに支払っているサラリーよりも高いからです。スラムとのパイプがあり、そろばんがはじける。それだけで彼らには価値があります。」
「じゃあ、お給金もっと払ってあげて。」アリスは言った。言葉少ないのはニヤニヤをかみ殺しているからだ。
「承知しました。」ミスタークィーンは素直に了承した。
「・・・ねえ、私の設定、厳しすぎた?もっとお金要求すべきだった?」アリスはあまりにミスタークィーンが自分の要求に従順なので、真顔で尋ねた。ミスタークィーンに対する手数料の設定を安くし過ぎたんじゃないかと不安になったのだ。
「彼らのスキルが想定よりも高かったと思っていただいて良いですよ。殿下の価格設定は適性です。」
「でも、もっとオギー達には給料を払うべきだったのよね・・・。」アリスが申し訳なさそうに言った。
「殿下の手数料設定もフィードバックも問題ありません。手数料が高ければ、仕事が集まりません。給料が高ければオギー達が今の状況に甘んじてしまいます。」ミスタークィーンは説明した。「それに、我々がこの時期にここまでの提示をしたのはスラムの発展が我々のフォアキャストよりも著しかったからです。殿下のご活躍のたまものですよ。」
積極的にピンハネしていると思ったら、強人組の人間を引き抜かせるためってことか。アリスがピンハネしてる分、強人組を頻繁に使いたい人にとっては直接雇用したほうが安いということだ。
そういや、最終目的は強人組の面子が就職することだった。
「そう言って貰えると嬉しいわ。」アリスはそう言ってから尋ねた。「でも、今の話だとあなた達には何かメリットはあるの?」
「オギーとトッカータにはここでの窓口業務以外にも積極的に営業に出てもらうつもりです。」今度はロマンが答えた。「それに、ここだけの業務だけではなく、街側にスラムの芋を販売していく事についても役に立ってもらいたいのです。業務を今よりも増やす以上、どのみち賃金は増やさねばなりません。」
「殿下にはオネスティなほうが良いかと思うのではっきり言いますが、彼らがこれからステップアップするうえで殿下は邪魔なのです。」ミスタークィーンが続けた。「出来れば早くに二人を雇用させていただきたい。」
「言うわね。」アリスはミスタークィーンに邪魔者扱いされてむしろ嬉しそうだった。「もちろん。喜んで。」
アリスはカウンターのオギーとトッカータを大声で呼び寄せ、ミスタークィーンの話を伝えた。
オギーとトッカータは喜びよりも躊躇が先に立ったようだったが「お前ら就職させるために頑張って来たんじゃねーか、つべこべ言わずに行け。」というアリスのパワハラによって彼らのドナドナは確定した。




