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8-9 b さいきんのギルド運営

 ジルドレイの工房でろうそくを作っていた強人組は全員、バゾリ伯の管轄の警備兵の屯所に連行された。

 ここは兵士が待機しているだけではなく、捕まえてきた罪人をとらえておくための牢が用意されていた。前世のアメリカの古い映画に出てきた保安官事務所が近い感じだ。

 強人組は全員同じ檻に入れられていた。と言っても、そこまで大きな檻ってわけではない。彼らは座る十分なスペースがなく立ちっぱなしだ。

 強人組の面々は大人しくこの屯所へと連行された。体の前で両手をロープで縛られて街の通りを見世物のように連れ歩かれたが、彼らは一切の抵抗を見せなかった。

 アリスの命令によるものだ。

 彼らはあらかじめこうなるかもしれないと聞かされていた。

 放火の犯人が捕まったと聞いて街の人たちは道ばたから、通りの建物の窓から、強人組が輸送されるのを侮蔑の眼差しで眺ていた。

 見張りの二人だけは大騒ぎしたので、後ろ手に固く縛られ連れてこられた。今もそのままの状態で、隣の檻に転がされている。

 「バゾリ伯到着しました。」入り口から声が上がった。

 牢の外でうつらうつらしていた大勢の兵士たちが慌てて立ち上がり敬礼をした。

 それを待っていたかのように、バゾリが悠々と入ってきた。「皆の者、ご苦労だ。」

 「「「「はっ」」」」兵士たちが声を上げた。何人かは眠そうでついてこれていない。昨日パレードにも参加し、夜はずっと火消しをしていたのだろう。強人組を捕まえた側の人間ではあるが、同情の念を禁じ得ない。

 「こいつらが、今回の放火の犯人か?」バゾリが言った。

 「そうです。」一番偉そうな兵士が答えた。「?そっちの二人は?」

 「この二人は暴れましたので、このようにしています。」

 「貴族の旦那、俺たちはなんもしてませんぜ。」後ろ手に縛られたまま拘束されている見張りのうち一人が転がったままで声を上げた。

 「そうですぜ。俺たちはただ、ロウソク作りの見張りをしていただけです。」もう一人も声を上げた。

 「誰がしゃべって良いと言った?」

 バゾリはそう言うとつかつかと牢屋に歩み寄った。

 そして、抜刀すると檻の間から手を突っ込んで、転がされている見張りの足を突き刺した。

 「ぎゃぁああああ。」足を刺された見張りが悲鳴を上げた。

 「お前たちは私の聞きたいことだけ答えていれば良い。」バゾリはそう言って剣についた血を振り払った。「それと悲鳴がうるさい。止めよ。」

 バゾリはそう言って剣の切っ先を男に向けた。

 「ん゛んんー。ふー。」足を刺された男が必死で悲鳴を噛み殺した。くぐもったうめき声と荒い息遣いは止まらない。

 強人組の入っているこちらの牢からも一瞬恐怖のざわめきが起こった。

 バゾリは男が悲鳴を止めたことで満足したようで、剣を鞘に戻した。

 「では、質問に答えてもらおう。」バゾリが檻に入っている全員を見渡して言った。「スペアはいくらでも居る。分かっておるな。」

 足を刺されなかったほうの見張りが身をよじってバゾリの方を向いて大きく頷いた。顔には恐怖の表情が浮かんでいる。

 「お前たちは何者か。」

 「俺たちは強人組です。」男はまた何か気に障って殺されても困るとハキハキと答えた。

 「よろしい。」バゾリが言った。「お前たちのボスは誰だ。」

 「ジルドレイという人です。」

 「ジルドレイ?聞いたことがないな。偽名であろうか?」バゾリは首をかしげた。「強人組と言えば王女の所の貧民の集まりだったはずだが?」

 「すみません。解りません。」男は素直に答えた。

 「答えを語れぬ口に用はないな。」ジルドレイが剣を抜いた。

 「本当に知らないんです。」

 「ここからでは届かぬな。檻を開けよ!」

 「はっ。」バゾリの脇に居た兵士がほかの兵士に合図を送った。

 合図を送られた兵士が牢のカギを取りに走る。

 「待って!待ってくれ!!」男は慌てて叫んだ。「たしか、ジルドレイさんが王女と付き合いがあるって言ってた。俺たちなんかの下っ端は王女なんかと会ったことはねぇ!」

 「よろしい。考えて情報をひじり出せ。物を語らぬのであれば、お前たちに何一つ価値は無い。」バゾリはそう言って剣をしまった。「王女が関与しているということで良いかな?」

 バゾリの魂胆が見えてきた。

 「そうです。」男がはっきり答えた。

 「よろしい。このロウソクを作ったのはお前たちか?」

 「作ってたのは奴らです。」男がこっちの牢のほうを顎で示した。

 バゾリがこちらを振り返った。

 「お前たちが作っていたのか。」

 「はい。」スカンクが答えた。

 スカンクが受け答えをしているのもアリスの指示だ。スカンクは緊張でガッチガチだ。

 「お前たちは誰に命令されてろうそくを作っていた。」

 「雇い主はジルドレイさんです。」

 「王女ではないのか?」バゾリが睨みつけた。

 「今回の仕事はジルドレイさんからの依頼ですが、私達は王女管轄の人間です。」

 「ほう、では王女が今回の騒ぎの中心ということで良いな?」

 「騒ぎ?」

 「そうか、お前ら共が知るわけも無かったな。」バゾリが言った。「お前らがロウソクを作っていたのは間違いないな?」

 「はい。」スカンクが素直に答えた。スカンクたちは朝から働いていて街の火事の話など知る由もない。

 「充分だ。」バゾリはそこで話を切った。

 そのタイミングを狙って、一人の兵士がバゾリに大声で報告を上げた。

 「バゾリ様。ベルマリア公とロッシフォール公がおいでになりました。」

 「なっ!?ここに?」バゾリが驚きの声を上げた。「公爵だぞ?紫薔薇公だぞ!?」

 ロッシフォール!?

 「バゾリ卿。放火犯を捕まえたとか。」そう言いながら、まずはジュリアスが兵士を連れて入ってきた。

 続いてジュリアスの後ろから、むすっとした顔のロッシフォールが派手目の騎士たちを数人連れて入ってきた。

 「これは、ロッシフォール公、ベルマリア公。こんなところまでわざわざおいで頂かなくとも良かったというのに。」

 「昨日の放火犯が捕まったとあっては来ないわけにはいかない。」ジュリアスは言った。「ロッシフォール公も同じ考えのようだ。」

 「まあな。」ロッシフォールが一言だけ不機嫌そうにつぶやいた。本当のところはジュリアスに召喚された。

 「ちょうど、聴取が終わったところです。」バゾリが言った。「やはり王女が絡んでいるようです。」

 「というと?」ジュリアスが尋ねた。

 「王女が彼らを雇って、例のロウソクを作らせたようですな。」

 「雇ったのはジルドレイという商人です。」スカンクが声を上げた。

 「黙れ。こちらはこの国の公爵のお二人なるぞ。貴様のような者が口を開くな!」バゾリは再び剣の柄に手をかけた。

 「構わぬ。」ジュリアスがバゾリを制止する。そしてスカンクに向き直って言った。「お前たちは極東強人組の人間だな?」

 「はい。」スカンクが頷いた。

 「式典の露店建設では世話になったな。」ジュリアスが言った。

 あれって、ジュリアスからの依頼だったんだ。

 「ジルドレイというのが極東強人組に仕事を依頼したという事だな。」

 「はい。あねさ・・・王女殿下が誓約書を持っています。ジルドレイさんの署名もあります。」

 「では、ジルドレイというのが黒幕という事だな。」ジュリアスが訊ねた。

 「いいえ、ジルドレイというのも強人組の幹部でございます。」バゾリがスカンクの代わって答えた。「向こうの二人がそのように証言しております。こっちの檻の連中は下っ端なので細かいことを理解していないのでしょう。もしくは、ジルドレイに罪を着せて王女をかばい立てするつもりかもしれませぬ。」

 ジュリアスが隣の檻に転がっている二人のほうを向いた。そして、足から血を流して泣きながらうずくまっている男に気づいた。「拷問して言わせたのか?」

 「とんでもない。大人しくしなかったのでやむなくです。」バゾリはしれっと言った。たぶん本当にそう思っているんだろう。「それに答えたのはもう一人の方ですよ。」

 「彼に手当てを。」ジュリアスは兵士に命じた。

 ジュリアスに命じられた兵士は、鍵を持ってきたのは良いものの使いどころがなくなって立ちぼうけていた兵士から鍵を受け取ると、足を怪我している男の手当てを行った。

 「正直に話したまえ。」ジュリアスが手当てを受けている男に言った。「お前の命は私が保証する。ただし、ウソを言えばその限りではない。バゾリ卿の言っていたことは本当か?」

 「本当です。」男が弱々しく言った。「俺たちのボスはジルドレイさんです。」

 「君は極東強人組なのか?」

 「そうです。」

 「ほら、すべては王女の企んだ事なんですよ。」男が都合の良い発言をしたのでバゾリがほくそ笑みながら言った。

 「そいつらの言っていることは、ウソです!」スカンクが声を上げた。「そいつらは、強人組なんかじゃねえ!!」

 「あほか!!」男が大声でスカンクに反論した。「お前らスラム落ちなんかがうちの組の全容を知るわけねえだろ。」

 「全容も何もあるか!」スカンクがさらに反論し返す。「強人組は俺たちが立ち上げたものだ!」

 「うるさい、下民ども!貴様らの口が開くことすらこの世の迷惑としれ!」バゾリが剣を抜いた。

 「剣を収めよ。」ジュリアスが即座にバゾリに命じた。

 バゾリがしぶしぶ剣を戻す。

 「下民共の言葉など真に受けませんように。彼らは物事を理解できるほどの頭を持ち合わせておりません。」バゾリは不服そうにジュリアスに言った。

 「彼らの言葉の真偽は私が判断する。ならば問題あるまい。」ジュリアスはそう言うと、今度はニセモノの方の強人組のうち怪我を負っていないほうに声をかけた。

 「お前も強人組か。」

 「はい。」

 「いつからだ。」

 「ふた月くらい前からです。」男が言った。

 「極東強人組ができたのは、ひと月くらい前と認識しているが?」

 「たしかに、強人組って名乗り始めたのは最近でございまさあ。」

 「嘘つけ!こんなやつ見たことないぞ。」スカンクが横合いから叫んだ。

 ほかの強人組もやじを飛ばす。

 「少し黙りたまえ。」ジュリアスが強人組の檻に向けて冷たく言った。

 強人組の面々が慌てて押し黙る。

 「スラム組は俺たちの組織の末端で、俺たちはそれを統括する役目です。」ジュリアスが味方に付いたと思ったのか、男が話し始めた。

 「強人組は労働者を斡旋する組織という認識だが?」

 「そんなことは無いっす。俺たちは石鹸とかロウソクとかを売ってただけです。本当です。」男が懇願するように言った。

 「石鹸とは?」ジュリアスが尋ねた。

 「その石鹸はひどい代物で、匂いがする、汚れが落ちないなどと、苦情が届いております。」バゾリが口を挟んできた。「スラムの連中から買ったとのもっぱらの噂でございます。それに、こいつらは薬や盗品の売買を仲介したりもしている集団にもございます。この男の言うように強人組と名乗る前から、いろいろとトラブルを起こしておりました。」

 ケンたちがジルドレイに言われてやってたやつの事かな。

 「それは、強人組ができる前に、俺たちの何人かがジルドレイさんに頼まれてやったことだ。」スカンクが声を上げる。「強人組は関係ない。それに俺たちもそんな事に加担しているなんて知らなかったんだ。」

 「お前たちが知ろうが知るまいが関係ない。そのジルドレイという人間が強人組な時点でお前たちはその一味ではないか。頼まれたからなどという言い訳は通用せん。」バゾリは言った。

 「ジルドレイは強人組の人間じゃない。ただの依頼者だ!契約書だってある!」

 「契約書なんぞ、いくらでも作れようぞ。」バゾリは苛立ったように声を上げた。

 ジュリアスが困ったようにロッシフォールを見た。

 ロッシフォールは片手の手のひらを天に向けて、知らんとばかりに首を横に振った。

 「ジルドレイさんは本当に俺たちに仕事を頼みに来ただけなんですって。」スカンクが声を上げた。

 「お前たち下っ端はなんも知らないだけなんだよ。」治療を受けていた男も声を上げた。

 「身分の卑しいものが好き勝手叫んでいる言葉になどなんの意味がありましょう。」バゾリはロッシフォールとジュリアスに言った。「なに、こいつらが本当のことを話すまで締め上げればよろしい。幸い何人もスペアが居る。」


 「そんなことしなくても私が証言するわ!」


 バゾリの言葉を聞いて、強人組の閉じ込められている檻の中から声が上がった。

 フードをかぶった女がそう言って強人組の檻の手前に進み出てきて、フードを取った。

 ブレグではない。

 もちろんアリスだ。

 ジルドレイの仕事が始まる前夜、アリスはブレグにちょっとした依頼を課した。

 ブレグは髪を黒く染め顔を隠くす理由をつけるため顔に傷を化粧して10日間働いた。

 そして11日目の今日、アリスはブレグと入れ替わった。アリスは昨日の黒髪をもういちど染め直して、フードをかぶってこの工房に潜入していたのだ。

 というわけで、自分もアリスの中からずっとこの場を見ていたわけだ。

 アリスはゆっくりと前に進み出ると、バゾリやジュリアスたちに得意げに笑った。

 「??誰だ?」バゾリが突然の偉そうな女の登場に不思議そうな声を上げた。

 黒髪と顔につけた傷の化粧のせいでアリスだと認識されてない。

 どや顔で出たのにちょっと恥ずかしい。

 「えぇ・・・。」アリスがバゾリやジュリアスたちの反応の薄さにものすごくがっかりする。

 なんか、アリスってこういうの何一つ上手くいかないよな。

 「え?あれ?もしかしてアリス?」ジュリアスがようやく気づいた。

 「もしかしなくてもそうよ。」アリスは気づいてもらえて嬉しそうに言った。「ちょっとここから出して頂戴。私が証言すれば文句ないでしょ?」

 「ほら、王女自身がこの場に居るのです。これ以上の証拠がありますか!」バゾリがここぞとばかりに声を上げた。「ジルドレイ以上の黒幕ではないですか!」

 アリスの登場によって、いっそう場がまとまらなくなる予感。

 あ、ロッシフォールがこっそりと壁際に離れてく。いつもの『めんどくさいことになったので関わりたくない』って顔だ。

 「私のところに依頼を持ってきたのはジルドレイよ。そしてジルドレイは強人組とは関係ないわ。」アリスは宣言した。

 「そんなこと、信用できませんね。」バゾリが返す。

 「あら、王族も卑しい身分だから信用できないとでも?」アリスも応酬する。

 「殿下がジルドレイという人間に罪を着せて、トカゲのしっぽ切りをしようとなさるかもしれないと申しております。」

 「じゃあ、逆にジルドレイが強人組の人間だって証拠はあるの?」

 「そこの男が申していたではないですか。」

 「それを言ったら、こっちの彼がジルドレイは強人組の人間ではないって言っているわよ?」

 「彼らは下っ端なのでしょう。」

 「じゃあ、私も証言するわ。ジルドレイは強人組の人間ではありません。で?私もジルドレイの下っ端ってことかしら?」

 「なるほど。実はそうなのかもしれませんな。」

 「あら、ジルドレイって言うのは相当偉いのね。どういった方?それほど偉い人なら、いくら何でも噂くらいは知ってるでしょう?」

 ほら、まとまらなくなった。

 バゾリとアリスの応酬はもはやただの売り言葉に買い言葉だ。

 アリスが正しいことは知っているが、バゾリの言っていることも割と本当なところが問題だ。

 ジルドレイはおそらく、スラムの人間たちとたもとを分かってからも、別の人間を雇って同じようなことを続けていたに違いない。そして、アリスが強人組を作ったら、自分たちも強人組を名乗った。強人組はアリスの知らないところで常にもう一つ存在していたわけだ。しかも、アリスが来る前は、ジルドレイの元で一つの組織だったわけだから、なおさら面倒な話なのだ。

 「昨晩、私に火事の情報をくれたのは王女殿下だ。」ジュリアスが口を挟んだ。「惨事を未然に防げたのは彼女のおかげなのだ。ジルドレイという人物のほうが何かを企んでいたというほうが私にはしっくりと来るのだが。」

 「・・・ご自身が加担していたからこそ、その情報を持っていた、とも言えませんか。」バゾリは一瞬考えてから答えた。回っているのは口なのか頭なのか。

 「貴殿ら。」今度はロッシフォールが遠くのほうから口を挟んできた。「ここで話していても埒が開かん。そのジルドレイというのを捕まえてくれば良い事。」

 「そうよ。ジルドレイを調べましょ。」

 「その通りですな。」バゾリも同意した。「ジルドレイというのを調べればきちんとした証拠も上がりましょう。」

 「ジルドレイの店なら知っているわ。」これで勝ったとばかりに得意気に笑うアリス。

 しかし、アリスの思うようには展開にはならなかった。


 「何言ってんだ!ここはずっと昔からわしの店だ。ジルドレイなんぞ、わしゃあ知らん!!」


 ジルドレイの店についたアリスたち一同は、中から出てきた見たことも無い店主にそう告げられたのであった。

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