8-8 c さいきんのギルド運営
変装したアリスとヘラクレスはパレードの見学に向かった。
軍事パレードといっても、普段街を守っていたり貴族たちのそばに控えている兵士たちの好感度を上げるためのお祭りと言ったところだ。前の世界で米軍が基地の周りでお祭りをやっていたが、まさにあれなのだろう。
この世界では騎士と兵士は立場も役割も違う。
騎士たちは貴族なので基本的に市民とのかかわりはあまりない。地方に行くとそうでもないようなのだが、ここ王都では騎士は貴族のためのもので騎士自身も貴族のことが多い。
一方で兵士というのは国や貴族、または金持ちが雇っている市民だ。彼らはこの王都のいろいろな問題ごとの解決や、貴族たちのちょっとした困りごとの解消などをこなすことが多く、市民たちとかかわりあいになることも多い。必然雇い主である貴族の側に立たなくてはならないため、市民と軋轢も発生しやすい。
そんな、兵士たちの環境を少しでも緩和しようというのがこのパレードの趣旨だ。そんなわけで、パレードはお祭り的な意味合いの強い催しになっている。
この祭りのために数件駆け込みの派遣の仕事が舞い込んできたのを全部ケンに押し付けて、アリスはヘラクレスと城下町にやってきた。
明日はジルドレイの仕事の最終日である11日目。その最終日に何が起こるかを調べるためだ。
アリスはジルドレイの仕事が内容の割に11日という指定日数だった事について、彼が何かを企んでその日数にしたと考えている。
アリスは11日目という雇用期間について二つの推測を立ててここにやってきた。
一つは、今日この日まで兵士たちが忙しくて何もできないため。すなわち、ジルドレイは明日、兵士を使って強人組になにかをしかけてくるのではないかという推測だ。
もう一つは、明日の何かに向けて、今日この祭りの最中にトリガーが引かれるのではないかという推測だ。
というわけで、二つ目の推測について調べるため、アリスは仕事が少なめなのを良いことに久しぶりに組合事務をサボって市街へとやってきたのだった。
そして二人は積極的な情報収集をするわけもなく露店で遊び、パレードを楽しんだ。
ご存じの通り、アリスは強人組やスラムの面々が遊びに来る余裕がないからといって自分も自粛するなんて考えが浮かぶ人間ではない。
祭りっぽいものが初めてだったアリスは久しぶりに顔を満面に輝かせ、力いっぱい祭りを堪能した。
この日、アリスは初めての食べ物をたくさん食べたり、露店を出禁になったり、いくつかの催し物を制覇したり、ごろつきに絡まれていた少女を助けたり、高慢ちきな貴族のボンボンを懲らしめたり、スカウトされたり、求婚されたり、悪の組織っぽいのを一つ壊滅したりしたが、本筋からずれるので割愛する。
話は夕方になってやっと進む。
パレードは終わり、街の人たちは普通に出店を楽しむ雰囲気になってきた。パレード自体に参加していた兵士たちの一部も祭りの客として加わり飲み始めたようで、酒の入った街人たちは大いに盛り上がっていた。
「無いわね。」アリスがチョコバナナをもぐもぐとしながら言った。ほっぺにチョコついとるぞ。全然緊張感とかない。
「無いですねぇ。」ヘラクレスも呑気に返す。彼女はイカ焼きだ。
そう言いながらも、二人とも祭りを堪能したので何一つ情報が入らなかったことについては気にしていない様子だ。
楽しそうで何よりだ。
考えてみれば、アリスにはこういう日常も、王女としての日常も無かった訳だしな。
自分も何ができたわけでもないが、アリスと一緒に祭りを回れて少し楽しかった。
一方で、パレードの来賓席にアミールが居たのにはちょっと釈然としなかった。アリスには一切声がかかっとらん。
「ちょっと、そこの素敵なお嬢さんがた。」後ろから声がかかった。
「何かしら。」振り向くアリス。
即反応するのやめいな。
「こちら、新作のロウソクなんだけどちょっと見ていってよ。嬢ちゃんがたマジ可愛いから超安くすんよ。」声をかけてきたのはちょっといかつい感じの青年だった。
ごろつきとまでは言わないがちょっとやんちゃな感じ、肩には入れ墨、格好がほかの露店の人間に比べるとなんとなくみすぼらしい感じだ。服もごわっとした茶色の服で強人組が仕事の時に来ている服とよく似ている・・・ってこいつもしかして噂のニセモノか!?
餌どころか針もついてないアリスの釣り竿に向こうから食いついてきた。
アリスはヘラクレスに一瞬目線を走らせた。
ヘラクレスはそもそも強人組関係の事件には興味がないので、アリスの目配せには全く反応しない。
青年はちょうど通りがかった露店の売り子のようだ。よく見ると露店に並んださまざまな雑貨の端に、下のほうが黒くなっているロウソクが置かれていた。
「見てよ、このロウソク。ちょっと変わってるでしょ?根元が黒いの。だから、長く燃えるのね。で、土台ついてるじゃん。これごと捨てれるから掃除がマジ楽。てか、掃除要らない。だって捨てちゃうんだから!」青年は言った。「今なら、2本で1ラムジのところ、3本1ラムジでどう?」
「見せて?」アリスはロウソクを要求するように青年に手を伸ばした。
「おっ、見てってくれる?これこれ。って、お嬢ちゃん本当にかわいいね?」ろうそくを渡すついでにアリスの顔を覗き込んだ青年が言った。
「あら、ありがと。」アリスはロウソクを受け取りながら気のない礼を返した。「ほんと珍しいロウソクね。」
アリスは手渡されたロウソクを観察した。大きいスティック糊くらいの大きさで、下4分の1くらいが何かが沈んだように黒くなっている。
「それをこれに刺して使うんだ。」そう言って青年は木でできた小さなロウソク台を渡した。「ロウソクが燃え終わったらこの台を残ったロウごと捨てるんだ。」
「ふーん。なんで黒いの?」
「長く燃えるけどロウが少なくなるんだって。だからこんな小さい台で良いみたい。」青年は得意そうに説明した。「黒くてもにおいとか煙とかは出ないよ。」
「あなたが考えたの?」
「まさか?俺はただの売り子だよ。」青年は言った。「しかも、これアリス王女もご愛用の品なんだってさ。」
「!?そうなの??」アリスは大袈裟に驚いたふりをした。自分の名前が出てきたので実際驚いている。
「そうそう。なんだったら王女殿下が作らせてるって話らしいよ?王女ご愛用の石鹸なんてのもあってね。それの余りの材料を使って作ってるんだ。だから、材料から一級品だよ?」
「石鹸もあるの?」
「ごめん、石鹸は今は無いかな。」青年はそう言って、話が石鹸に移りかけたのを心配したのか再び尋ねた。「どう?買わない?いまなら俺の愛も付けちゃうけど?」
「あんたの愛は要らないから、3本1ラムジで頂戴。」アリスは青年にほほ笑みながらロウソクを要求した。
「つれない事言わないでよ~セニョリータ~。」と青年はくねくねとアリスの拒絶に反応しながらも、ロウソクを3本麻袋に詰め始めた。「毎度!」
「どういたしまして。」アリスは軽くお辞儀をするとヘラクレスと一緒に露店を去っていった。
アリスとヘラクレスはしばらく歩みを進めると、青年の居た露店をこっそりと見張るため、遠目の対角にあった細い路地に身をひそめた。
「居たわね。」アリスが張り込みの刑事よろしくヘラクレスに囁いた。
「強人組のニセモノぽい感じでしたね。」ヘラクレスは呑気だ。
「おのれニセモノ。どうしてくれようか。」
「あ、一人増えましたよ?」
見ると、露店に一人恰幅のいいおっさんがやってきた。彼は客ではなく露店のバックヤードのほうに入っていった。
「黒幕かしら?」
おっさんは青年と少し話すと、懐から何かを取り出して渡した。
青年は嬉しそうになんか言うと、ロウソクを露店のバックヤードから持ってきた袋に詰めて露店を後にした。おっさんのほうは店に残るようだ。
「ヘラクレス。あいつの後をつけて。どこに行くか確認するだけで良いわ。明日までは泳がせておきたいの。」状況を見てアリスはヘラクレスに指示した。
「え?アリス王女はどうするんですか?」
「ここで店を見張るわ。」
「一人でですか?心配だなぁ。」ヘラクレスが珍しくアリスの心配をした。
そういや、こないだ命狙われたばっかの王女だったよ。
「大丈夫よ、私強いの知ってるでしょ。」
「・・・何も起こさないでくださいよ?」ヘラクレスはアリスを睨みつけるようにして念を押した。
そっちの心配か。たしかにそっちは心配だ。
「しないわよ。良いからとっとと追う!行っちゃうじゃない!」
「了解でさ、姐御!」ヘラクレスが強人組の口調を真似て返事をした。
「勘弁してよ。」
「はいはい。」ヘラクレスは適当に返事を返すとロウソク売りの青年を追いかけて人ごみに消えていった。
残ったアリスは一人、露店のおやじを張りこむ。
店には客は訪れず、おやじも積極的に勧誘をすることは無かった。
辺りはもうすぐ日暮れ。すでに雑貨の売れる時間は過ぎ、今からは夕食のような食品の出店の時間なのだろう。
結局、たいした時間も経つことなく、店に残ったおっさんは店の片づけを始めた。おやじはバックヤードに置いてあった荷車にぎちぎちに商品を詰め込むと露店をたたむ作業を始めた。
アリスはつい先ほどナンパをしてきた今は意識のない男を路地裏に転がしたまま、露店のおっさんのもとに駆け寄って声をかけた。
「ねえ、ご主人?さっきここでロウソクを買ったんだけれどアレってまだあるかしら?」
「おや、美しいご婦人さん。」おっさんが答えた。「ロウソクはうちでは扱ってないんだよ。」
「でも、先ほどこの店の若い男の方から薦められて買いましたのよ?」
「ああ、彼のか。」おっさんは納得したような声を上げた。「しまったな。少し卸しておくべきだったか。」
「?」
「ああ、ごめんごめん。君がロウソクを買った彼、今日だけ雇った臨時のバイトなんだよ。ロウソクは彼の持ち込みなんだ。店の一角に置かせてくれって。さっき給料渡して帰しちゃったよ。」
「そうなのですか。」アリスは言った。「彼はどちらのかたかご存じですか?」
「知り合いの伝手から紹介してもらったから良く知らないんだけど、なんだっけな、極・・・そう、極東強人組とかいうところの人間だとか言ってたな。」
「おのれ・・・。」アリスは思わずつぶやいた。




