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8-8 a さいきんのギルド運営

 「いや、変なことや怪しいことは無かったっすよ?」

 ジルドレイの所で1日目の仕事を終えてきたスカンクがアリスに言った。

 スカンクは仕事終わりにアリスから仕事の内容について報告に来るように言われて、わざわざ事務所までやってきたのだ。

 カウンターで残務を処理しているケンと部屋の片隅で居眠りをしているヘラクレスの他に、事務所にはタツがいた。彼もアリスに呼び出されたのだ。

 アリスとタツとスカンクの3人はホールの机を囲んで座り、スカンクが二人に報告を行っていた。

 「とりあえず、くっせえ油みたいなのに粉を入れるとドロドロになって、それをみんなで型に流して固めてロウソクにしてくんっす。あと、なんかそれにぶっ刺すようの木の柄みたいなのを加工してるっす。ぶっ刺すのもそのうちやるみたいっすね。」

 「なんか変なことは無かった?」

 「ロウソクの下のほうが黒いっす。」スカンクは言った。「珍しくないっすか?」

 「そう言うんじゃなくて。」とアリス。「誰か怪しい人がいたとか、今までの仕事と違うところとか無かった?」

 「そうすね。特にねぇっすかね。」スカンクは考える様子も無く答えた。そして、そう言ってから思いつたように付け加えた。「あ、でも、俺たち以外あんま人がいないっす。」

 「そうなの?監督役とかも?」アリスが尋ねた。

 「2人いますけど、あいつらは特になんもしてないっすね。ジルドレイさんも最初に説明だけしていなくなっちまいました。俺らはそのまま一日同じことしてただけっす。」

 「ジルドレイ自身があなたたちの作業手順を説明したの?」

 「そうっす?」

 「手順書とかはある?」

 「ないっすよ。」スカンクが言った。「あっても俺ら読めないっすよ。」

 「うーん。あいつ、商人じゃなくて職人上がりなのかな?ジルドレイが帰って他の人があなた達の指揮を執るのね?」

 「指揮なんてとらねえっすよ。あいつらただ居るだけっす。」スカンクは答えた。「見張りなんじゃねえすか?」

 「え?出来具合を確認したりはしないの?」

 「いや?まったくっすね。終わりの時間を知らせに来るだけみたいな感じっすよ?だいたい、どっちかが工房に居て寝てる感じっす。二人居るときはずっとだべってまさあ。」

 「それは、おかしいかなぁ。」タツが口を開いた。彼はジルドレイの仕事に関しての職人としての参考意見を請われて呼び出されている。「慣れてきてからはともかく、初日は、絶対に様子を見る人がいると思う。特に組み上げ前のパーツが失敗してると後々に問題になった時にものすごく作業が後戻りするから。スケジュールがきちんと決まっているんだったら特にだよ。」

 「そういえば君の言うように、ミンティーも出来あがりの確認をしてもらいたがっていた。彼も昔工房に居たっていうし、今回の仕事は工房で働いた経験のある人間にとっては普通ではないのかもしれない。」スカンクは言った。

 「・・・・?」アリスが首をかしげた。

 「どうしやした?姉さん?」アリスが不思議そうにスカンクのほうを見ていたので、スカンクが尋ねた。

 「いえ、何でも。」明らかに何かある感じでアリスはそう答えた。

 「工程の全体は判る?行程的に11日かかる感じのものだった?」タツがスカンクに尋ねた。

 「そんなことは無いと思う。最初の一本は明日できる予定だ。箱詰めに何日もかかるとは思えない。」スカンクは答えた。

 「ロウソクの下が黒いって言ってたけど、それってなんで黒いの?ろうを固めてるうちに何か沈んでくるの?」タツが続けて尋ねた。

 「ロウを作っている途中で黒い砂みたいなものを入れるんだ。内容は良く分からなかったけれど、ロウソクの性能を上げるための粉だと説明された。」スカンクは説明した。「高価な材料のようで、これだけは絶対にこぼすなと口酸っぱく言われている。」

 「うーん。」タツが唸った。「普通、黒くて燃えるものって煙が出やすいし灰も残りやすいと思うんだ。僕じゃなんとも言えないから、ショウとかミスタークィーンさんの工房の誰かの意見も聞いたほうが良いと思う。ロウを溶かすところから説明してもらっても良い?」

 「ああ、承知した。」スカンクが答えた。「まず、大きくて浅い鍋にお湯を沸かすんだ。お湯が煮立ってきたら、その上に少しだけ小さめの鍋をうかべる。その後に・・・」

 「ちょっと待って!」アリスが眉の間にしわを寄せながら、スカンクの話を遮った。

 「なんでやしょう、姉さん?なんかヤベエとこでもありやしたか?」

 「・・・あんた、タツと話すときなんか普通じゃない?」

 「はぁ。」

 「あんた、まともに会話できるってこと?」アリスが訝しそうに訊ねた。「たしか最初に会った時とか、ヒーハーとか奇声上げてた気がするんだけど・・・。」

 上げてたな。

 「ああ、俺っち、顔が地味なんで、キャラ立てないっとやってけなかったんすよ。」スカンクが答えた。「もともと街では普通に暮らしてたんで、タツ君とだべってるときんほうが普段っすよ?」

 「え?その喋り、キャラ付けだったの?」

 「そりゃあ、そうっすよ。」スカンクは笑いながら片手を振った。

 「・・・。もうガラの悪い方向性は無しにしたんだから。そう言うの止めてもいいのよ?」

 「??はあ、そんなんで基本普通のトークっすよ?」

 「じゃあ、なんで私にはそんなしゃべり方してんのよ!!」アリスが口を尖らせた。「まるで私がそういう風にしゃべんなきゃいけない相手みたいじゃない!」

 「えっ!?」驚くスカンク。

 「ええっ!?」驚き返すアリス。

 後ろでケンが噴き出した。

 アリスはケンをにらみつけたが、ケンはカウンターでうつむいたまま笑いを押し殺して大きく震えていた。

 「・・・・もういいわ、続けて。」アリスはかなり不服そうだったが諦めてそう言った。

 「どこまで、話やしたっけ?」

 「ロウを溶かすための湯銭鍋を準備したところまでかな。」タツが助け舟をだした。

 「そうそう、ありがとう。お湯の上で温めた鍋の中に油を入れるんだ。その後白い粉を入れる。これを入れると冷えた後に固くなるんだそうだ。そして、白い粉が溶け切ってしばらくしてから、火を止めて、すぐに黒い砂を入れる。余熱で温めながら冷えまで頑張ってかき混ぜれば材料は出来上がり。後はもう一度溶かしなおして型に入れていく作業だね。この時に黒いのが沈んでくる。」

 「なるほど・・・その白い粉と黒い砂が何だか解らないかな?」タツが尋ねた。「できればほんの少しで良いから持ってきてほしい。スラムでも灯りを作れないかやってみたいんだ。」

 「ああ、構わないよ。たぶん簡単に持ち出せると思うし。ただ、粉が何なのかは見張りの彼らだと知らないんじゃないかな?ジルドレイさんに会えたら聞いてみるよ。」スカンクがタツに言った。その後アリスを見て訊いた。「姐さん、ちょっとくらいパクって来てもいいっすよね?」

 「しゃくぜんとせん。」アリスはスカンクの言葉遣いに未だ納得がいってないようだった。「まあ、怒られないくらいの量ならいいんじゃない?」

 この世界はまだ産業スパイ的な概念は無いんかな?

 「ところで、仕事の最後の日になんかありそう?」アリスがスカンクに尋ねた。「なんか言われなかった?」

 「ん?いや、特に何もなさそうっすけど。」

 「じゃあ、ジルドレイの工房内じゃなくても良いから、なんかイベントとか無いかしら。街とかでも良いわ。」

 「うーん?聞いたことないっすね。」スカンクが首をひねった。

 「僕が知るわけないでしょ。」アリスに視線を送られたタツが即座に答えた。

 「10日後に何があるのかしら・・・。」

 「考えすぎじゃないっすかね?」スカンクが言った。

 と、

 数少ない街の仕事に派遣されていた、強人組の3人がお給料を貰いに組合事務所に戻ってきた。

 「「「姐御、ただいま戻りやした。」」」彼らはアリスに向けて、大声であいさつをした。

 「特に問題なしっす。」

 「無事完了しやした。」

 「ご苦労様。」アリスが話を中断して彼らに応えた。「給料は預かってるから、ケンから受け取って頂戴。」

 「「「押忍!」」」彼らは武道家のように頭を下げた。

 3人のうち一人がタツに気づいて声をかけた。

 「あ、もしかして、君、タツ君だよね?話はガジェから聞いているよ。」ガジェというのは強人組からタツの所に就職した組合員だ。「ずいぶんと腕がいいって舌を巻いていたよ。」

 「大したものだね。こんなにも若い人間だとは思わなかったよ。おじさんたちも頑張らないといけないね。」

 「もし、君の工房が大きくなるようだったら、ぜひ雇ってくれると嬉しいな。よろしくお願いするよ。」

 「うそでしょ!?」アリスが3人の言葉遣いに悲鳴を上げた。

 「姐御、どうしやした?」

 「顔色がすぐれませんぜ?」

 「姐御は働き過ぎなんすよ。もっと、サボんなきゃ。」

 「・・・・・。」アリスが机に肘をついて両手で顔を覆った。

 「姐御!?本当に大丈夫ですかい?」

 言っとくけど、こいつらケンに対しても普通にしゃべってるからな?

 彼らがちんぴら口調で応対するのはアリスとカルパニアにだけだ。

 「お前たちは何をしてきたんだ?」スカンクが3人に尋ねた。

 「出店の設営だ。なんでも今年は出店の数が多いらしくて、露店の設営が式典に間に合わないって話らしくてさ、俺たちにお呼びがかかったって寸法らしい。」

 「露店って店主が建設するんじゃないんだ。」スカンクが尋ねた。

 「ああ、王都の兵士たちの一大式典なんで場所の取り合いとかがないようにブース式にして、ベルマリア公が取り仕切ってるんだとよ。」

 「ちょっと待って、何の話?式典って何?」アリスは依然両手で顔を覆ったまま中指と薬指の間を少しだけ開いて、その隙間からスカンクたちを覗き見ながら訊ねた。

 「王都の軍事パレードでさあ。」スカンクがさも当たり前のように答えた。「俺も、見に行きたかったんっすけどねぇ。」

 「あんた、さっきなんもないって言ったじゃん?」

 「いやいや、式典は9日後っすよ?」スカンクは悪びれる様子もなく答えた。「てか、なんで姐御、知らないんっすか?」

 「まじか・・・。何するの?」

 「え?いや、王都中の兵士集めてパレードっすよ?」スカンクはアリスが本当に知らない様子なので訝し気に答えた。

 アリスが部屋の隅でうとうとしているヘラクレスを見た。

 「ん?私は出ませんよ?アミール殿下の騎士になりましたので免責です。私の部下たちはみんなみんな出ますんで式典の練習の面倒は見てますが。」ヘラクレスは眠そうに目をこすりながら答えた。「部下の指導とアリス様の護衛と二足のわらじで忙しくて眠いんですよ。」

 お前、こっちの仕事ほとんど休憩みたいなもんじゃない?

 「それって、王都の兵士がみんな参加するの?」アリスが尋ねた。「バゾリやブラドんとこの兵士も?」

 「そうですよ?東地区も西地区も王都総合も王都警察も王族警護班も全部です。みんな一生懸命練習してるはずですよ?」ヘラクレスは答えた。そして余計に一言加えた。「なんで王女なのに知らないんです?」

 育ってきた環境がおよそ王女っぽくないからですな。

 「そうか・・・。」アリスはヘラクレスの無礼な一言は耳に入れてすらいない様子で、顎に手を当てて何かを考え始めた。そして言った。

 「たぶんそれが10日後まで雇った理由だわ。」

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