8-5 b さいきんのギルド運営
さて、強人組に流れてきた人々の中にブレグという街の人間が居た。
ブレグは強人組初めての若い女性だ。栗毛の可愛らしい女の子だが、格好がみすぼらしく、汚れているので一見すぐにはそうとは分からない。アリスと似たような年頃だ。
彼女は、杖を突き片足を引きずって歩いていた。足のケガのせいで雇い主から解雇されたのだそうだ。この体では働ける場所はなく、かといって体を売る勇気も無かったところに王女と強人組の噂を聞きつけて頼ってきたのだ。
朝、アリスが仕事を始めたころを見計らってブレグが二階から降りてきた。
『ブレグが2階から降りてきた』というのは、さすがにスラムに野放しで住まわす訳にはいかないと、アリスが組合事務所の二階に用意した鍵付きの部屋にブレグが住まっているからだ。ブレグは見た目は悪くない。職にあぶれてすぐここに流れてきたせいか、不健康なほどに痩せているというわけでもない。スラムに放置されては何が起こるか分かったものではないとのケンの提案だ。
ちなみにケンたちがアジトにしていた建屋が強人組の組合事務所となっている。
「ごめんなさい。今あなたに振れそうな仕事の依頼は来ていないわ。」今日もいつものように窓口業務に就いていたアリスがすまなそうにブレグに告げた。
最近のアリスは、搭でスラムの畑や出資の件についてタツたちに指示を終えるとこの事務所にやって来て毎日自ら窓口業務をこなしている。領地をもたない血縁公爵であるせいか、アリスには公爵としてやらなくてはならない公務とかは無い。というか、スラムを何とかするのがアリスに与えられてる公務なのだから、この窓口作業も公務と言えば公務と言える。
「そうですか・・・。」ブレグは涙目でうつむいた。
ブレグはここに来てから、まだ一度も仕事にあり着けていない。
アリス以外の初めての女性という事で、周りの強人組の面々がちやほやするので飢え死ぬ心配はなさそうだが、なんだかんだで下心丸出しで食べ物をプレゼントされるブレグはかなり気まずそうだった。
「なんでこう、肉体労働ばっかり来るのかしらね。」アリスは依頼のリストを見ながら困ったように言った。
極東街強人組って名前のせいじゃないかなぁ。
「あと、あなたも文字とか計算とかを憶えないとダメよ。そういう仕事なら足が悪くても大丈夫だし。」
「私、ばかだから・・・。」ブレグが涙で瞳を潤ませながらうつむいた。「文字や計算を憶えるなんて、自信が・・・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。」
「頑張って勉強しなさい。」アリスは言った。「ここに入ったならあなたはもう私達の仲間。できることなら手伝ってあげるわ。」
ブレグは何も返事を返すことなくうつむいたままで階段をとぼとぼど上がって行った。
「アリス、あいつ何とかなんねぇか。」隣に座っていたケンが見かねてアリスに声をかけた。
「今は頑張って文字か計算を憶えてもらうしか無いわね。でないと仕事がないわ。」
「ブレグそう言うの苦手だって言ってたじゃないか。」
「でも、足が悪くて力仕事はできない、文字が読めないので机仕事もできないってままじゃ仕事なんてあり着けないわ。彼女、左手も怪我してて不器用だっていうし。どこか突破口を作ってもらわないとお願いできる仕事が無いのよ。」アリスは言った。「今こっちから出せる仕事も力仕事か計算を必要とする仕事が多いから、ブレグに回せる仕事が少ないのよね。」
アリスの言っている『こっちからの仕事』というのは、強人組から依頼する仕事のことだ。組合事務所を修理したり、荷物を運んだりという仕事を組合自身からも毎日いくつか誰かに依頼している。たいていの場合、仕事の入らなかった人へ優先されることが多い。
ブレグに依頼できるのはたまにアリスが出す掃除くらいだ。
「うまく、口利きしてやるわけにはいかないのか?お前の所で特別に雇ってやるとか。」
「それは絶対ダメよ。それこそ他のみんなに悪いじゃない。」アリスは答えた。相変わらずストイックだ。「カンパとキーノなんか仕事めちゃくちゃこなしてるわよ。彼らはリピート指名も何回か取り付けたわ。スティーブも少しでも自分を良くしようと頑張ってる。他のみんなだってそう。なんだかんだで、ここに来る仕事ってあんまり良い仕事じゃない。お駄賃も安い。」
しかも、ピンハネされてるしな。
「頑張ってる彼らを差し置いてブレグだけを優先する訳にはいかないわ。」
「そんなこと言ったって、ブレグ一人じゃ文字を読んだり計算出来るようになるのは難しいんじゃないか?」
「文字とか計算を勉強できるように環境を整えてあげないとダメかしら。」アリスは言った。「仕事ばっか頑張ってたってしょうがないものね。もっと、お金を儲けられるように頑張らなきゃ。」
それ、仕事頑張るのとなんか違うのか?
「そうだ!ねえ、昔、ケンたちに作ったカードあるじゃない。あれ作って売らない?」アリスがふと思いついたように言った。
金とんのかよ・・・。
「金とんのかよ・・・。」ケンが自分の心をまるまる代弁してくれたかのように呆れた声を出した。
「いいと思うのよね。みんな文字を覚えられるツールが手に入って、それを作る職業に誰かが就くことができるし、一石二鳥だわ。」アリスは自分の案にご満悦だ。
「お前、仕事のないブレグにそれが買えると思ってんのか?」ケンが言った。「結局、仕事のできる奴がそれを買ってって、折角来た文字の仕事もそいつらがもってっちまう。ブレグだけじゃない、そのやり方はお前の一番助けたい人間に届かない。」
「・・・確かに。それもそうね。」アリスは思いとどまって言った。
なんでこの子はこんなにもお金に意地汚いのか。
ブレグの事に関しても変にストイックにならないで、素直に個人的に助けてあげれば良いのにとも思う。やらない善よりやる偽善とかいうし。
百歩譲って、誰かにだけお金を恵むのはひいきしているみたいで筋が通らないってとこまでは理解できなくもないけど、その傍らでちょいちょいピンハネして私腹を肥やすのは止めーや。
街から仕事が来るとアリスは先方の提示額をまるっと飲むことは少ない。ミスタークィーンと相談して大体の相場を知っているので、依頼された仕事の依頼価格が相場と合わないときはアリスは金額交渉をおこなう。
アリスが受領価格を譲らなかったせいで話が決まらなかったのが数件あったりするのだが、これ、アリスが取引手数料という名目で取っているピンハネ分を譲歩してたら成立してた可能性がある。アリスは依頼金額の4倍のロマ(ラムジの10分の1の通貨)を手数料として得ている。つまり取引手数料4割だ。前世での知識を合わせても、これが高いのか低いのか分からないが、アリスがここをまけることは一切なかった。
「うーん。でもなぁー。」アリスが珍しく小さく独り言をつぶやいた。
アリスは何かを悩んでいるようだった。
まさか、取引手数料を増やそうとしてないよな?




