8-4 b さいきんのギルド運営
日を跨ぐことすらなく、アリスはケンを引き連れてケンの取引相手であるジルドレイの元に挨拶にやって来た。
アリスはジルドレイの事務所に馬車で乗りつけた。
さすがに街中を王女がほっつき歩くわけにもいかないので、馬車はアリスが手配した。
「サー・エルメスに面会したいのですが。」馬車から降りるとケンが門番に挨拶した。「王女殿下がお話したいとお伝えください。」
「ええっ!?」兵士は驚いた様子で馬車とそこから降りてきた美人を交互に見た。「応接に案内いたしますので、少々お待ちを!」
兵士は慌ててアリスたちを応接に案内し、ジルドレイを呼びに飛び出していった。
急な訪問のせいかしばらく待たされたものの、アリスたちはジルドレイと面会することができた。
ジルドレイ=エルメスは若い商人で、さらさらストレートの長髪のせいか、かっこよいわけでもなければチャラい感じがあるわけでもないが、なんとなくキザっぽい印象を受ける人間だった。よく見ると厚化粧で眉も整えられていたりする。だからそんな印象を受けるのかもしれない。
アリスはジルドレイに行きがかり上ケンたちのボスになったことを説明した。
「というわけで、私が新しいボスになったので、彼らの業態を変えようと思うの。」アリスはジルドレイにはっきりと伝えた。「だから、申し訳ないのだけれど今後あなたとは付き合えないわ。」
「そうですか、それは残念ですね。」アリスの話を聞いたジルドレイは意外にも慌てたり反論したりはしなかった。
彼はものすごいポーカーフェイスだ。最初に部屋に入ってきた時も、アリスが王女だとあいさつした時も、声にこそ少しのうろたえは出たものの、にこやかな表情はみじんも崩さなかった。
「残念ですが、それがみなさまの新しい方針でしたら仕方ありません。殿下のご商売が上手くいくことを心から願っています。」にこやかにジルドレイは言った。
あっさりとジルドレイが引き下がったのでアリスは毒気を抜かれた感じでケンを見た。
「ジルドレイさん、本当に今までありがとうございました。」ケンがジルドレイに頭を下げた。「このご恩は一生忘れません。」
「いやいや、こちらこそたくさん恩返ししてもらっていたからね。」ジルドレイは言った。「それよりお王女殿下の事業が上手くいくことを最優先してくれたまえ。」
・・・なんだろう。
ジルドレイは言葉遣いも丁寧で、物腰も柔らかい。常に穏やかでにこやかだ。
なのに、彼がいい奴だって感じがしない。
言葉はやさしいし紳士的なんだけれど、本当にはケンたちのことを気にかけていない気がする。スラムの人間であるケンに対してやけに紳士的すぎるとか、そういうのがひっかかっているのかもしれない。
それと自分には彼のにこやかな表情が彼の心のうちとリンクしているとは思えないのだ。張り付いた笑みと言うと意味が違ってしまうが、笑顔の仮面をつけて本当の気持ちは隠しているかのような、そんな不信感を彼には感じる。ポーカーフェイス過ぎて感情が読めないのだ。
まあ、自分、人間を見る目ないから。ほんとの所はどうなのか判らない。
「ところで、新しい業態とは何を始められるのです?」ジルドレイが訊ねた。
「とりあえずは、みんなに仕事を斡旋する仕事になるのかしら?」アリスが内容をぼかしてジルドレイに伝えた。
アリスが考えているのは、ハロワのようなシステムだ。
ケンとのやり取りで思いついたらしい。
今できる仕事でお金を儲けるという方針を掲げてはみたものの、肝心の仕事がなくちゃ何もできない。
ならば、仕事が集まってくるようにすればいい、と言うのがアリスの考えだ。
アリス曰く、「人余ってますって旗を掲げて求人を集めることができれば、みんなが職に就くという目標は簡単に達成できるはずよ」だそうだ。
最初はケンやアリスの伝手で職業を紹介していくことになるだろう。
そして、ゆくゆくはその他いろいろなところからも求人を取り付けていくようにするつもりのようだ。まずは今いるごろつきたちの8割、20人を職につけることを近々の目標とした。
紹介の手間賃を取るつもりらしいので、どちらかというとハロワというより転職エージェントとかに近いのかもしれない。
いや、アリスは王女であり公爵だからやっぱり公的って意味ではハロワなのか?
ただ、職業斡旋所やエージェントと少し異なるのは、完全な雇用ではない単発の仕事については『アリス公』がその仕事を請け負い、人材を派遣するという形式をとるという事だ。
ここの部分に関しては前世で派遣会社がやっていたことに近い。スラムの人間では信用の点で仕事が舞い込んでこないので、アリスは自分自身の立場をフルに利用することにしたのだ。
最初は短期の求人ばっかりだろうけど、スラムの人間が短期の仕事をきちんと仕事をこなせば、その人間には信用がついてくる。そうすればきちんとした求人も舞い込んでくるだろうというのがアリスの考えだ。彼らの短期雇用の職歴はアリスによってきちんと記録に残される。なんか履歴書の空白を埋めていくみたいな感じの考え方だ。
こういうのをこの数時間で決めて走らせちゃうんだからこの子の行動力は恐ろしい。
「あなたの細かい仕事も依頼してくれれば、私のほうから彼らに斡旋しますわ。」アリスはジルドレイに言った。「もちろんタダというわけにはいきませんけれど、街の誰かを雇うよりは安いと思いますわよ?」
「おや、本当ですか?」ジルドレイは身を乗り出して食いつく様子を見せた。
「もちろん、怪しい仕事とか彼らの経歴に傷がつくような仕事は無しですけど。」
「いえいえ、そのような仕事は行っておりませんよ。」ジルドレイはにこやかに両手を振って悪意はみじんもないことをアピールした。「ぜひ人手が足りない時にはお願いすることにしますね。」
「お待ちしていますわ。」アリスはニッコリ笑って言った。




