8-3 b さいきんのギルド運営
ケンが戻ってきたのは2時間後だった。
「アリス!!」アジトに戻ってきたケンはアリスを見つけて声を上げた。
そして、アリスを見て声を上げた。「・・・アリス?」
アジトの前には4×5列で整列したごろつきたちが地面に座っていた。
アリスはアジトから引っ張り出してきたひじ掛け付きの椅子を彼らの前に置いて、女王よろしく座っていた。
そして、ヘラクレスが囚人を見張る看守のようにごろつきたちの間を歩いている。
ごろつきたちは手に持った石で地面に一生懸命に何か書いている。まるで奴隷のようだ。そして彼らのほとんどが顔面を腫らしていた。
「キャー!ケンじゃない!!」アリスから黄色い声が上がった。「ひっさしぶりー!」そして大きく手を振る。
やけに女の子女の子した反応がこの場に全くと言っていいほどそぐっていない。
てか、アリスに似合わん。
「お、おう・・・。」ケンもそう思ったのか、久しぶりの再会に喜びよりも戸惑いの反応が色濃く出た。「ひ、久しぶりだな・・・いったい何してるんだ?」
「文字を教えてるのよ。」アリスはどや顔でそう答えた。
せっかちなアリスは2時間も暇を持て余せず、暇つぶしにごろつきたちに文字を教えていたのだ。
あいかわらず行動決定までの思考時間が無さ過ぎて、実は何かの病気なんじゃないかと心配になる。
「はい、そこ!スペル間違ってる!!」ヘラクレスが突然叫んで持っていた棒でごろつきの一人をつついた。
「・・・・」ケンは絶句したまま状況を認識しようと必死で頭を回している模様だ。
ケンがごろつきたちの列の後ろのほうで固まってしまったので、アリスはケンに駆け寄って行ってこれまでの流れを説明した。
ごろつきたちはサボるとヘラクレスに怒られるので、ケンのほうを見ようともせず、必死に地面に書き取りをしている。
彼ら、これ、二時間やらされてるからね。
「で、こいつらをコテンパンにして、今に至るってわけか。」アリスから説明を聞いたケンは納得の声を上げた。
「そ。でも、今日はとりあえず、ケンにちょっと話聞きたかっただけだから。会えて良かったわ。」
「悪いが、答えないぞ。」ケンはつれない返事を返した。「こいつらの無礼は詫びるが、さすがに俺もこいつらのリーダーだからな。この状況を見ておいそれと協力はできない。」
ケンの手下たちは大体みんなどっかを腫らしたり流血したりしている。
「襲ってきたのをやっつけただけよ。」アリスが反論した。
「先に手を出したのは、アリス王女ですよ。」ヘラクレスが横からチャチャを入れた。
「違うわよ!」
「そうですよ。ねぇ、スカンクさん。」ヘラクレスが一番隅っこに座っていたモヒカンに声をかけた。
スカンクはケンのほうを振り向いて、涙目で頷きながら助けを求める視線を投げた。
「・・・そうだったっけ?」アリスがいまさらとぼけた。
「じゃあ、なおさら無理だな。みんながボコられてんのに、ボコった相手に俺だけ尻尾を振るわけにはいかない。」ケンが漢を見せて言った。
ごろつきたちから、ため息のような声が漏れた。
こんなごろつき相手にもきちんと義理を通してきたから、ケンがボスなんだろうな。
「俺はこいつらのリーダーだ。仲間をひどい目に合わされたなら、アリスといえどもスジを通してもらう必要がある。俺もスジを通す必要がある。俺だけでも最後まで抗わせてもらう。」
ケンはそう言ってアリスに拳を固めて見せた。
「ばかばかしい。私にかなうと思ってるの?」
「・・・・。」
正直でよろしい。
それでもケンは握った拳を解かなかった。
「真面目なことね。」アリスは呆れたように言った。「いいわ、やりましょ?その代わり、リーダーのあんたに私が勝ったらあんたら全員私の手下ね。」
話聞いてる限りだと、アリスのほうが悪もんやんけ。
「いいだろう。」それでもケンはアリスの言い分を了承した。そして、ごろつきの一人に命令した。「全員呼んで来い。お前らの行く末を決める大事な戦いだ。」
どこかしこに出かけていたケンの仲間たちが連れ戻されてくるのを待って、ケンのアジトの前に試合会場が設営された。
といっても、空き地を囲んでごろつきたちが座っただけだが。
勝負のほうはケンvsアリスの一騎打ち。
どちらも武器は無し。素手での殴り合い。無制限一本勝負だ。
容姿端麗、雪柳のように肌は白く華奢なアリスと、細見とは言え鍛え上げられた肉体、少しだけ生えた顎髭が若干の男臭さを醸し出しているケン。
不公平で一方的なマッチングなのは一目見て明らかだった。もはや、危機感を抱かないことにすら危機感を感じない。バスケの時のような一方的な殺戮にならない事を願おう。
後から遅れてこの場に合流した8人だけが、なんでドレスを着た美人を自分たちのボスが叩きのめす事になったのかと状況を勘違いしてるご様子だ。
ごろつきたちが周りを取り囲んで見守る中、会場の中央に準備を整えたケンとアリスが相対した。
「覚悟しなさい。」アリスはケンを見上げて言った。アリスの背は伸び、女性にしては高いんじゃないかと思うくらいになっていたが、ケンのほうが背は高いようだ。
「ああ。俺が負けたときは全員でお前に下る。」ケンはアリスに向けて言った。「で、俺が勝ったらどうする?」
「なんだっていいわよ?」アリスは不敵に笑った。「万にひとつも無いもの。」
「そうか、じゃあ、俺が勝ったら俺の嫁になれ!!」ケンが叫んだ。
「えっ!?」突然のケンの告白にアリスが完全に動揺した。
「行くぞ!」ケンはアリスの動揺を逃さない。即座にアリスに殴りかかった。
「ちょっ、まって。ちょ!」ケンの精神的揺さぶりに完全に動揺したアリスはまったく戦いの体勢になっていない。
ケンがアリスの動揺などおかまいなしにこぶしを振るった。
アリスが慌てて後ろにかわす。いつもの華麗さなんてひとかけらもない。完全な逃げだ。
ケンはアリスを知っている。女の子だとは見てない。彼は全力でアリスをぶちのめしにかかった。たぶん、本気で嫁にしたいのだと見た。
アリスは、ケンの勢いに押されて一方的に追い詰められていく。
ケンの拳がギリギリのところでアリスをかすめた。
アリスが慌てて身をよじる。
ドレスのスカートがふんわりと膨らんだ。
ケンが突如、アリスへの直接攻撃でなく舞い上がったスカートをつかみにかかった。
アリスが素早くスカートをつかんで引き寄せる。
ケンの指が、一瞬スカートに触れた。
しかし、つかむには至らず。
「ちっ!」ケンが一瞬舌打ちした。たぶん、捕まえてさえしまえば体格差で勝てるとふんでいるのだろう。
ケンは攻撃の手を休ませない。アリスが体勢を整える前に次の拳を繰り出した。踏み出す足はあわよくばスカートのすそを踏もうと狙っている。手数勝負だ。アリスに考える暇を与えない。
アリスは体は条件反射で何とか反応しているがギリギリだ。頭がついてきていないようで反撃がおぼつかない。
これ、このままケンが勝ったらロマンティックだよなぁ・・・とか思いつつも、アリスが勝つことを確信している自分が居る。
結局、ケンが一方的にアリスを追い詰め、勝ちをおさめそうになったところで、
負けず嫌いのアリスがいろいろ割り切ってようやく反撃を開始、
今度は一方的にアリスがケンを追い詰め(23発)、
やぶれかぶれで「好きだー!」と絶叫するケンの頭部に容赦なく踵が落ちて試合は終了した。
「作戦がこすいのよ!」アリスはケンの頭に落とした踵を上げたまま、気絶しているケンに言った。
たぶん作戦じゃなくて本気の叫びだったぞ。かわいそうに。
あと、足下ろせ。ケンが気づいたら見える。




