8-1 b さいきんのギルド運営
国政会議は以前アリスがサミュエルを追い詰めた時と同じ場所で行われていた。
今回は定例の会議だったせいか、あの時よりも参加人数が多い。
突発的な招集を除けば、この会議は四半期ごとに行われているようだ。
例によって参加の貴族たちが真ん中の赤いカーペットの敷かれた通路を挟んで右左に分かれて立っている。
今思えば、以前のアリス毒殺対策会議の時から、左にエラスティア系派閥、右にミンドート公含むベルマリア派閥できちんと分かれていたようだ。今やミンドート公をベルマリア派閥として良いのか解らないが、ミンドート公はジュリアスと共に会場の右側の先頭に立っていた。
そのすぐ後ろ、ジュリアスの真後ろにアリスは位置した。そう言えば前回も右だった。
エラスティア派=アミール派と考えると、アミールの対立候補のアリスは右側なのだろう。
アリスの心配していたような病気を忌避するような動きは、近くの貴族たちからは感じられなかった。むしろ、周りの貴族たちはアリスにドギマギしているご様子だ。
ここ数年、学校に行ったり、搭に籠っていたりとアリスが城内にいなかったせいで、アリスの噂がされることは少なくなり、それに合わせて病気のイメージも薄れて行った気がする。例の赤黒メイドたちの話にアリスの病気の話題が上ったのは、それこそ一年半前、学校で倒れた時が最後ではなかっただろうか?
今日は一番前にケネスも居た。ケネスは左側、ロッシフォールの隣だ。
って、エラスティア側の列の真ん中辺にトマヤ居た!!
めっちゃアリスのほうを睨んでたから、さすがのアリスも一瞬気にした。おかげで気づいた。
くそう、初めてトマヤに【感染】できるチャンスが来たというのに、まったく動けん。
ここにはアリス以外にも体内細胞数が多いジュリアスが居る。他にもこの場に居る何人かの貴族にも【感染】済みだ。トマヤまで届くかはともかくとして、いろいろなところから感染源を飛ばすことが可能なはずだった。
しかし、【冬眠】とアルトの薬の影響で何もできない。
おのれアルト!
「これより四半期報告を始める。」王は来ていなかったが、ロッシフォールの宣誓と共に会議は開始された。
会議は各貴族の報告から始まった。
貴族たちは、各々、自分たちの領土の現状を自慢げに報告した。
「海外からの食品輸入で困窮している中、我がコータリィレプート伯爵領は前年よりも税収をわずかですが伸ばしております。成長率は微々たるものかもしれませんが、他の領土と比べて・・・(云々)」
「セトルメント領では農作物での減収分を布製品で補填し、まずまずの成果を上げております。総合的に見れば・・・(云々)」
「セグメンティアでは、農業から鉱石産業への業態変更に成功しております。鉱石産業は著しい成長を見せておりまして・・・(云々)」
「フィックスドコーストでは、農地を削減することで税の回収率を過去最高としており・・・(云々)」
なんだ。何か上手くいってる報告ばっかだ。意外とこの国ってちゃんと回ってるのかな。
全員が報告をするわけではないようだが、この調子で進むと結構時間がかかる。アリスはまあいいとして、ロッシフォールやケネス辺りの高年齢は立ってんのが辛いんじゃなかろうか。
そして、案の定アリスは完全に飽きている。
「リアプロフィット伯爵領、エクスロス侯領群、バランシート領では、農作物の価格低下に伴う利益減とそれに伴う市場の不活性化により税収が前年同様に減収しております。減収度合いは前年度よりもマシではありますが、それはもうこれ以上減るものがないがゆえにございます。」
ダメ領地あったよ。
あれ?三ついっぺんに報告?
「オネステッド卿。その報告は卿の領土がうまく回っていないことを公開しているようなものだぞ?」周りの貴族から、揶揄する言葉が上がった。
「その通りです。」オネステッド卿は正直にそう答えた。
「アキアの皆は毎回この定例会に参加せずに、持ち回りでの参加を許されているのだ。我々よりも優遇されているのにも関わらず、この体たらくはいかがなものか。」
このオネステッドって人、アキアの代表か。
「そのような報告で予算を分捕ろうという魂胆か?むしろ逆効果であるぞ?伸びている分野にこそ金は流れるべきなのだ。」
「そなたの報告が誠であれば、いずれアキア領は見捨てられてしまうだろう。そなたはアキア代表の一人であろう。報告の仕方を考えたほうがよろしい。これは善意の忠告だ。」
貴族たちがオネステッド卿の返事に対して次々と居丈高に意見を言い始めた。
「しかし、これは事実にございます。」今度はオネステッド卿の隣に居た貴族が声を上げた。「アキア領は農業の地にございます。また、国内の食物自給率の観点から、業態の変化も許されておりません。これで補助も何も無いのですから、我々はやっていけません。」
この人もアキアの人なのかな?
「それはそなたの努力が足りないのであろう。」
「わたくしはアキアの中にありながら、きちんと利益を上げておりますぞ。」オネステッド卿の近くに居た別の貴族の一人が声を上げた。「利益を上げてらっしゃる4公諸貴族の皆様に比べてアキアの皆様は努力が足りないだけであるとアキアの領内からも声を上げさせていただきましょうぞ。」
・・・なんだろう。なんか見覚えのある貴族だ。彼もアキアの人間なのだろうか。
オネステッド卿とその周りに居た貴族が一斉に今の発言をした貴族を睨みつけた。おそらくアキアの貴族たちなのだろう。
視線を受けた貴族は涼しい顔だ。
「アキア内でも上手くいっているところがあるのではないか。やはり諸君らの努力が足りないゆえであろう。」エラスティア側の貴族の一人が言った。
「しかし、アキア諸侯のように農業を母体とする領地が苦労しているのは当然のことだ。」と、アキアをフォローする発言が出された。発言者はベルマリア公ジュリアスだった。
「閣下はお若いから損を切れないのでございます。」エラスティア側にいた年老いた貴族がジュリアスをいさめるように発言した。こんなヨボヨボの人を会議中ずっと立たせてるのかよ。貴族もなんだかんだで大変だ。
ジュリアスは彼の発言を無視して続けた。「我がベルマリア公領でも農業関連の業績は芳しくない。農民は苦しい生活を強いられている。細かく分野ごとに見れば悪くない分野もあるが、現在国民の多数を占める農民の生活が良くならなくては他の産業も伸びまい。」
「その場合は農民たちを切り捨てるのです。王子殿下。」さっきの老人が答えた。「伸びている枝葉に光を入れるためには、枯れた枝葉は剪定せねばならんのです。」
枯れてんのお前やんけ。
「国策として食物自給率を維持しようとしている中で、その方法を提案するのはダブルスタンダードだ。」ジュリアスが反論した。「食物自給率の課題をアキアにだけ負わせ自領土は好き勝手に執政するなど、勝手が過ぎと思うが。」
思わぬところからの頼もしい援軍に、オネステッド卿たちが期待を込めた眼差しでジュリアスを見た。
「お若いベルマリア公。かといって、アキアを優遇されては困ります。」さっき報告をしていたエラスティアの貴族の一人が言った。「農民が足を引っ張って苦しいのはどこも一緒です。」
「そなたの領土は成果が上がっていると報告を受けだが?」ジュリアスが返す刀で言った。
「その様な世迷言をおっしゃるのであれば、我々は領地で成果を上げる努力など放棄いたしますぞ!」貴族が怒りの声を上げた。
ギスギスしとんなぁ。
その空気の中、討論に割って入ってきたのは玉座の脇に控えていた騎士の一人だった。
「ネルヴァリウス=ヴェガ王のおなり。」彼は大声でそう宣誓した。




