8-1 a さいきんのギルド運営
あらすじ
スラムを再建し、ついに塔を出ることになったアリス。
一方、一彦はアルトの薬のせいで身動きが取れなくされていた。
そして、公爵になったアリスに一つの難題が告げられるのであった。
この二年ほどでアリスは成長した。
髪が伸び、背も高くなった。今はグラディスよりも背が高い。スレンダーな美人という言葉がぴったりくる。前の世界なら余裕でモデルができる体系だ。
凛とした感は増した。顔の造形だけならかなりの美人だ。
が、表情が七変化するせいか冷たさはなく、いまだに少女の天真爛漫さが感じられた。
オッパイはほんの少しだけ頑張りを見せた。
お気に入りの赤いドレスはもう着れなくなり、アリスは新しいドレスを王からの贈り物として何着か仕立て直した。
アリスはその中から深紅のドレスを選び、その姿で1週間かけて肖像画を描かせた。
母の眠る墓に送るのだ。
肖像画には『アリス公爵』と銘打たれた。
アリスが公爵になると知らされたのは2週間前、アルトが自分を封印した直後のことだった。
アリスは4公が集まるいつもの会議の部屋に召喚された。
「こんにちは、アリス公爵。」ロッシフォールが言った。
「おはようございますわ。ロッシフォール閣下、みなさ、え!?公爵???」途中まで完璧に礼をしていたアリスがビックリしてロッシフォールを二度見した。
「殿下ももうすぐ18歳ですから、公爵の名を拝命していただきます。」ロッシフォールが言った。
「おめでとうございます。」モブートがそう言って頭を下げた。ミンドート公も彼に合わせて礼儀正しく頭を下げた。
ジュリアスは諦めなさいとでも言うような感じでにこやかに微笑んだ。
「そういえば、そんな慣習がありましたわね・・・。」アリスは言った。声にめんどくさいけどしょうがないという感情がにじみ出ている。
領地の有無に関係なく王に近い親頭の貴族には爵位を与えるという慣わしがこの国にはある。ルイーズやサミュエルがそうだった。王女という事であればそれは文句なく公爵だ。
末席のジュリアスがアリスを隣の席に招いた。
「公爵になること自体はただの慣習といえど、陛下は殿下が実務を一部担当することを望まれております。」アリスが着席するのを待って、ロッシフォールが無感情に告げた。「その旨、お心に刻んでおきますように。アミール殿下もご期待しておられます。」
アミールという言葉を出されて、アリスの目に生気が灯った。
「期待に恥じぬよう、善処いたしますわ。」アリスは深々と礼をした。
「・・・・・・普段もそういう風にできないものですかね。」アリスの完ぺきな礼節にロッシフォールはため息をついた。感嘆のため息じゃないよ?
「ロッシフォール公、ここは公の場ですから。公私混同はいただけませんわ。」アリスは茶目っ気たっぷりにロッシフォールを嗜めた。
「・・・・・・。」ロッシフォールは悪戯っ子のように微笑むアリスを呆れた顔で睨みつけ、ため息交じりで呟いた。「それは、失礼いたしました。」
「アリス公をここに呼んだのは、この他にもすり合わせをしておくべきことがあったためです。」モブートがロッシフォールに助け舟を出すように会議を進行した。「王女殿下にはアリス公爵として、街の東の貧民街の整理をお願いすることになるでしょう。」
「もうやっていますわよ?」アリスは答えた。
「しかし、問題が山積みだ。この街を支える貴族たちからもいろいろとクレームが来ている。」ミンドート公が不機嫌そうに言った。「たいたい、『もうやっている』というのもおかしな話ではないか?勝手に搭の前を開墾などと。殿下はそのようなお立場にはなかったはずだが?また余計なことをしでかしたという自覚はあるのですかな?」
ミンドート公が『また』と言ったのは学校のことを考えているからだろう。あのごたごたのせいでミンドート公の娘アピスは今も学校で教鞭をとっている。そのせいかアリスにあたりがきつい気がする。
「搭の前は私の土地ですわよ?許可はいただきましたわ。」
「許可?」ロッシフォールが小首をかしげた。
「まさか、陛下か・・・。」ミンドート公が大きなため息をついた。
「誰がそんな許可を出したのです?」モブート公がアリスにやさしく尋ねた。
この人たち1年半前に自分たちがしでかしたことの大きさに気づいていないようだ。
ジュリアスは気づいているらしい。口元をこっそりと手で隠している。可笑しくてしょうがない様子だ。
「? 皆様もですわよ?」アリスが本気で不思議そうに言った。
ちょっと花壇作る、くらいの説明だったぞ、アリスよ。
「我々?」ミンドート公が驚いた声を上げた。
「そんなこと言ったか?」ロッシフォールも困惑の声を上げる。
「花壇をどうとかいう話じゃなかったでしたっけ?」モブート公は必死に記憶を手繰り寄せている様子だ。
「たしかそのような話を殿下が塔に引っ越しされる際にしましたね。確か、ライラ様のご遺産で何とかするとか言う話だったと思いますよ。」ジュリアスが必死に記憶をたぐる公爵たちに助け舟をだした。
「そう言えば塔の前をいじりたいとかどうとか言ってたような気がするようなしないような・・・。」ミンドート公も記憶を一生懸命掘り起こそうとしている。
「憶えがございませんな。」ロッシフォールははなから考える気がない。そもそも聞いてなかったんじゃないかな。
「ええ、塔の前を私のお庭にして良いと言われましたので、花畑にいたしました。」
「お花畑違うでしょ!」モブートが思わず突っ込んだ。
「白い小さな花が綺麗ですのよ?」アリスがすっとぼけた。
「もはやあれは開墾って言うんだ!」ミンドート公が思わず大声を上げた。
「おおげさな。エラスティアの農地の10分の1もありませんわよ?」アリスは再びとぼけた。
「10分の1もあってたまるか!そんなんが突如現れたら国がつぶれてしまうわ!!」ミンドート公がさらにに突っ込みの声を上げた。
ちなみにロッシフォールは机に両肘をついて組んだ両こぶしの上に頬杖をついて、完全な自閉モードだ。すべての会話を遮断するかの如く遠くを見つめている。
「やられましたね。」ジュリアスが素直に口に出した。顔はむしろ嬉しそうに笑っていた。
アリス、1ポイント。
「ともかく、開墾してしまったものはしょうがない。」ミンドート公は少し心を落ち着けてから言った。「今後きちんと税は納めてもらわねばならぬ。」
「まあ!お花畑にも税金がかかりますの!?」アリスがワザとらしく驚いた。
「アリス君。」「殿下。」ジュリアスとロッシフォールから同時に声が上がった。
味方側と敵側ではあるが、どちらもアリスを良く知っている二人。アリスの扱いを少しだけ知っている二人は即座に釘を刺した。
「冗談ですわ。」アリスがニッコリとほほ笑んだ。
嘘だね!
そのまま無税に持ち込めたら、そのつもりだったろうに。
「ところで、亜麻は良いですけど、芋についてはどうやって払えばいいのでしょう?」アリスが尋ねた。亜麻とは洋服の材料にするためセンが栽培している分だ。「亜麻と一緒の税率で良いのかしら?」
ちなみに、亜麻についてはすでに税金を取られる前提でセンと話しがついている。個人的な推察を述べさせてもらえば、この場で税金の話が出なければアリスはその分を着服するつもりだったに違いない。
アリスの質問は意外にも公爵たちに混乱をもたらした。
「小麦と同率でいかがでしょう?」
「お芋はパンにはなりませんし、小麦と違って水分が多いのでそれでは困りますわ。」
「しかし、この国では芋のほうが珍しいですからなぁ。小麦と同じでも良い気もしますし。」
「かといってせっかくの新しい農業をつぶすのもどうかと。」
「そもそも、でんぷんについてはどうします?糊としての用途として出荷されてますが。」
「でんぷんでの出荷には加工賃も入っていますのよ。なんでしたら取引額に応じた形で支払いましょうか?」
「貴様・・・あの石で払う気だな。」
この国には芋に対する税率が無かったのだ。
そもそも芋というものの栽培がこのファブリカ国では行われていない。気候的な問題なのか、ほとんどが小麦だ。それをアリスがどっかから話を聞いてきて作り始めたのだ。
ピンときた。
アリスのやつ、芋の税率を決めさせないようにして、ズルズルと税金を払わない気だ。
「デヘアに話を聞きましょう。」ジュリアスが言った。
アリスの体温が下がったのが分った。
ジュリアスの視点に移って確認すると、やはりアリスの表情が固い。
デヘアというワードはアリスにとってあまり望むべくの無い固有名詞だったらしい。
「デヘアとは?」モブートが訊ねた。
「私の学校時代の後輩です。」ジュリアスは答えた。「彼女は農作物についての知見が広い。おそらく芋のことをアリス公に教えたのもデヘアだと思います。彼女はきっと芋の税率を決める役に立つでしょう。」
隣のアリスが、ジュリアスから目をそらして小さく舌打ちした。
おーい。ジュリアスから見えてるぞ。
「では、そのデヘアという御人を召喚して“適性な“税率を決めて、アリス公爵には納税の義務を果たしていただきましょうか。」どうやらアリスのたくらみに感づいていたらしいロッシフォールがニヤニヤと笑いながら言った。
「承知いたしましたわ。」アリスは張り付いた笑顔で返事をした。
ロッシフォール、1ポイント。
「では、今日の所はここで。」ロッシフォールが言った。「税率が決まったら、徴税に上がりますのできちんと納税分のお金なり作物なりは確保しておいてください。」
「では、明日の国政会議で。」モブートが言った。
国政会議というのは、国の貴族たちが大勢集まって行われる会議のことだ。
定期的に行われている。国を動かすための大事な会議だ。
アリスが毒殺されそうになった時に緊急で開かれたあの会議もイレギュラーなものではあったが国政会議だ。
「内容は理解したから、別に明日は出なくても良くない?」アリスが訊ねた。もうタメ口やん。
「駄目ですよ。出てください。」アリスをいさめたのはジュリアスだった。「みんなの前でアリス君が公爵になったことを認めてもらうというプロセスが重要なんだ。」
嫌そうな顔をするアリス。
「がまん、がまん。」ジュリアスは友人に諭すように言った。
「でも、私が出たら、みんな嫌がりません?」アリスは言った。
4人が思わずアリスを見つめた。
「え?あ。ほら、病気がうつるとか。」4人の微妙な空気にアリスが戸惑う。
「あほらしい。」ミンドート公がアリスから目線を外して鼻を鳴らした。「うつると思ってたら娘の居る学校になぞ行かせんわ。」
「それこそ、ここになんて呼びませんよ。」と、モブート。「アルト卿もうつらないと昔から言ってるでしょう。」
「今まで、誰にもうつしてないでしょう。」ジュリアスも言った。
みんな、やさしい。
「でも、昔、アミールと義母様の具合を悪くしちゃったことあったし。」アリスが言った。
「それは女王陛下がかってにおっしゃっておるだけだ。」ロッシフォールが言った。「気にする必要はない。」
「王女殿下には出席していただくし、殿下の病気を理由に阿呆な連中が会議を乱すようなこともさせぬ。」ミンドート公も後押しを口にした。
アリスはその場で少しの間だけ、じっと立っていた。
しばらく、静寂が流れた。
「・・・そういえば、公爵ってことは、今のこの会議にも出ないといけないの?」静寂を断ち切ってアリスは思いついたように質問を口にした。
「何を言っているんだ?この会議は国の政を決めるための会議だ。殿下がこの会議に出たとて邪魔なだけだ。」ミンドート公が答えた。「以前もこの会議に闖入してきたが、本来はこの場は王女であるというだけで参加できる場ではないのだ。」
「殿下の『公爵』と国を5分割して統治している我々『公爵』では意味が違う。その点は心しておきなさい。」モブート公も言った。
「公爵という言葉に惑わされないように。」ロッシフォールも追撃する。「殿下は公爵と名のついただけの小娘と皆に思われていると認識なさい。」
みんな、きびしい。
「それは良かったですわ。」アリスは皆の毒舌を気にかける様子もなく、あっけらかんと言った。
「なんだと!?」アリスがあまりにもほっとした様子だったので、ミンドート公が少しムッとして声を上げた。
例によって心からの感想なもんだから、いっそう激烈なあおりになっとる。
「まあまあ、ミンドート公。殿下はそもそもこの会議がどのような場所かご存じありませんから。」ジュリアスが怒りを爆発させそうになっているミンドート公をなだめた。
ジュリアスが居て本当によかった。
「とりあえず話は終わった。お引き取り願おう。」ロッシフォールが言った。
「ありがとう。早めに解放していただけて助かりましたわ。今、植え付けの準備でいろいろ忙しいのよ。」アリスは忌憚ない礼を述べた。
やりすぎ。
アリス、マイナス1ポイント。
ミンドート公の顔が怒りで赤くなったのを見たジュリアスがさっと立ち上がってアリスの座っている椅子の肩に手を置いた。
「では、参りましょうか。アリス公。殿下は明日から正式に公爵ですからね?奔放ことは慎んでください。」ジュリアスは調子に乗ってきたアリスをベルマリア公として注意した。
「ありがとう。サー。」アリスがジュリアスに礼を言って立ち上がった。
ジュリアスは椅子を引いてアリスが立ち上がるのを助けると、左手を差し出した。
アリスは優雅にジュリアスの差し出した手に右手をそえるとジュリアスに導かれるままに扉へと向かった。
扉へと向かう間にジュリアスがアリスに向けてこっそりと囁いた。
「アリス公。気を付けて。君を良しとしない貴族たちが何やら画策している。」




