7-9 a さいきんの建国シミュレーション
城には、ベルマリアの邸宅となっている棟があったように、エラスティア用の建屋もある。
アリスたちの訪れたのはそのエラスティア用の建屋だった。
ここには、おそらくロッシフォールやアミールが住んでいるのだろう。
初めて侵入するエラスティアのテリトリーの中、その玄関ホールで、この国随一の貴族の御所にやってきたとは思えぬ様相で二人の客人が大騒ぎしていた。
「何ここまで来て渋ってんのよ!」
「嫌ですって。私はアリス様を城まで護衛しに来ただけなんですから。入んなくてもいいでしょ?」
「うっさい。別に隣に座ってるだけでいいんだって。大丈夫だから。」
「あんた、話聞いてたのか!?顔合わせたくない空気くらい察してくれよ!!」
玄関ホールでは、アリスがヘラクレスの左手を両手で引っ張り、ヘラクレスが全力で抵抗していた。
「往生際が悪い!!」
「ほんとに、嫌ですって!!そんなんだから、殿下って呼びたくないんだ!」
お前らさっきから、殺し合いしたりじゃれ合ったり、なんなの?
サイコパスなの?XXXXXなの?
今、自分、君らのせいで気持ち擦り切れてボロッボロよ?
俺の健全な情緒を返してくれよ!!
「お前たち・・・。」そんな自分の気持ちを代弁してくれるかのような声が聞こえた。ロッシフォールだった。
「こんばんわ!ロッシ!!」アリスはヘラクレスを引っ張ったままの体勢で、ロッシフォールのほうに顔だけを向けて挨拶した。優雅の欠片も礼儀のはしくれもない。友達の家に上がり込んだ悪ガキのようだ。
「人の家の玄関で何を騒いでいるのか聞いても良いですかな?」ロッシフォールは呆れたように怒ったように訊ねた。
「閣下、この小娘がわがままを言ってきかないのです。」ヘラクレスが懇願するようにロッシフォールに訴えた。
「ヘラクレス・・・・気持ちはわかるが、一応は王女殿下だ。その様な言葉使いはひかえよ。」ロッシフォールはこめかみを抑えながらそう言って、玄関ホールの端の扉をちらりと見た。
扉の陰にはヘラクレスとアリスの大騒ぎを覗き見ているメイドたちが居た。そこ以外にもホールには何人も兵士が控えている。
その前で堂々とこいつらは大騒ぎしているのだ。
「アミールに一緒に会おうって言ってるのに聞かないのよ。」今度はアリスが答えた。
「嫌ですって。閣下からもお願いします。」ヘラクレスがロッシフォールに懇願する。
「・・・・。」ロッシフォールのこめかみから手が離れられない。「いきなり、こんな夜半に押しかけてきて、アミール殿下に謁見したいというのは自由すぎませんか?」
「そこを何とか!」と、アリス。
「無礼なのですぐ帰ります!」と、ヘラクレス。
「・・・・。」ロッシフォールは呆れて言葉を失った。そして再びアリスに尋ねた。「今日じゃないとだめなのですか?きちんと手順を踏んで後日にしてほしいのですが。」
「急ぎ!超重要!」アリス。
「どうでもいいことなので後日もいりません!」ヘラクレス。
ロッシフォールが大きくため息をついた。
「まあ、かまいませんよ。断るとアミール殿下がガッカリされますし。」ロッシフォールがようやくこめかみから手を離した。表情はいまだ苦々しい。
「ロッシ、話解るぅ。」
「殿下への謁見をこんなルーズ管理で良いのか!!」
「お前たち、うるさい。特にヘラクレス黙れ。」さすがにロッシフォールが切れ気味に言った。
ヘラクレスを偵察に送り込んできたのがトマヤなのかロッシフォールなのか、それともヘラクレスの独断だったのか判らないけれど、ついさっきまでヘラクレスとアリスが殺りあっていたとは、ロッシフォールはつゆほどにも思っていないようだった。
さっきまで二人の殺し合いを見ていた自分には逆に今の二人の状況が受け入れられん。
てか、二人のバカ騒ぎで完全に頭からいろいろ抜けていたが、思えばここって敵の懐じゃん。
まさかとは思うがここで殺されたりはしないよね?
城にアリスが来たことは門番他いろんな人に知れているし、アミールも居る場所だから大丈夫だと思うけど・・・。
心がごりごりすり減らされた後に一気に弛緩したもんだから、再び精神を緊張した状態に戻すことができない。
「閣下!わたくしはここでお待ちいたします!」ヘラクレスがはきはきと宣言した。
「ヘラクレスも連れて行くから。」アリスが即座にヘラクレスの言い分を拒否。
「ヘラクレスお前も来い。」再びロッシフォールはこめかみを抑えて、ため息をつくように言った。「今宵はもう遅い故、王女殿下には手早く用を済ませて帰ってもらったほうが良い。」
「閣下~。」ヘラクレスが泣きそうな顔でロッシフォールにすがった。
ロッシフォールのこの反応、本当にアリスにさっさと帰ってもらいたいようだ。
とりあえず今日のところは無事に帰れそうな気がする。
頼みの綱のロッシフォールにも拒否されたヘラクレスも仕方なくアリスと共に応接間に向かった。
と見せかけて逃げ出そうとしたが、アリスに捕まり、ロッシフォールに怒られ、結局アミールと謁見する運びになった。
「姉さま!!」
応接間に通されて待っていたアリスとヘラクレスの元にアミールがやってきた。
ロッシフォールはその後ろに控えている。
ヘラクレスはアリスの隣で気配を殺している。
「お久しぶりです。お変わりはありませんか。」アミールは言った。
すこし大きくなった。しゃべり方も大人びた、とまでは言わないが子供っぽくはなくなってきたようだ。
「久しぶり。ごめんね、しばらく会えなくって。立派になったわね。背も伸びたんじゃない?」アリスが立ち上がってアミールの元に寄った。
アミールが恥ずかしそうににやけた。たしかに背は伸びたようだが、まだまだ十分可愛い。姿だけ見ていると、王の器がどうこうとか思えない。
年齢とかで言えばタツと同じくらいのはずだが、働き出して武骨になってきたタツにくらべ、アミールはいまだ小さく中性的で天使のように見えた。それこそアミールよりも年齢の低いショウのほうがよっぽどたくましくなっている。
二人は少しハグした後、アリスが要件を述べた。
「アミール、昔、私の事守ってくれるって言ったわよね。」
「もちろんですとも。姉さま。」
「なら、力を貸して欲しいの。貴方の最も心強い騎士を私に貸して欲しいの。」
「姉さま。私はまだ自分に使える騎士を任命しておりません。」アミールが答えた。
「私は今、塔に住んでいて、一度賊が侵入したことがあるわ。」アリスはアミールの言葉など何も聞いていないかのように続けた。「だから、私のそばに居ても安心で強くてあなたが信頼している騎士を私に貸して欲しいの。できれば女性だといろいろ助かるわ。」
「ああ。なるほど。姉さまの願いとあらば。」アミールが合点が言ったとばかりに頷いた。そしてヘラクレスを見てニッコリとほほ笑んだ。「ヘラクレス!」
ヘラクレスがアミールに名前を呼ばれてびくりとする。ヘラクレスは小さくなって座ったまま依然気配を消して、アミールとは目を合わせない。
「貴女を、私の第一の騎士に任命しようと思います。」アミールはヘラクレスに告げた。
「で、殿下!?」ヘラクレスが驚きの声を上げてついにアミールを見た。
「若輩の私の騎士では不服ですか?」アミールが言った。
「滅相もありません。身に余る光栄にございます。」ヘラクレスは座っていた椅子から降りてアミールの前の床に跪いた。
「ロッシフォール、私の剣を持って来てください。」アミールはロッシフォールに命令した。
「御意。」ロッシフォールは素直に一つ礼をすると三人を残して部屋を出て言った。
「ヘラクレス。久しいですね。元気にしていましたか。」アミールは跪いたままのヘラクレスにしゃがみこんで声をかけた。
「殿下こそ・・・殿下こそ・・・・」ヘラクレスは今にも泣きだしそうだった。
さっきアリスが、「悔恨ではなくて?」と訊いていたが、ヘラクレスの表情に浮かんでいるのはまさに悔恨の表情だった。幼きアミールを守れなかったふがいなさを今でも悔いているのだろうか。
「私はこの通り元気です。貴女のおかげです。」アミールが頭を垂れているヘラクレスの肩に手を置いた。
なかなかどうして、アミールはアリスよりずっと王様らしい振る舞いができる用だ。アリスは芋持って「熱っつ!」とか言ってたしな。
「申し訳ございません・・・。」ヘラクレスはなぜか謝った。
「大丈夫です。私は貴女に命を貰っています。」アミールはヘラクレスの頭を撫でた。
二人の間に何があったのかは解らない。ヘラクレスが一生悔いるような何かがアミールに助けられたときにあったのだろう。
「失礼いたします。」ロッシフォールが短めの剣を携えて戻ってきた。
ロッシフォールはアミールに剣を両手で差し出した。
アミールはそれを受け取ると、さやから抜いた。彼は鞘をロッシフォールに返すと剣を両手で持った。
「アミール=ヴェガは我が恩人ヘラクレスを我が第一の騎士として任命する。」彼はそう厳粛に言ってから、ヘラクレスに確認するように囁いた。「いいですか?」
ヘラクレスはアミールにかしずいたまま、黙ってより深く頭を下げた。
アミールは、かしずいているヘラクレスの両肩を剣の刃で順に触れた。
なんか、映画かなんかで見たことあるやつだ。こんなこじんまりした感じでやるんだな。
「騎士ヘラクレスの誕生をここに宣言する。」アミールが宣言した。
「身に余る栄光を感謝いたします。」ヘラクレスが震える声で返答した。
「騎士ヘラクレスに最初の任務を与える。我が姉アリスを守れ。これは私が初めて下す命だ。失敗は許されぬ。第一にして絶対だと思え。」
「命に代えましても!」ヘラクレスは顔を上げてアミールを見上げた。瞳が潤んでいる。
「ロッシもかまいませんね?」アミールがロッシフォールを向いた。
「殿下のお決め遊ばしたことであれば。」ロッシフォールは特に反対するそぶりを見せることもなく素直にこの決定を受け入れた。
「ヘラクレス、これからまたよろしくね。」今まで黙っていたアリスが優しくそう言った。
「姉さま、貸すだけですよ。ヘラクレスは私の騎士です。絶対に返してもらいますからね。」アミールがアリスに釘を刺した。
その言葉を聞いてヘラクレスの動きがピクリと止まった。少し震えている。
アミールは今度はヘラクレスに向けて言った。
「ヘラクレス。貴女も忘れないで。貴女は私の初めての騎士です。私にとっては今までもずっとそうでした。貴女はほかの何者の騎士でもありません。貴女は私の騎士なのです。そう生きてください。」
遂にヘラクレスの眼から涙が零れ落ちた。
ボロボロと泣くイケメンの背中をさすりながら、アリスはヘラクレスを連れてグラディスとハンバーグが待つ塔へと帰って来た。
ヘラクレスがどうしてそんなにも泣いたのか、アミールと何があったのか、自分はついぞ知ることは無かった。
ただ、この日、アミールという人間の器の奥深さと器の大きさが垣間見れたような気がした。




