7-8 c さいきんの建国シミュレーション
「グラディス~。ちょっと出かけてくる。」
アリスは塔の階段を降りていくと、ハンバーグをこねているグラディスにまったく緊張感のない口調で声をかけた。
「ああっ!アリス様!!」グラディスはアリスに駆け寄って来て抱きしめようとしたが、手が油まみれなのに気が付いて止めた。グラディスの瞳は今にも決壊せんがばかりに潤んでいた。「どうしましょう。ちょっとお待ちください。準備いたします。」
「大丈夫、ヘラクレスについてってもらうから。」アリスはそう言って、遅れて降りてきたヘラクレスを振り返った。「グラディスはハンバーグ作ってて。ちょっと時間かかるから、帰ってくるまで焼かないでね。」
「まあ!そうですか!承知しました。」グラディスはついさっきまでのことは何も無かったかのように、ヘラクレスがアリスについていくことを承諾した。
ヘラクレスはアリスの後ろで、ばつが悪そうに塔の中のいろんなものに目線を走らせて、グラディスと目を合わせないようにしている。
「あと、ハンバーグ一個追加ね。」
「ええ!喜んで!!」グラディスは嬉しそうにそう叫んでクルリと跳ねるように振り返り、ハンバーグにひき肉を追加しにキッチンへと戻って行った。彼女はアリスとヘラクレスが塔を出るまでの10数秒も待たずに鼻歌を歌いだした。
アリスとヘラクレスの二人は城までの暗い道を歩いていた。
貴族街なので危険はないし、城の勝手口まではすぐだ。だが、王女が城まで徒歩で向かうというのは珍しいことなんじゃないかと思う。普通は馬車で移動するものなんだろうが、そもそもアリスが出かけないので馬車は塔には置いてない。
ジュリアスの兵士たちもついて来ようとしたが、グラディスの守りのためにと置いてきた。
焔の英雄ヘラクレスがアリスについているのだ。彼らが何を心配することがあろうことか。
二人は並んで歩きながら話していた。
ヘラクレスが何かをしてこようと言う気配はない。
「なんで、貴女、そんなにアミールに心酔してるの?」アリスが尋ねた。
「私が焔の英雄って呼ばれていたのは知っていますよね。」
「うん。松明で何人もやっつけたんだっけ?」
「あれ、私じゃないんです。」
「んん??」
「アミール殿下なんです。」
「どういうこと?」
「夜盗の襲撃を受けた私たちはどうにか殿下とお母上、お付きの方々を逃がすことに成功したのです。それでも、多勢に無勢、私の剣は折れ、仲間たちは殺され、私は3人がかりで抑え込まれて慰み者にされようとしていました。そんな私の悲鳴を聞きつけて、アミール殿下が戻って来てしまったのです。」
ヘラクレスはその時のことを思い出しているのか、少し暗い顔をしてうつむいた。
「殿下は転がっていた松明を拾って、私を組み伏せてズボンを下ろしている男たちにこっそりと近づくと彼らの顔に次々と松明を押し当てました。不意を打たれた男たちが顔を抑えながら転がりまわり、そのおかげで私の呪縛は解かれましたが、男の一人がアミール殿下を思いきり蹴り上げました。私はすぐに男が脱ぎ捨てたズボンの脇に置いていた剣を使って夜盗たちを殺し、馬車の中に金品を漁りに入っていた夜盗たちを制圧することができました。」
「さすがアミールでしょ。」
「まだ5歳か6歳の少年だったんですよ!?私が弱かったゆえに、そんな子を危険にさらして、人を傷つけさせたうえ、あまつさえ後に残る大けがまで負わせてしまった!」ヘラクレスは珍しく感情をあらわに言った。その表情には深い苦しみが見て取れた。
「アミールにそんな怪我の痕なんて無いわよ?」
「・・・王女もご存じないのですね。本当に申し訳ない。」ヘラクレスはうつむいて言った。心からの謝罪と分かる口調だった。
「別に、私が気づかないような怪我なら大したことないっしょ。ヘーキヘーキ。アミールはそんな度量の狭い男じゃないって。」アリスが能天気に返す。
「・・・・本当に、本当に申し訳ない・・・・。」アリスの言葉を受けて、ヘラクレスがもう一度絞り出すように謝った。
いつもひょうひょうとしているヘラクレスがここまで深刻になっているのを目にして、さすがのアリスも黙った。
しばらく沈黙したままアリスとヘラクレスは連れ立って歩いた。
城の東、以前アリスが突破した勝手口を目の前したところで、アリスが再び口を開いた。
「あなた、アミールのこと好き?」
「はい、敬愛しています。」
「貴女の悔恨ではなく?」
「恩義と尊敬がゆえです。」ヘラクレスは迷うことなく答えた。
「そう。じゃあ、アミールをお願いするわね。」アリスは言った。
ヘラクレスはアリスの言葉の意味が解らなかったようで返事を返さなかった。




