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7-4 d さいきんの建国シミュレーション

 スラム民たちの仕事の最後の日。

 アリスはタツ達に今日のお昼で最後だからお菓子を出すと言って、全員を集めさせた。もちろん、そんなことをしなくても、スラムの人々はご飯を貰いに必ず集まるのだが。

 幸いにして晴れたその日、塔の扉はいつものように開かれていた(配給を貰う人が中に入ってこれるように普段から大体開かれたままになっている。)が、今日は赤いカーペットが舌のごとく、扉から数メートルほど延びていた。

 畑仕事はすでに終わってしまって、やることの無いスラム民たちが塔の前に集められていた。みな、今日の食事が最後と知っているからか表情が暗い。

 そんな彼らの前に特にファンファーレもタツの前口上もあるわけでもなく、アリスが歩み出てきた。

 今日のアリスは王族たちの会議に出る時のようにガチモードだった。赤い綺麗なドレスに身を包み、普段はどっかに転がしっぱなしの気品と礼儀を漂わせて、清廉に、そして威厳をもって歩み出てきた。

 王女を見たことがない、見たことがあってもメイド服で大声でスクイージと怒鳴り合っていたところしか見たことのなかったスラム民たちは息を飲んでその美しい女性が赤いカーペットの先まで出て来るのを見守った。

 ちなみに、この絨毯だが、塔の一階にスラム民を全員入れると満員電車のようになってしまうので、いろいろ考えたアリスが、苦肉の策で赤いカーペットまでは塔の中というように自分ルールの改変を通した結果だ。

 ついでに言っておくと、アリスが塔から出ないのは、王や公爵は現地に赴かないでも政を納めなくてはならないという考え方によるものだ。模擬的にも塔が城、アリスは王様なのだから、それを守るのだそうだ。そう言うの苦手だから、練習なのだと。そう、アリスはケネスに語っていた。

 そう言えば、いつだったか、自分が直接動くから皆がまとまらないみたいなことを話していた気がする。

 アリスはカーペットの先まで進み出ると、ゆっくりとスラム民たちを見渡して言った。

 「皆の者、此度はご苦労であった。」

 その声は凛として響き渡った。

 しかし、それは可憐であったり上品であったりするものではなかった。

 その声は華奢な女の子から放たれた言葉でありながら、荘厳で威厳を称えた力強い音色であった。

 アリスの出現ですでに度肝をぬかれていたスラムの人々が完全にアリスの存在に飲まれていくのが分かった。

 「此度の諸君の働きには私は心から満足している。」アリスは続けた。「窓から見渡す満開の白い花がかくも美しく、一面をまっ・・・」

 大げさに両手を広げたアリスが一瞬言葉に詰まる。

 真っ白じゃなくて真っ緑だったからなぁ。

 「まっ――ことに美しく花を咲かせ、私を喜ばせたことに感謝する。」アリスは無理やりセリフを軌道修正して、大げさに語った。

 とりあえずスラム民たちは、アリスに飲まれたまま聞き入っている。

 結局こういうのって内容より見た目と声色なのかな。

 「そこで、皆の者には褒美を取らそうと思う。」アリスはそう言って横の芋の山を見上げた。

 スラム民たちは、アリスの視線から、報酬が毒があって食べれない芋だということに感づいた。

 そこかしこで落胆のどよめきが上がった。

 「しずまれ!者ども!!」アリスは悪者を威圧する殿様のような大声で聴衆を威圧した。一同が少し静まると、今度は静かな声で言った。「グラディス、例のものをこちらへ。」

 すげぇ、ここ三言くらいセリフが全部テンプレ台詞だ。

 グラディスが、今まさにホッカホカに茹で上げられ白い湯気をこうこうと発しているジャガイモの乗った皿を持って塔の中から現れた。ジャガイモの上にはとろけ始めたバターが乗っていた。

 グラディスはうやうやしくアリスにそのじゃがバターを献上した。

 「ここにあるのは、諸君らが育てた小さな花が残してくれた産物である。」アリスはじゃがバターを高々と掲げた。

 例によってドーパミンぎゅんぎゅんのアリスだが、スラム民に対する呼称が毎回おぼついていない。すこし緊張しているのだろうか。そういえばアドレナリンっぽいのがアリスの中に若干見え隠れしている。

 アリスの掲げた芋は皮が剥かれておらず、十字に切り込みが入れられた状態でゆでられていた。誰が見てもそれはゆでられた芋だった。

 アリスはスラムの人々が湯気の立った芋を固唾を飲んで注目しているのを確認すると、掲げていた皿を目の前まで下げた。

 スラム民の視線が芋の乗った皿を追いかけてアリスの元に降りてきた。

 そして、アリスは大声で宣言した。

 「そなたたちが育ててくれたこの芋を私は食べられる方法を見出した!」

 周囲からざわめきが起こった。

 「その証拠に今ここで私がこの芋を食してみせ、熱っつ!!!」

 アリスはホカホカの芋をつかもうとして、あまりの熱さに思わず手を引っ込めて上下に振った。

 お前は出(以下自粛)

 スラム民がいろんな意味で唖然として王女を見守る中、アリスはお芋をフーフーしてから頬張った。

 「おいしい!!」アツアツのじゃがバターを十分口の中で散々転がして飲み込んでから、アリスは素直な感想を口にした。

 アリスの美しく凛として厳粛な表情がとろけるのを見てスラム民の視線が戸惑うようにアリスと芋を行ったり来たりした。

 「スクイーーーージ!」突然、プロレスのアナウンスのごとくアリスが大声を張り上げた。「ここへ参れ!!」

 やがて、ざわめく群衆の中から押し出されるようにスクイージがアリスの前へ突き出された。

 「久しぶりね、スクイージ。」アリスは上から目線でスクイージを見上げた。

 「お、お久しぶりだ。殿下。」スクイージは突然王女の前に突き出されてとても狼狽した様子だ。右手を何度も閉じたり開いたりしている。

 「スクイージ、もともとはそなたの言葉があって始まったこと。このお芋を最初に食す義務を課す。」アリスはスクイージを見上げてそう言うと、芋の乗った皿を差し出した。

 「そ、そんな・・・俺なんかよりも・・・。」スクイージは青くなって遠慮を口にした。

 毒が入っていると思っているのか、それとも単純にみんなの前に急に突き出されて緊張しているのか。

 「黙れ!スクイージ!。その身を顧みず王女に意見し、この状況を作り上げた貴殿に対する栄誉として、最初にお芋を口にする機会を与えようというのだ。何を躊躇するか!!これを取れ!」アリスはスクイージを叱咤するかのように声のボリュームを上げた。

 純粋にからかって楽しんでると見た。

 アリスは自分が半分かじったじゃがバターをスクイージに突き出した。

 この世界には、人の食いかけで汚いとか、間接キッスとかそういう概念は無いんか?

 スクイージは助けを求めて周りを見渡すも、彼を囲んでいるスラム民たちが期待に満ちた目で注目していることを認識して、観念して皿を受け取った。

 スクイージは毒入りと聞かされている芋に手を伸ば

 「熱っつ!!!」

 お前もかい!

 スクイージはアリスのしたように手を上下に振って冷ますと、芋のつかめそうなところを注意して探して持ち上げた。彼はそのまま恐ろしいものでも見るかのように、手の中の芋をしばらく見つめてから、ぎゅっと目を閉じて少しだけかじった。

 大きく咀嚼するスクイージを見ながらスラム民たちが息を飲む。

 「うまい。これ美味いぞ熱っつ!!」あまりのじゃがバターの美味しさに思わず二口目をガッツいたスクイージは再び熱さに悲鳴を上げた。

 スクイージが自ら進んで芋を口に入れたのを見た聴衆から喜びのざわめきが立ちのぼった。

 「芋の毒の抜き方についてはグラディスより説明する。ここで理解できぬものはタツ、セン、キャクに尋ねよ。」

 アリスはそう告げると、アツアツの芋を注意しながら食べ続けているスクイージは放っておいて、塔の中に引っ込んでいった。

 すぐさま、アリスの代わりにグラディスが調理前の芋と包丁を持って現れた。

 グラディスは芋の芽の部分が毒なので取らなければならないこと、芽は成長させないようにしなければならないこと、芋を腐らせたり芽が出てこないようにしたりするにはどのように保管したら良いかなどを丁寧に説明した。

 そして、グラディスが説明を終えたころ、アリスが大きな空の袋の束を抱えて戻ってきた。

 アリスは戻ってくるなり、また、声を張り上げた。

 「聞け!皆の者。これから、皆に此度の労働の褒美を与える。」アリスはそう言って目の前で空っぽの皿を持っているスクイージを見た。「スクイージ。これへ参れ!」

 スクイージは今度は真っ青になることなく、期待の面持ちでアリスの前に進み出た。

 アリスは持ってきた50センチ四方くらいの茶色い布袋の一つにパンパンになるまで芋を放り込むとスクージに手渡した。

 芋が放り込まれるたびに目を丸くしていったスクイージだったが、アリスから袋を手渡されると歓喜のままに振り向いて、芋の入った袋を両手で掲げて叫んだ。

 「俺の芋だー!!」

 パンパンに膨れ上がった袋を見たスラム民たちから歓喜の声が上がった。

 そんな、スクイージの背中をトントンと何かがつついた。

 スクイージが振り返ると、さっきのと同じように膨れ上がった芋袋を両手にひとつずつ持ったアリスが居た。

 「これもあんたの取り分。」アリスはそう言って芋のたんまりと入った袋を持った両手をスクイージに突き出した。

 スクイージはこれでもかというくらい目をまんまるに見開いて「おおおおお」と声にならない歓喜の叫びをあげると、アリスから芋の袋を受け取り、あまりの重さに耐え切れずもんどりうって倒れた。

 最近、アリス鍛えてるからなぁ。

 この後、アリスはスラムの人々にじゃがバターを手ずから配給し、その後、約束通りに小さなケーキも振る舞った。そして彼らが食べ終えると、アリスは彼らに芋を渡した。

 スラムの人々はじゃがバターに舌鼓を打ち、今後の食料の不安がひとまず晴れたことを喜んでいた。

 みんな幸せそうだった。

 なんせ、自分の労働の対価がこれほどの食料となって帰ってきたのだから。


 だが、ここで終わらないのがアリスだ。

 アリスの奇想天外な方策はむしろここからが本番だった。

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