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7-3 a さいきんの建国シミュレーション

 自分のひりひりとした緊張とは裏腹に、アリスは着々と自分のやりたいことを進めていった。


 まず、ミスタークィーンからの種イモが到着した。

 到着した種芋をアリスは一階に無造作に置きっぱなしにしたまま、業者に地下室の工事を急がせた。

 ・・・アリスが暮らしてる塔の中に、平気で見知らぬ業者が出入りしてんだからなあ。不用心この上ないっていうか、自分だけ気を張っているのが空しくなる。

 地下室の完成を待つ間にアリスは3枚の立て札を作成した。立て札にはこう書かれていた。

 「王女より求人。街の外壁の東の塔で待つ。朝10時から11時の間に扉をノックすること。」

 アリスは作業者の一人に頼んでこの立札をスラムに立てさせた。




 地下室が完成したその朝、塔の扉が叩かれた。

 3人のスラム民が立て札を見てやってきたのだ。

 彼らはグラディスによって塔の中に通された。外壁側からアリスの塔に立ち入った初めての人間だ。

 ちなみに、塔の中には作業者は居るが護衛の兵士はいない。護衛の兵士2人は塔の外(貴族街側)を守っている。

 護衛の兵士たちは槍を立てたまま、身じろぎもせず塔の扉を見張っていた。彼らは王女殿下の住居に誰か見知らぬ人間が勝手に忍び込まないよう、何人たりとも命令のない人間を通さないつもりだ。

 でも、外側の扉については知らないんじゃないかな?

 やってきたスラム民は3人とも見知った人間だった。

 一人はタツ、残りの二人はタツたちと一緒にアリスの勉強会に参加していた子らだ。

 「姉ちゃん!お久しぶり。」タツが嬉しそうに声を上げた。秋の間会っていないだけだったが、タツは少し成長したようだった。

 「タツ!元気だった?それにセンもキャクも。」

 名前憶えてなかったけど、残りの二人はセンとキャクっていうのか。

 「姉ちゃんも元気そうでよかった。病気で倒れたって聞いてたから心配してたんだ。」

 みすぼらしい格好の少年が王女に「姉ちゃん姉ちゃん」と仲良く話すものだから、地下室の工事の撤収作業に入っていた業者たちが何事かとアリスたちの様子をうかがっている。

 「お久しぶりです。アリス様。」

 「姉ちゃん、久しぶりだな。」

 タツ以外の二人もアリスに挨拶をした。この時はどっちがどっちか解っていなかったが丁寧なほうがセン、フランクなほうがキャクだ。

 どちらもタツより少し歳上で、最初のバスケの時からアリスのことは知っているはずだ。歳はアリスと同じくらいか下だろう。背はアリスと同じくらいだと記憶していたが、二人ともアリスより大きくなっていた。

 「ケンも来るかと思ったのに。」

 「ケンたちはスラムの人を集めて何かやろうとしてるみたい。なんだかんだで、学校に行けたのって俺たち10人くらいだろ?いまだに文字も読めなきゃ計算もできない奴らも多いんだ。そいつらに義理立てしてるみたいなんだ。『こういうのは若いお前たちが行け』って言われた。」

 「そっかー。ケン頑張ってるんだ。」

 スラムのほうは一切見に行ってなかったけど、ケンはケンで頑張っているようだ。あとで見に行こうかな。

 「こないだ、アピス様にお金貰ったからそれを元手に何かするって言ってた。」

 「アピスンに?ああ、教科書のお給料か。」アリスはポンと手を叩いた。「どう?あなたたちの努力がお金になった気分は?」

 3人はニッカリと笑って言った。「だからまたお金にしに来たんだよ!」

 「じゃあ、まずこのお芋を地下に運んで頂戴。今後の仕事とお駄賃については終わってから説明するわ。」

 

 

 

 タツたちがアリスの元で働くようになってしばらくしてから、スラムの広場に人が集められた。

 そこは昔、アリスがスクイージに囲まれて世界を変えると大見えを切った広場だ。

 スラムの人々を集めたのはタツとセンとキャクだ。アリスとなじみのある子らも手伝ってくれた。

 アリスはここには来ていない。自分はタツ視点でこの場を覗き見ている。

 タツは、アリスがスクイージたちに叫んだがれきの上に立っていた。

 彼は集まってきたスラムの人たちを見下ろしていた。

 てか、何人いるんだ?百人以上は居るんじゃなかろうか。

 あ、スクイージ居た。

 スラムの人たちは、特に騒いだり話したりすることもなく、生気の無い感じでタツのほうを不思議そうに見ている。

 「えー。お集りの旦那方!!そして少ないですがご婦人方!お集まりいただきありがとうございます!ご存じの人はたくさんいらっしゃると思いますが、以前アリス殿下がこちらで皆様に一つお約束をいたしました。」流ちょうな口調で演説を開始したタツ。そういや、こんなん上手だったな。「アリス殿下がそのお約束を守るべく、皆様に良いお話を持ってまいりました!!王女様のお言葉をお伝えしましょう!」

 タツはそこまで行ってためて、みんなを見渡した。

 「窓から見える一面をお花畑にしたいの!」タツがアリスを真似て叫んだ。

 聴衆がすべてしらける。

 あのゾンビの集会みたいな集団がしらけたのが分かるってすげぇ。

 なんで、こんなセリフ入れたんだ、アリス。

 そして、それをなぜノリノリでやったんだ、タツ。

 「というわけで、皆様にご提供される仕事は、東の塔の前の畑を耕して、お花を植えてもらうことです。」タツはしらけた空気など無かったかのように今回の骨子を語った。

 タツは続けて仕事の報酬とルールを説明した。

 タツの説明の要点は以下だ。

 ・午前中働いたら昼ご飯を、午後も働いたら夕ご飯を貰える

 ・再来月までにお芋を植えることができなければその後ご飯は支払わない。

 ・再来月までにお芋を植えることができれば、花が散って次の種イモが取れるまで簡単な手入れをしてくれるだけでご飯を保証する。

 お金とかのほうが良いんじゃないかなぁ。タツ達にはお金で払ってんのに。

 っていうか、給料が昼飯と晩飯だけって前世の基準で行くとびっくりするほど安いんですけど・・・。

 「というわけで、向こう当面、きちんと働きさえすれば花が散るまで皆様はごはんを食べられます!!」

 スラム民たちはタツの説明を不安そうに聞いていたが、ご飯が貰えるなら働いてみるかと隣の人間と相談し始めた。

 この世界の常識が分からないので、これがブラックな申し出なのか、そうでないのか良くわからない。しかし、城下街の人とかを見ている限りでは、これは常識ではありえないレベルの低報酬な申し出だと推測できる。

 「ご興味のある皆様は、明日、東の塔までお越しください!」タツは大声で伝えた。そしてやり切った感で聴衆に大きく手を振ると、がれきの山を下りた。

 こんな労働条件で人が来るのかと心配したが、はたして、次の日塔の前には広場以上の人だかりができたのだった。

 こうして、スラムの人たちの畑づくりが始まった。


 素手で。


 いちおう、アリスは道具を準備した。

 が、配給しなかった。

 販売したのだ。

 それも街と同じ値段で。さらに言うと、準備した農具もどっかからの払い下げで、アリスの設定価格では街でも買ってもらえないような代物だ。

 完全にブラック企業のやり方じゃないか。

 『新人には仕事のための教材を買っていただきます。30万です。』のやり口だ。

 もともと昔は畑だったという噂なので、大きな岩や木をどうこうしなきゃいけないというわけではなかったが、それでも一面の腰くらいまでの草が生えている。こんなん素手でむしり取るのがどれほどの重労働か。

 雑草取りはまだいい。土を耕す段になったら鍬とかは居るんじゃないか? 集まってきた人の中には子供や女性もいるんだが?

 遺産がどれくらいあるのか解らないけれど、彼らに鍬や鋤を配給できないほどカツカツなんだろうか?

 というわけで、お金なんてあるはずのないスラム民は農具なんて買えるわけもなく、素手で畑仕事を開始したのだった。

 と言っても、農具が売れなかったわけではない。

 タツとセンとキャクが買ったのだ。アリスの仕事で貰ったお給料で買った。

 タツたちも畑を貰ったが、多くの時間をアリスの仕事に取られている。アリスがタツたちに与えた仕事は畑仕事の監督だ。彼らは、スラムの人間が働いている間、皆がサボっていないか、ズルをしていないか、次は何をしたら良いか分からなくなっていないか、を気を付けて見ていなければならない。なので、彼ら自身が畑をいじれる時間はそう多くない。

 だから、彼らは畑仕事をある程度スピーディーに終わらせる必要があった。彼らには農具が必須だった。

 完全にアリスに踊らされてるじゃないか。

 アリスの仕事で忙しいせいで、アリスの仕事で貰った金をアリスに支払わなくてはならない。

 ブラック企業のマッチポンプシステムじゃん。

 ちょっとアリスさん?

 その面での才能が有りそうなのはうすうす感づいてましたが、いかんなく発揮しすぎじゃないですかね。

 というか、さすがにやり過ぎかと感じる。

 一方でアリスは単純に金銭的な効率だけを考えてこんなことをしているんじゃないようにも思える。タツもスラムの人たちもそれなりに満足しているようなので、アリスの提示した低報酬は被雇用者側としては妥当な報酬だと言えるのかもしれない。

 だが、これじゃ奴隷と変わらない。

 タツ達はそんなアリスの横暴な雇用条件に疑問を感じることも無く、買った農具を困っている人たちに貸したりして互いに手伝いながらアリスの課した重労働をこなしていくのだった。

 ご飯が貰えるからと嬉々として働いているタツたちが不憫でたまらない。彼らに幸あれ。

 そのご飯についてもアリスは一癖あるエグイやり口を見せた。

 ご飯は基本的には小さなパンと水炊きのスープだ。中の具は別段豪華でもなかったが、それでも、スラムの人々が今まで食べていたものに比べると格段に豪華だった。

 グラディスとミスタークィーンが手配した調理師達が作っているので味も折り紙付きだ。この世界ではそこまで高価なわけでもないが、塩も使っている。

 スラムの人たちはこの食事を楽しみに、昼と夜、塔に集まった。雨の日に配るのが面倒だからと、アリスは塔の一階を解放して、そこで食べ物を配った。

 もうちょっと身の回りの安全に気を配って欲しいというのは置いておいて、アリスはこの食事の配給にもいろいろと仕掛けていたという話をしたい。

 最初に、なぜ、水炊きがメニューに選ばれたか。

 それは、でっかい鍋で作成するので作る人が楽、具材を変えるだけでバリエーションができる、そして、実際の具材に対して汁の分かさまし出来るのでリーズナブル、というのが水炊きがメニューとして選定された理由だ。

 こすいなあと思わなくもないがここまではまあ分かる。

 だが、アリスのやり口がえげつなかったのはここからだった。アリスは時々何の前触れもなくめちゃくちゃうまいお菓子をデザートに付けたのだ。

 最初に小さなシュークリームが出されたのは3日目だっただろうか。さすがの重労働、荒れ地を整地するという作業に心が折れかかる時期、スラムの人間達が少し文句が口をつき始めた頃のことだった。食事についてきた謎の物体を一口放り込んだスラム民たちは一同言葉を失った。そして、またこのお菓子が出てくるんじゃないかと期待しながら黙々と働くのだった。

 それからも、アリスは時々思い出したようにお菓子を食事につけた。

 気前の良い王女だと、スラム民たちはありがたがったが、アリスの世知辛さを知っている自分にとっては、この光景はアレに見えた。

 ガチャだ。

 たまに出るURを期待して、毎日デイリーをこなし続けるアレだ。


 このころの自分は少しアリスに不信感を募らせていたが、アリスは自分の考えなど及ばない不思議な理由でスラムの人たちを酷使していたのであった。

 スラムの人々は着々と畑作りを進め、本格的な冬が始まる前にはどうにか芋植えが終わった。


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