7-1 c さいきんの建国シミュレーション
そこからは電光石火だった。
アリスが塔をおねだりした後、部屋に戻ってくると、久しぶりにオリヴァが訪ねて来ていた。
アリスは開口一番オリヴァに引っ越しをする旨を伝え、ミスタークィーンを城に呼びつけさせた。
次の日、取るものも取り敢えず王城へ飛んできたミスタークィーンにアリスは言った。
「引っ越すの。手伝って頂戴。」
「引っ越しですか?」突然王城に呼び出され、王女の私室に通されたミスタークィーンはカチコチだ。
「そう。東の塔に引っ越すの。塔の改修と掃除。そして私とグラディスが暮らせるように最低限の家具類の調達もお願い。センスは任せるから、早めに手配して。冬になる前には塔に移りたいのよ。予算はこんくらい。」アリスはそう言って指を立てた。
「いえ、お金をいただくなど滅相もない。」
「あんたたち商会が儲かってないからって私に近づいてきたんでしょ?私におごるほど儲かってるんだったら協力しないわよ?」
たしかに。ミスタークィーンやその周りの人間たちってそこまで金に困ってる感じじゃないんだよな。
「大きな投資のチャンスと考えているので構いません。リスクはこちらで取りますよ。」
「それじゃなおさらね。後でおっきなもの返さなきゃならないんだったら、今こんなことで得を取ったってしょうがないもの。それだったら家具なんていらない。ゴザで寝るわ。」
「ゴザなどで寝るなど王女殿下には我慢できますまい。」
「寝れるわよ。」アリスは即答した。
タツんちで寝てるからなぁ。
「そんなことより、投資なら違うことに投資してほしいのよね。」
「というと?」ミスタークィーンが慎重にアリスの言葉を待った。
「塔の前を一面のお花畑にしたいのね。というわけで、お花の種の準備をしてほしいの。ジャガイモって花。」
「ジャガイモですか?観賞用のアイテムではありませんよ?種というか芋ですね。」
「いいのよ。花は咲くんでしょ?」アリスが言った。
「構いませんが・・・。あまり見栄えの良い花ではありませんよ?農作業用のレイバーも準備いたしましょう。」
「お花畑の手入れをする人間はスラムから雇いたいの。だから人手は要らないわ。代わりに、彼らの分の食料が欲しいわね。それも格安で準備して。あなた達から専売で買うわ。値段は任せる。」
うーん、見えてきた。
アリスはスラムの人間にじゃがいも畑を与えるつもりだ。
アリスの現地入りはそれから1週間も待たなかった。
塔の掃除が整い、家具の搬入の日取りが決まると、アリスは家具の搬入の日取りに合わせて少しの荷物で塔に乗り込んだ。一番大きかった荷物は本の束だった。
現地に入ったアリスは、ミスタークィーンの用意してくれた業者たちに最上階の部屋を急いで掃除させ、荷物を運びこませた。最低限睡眠が取れるように部屋が整えられると、アリスは業者たちに塔のリフォームを指示し始めた。
アリスの引っ越してきた東の塔は、貴族街の城壁に組み込まれるように配置されていた。城壁の内側の貴族街に向けて出入りできる扉が一つだけあった。塔の外壁は城壁の外側にせりだしていたが、そちら側には扉は無かった。城壁と塔は繋がっているが、城壁の上からは入る入り口は無い。
塔というだけあって内部も円形だ。城と違い城壁の一環として作られているせいか、壁を構成している石の一つ一つが大きく、丁寧に積まれ隙間も少ない。
最上階はまるまる一つのフロアで、アリスはここを居住スペースとした。最上階のフロアの壁には横に長くて上下に狭い窓がいくつか開いており、一つを除いて、すべての窓が城の反対側を向いていた。戦時中はここから矢を打ったのだろうか、ガラスがはまっていなかったので、アリスはここにガラスを注文した。
ミスタークィーンが見繕った家具をいくつか適当に配置させたあと、アリスは会談用の小さなテーブルと椅子をいくつかを準備するように作業者たちに命じた。自室をそのままミーティングスペースにする気らしい。ベットとかもあるプライベートスペースなんだけど、アリスはそんなこと欠片も気にしていない様子だ。
アリスの新しい部屋が住める体裁の整ったところで、今度はグラディスの部屋の整備が始まった。
塔は最上階のアリスの部屋から外壁をなぞるように作られた階段が一階まで円を描くように下っており、その途中に二階と三階へのフロアへの扉があった。アリスとグラディスは二階をアリスたちの私物の入る倉庫、三階の半分をグラディスの部屋とし、残りの半分に小さなテーブルを置いて食堂とすることに決めた。
グラディスは自分の部屋から家具類を全部持ってきたので何気にアリスよりも荷物が多かったが、グラディスの部屋の引っ越し作業は1時間もすることなく終わった。
グラディスの部屋の家具の配置が終わると、他の部屋の作業は放っておいて、アリスは作業者たちを一階に集めた。
一階は厨房及び炊事や洗濯などの水場となる予定だ。他にもアリスは塔の地下に巨大な収納を作るように要求した。
「あと、ここらへんに・・・」アリスはそう言いながら塔の壁を指で撫でた。
アリスはしばらく壁をなぞって小さなくぼみを見つけると、そのくぼみに塔の中に落ちていた古い鉄の農具を引っ掛けて体重をかけて押した。
すると、ゴリゴリという音とともに石がスライドして、外へとつながる隙間が現れた。
アリスの行動を不思議そうに眺めていたグラディスと作業員たちから歓声が起こった。
隠し扉だ。
さてはこれ知ってて、ここに引っ越してきやがったな?
こっから自由に出入りする気満々やんけ!
というか、これ、見ず知らずの作業者たちが、隠し扉の存在を知ってしまうのはまずくないだろうか。
「これ、開け閉めめんどくさいから、普通の扉に代えておいて。」
知られてまずいとかそういうレベルの問題じゃなかった!
いかん。
貴族街の城壁に抜け穴が開いてしまった。
そして、その真上にアリスが住むっていうね。
最近しおらしかったのと、スラムの人たちのために何かしようとしているのが分ったから様子を見ていたら、とんでもないことになってしまった。
今からじゃ気絶させてももう遅い。アリスはすでに城に戻る気がない。
外壁に扉を作られたら塔は完全にノーガードだ。暗殺者がいつ来たっておかしくない。
いや、それ以上にアリスが出かける気満々だろ、これ。
今はない胃が再び痛い。そして頭を抱えたい。アリスに来て1年が経とうとするが、いまだにこの辺りは人間の時の感覚が抜けない。
アリスは大人しくしている時ほど要注意なのだ。
しかし、そんなこちらの危惧とは裏腹に、アリスはこの後およそ1年と半分、ほぼこの塔から出ること無く過ごすことになる。




