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Ex さいきんのSS エヌシィの冒険

 私はエヌシィ。


 ガルデ商会の小っちゃな看板娘と呼ばれている。

 ちょっと恥ずかしい。

 この間から、文字と計算を教えてもらいに最近街にできた塾ってところに行き始めた。

 ガルデ父様は私にエーサイ教育というのをしようとしているらしい。

 塾にはたくさん友達がいるし、計算を覚えればお店の手伝いもできるようになるしとても楽しみだった。

 でも、ちょっと、今はナーバス。ナーバスっていうのはいろんなことがあって悲しくなっちゃうことの事だ。

 おととい、塾の友達と勇者様についてケンカしちゃったからだ。

 私がちっちゃくて新入りだからって、みんなが私の言う事をちっとも信じてくれないのだ。

 私がホラを吹いてるんだって。ホラを吹くっていうのは、ウソをつくっていう事だ。

 だんじて私はウソつきじゃない!

 でも父様は私が間違ってるって言った。

 あの絵は間違っているんだって。


 違うもん。


 だって、私は本当に勇者様を見たことあるんだもの!




 昔々。


 といっても私が生まれてからの話だから、ちょっとだけ昔々。

 勇者様の絵がある日突然うちの廊下に飾られた。

 女の人が剣を掲げて、たくさんの人の先頭を歩いている絵だった。かっこよく言うと率いているって言うらしい。

 ガルデ父様がどこかの貴族様から借金のカタに取り上げたのだ。

 これは勇者様の絵なのだそうだ。

 勇者様とは私のおじいちゃんのおじいちゃんが子供の時にこの国を作った人だ。

 カクメイを起こして私たちが幸せに暮らせるようにしてくれた勇者様なのだ。

 私はその絵を見て、伝説の勇者様のとりこになった。

 絵の中の勇者様は凛々しくて素敵だった。

 金色の髪、青い目、すごい美人、女の人なのに男の人みたいにかっこいい。

 女の人が剣を持って男の人を引き連れるなんて、それまで思いもしなかった。

 父様もみんなもはこの絵は嘘だって言う。みんな、勇者様は最初の王様だから男の人だったと言い張って聞かないのだ。

 女の人が勇者様なはずがないって。

 そうなんだ、と、はじめは思った。

 でも、だんだん不思議になった。

 だとしたらこの絵は何なのだろう。

 貴族様の持っていた絵が間違っているものなのだろうか。

 幼いころの私はちょっと変だなって思った。


 ある日、父様と母様に連れられて街の聖堂に行った。

 王様が死んじゃった愛する王妃様のために立てた小さな聖堂だった。パワーストッポっていうらしい。パワーストッポっていうのはなんかすごい所のことだ。

 たしかに、すごい感じがした。

 聖堂にはこの国の王女様の肖像画が飾ってあった。

 それを見て私はハッとした。

 王女様の姿は絵の勇者様にそっくりだったのだ。

 勇者様が子供だったら、きっと王女様みたいだったに違いない。

 当然だ、勇者様の血を引いているんだもの。

 やっぱり、あの絵の勇者様は本当に居たんだって思った。

 私は、お父様に頼んで、勇者様の掲げている剣と同じものを作ってもらった。もちろん、レプリカってやつだ。つまりはニセモノだ。

 私はそれを伝説の剣と名付けた。

 幼いころの私はその伝説の剣を勇者様の真似をして腰に下げて歩いた。

 時々は抜いて勇者様みたいに掲げてみた。

 勇者様は私のあこがれの人だった。

 まだそのころは、勇者様が絵の中の人みたいだったらいいなって思っていたくらいだった。

 まだまだハンシンハンギだった。ハンシンハンギっていうのは、信じてるけど証拠がないってことだ。

 しかし、そのすぐ後に、私は見てしまった。


 勇者様の幽霊を。




 ガルデ商会がたくさん儲かっていたころ、父様の屋敷はお城の壁の内側の貴族様たちがたくさん住んでいるところの隅っこにあった。

 本当にお城の壁のすぐ隣だ。

 その日の朝、自分はいつものように散歩に出かけた。

 ちょっと前に見つけていたお城の壁に登る階段を使って、壁の上に登った。

 とりわけ眺めが良いわけではないけれど、壁の上は空気がきれいな気がするのだ。壁が見えないのがいい。だって、壁の上にいるのだから。

 壁の上はずっと歩いて行けるようになってる。

 東の塔のほうに壁の上を歩いて行くと、だんだん壁の外側は建物が少なくなって、林とか草むらになる。

 父様もまさか私がこんなに遠くまで来てるとは思ってもなかっただろう。

 小さな私にはアドベンチャーだった。アドベンチャーっていうのは冒険のことだ。

 幼いころの私は建物がすぐそばにないところに来ると、城の外に向かって勇者様みたいに剣を掲げたのだった。

 だって、街の人に見られたらちょっと恥ずかしかったから。

 ときどき塀の上を冒険しては誇らしげに伝説の剣を掲げるのが私のひそかな楽しみだった。


 ある日、いつものように私が剣を掲げたら、壁を通り抜けて出てきたみたいに女の人が現れた。

 金髪で、可憐。

 女の人は私が見ていたのに気が付いたかのようにこっちを振り返った。

 碧い目。きれいな顔。

 勇者様だった。

 格好は赤いドレスだったけど、間違いない。

 お城の壁の外側にあんなきれいな人は居ない。

 私は剣を掲げているところを見られたのが恥ずかしくてとっさに隠れた。

 勇者様は少しだけ私の隠れているところを見つめてから、街の汚いおうちがいっぱいあるほうへ走っていってしまった。

 ヌラムっていう、勇者様と一緒にカクメイした人たちみたいな、貧しい生活をしている人たちがいっぱい住んでいるところだ。

 母様に勇者様のことを話したら、勇者様は昔をカイコしているんだろうって言ってた。

 良く分からないけれど、勇者様はお城をこっそり抜けて、昔の仲間の所に向かっているんだって。

 きっと私が剣を掲げたからショーカンされたに違いない。ショーカンっていうのは、そう、難しいアレだ。

 毎朝、勇者様に会えないかと、壁の上を歩いて行って勇者様の出てきた壁の上で剣を掲げた。

 勇者様は現れた。

 毎日じゃなかったけれど、時々、勇者様は来てくれた。

 いつも、ヌラムのほうに走って行く。後姿を見ているだけだったけれど、それでもとても誇らしかった。

 だって、勇者様の姿をきちんと信じていたから私には見えたのだ。

 私が勇者様のことをきちんと知っていたから、勇者様は私が伝説の剣を掲げたら応えてくれたのだ。

 勇者様は自分のことを知ってもらえていないことを憂いているに違いなかった。

 だから、勇者様は私に会いに来たのだ。

 幼いながらに私は決意した。

 我ながら偉いと思う。

 勇者がすてきな女性だったということを皆に広めないといけない。

 だって、勇者様が間違った姿で伝わって居るなんてダメだ。

 あんなに凛々しくて綺麗なのにもったいない。

 これは私のシメイなのだ。

 私はいろんなところに伝説の剣を持って歩いた。

 すると、みんなはなんで剣を持っているのかと訊いてくる。

 そして、私は語るのだ、勇者様はとても素敵な女の人なのだと。フキョウ活動ってやつだ。

 しかし、残念ながら、みんなはウスラトカチンだった。

 みんな必ず笑いながら小馬鹿にしてくるのだ。

 勇者様は女の人じゃないって。

 私は嘘つきだって。

 でも、本当に私は見たんだもの。


 壁の上にみんなを招待したこともあった。

 でも、勇者様は現れてくれなかった。

 みんなはやっぱり私は嘘つきなんだって言った。

 それでも私だけが、本当の勇者様のことを知っている。

 この真実を伝えていかないといけない。そうでなくちゃ勇者様が可哀そうだ。

 私はただ、勇者様を解ってもらいたいんだけなんだ。お姿や性別さえも解ってもらえないなんて絶対おかしい。




 勇者様を始めて見てから、半年もたってないある日のことだった。

 その日は、いつも剣を掲げるところから見える草むらに天井に『オレンジ色』のバラのマークを付けた馬車が止まっていた。

 こんなところで何をしているのだろうと思ったので、剣を掲げるのはやめて、こっそりと壁の上から様子をうかがった。

 馬車の前には何人かのみすぼらしいかっこの恐い男の人達と、兵士の人を連れたおじいちゃんが居た。

 おじいちゃんは黒い立派なマントをつけていた。貴族様みたいだった。

 おじいちゃんが男の人たちに何かを言うと、兵士の人たちが馬車から大きな包みを取り出して、みすぼらしい格好の人たちに何かを渡した。

 包みの中には剣がいっぱい入っていた。

 男の人たちは恐い顔で笑いながら、剣を手に取った。

 この人たちは勇者様をやっつけようとしているのだと、私にはピンときた。

 バラの花のマークはうちの国の偉い人の紋章だ。

 きっと勇者様が女の人だってばれたら困るんだ。

 きっと勇者様がまたカクメイを起こすのが嫌なんだ。

 おじいちゃんの貴族様は男の人たちに剣を渡すと、兵士の人と一緒に馬車に乗ってどっかに居なくなってしまった。

 恐い人たちは周りの木の陰に隠れた。

 私は恐い人たちから見られないように壁の上に身を隠してこっそりと様子を見守った。 

 どうしよう。

 でも、勇者様ならきっと大丈夫。

 心配と期待でドキドキしながら待っていると、すぐに勇者様は現れた。

 あいかわらず、どこから出てくるのか解らない。

 恐い人たちが出てきて勇者様を取り囲んだ。

 勇者様は恐れる様子もなく立ち止まった。

 恐い人たちはなんか言いながら剣を抜いた。

 その時になって私はようやく気が付いた。


 勇者様が剣を持って無い!


 このままじゃ、勇者様がやられてしまう。

 勇者様!

 私は、とっさに腰に下げてた剣を放り投げた。

 勇者様は私が剣を投げるのを知っていたみたいに、落ちてきた剣をキャッチすると、襲い掛かってくる恐い人たちを剣で殴り倒していった。

 ニセモノの剣で切れないから、ミネウチっていうやつだ。

 勇者様はあっという間に襲いかかってきた全員をやっつけてしまった。

 そして、最後に木の陰にずっと隠れていたぎょろっとしたお目目の人を見つけてやっつけると、私のほうを見上げた。

 私は慌てて隠れた。

 もう一度覗くとそこにはもう勇者様は居なかった。

 その後しばらくの間、勇者様の姿を見かけることをできないうちに、私はお城の壁の外へ引っ越ししてしまった。




 何年か経って、クータディとかいうののあと、うちの暮らしは良くなった。

 引っ越ししてまた城の中に戻ってきた。

 戻って来てから毎日城の壁に登ってみたが勇者様は現れなかった。

 掲げる剣も無くなってしまったので、ショーカンも出来ない。

 父様はクータディとはカクメイの事だと教えてくれた。きっと、勇者様は目的を達成して帰ってしまわれたのだと言った。

 剣がなくなり、勇者様も居なくなってしまった。


 そして、おととい。

 勇者様のことで塾の友達とケンカした。

 昔、壁の上まで連れてった子が、私の事をうそつきだって言いはじめたのだ。

 私が看板娘だからきっと嫉んだんだ。

 あの日はたまたま勇者様は来てくれなかっただけなのに。

 友達のみんなも勇者のことを私に聞き始めた。

 私はいっしょうけんめい説明したけれど、みんなはちっとも信じてくれなかった。

 本当に見たのに。

 剣だって渡したのに。

 だから、ここ最近ユーウツだ。ユーウツっていうのはナーバスってことだ。

 塾に行きたくない。

 ひきこもりになっちゃおうかな。ひきこもりっていうのは不良ってことらしい。

 そんな私に、父様は、いい加減に勇者様のことは忘れなさいって言う。

 でも、見たんだもの。

 あの日のことは忘れない。

 勇者の絵もリビングに飾ってある。

 お父様はかたづけたがっているが絶対そんなことさせない。



 今日は不良をして塾をサボった。

 ユーウツなんだからしょうがない。

 父様はすごく怒っていたけれど、私は部屋にろうじょうしてやりすごした。ろうじょうってのは部屋に鍵をかけて出ないことだ。

 父様も母様もすぐに私を塾に行かせるのはあきらめた。

 なぜなら今日は王様が家に訪ねてくるからだ。

 そのせいで父様も母様もみんな朝から大忙しだった。だから私にかまっている場合じゃないのだ。作戦通りってやつだ。

 それにしても、王様はなんでうちなんかにわざわざ来るのだろう。もっと立派な商人はいっぱいいるのに。

 そして、王様がやってきた。

 部屋にろうじょうしてた私は王様を見に出ていくわけにもいかなかったので、しかたなく部屋の扉に耳を当てて王様と父様の話をこっそりと聞くことにした。

 「私どものような商会を指名していただいて、ありがたく存じます。」隣の部屋でお父様が王様に挨拶しているのが聞こえた。

 「最近気鋭の商会だとうかがってますよ。」隣の部屋で声がした。たぶん王様だ。

 「陛下自らこのようなむさくるしい場所においでいただき申し訳ございません。わざわざ、このようなところまでいらしていただかなくても、私のほうから馳せ参じますのに。」

 「こちらに別の用事もありましたので。」王様が言ったのが聞こえた。「面白い絵ですね。」

 「ああ、これですか。娘のエヌシィが大好きなのです。」お父様の声が聞こえた。「娘は初代の王がこの絵の通りだと信じているようなのです。」

 「昔、革命軍がプロパガンダ用に作った絵ですね。女性のほうが見栄えが良いから。」

 「娘がこの絵を信じて、勇者様は女の人だと言って聴かないのです。その・・・昔、会った事があるとまで言い出す始末で。この間もこの絵のことで友達と喧嘩をしたらしく、今も塾に行くのをしぶっているのです。親として悩ましい限りでございます。」

 「私が娘さんに説明しましょうか?」

 「滅相もない!陛下にそんなことをお願いするなどとても。」

 「お気になさらず。娘さんにも会いたいし。」

 「ですが、正直なところ陛下のお言葉といえども娘が聞く耳を持ってくれるかどうか。陛下のお気を害してしまうやもしれません。」

 いくら王様だからって、聞く耳なんて持つわけない!

 だって、あの時、私は見たんだから。

 私が渡した伝説の剣で悪い奴らをやっつけた勇者様を。

 「いいのよ、私のほうがあなたの娘さんに用事があるのですから。」

 そう声が聞こえて、ノックの音がした。

 どうしよう。

 王様に意見なんてしたらお父様の仕事に差し支えるかもしれない。

 それどころか、ウチクビになるかもしれない。

 「・・・どうぞ。」

 私は恐る恐る返事をした。

 扉が開いて王様が自分の部屋に入ってきた。


 驚いた。


 きれいな金髪、碧い瞳、きれいでカッコいい。

 王様はあの時の勇者様だった。


 夢じゃなかった。

 「勇者様!!」

 「あの時の剣を返しに来たの。ありがとう、助かったわ。エヌシィ。」勇者様は私の前にしゃがみこんで言った。「でも、お勉強サボるのはダメよ。今から一緒に塾に行きましょう。私が一緒に説明してあげる。」

 勇者様はそう言って、あの時の伝説の剣を私に返してくれた。


 私は有頂天になって父様に勝ち誇った。

 「ほら、やっぱり勇者様は居たのよ!!」


 いなくなっちゃったはずだ。

 勇者様はカクメイを起こして、王様になってたんだもの。


一彦視点では解決できない部分のストーリーになります。

本編とそこまで絡んできません。

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