6-10 さいきんの学園もの3
今回は、懲罰ではなく、体調が悪かったわけでもなかったことから、アリスは復学が決定されたあの会議の次の日には復学した。
アリスは今までのように、グラディスやオリヴァたちと馬車で学校へと登校した。
もちろん、ヘラクレスもだ。
「リデルン・・・いや、えーとアリス殿下??」スラファが登校してきたアリスに気づいて声を上げようとした、が、混乱した模様だ。
「その・・・、アリス殿下。お戻りになられてとてもうれしいですわ。」シェリアも戸惑いが隠せない。
「やーね、今まで通りリデルでいいわよ。」
いや、それはなんかおかしいだろ。
「アリス様~!!」キャロルがアリスに抱きついてきた。もともと様付けだったし、王女であることなんてほったらかしてリデルを崇めていたキャロルは順応が早い。というか、今までと何も変わっていないご様子だ。
「アリスさん。おかえりなさい。」アピスがアリスにニッコリとほほ笑んだ。
「えっへっへ。ただいま!」
そんなやり取りを見て、シェリアが上目づかいにアリスを見ながら、もう一度恥ずかしそうに言い直した。「おかえり。アリスちゃん。」
「ただいま!!」アリスは元気に笑って答えた。
「アリスン・・・それですとアピス様の呼び名とかぶってしまいますの・・・」スラファはアリス呼び方を悩んでいる。
いいな。素敵な友人たちだ。
アリスがとても素敵な笑顔で笑っている。幸せそうだ。
そんな笑顔を奪わないといけないと思うと心が痛い。
ヘラクレスだ。
あいつの出方次第では、アリスの幸せな日々を奪わないですむかもしれない。
一縷の願いをかけて、アリスの復帰最初の日はヘラクレスの監視にあたることにした。
授業が始まってうろつき始めたヘラクレスをウィンゼル卿で監視することにする。
なんたってウィンゼル卿が一番言うことを聞いてくれる。それに見つかったってさすがに殺されることはあるまい。ただの動物だし。なんだったら、抑止力になってくれたらうれしい。
1時間くらい庭でぼっとしていたヘラクレスだったが、例によって学校の中をうろつき始めた。
早速、ウィンゼル卿で後をつける。
本校舎の教室をひとつひとつ回りながらちらりと覗いていたヘラクレスだったが、すべての教室を回り終えると、そのままの足取りで本校舎の3階に登って行った。
なんでだ?男子寮だぞここ?
ヘラクレスは男子寮の一番奥までやってくると、懐から細長い瓶を取り出した。
ウィンゼル卿を走らせてギリギリまで近寄ってヘラクレスが何をしようとしているのかを確認しようとする。
「気になるかい?」ヘラクレスが振り返って言った。
ウィンゼル卿と中の自分は心臓が口から飛び出るほど驚いて、階段のあたりまで逃げ戻った。
「そんな驚かなくてもいいのに。」悲しそうにそう言ってヘラクレスは手に持っていた瓶の蓋をきゅぽんと抜いた。
ウィンゼル卿が階段脇の角から首を出してヘラクレスの様子を除いた。
「んー?匂いかいでみる?」ヘラクレスがしゃがんでウィンゼルに向けて瓶の口を差し出した。
毒か?
大丈夫だ。ヘラクレスはわざわざアリスのペットを殺したりしない。
・・・・たぶん。
ウィンゼルをヘラクレスのもとに行くように促す。
ウィンゼルは促されるままにヘラクレスのもとにちょこちょこと走り寄った。そして、瓶の口に鼻を近づけてひくひくとさせる。
中の液体からは甘くていい匂いがした。これは何だろう。
「これはね、松の油と、ワインを作るときにできる油を混ぜたものなんだよ。おいしそうでしょ?」
なんでこんなもんを?こんなところで?
ウィンゼルが不思議そうにヘラクレスを見上げているのに気づいてヘラクレスが答えた。「ん?あげないよ?これで学校を燃やすんだから。」
へ!?
「いやぁ、せっかく学校が駄目になって、それが全部アリスちゃんのせいになったってのに結局丸く収まっちゃったしね。」ヘラクレスは能天気な口調で言った。「もう物理的に学校ごとダメにするしかないよね。」
・・・・うそだろ?
知ってはいたことだが、実際にヘラクレスの口からアリスを追い詰めようとしている旨を聞いてしまうと肝が冷えあがる。自分が今まで見てきたものや信じてきたものが音を立てて壊れていくのを感じる。
「王女様は何か、んー、すごい運命力?でも持ってるのかなぁ。」ヘラクレスはウィンゼルにそう話しかけながらしゃがんだ。「八方手を回していろいろやったけど、ほとんど不発だったもんね。やっぱり直接手を下さないでアリスちゃんに自滅してもらうのって結構難しいね。」
・・・・・アリスは少なくともお前のこと信じてるぞ。
信じてるんだぞ?
「これから起こる火事もどういう風に落ち着くんだろうね?」
ヘラクレスが笑った。
やばっ!
ウィンゼル!逃げろ!!
自分の警告が届いたか、それとも野生の感か、ウィンゼルが弾丸のように飛び退った。
が、ヘラクレスは逃げ出そうとしたウィンゼルをなんなく片手で捕まえた。
アリスに次いで二度目。全力で逃げたのに難なく捕まったウィンゼルが硬直したままヘラクレスを見上げた。
「大丈夫、大丈夫。君にはこれから起こる火事の犯人になってもらうだけだよ。」
ヘラクレスはそう言うと、ウィンゼルと反対の手に持ったままだった油をウィンゼルの頭からかけた。
「アリスちゃんのペットさんが火事の原因。んー、少し弱いかなぁ。また、何事もない感じになっちゃうのかなぁ。」
やばい、学校を燃やしてウィンゼルを犯人に仕立て上げる気だ。
ウィンゼル!硬直してないで動いて!
ヘラクレスを止めるんだ!
しかし、ヘラクレスに腹をつかまれたままのウィンゼルは恐怖で動くことができない。
と、
ヘラクレスが突然立ち上がって、ウィンゼルを片手に持ったまま、瓶のふたを閉めて懐にしまった。
「こら、レディ、こんなところまで来ちゃ駄目でしょ!」
なんだ急に??
そう、ヘラクレスが言った直後に後ろから声がした。
「ヘラクレスさん?」
アピスだった。
「おや、アピス様、どうしてこんなところに?」
「いえ、アンドリューさんを探していましたの。わたくし、どうしても出たい勉強会がありまして、その間に下級生の作法の授業をお願いしたくて。」アピスが答えた。そして訊ねた。「ヘラクレスさんこそ、こんなところで何なさってますの?」
「いやあ、走り回ってたウィンゼルを追いかけてきたらこんなところまで来ちゃいました。」ヘラクレスは悪びれる様子もなくそう言うと、手の中で固まっているベトベトのウィンゼルをアピスに見せた。
「ちょうど良かったですわ。わたくし出たい勉強会がありますの。その間、アンドリューさんの代わりに下級生の面倒を見ていただけないでしょうか?アニエスさんが女子に作法を教えてますので、男子だけで構いません。」アピスがこれ幸いとばかりにヘラクレスに言った。
「ええ、構いませんよ?」ヘラクレスは快諾した。「参りましょうか?」
「ええ、助かりますわ。」
アピスに見られたから、この場所で火をつけるのは諦めたのか。この辺りの切り替えの早さはさすがだ。
「勉強会にはアリスさんも出席しますから、レディ・ウィンゼルをお預かりしましょうか?」アピスが提案する。
「んーそれは助かりますけど、なんかべとべとしてますよ?」
お前のせいじゃい!!
「まあ、ほんとですわ。レディ、いたずらばっかりしてちゃ駄目ですわ。この間のバーベキューの時もお鍋いたずらしてたんですって?」
ひどいや!
どっちも冤罪だ!
二人はべとべとしたウィンゼルを受け渡しながら廊下を戻って行った。
とりあえず、アピスのおかげで、今すぐ学校が燃え落ちることは無くなった。
でも、もう、どうしようもなくなった。
アリスを学校に通わせることはできない事がはっきりしてしまった。
夕方まで待った。
ヘラクレスが何かをしてくるかもしれなくて危なかったけれど、最後に少しだけみんなと話をさせたかった。
勉強会終わりのアリスはご機嫌だった。
王女とばれた後でも、呼び名が変わっただけでみんなといつものように話し合えた。
久々のアリスのもとに、シェリアたち3人の他、カルパニア、アピス、セリーヌたちが集まっていた。
ゲオルグ達はもう帰ってしまっていたが、彼らもちょっと前に挨拶をしに来ていた。アリスは自分を助けてくれたことに満面の笑顔で礼を言って、彼らは赤くなって帰っていった。
「よし、また、お茶会をやりましょ!」アリスが皆に言った。
ごめん。アリス。
「それ、いいですわね。」
「バーベキューでもよろしいんじゃなくて?私達バーベキューのできる場所を作りましたのよ。」
「アリス様はまだ、見てないですわよね?」
アリスのためを思って動いてくれたみんなもごめん。
「見たい見たい!」
「お肉準備しておけばよかったの。」
「さすがに今からはダメでしょ。」
本当にごめん。
「今度こそ、キャロル特性のスープを召し上がってほしいですわ。」
「またケンさんたちも呼びましょうよ。教科書のお礼もしたいですし。」
「よろしいですわね。こんなことなら、もっとバーベキュー場を大きくするんでしたわね。」
すべて自分のせいだ。アリスは悪くない。
「うそ・・・いやだ・・・」
アリスは一年ぶりのその感覚にすぐ気が付いた。
「いやだ。いやだ!!」アリスが叫ぶ。
「アリスちゃん?アリスちゃん!!」
シェリアの叫び声を耳にしたのを最後にアリスは意識を失い倒れこんだ。
こうしてアリスの学校生活は終わりを告げた。
病気の再発したアリスはここからおよそ2年近く、城外の塔に自らを幽閉する。
これにて前半終了になります。
書きためがつきましたので、本編の投稿が少し間が開きます。
ブラウザでも構いませんので、どこかにブックマークしておいていただければ幸いです。
いくつか、一彦視点ではないサイドストーリーを上げた後、3月末くらいに次章を上げられればと思います。(2021/2/20)




