6-9 b さいきんの学園もの3
さて、いつもの公爵たちの会議に、今日はジュリアスが加わった。
ジュリアスは新たなベルマリア公としてこの会議に加わったのだ。最近学校に来なかったのもこのためだ。彼は王やロッシフォールらと話をつけ、祖父の持っていたベルマリアの統治権を自らの手に取り戻した。
おかげでジュリアスを通して、4公の会議を垣間見ることができる。
「あの小さかったジュリアス殿下がついにベルマリア公ですか。」一通りの挨拶を済ませて着席したジュリアスにミンドート公が言った。
んー?何だろうか。違和感がすげえ。
ま、この間までアリスのクラスメイトだったわけだしな。
「しかし、良いのですかな?ベルマリアを継いで。」モブートが言った。
ジュリアスがベルマリア公になった事は単純にベルマリア統治権を取り返したという話だけではすまない。これはジュリアスがベルマリア公爵としてこれから生きていくという決断に等しい。事実上の王位継承権の返還なのだ。
「アリス殿下がこれだけ元気では僕まで回ってくることもないでしょう?」ジュリアスは笑いながら言った。
「しかし、王女殿下にはご病気もあるし、殺害を狙う輩もいるからな。」とミンドート公はそう言ってから、最初の毒殺未遂の犯人がジュリアスの父親だったことを思い出し慌てて付け加えた。「いや、今回の毒殺未遂についての話だぞ。」
「え、毒殺!?」ジュリアスが驚いて声を上げた。「食中毒ではなかったのですか?」
「ヘラクレスが見つけて犯人を処断したそうだ。」ロッシフォールが言った。「殺してなければ色々聞けたのだが・・・。」
いつの間に!?
「ヘラクレスとは兵士たちの間で焔の英雄とされている人間ですよね?そんな人が動いたのですか。」
「いつも殿下の横にいた護衛がそうだよ。」ロッシフォールが答えた。
「エラスティア公!彼女がヘラクレスだったんですか!?」
彼女!?
ヘラクレスって女なの!?ヘラクレスって名前なのに?
え?その設定要る?
いや、確かにすっきり顔のしたイケメンだから、男装の女性って言っても通用するよ?
でも、いまさらそう言われても、いままで男として見てきたから、もはや男としか見えん。
てか、ジュリアスよく女性だって分かったな。
こんなにどうでも良いのにビックリする情報はこれまでも無かったし、これからも無いだろうよ!
・・・違う。
なんか、もっと大事なことがあった。
なんだ、ジュリアスはなんて言った?
思い出せ。『彼女がヘラクレスだったんですか!?』
・・・・なんだ。何もないじゃないか。
いや違う、その前だ。
『エラスティア公!彼女がヘラクレスだったんですか!?』
アレ?
エラスティア公?
誰が??
『わたくしアピス=ミンドートはシェリア=タイゾの面倒は見ませんよ。』
『ベルマリア公カセッティ、マハル殺人容疑ならびにアリス王女殺害未遂で逮捕する。』
『あの小さかったジュリアス殿下がベルマリア公ですか。』
そうだよ。エラスティアは土地の名前であり家名だ。
ミンドート領の公爵だからミンドート公、モブート領の公爵だからモブート公、エラスティア領の公爵だからエラスティア公。
エラスティア公はエラスティア公○○なのだ。
だから、エラスティア公は、そうは呼ばれなくとも、ずっとこの場に居たっておかしくなかったんだ。
誰だ。誰に言った?
ミンドート公とモブート公は違う。
いや、分かっている。
気づかなかったことを認めたくないだけだ。
この国にロッシフォールという名前の公領は無い。
エラスティア公ロッシフォール。
彼がエラスティア公だったのだ。
自分が驚きから立ち直り、ようやく思考がまとまった時には、会議はすでにアリスの弾劾の話に移っていた。
「とにかくアリス殿下をこれ以上野放しにするのは看過できない。ロッシフォール公。」
ロッシフォール公って言ってるやんけ!
なんでロッシフォールだけロッシフォール公って呼ぶんだよ。くそう。
「王はなんと言ってらっしゃったか?」ロッシフォールが尋ねた。ミンドート公は前回の予告通り、王に上伸したらしい。
「話にならなかった。」ミンドート公は鼻を鳴らした。「・・・王女であることが露見したからといってなぜ突然、非難されなくてはならぬのか、だそうだ。全く話を解してもらえなかった。それどころか、身分を隠そうと言ったのはお前たちではないか、ときたものだ。」
「これはこれは・・・あの国王らしい。」ロッシフォールはため息をつくように言った。
「ロッシフォール公、それにモブート公よ。私と娘のために力を貸してくれないか。」ミンドート公が頭を下げた。
「ミンドート公爵。それは理知的ではない。」ロッシフォールではなくジュリアスが口を挟んできた。「貴殿のために、王女殿下の去就を決めるという理屈は通らない。」
「ジュリアス殿下も学校ではさんざん迷惑をかけられだろうに。」
「大した迷惑ではありませんよ。」
「殿下はお心が広い。」ミンドート公は言った。「しかし、アピスがかなり迷惑を被っておる。機能していない学校で、彼女の派閥の面倒を見るため日々奔走している。学校から戻ってくることすらできない。もちろんアピスだけではない。学校の生徒たちみんなが王女殿下のせいで困っているのだ。」
「ベルマリア直下の貴族たちからは、アリス殿下を弾劾するほどの声は上がっておりません。ミンドート領の貴族たちも子供たちが王女と知り合いになれたことを喜んでおります。」ジュリアスが反論した。
これは違う。
ベルマリア直下の貴族はジュリアスが抑え込んだ。
被害者本人とジュリアスから説得されて、ジュリアス派の少年たちの父親たちはしぶしぶ従っているにすぎない。
「アピス嬢自身も、アリス殿下のことを疎んではおりません。むしろ先日、学校に来られない殿下を心配してお見舞いに伺っているくらいです。」ジュリアスが追い打ちをかけるように言った。
「アピスが王女殿下の見舞いに?」
「ええ。アピス嬢はアリス殿下と仲良しでございますので。」ジュリアスは頷いた。「アリス殿下に腹を立てているのは公爵だけなのではないのですか?」
「ジュリアス殿下。家庭の問題だ。口を挟まないでいただこう。」ミンドート公は苛立たし気な声を上げたた。
「ベルマリア公と呼んでいただきたい。私は王の後ではなく祖父の後を継ぐつもりだ。」ジュリアスは引かない。「それに、家庭の問題ならばなおさらその様な理由でアリスを弾劾させるわけにはいかない。」
「そなたが娘のことを語ったことに文句を言っているのだ。」ミンドート公が言った。
「ならば、アピス君をだしにアリス殿下のことを責めるのはやめていただきたい。」
「よかろう。そなたも、ミンドート家の問題に口をはさむのはやめていただこう。」
「承知しました。」ジュリアスが承知した。それから言った。「この問題を冷静に話し合うため、一人、客人の参加をお願いしたい。よろしいですかな?」
「構わんよ。」ミンドート公は答えた。「構いませんな、ロッシフォール公、モブート公。」
「私も構わんよ。」エラスティア公ロッシフォールがどうでもよさそうに言った。
「どうぞ。」モブート公は興味なさそうに言った。
「ありがとうございます。では、失礼。」ジュリアスはそう言って立ち上がった。そして、自ら扉を開けると「入りたまえ。」といって客人を招き入れた。
ジュリアスの呼んだ客人はいつものように完ぺきな歩き方で会議場に入ってきた。
「ご機嫌麗しゅう。皆さま。お父様。アピス=ミンドートにございます。」アピスが優雅に礼をした。
「な!?」ミンドート公が驚愕で目を見開いて絶句した。
家庭の問題に口をはさむなと言われて承知したジュリアスだったが、ぶりぶりに関与する気のようだ。
「本日、わたくしは、アリス殿下への不当な弾劾を止めていただくよう、上申しにまいりました。」
「な、何を言っているのだ!?」ミンドート公が立ち上がって言った。「お前のためにあの王女の行いを正そうとしているのだぞ!」
「わたくしのためを思うのなら、アリス殿下の弾劾などやめてくださいまし。」
「王女のせいで、お前の卒業の間近だというのに、勉学がおろそかにされてしまっているではないか。私生活や社交にだって影響がでているではないか。」ミンドート公は声を荒げた。
「学校を放棄したのは先生方の責任ですわ。リ、アリス殿下のせいではありません。」アピスは動じた様子もなく答えた。「それに、今のところ学校は機能しております。」
「機能している?」
「ええ、わたくしが立て直しましたの。」
「おまえが立て直した!?」ミンドート公が再び驚きで目を丸くした。「ミンドート家だからといってそのようなことまでする必要はないのだぞ。」
「わたくし、アピス個人が望んだのです。」
モブート公とロッシフォールも不思議そうな顔をした。
「アピス嬢がアリス殿下の作ったやり方を元に、学校を立て直されたのです。」ジュリアスが説明を加えた。「とてもお見事な手腕でした。」
ミンドート公は怒ったものか喜んだものか目を白黒させている。
「わたくしたちは大丈夫です。」アピスは言った。「アリス殿下は素晴らしい友人です。彼女が王になろうともならずとも、わたくしは彼女と共にあります。」
「私も同じです。彼女は大切な友人です。」ジュリアスも言った。
「クラスの大半が同じ気持ちですわ。」
ミンドート卿は口を大きく開けたまま、言葉を絞り出すことができない。
少しの沈黙があって、口を開いたのはロッシフォールだった。
「ミンドート公、貴殿の配下の貴族たちから王にアリス殿下の恩赦の嘆願が来ているらしいのだ。」ロッシフォールは唐突にどでかいカードを切ってきた。「名は明かせぬが一名だけではない。」
ミンドート公爵は無言で椅子に腰を下ろした。
「お父様。皆様。心からお願いいたします。」アピスは深く頭を下げた。
再びしばらくの沈黙があり、ミンドート公が言った。
「分かった。」
ミンドート公のこの返事により、アリスが弾劾されることは無くなり、復学が決定した。
だが、駄目だ。
アリスを学校に通わせるわけにはいかない。
問題はエラスティア公ロッシフォールとヘラクレスだ。
アリスが怪我をした窓の事件の時、窓に仕掛けをできるような怪しい動きをしている人間は見かけなかった。
ただ、あえて見ていなかった人物が一人いた。
彼だ。
間違えた。
彼女だ。
自分はヘラクレスの見張っているところはわざわざ見張らなかった。つまり、ヘラクレスだけは監視していない。
窓がアピスめがけて落ちてきた・・・いや、怪我したのは誰だ?なぜ、アリスが怪我した?アピスを助けたから?
ヘラクレスがそう教えたからだ。
考えてみれば、有能と言われる人物が見張っていながら、アリスはなんでいつも簡単に脱走できたのか? 都合よくヘラクレスのついていないタイミングでスラムの人間に襲われたこともあった。なぜ、奴はいつもアリスをほったらかしでスラムに直接向かう? そういえば、ジュリアスとの決闘で号令を出したのは誰だった? 決闘に向けてわざわざアリスを鍛えたのは誰だ? 暴力事件の時はなぜいなかった?
今回の騒ぎにしてもそうだ。毒を入れるところは止められず、犯人は事件の後で殺されて何も情報が得られなかった。
都合がよすぎる。
ロッシフォールにしてもそうだ。
今回はアリスの事件を鎮める方に回っていたように見えたが、ジュリアスやアピスが動かなかったらどうなった? ミンドート公が爆発してアリスの王位継承権から危なかった。貴族たちの嘆願の話も最後まで隠していた。
そもそも、窓の件はなぜ問題にならなかった? 貴族の息子を何人も半殺しにしてなぜ1週間の謹慎だったんだ? スラムへの度重なる脱走はなんで捨て置かれた? なぜ、アリスの身分は隠された?
そして今回、溜まっていたそれらが今回ヘラクレスの発言で一気に噴出した。
これも出来すぎだ。
狙ったのか?
いや、違う。自分には解かる。
サミュエルやベルマリア公の件で自分もやった。
リスクのない種は蒔いておくのだ。そして、タイミングよく刈り取るんだ。まして、ほっといてもアリスが種を蒔いてくれるんだから楽なものだ。失敗したってなにも痛くない。現に今回は失敗だったかもしれないが、ロッシフォールやヘラクレスにダメージはない。
アミールの誕生会でアミールが王位継承権2位となった。
考えてみれば、アミール派が、エラスティア公が、アリスを狙う強い理由はその時にできていたのだ。
アリスにヘラクレスをつけて学校に行かせるわけにはいかない。
おのれヘラクレス!
ヘラクレスはどこじゃ!
絶対に尻尾をつかんでやる!
次話で前半部が終了となります。




