6-9 a さいきんの学園もの3
2日後。
グラディスに通されて入ってきた客人を見てアリスが驚きの声を上げた。
「アピスン!!」
アリスの部屋にアルトとグラディスとケネスとオリヴァ以外の人間が来ることはほとんどない。ましてや同年代は少なくとも自分が知る限りは初めてだ。
「本当に王女でしたのね.。」アピスがアリスの部屋を見まわしながら言った。
「ごめんね。内緒にしてて。」
「構いませんわ。」
アピスは部屋の奥からとことこと出てきたウィンゼルに気づいて軽く礼をした。
ウィンゼルも精いっぱい丁寧に礼を返す。
ネオアトランティスもアピスにかまってもらおうと騒ごうとしたが、めんどくさいので【操作】で少しおとなしくするように促す。
アピスのことはそこまでタイプじゃなかったのか、ネオアトランティスは素直におとなしくなった。
アピスはアリスが鏡台の前から運んできた椅子に座った。
「学校はどんな感じ?」アリスはベッドに腰かけてアピスに尋ねた。
「今はキャロルさんとスラファさんが頑張っていますわ。」そう言ってアピスは最近の学校の様子を事細かくアリスに説明した。
シェリアやセリーヌたちが先生をしていること、キャロルとスラファがクラスを引っ張ってくれていること、ゲオルグ達も協力して学校を支えてくれること、カルパニアがジュリアスと命を危険にさらさずに話ができるようになったこと、タツたちが教科書の編纂を手伝ってくれること、ジュリアスがエラスティアからベルマリアの統治権を取り戻そうと奔走していること、セリーヌがアルベルトに告白されて答えを悩んでいること、ノーラが中庭に花壇を作ったこと、ゲオルグが下のクラスで何故か人気者になったこと、庭に小さなバーベキュー場ができたこと、シェリアが校舎の裏庭にローズヒップが健在でいるのを確認したこと、など、など。
全部アリスは知らない。
アリスは嬉しそうに話を聞いて、そして、アピスが一息つくと、すこし寂しそうに言った。「楽しそうね。」
「そうですわ。」アピスが言った。そう答えたアピス自身が楽しそうだった。
最初見たときは、あんまりそういう感じのキラキラした顔をする子じゃないと思ったけど、この数週間くらいで彼女に対する見方が少し変わった。いや、もしかしたら、アピスのほうが変わったのかもしれない。
「その・・・わたくし自身が楽しいというか、充実?してますのよ。」アピスは言った。
「素敵じゃない。ちょっと前の貴女じゃ考えられないわね。」
「これが私のやりたいことだったのかもしれませんね。」
「アピスン教えるの上手いもんね。世話焼きだし。」
少しの沈黙が流れ、アピスがアリスに問うた。
「リデ、いえ、アリス殿下は王になるのですか?」
「そのつもりよ。そういう風に生まれちゃったし。」
「わたくしは公爵家の人間ですが女性です。弟は男性。彼は領地を継いで、きっと立派に治めます。自慢の弟ですのよ?」アピスは言った。「でも、自分には公爵家として何ができるのでしょうか。いえ、言いたいことと少し違いますわね・・・その・・・なぜ私にはできないのでしょうか。」
「やればいいのよ。貴女ならできることっていっぱいあると思うけど。」
「無理ですわ。結婚しなくちゃいけませんもの。わたくしが公爵家としてできる最も大きな事はそれですわ。」
「アピスンができることってそれだけじゃないと思うけど。ていうか、ミンドート家としてできることがそんな事しかないんだったら、アピスン自身ができる事・・・それこそ今やってる事のほうがよっぽどすごいと思うけれど。」
「でも、結婚するであろう相手が、アミール殿下ですのよ。ミンドート家にとっても公領にとっても、これほど大きなことはありません。」
「別に誰かのお嫁さんになったって、いろいろ、やったっていいじゃないの。」
「アミール殿下の妃という事は女王になるということですのよ?王をないがしろにして自分のやりたいことをやるなんて・・・・」
「いや、私が王様になるんだけど。」
「あっ。」
『あっ。』って。
「こりゃ、ほんとに私王様にならないとだめね。」アリスがくすくすと笑いながら言った。「そしたら、アピスンも好き勝手出来るもんね。」
「え゛?いや、好き勝手って・・・。そういう問題ではないんじゃないですか?アミール殿下に失礼ですし・・・。」
「アミールなら別にそういうの大丈夫よ。」
悲しそうに遠くを見るアピス。「そうもいきませんわ。アリス殿下の言う通りアミール殿下が寛容なのだとしても、周りが許しません。アミール殿下にまで厳しい目が向けられてしまいます。」
「アミールと結婚するのは嫌なの?」
「殿下は器量も品もよろしいですし、ほとんど欠点のない方ですわ。」
「欠点なんて何一つ無いわよ。」アリスがブラコンぶりを発揮して得意そうにいった。
「ありますわ。」アピスは少し笑いながら言った。
「何よ?」
「彼のお姉さまが欠点ですわ。」
「?!・・・・このぅ!」アリスがアピスに跳びかかって抱き着き、ベッドの上に引き倒した。とてもうれしそうだ。
王女だとばれてなお、アピスとアリスは仲良くなった。
アリスの笑顔はいつもに増して屈託なくて、素敵だった。
ベッドの上でアリスに頭を抱え込まれたままアピスが言った。
「わたくしは、たぶん自分の意味が知りたいのだと思います。」
「あなたはアピスよ。その意味は私が知っているわ。私だけじゃなくて、シェリアやスラファやキャロルも知っているわ。あなたに良くしてもらったあなたの派閥の人が知っているわ。あなたが教えたたくさんの生徒たちが知っているわ。」アリスは言った。「だから、大丈夫。アピスンはアピスでいいのよ。貴女はとっても素敵よ。」
アリスはそう分かったような分からないようなことを言うと、少し黙ってから、いままでの会話の流れを全く無視して、そして、おそらくもっともふさわしい言葉を紡いだ。
「ありがとう、アピス。」
アピスは黙ったまま、甘えるように少しだけアリスに体を預けた。
アピスの顔は見えなかったが、きっと、とても幸せな顔をしているにちがいない。
アピスが帰ったあと、入れ替わりで来たのはアルトだった。
本日のアルトは若干説教モードだった。ざっくり言うと、アリスの日頃の行いが悪いからこんなことになるんですよ、って内容だった。
まあ、きっかけとなった事件に関してはアリスは全く悪くないが、今までの行いのせいで炎上したのには間違いない。
「まあ、しょうがないわね。」ベットにうつぶせに転がったままで、どこ吹く風のアリスはアルトの言葉を受け流す。
「しょうがないって・・・。」アルトがあきれ顔をした。
「なるようになるでしょ。」アリスは言った。「私じゃどうしようもないし。」
「なるようにって・・・そりゃそうですけど、今もアリス君の友達がみんなアリス君のために苦労して走り回っているんですよ?」まったく響いている様子のないアリスの態度にアルトの眉間にしわが寄った。
これはアルトの言う通りだ。ジュリアスが東奔西走し、アピスがアリスの見舞いに来て、スラファたちがアリスの戻ってくる場所を守り、シェリアたちは自分のコネでアリスを助けられないか頑張っている。アルトは意外とこういうとこ心情に厚い。
「自分を中心に世界が回っているとでも思っているんですか?」アルトがお説教を聞き流しているアリスに言った。
「世界が回る?」アリスがハッと顔を上げた。「世界が回るの!?」
アルトがしまったという顔をする。
「私を中心に世界が回るの?」アリスが破顔して答えた。「それ、すてきね!」
そう言ってアリスは立ち上がると、スカートをひらひらとさせながら、腕を開いてくるくると回った。
お出かけ用のきれいなドレスではなかったのが残念だが、部屋着の厚めのワンピースでも、アリスはとてもきれいだった。
「あんまり早く回ったらみんな目を回しちゃうわね?」アリスは茶目っ気たっぷりに言った。アルトの説教はまったくどこかへ行ってしまった様だ。「あなたにそんな素敵な詩人の才能があるとは思わなかったわ。」
アルトはアリスに周りの友達たちのことを考えて欲しかったのかもしれないが、アリスはそんなことよりも、アルトの言った『世界が自分中心に回る』という言葉がいたく気に入ったようだ。
・・・アリス、独裁者とかならんよな??
アルトの言う通りみんなはアリスのために奔走していた。
シェリアはミスタークィーンとともに王都を後にした。タイゾ家と懇意にしている貴族やその同僚たちをを説き伏せに行くのだ。ミスタークィーンはオリヴァに頼まれてシェリアのサポートについていくのだ。シェリア一人では帰省するのだけでもままならない。
ミスタークィーンはシェリア自身とも顔見知りだった。ミスタークィーンも王女が失脚してはたまらないと商会と関与のある貴族たちを懐柔に回っている。そんなわけで思惑の一致した二人はシェリアの故郷タイゾ領へと同行したのだ。
なお、久しぶりに会ったミスタークィーンにシェリアが真っ先に聞いたのが「リデルちゃんは本当に王女様なのですか??」だった。よほどリデルと王女が重ならないらしい。
ゲオルグ達アリスに血だるまにされた面々もジュリアスに言われた通り、父親である侯爵の説得に戻っていた。彼らはジュリアスに言われた時はしぶしぶ返事をしたように見えたものの、実家に帰ると熱意ある態度で父親の説得にあたった。中でも、エドワルドが意外にもとても熱心だった。勉強で学力が良くなったのに恩を感じたのか、はたまた、最初にアリスが言っていた通り、実はアリスに惚れていたのかのか。
自分たちの息子を半殺しにされた親たちは、半殺しにされた本人たちにその犯人の擁護をされて困惑していた。ただ、残念ながら、子の無事を思う親としての気持ちのほうが強く、納得をするところまでは至っていない様子ではあった。
カルパニアやセリーナたちアピス派の生徒たちも自分たちの親たちを説得した。彼女たちの親は娘が王女と仲が良かったことを知ってむしろ喜んでいるようだった。しかし、一方で彼らの直属のボスに等しいミンドート卿が王女に対していたくご立腹なので、こちらもかなり困っているようであった。
それぞれある程度の理解は得られたものの、彼らの説得だけでは大勢は大きくは変わらなかったように見えた。
前章が投稿されておりましたので投稿しなおしました。申し訳ございません。(2021/2/20)




