6-7 b さいきんの学園もの3
しばらくして、会場にバーベキューの機材が運ばれ始めた。いろいろなところの従者たちが設営をし始めた。大半がアピスの従者だ。
正装で少し早めにやってきたケンやタツたちも手伝おうとしたが、従者たちにご学友に手伝わせるわけにはいかないと追い返された。アピスの指示なのだろう。
ケンたちのことはスラムの人間だとも伝えられていないようだった。まあ、ばれたら大問題だ。
そのうちポツリ、ポツリと貴族たちが到着し始め、昼前にバーベキューの下ごしらえが始まった。
ちなみに食材を切ったり串に刺したりするところは従者の仕事だったが、バーベキューをやりたがった貴族たちが出張ってきた。アニエスとサザ、あとエドワルドなんかもその中に含まれている。
「その切り方だと小さいですわ。鉄板に乗せるわけではないので薄く切らなくて良いのです。それに多少焦がしても構いませんのでブロックで切ってください。」
「薄く切ってしまった肉はこちらでスープにいたしますわ。お鍋はございます?いえ、フライパンではなく大きなお鍋が欲しいのです。」
「火起こし教えてやるから、こっちに来い。タツも手伝え。」
「タレはわたくしが用意してますので、今日は作らなくてもいいですわ。」
「俺もシーズニング持ってきてるぜ。スパイスが入ってるんだ。やっぱたれより塩系の調味料だろ。」
「あら、わたしも家のレシピで作ってきちゃったのー。絶品ですわよ。」
この現象知ってる。
鍋奉行ってやつだ。
鍋奉行のバーベキュー版だ。
従者たちはほとんどアピスやジュリアスと言った王都に住まう貴族の従者ばかりだったので、バーベキューについては詳しくない。彼らは勝手知ったる子供たちに追いやられ、最後には隅っこで貴族の子らが自分たちの食べ物を準備するのを待つ羽目となった。
自分もウィンゼル卿視点で、キャロルたちの食事の準備を見守ることにした。
なぜなら、シェリアと一緒に遊びに行ってしまったアリスにウィンゼル卿がついて行かなかったからだ。
原因はデヘアだ。
ウィンゼル卿でアリスと仲良くさせようとしてうまくいかなかったデヘアだったが、何のことはない、最近、図鑑を見ているデヘアをアリスが見つけて速攻仲良くなった。
ほんとに自分のしたことって空回りというか、無用なおせっかいというか。いや、おせっかいにすらなっていなかったわけだ。
アリスは自分の知らない草木や生き物を知っているデヘアを敬い、学年トップのアリスに尊敬されたデヘアも悪い気はしなかったのかついにボッチの鎧を脱いだ。
そんなわけで、アリスはシェリアと一緒に山の中のいろいろなものをデヘアに教えてもらいに行っている。
グラディスはアリスに聞かれないと答えないのに比べ、デヘアは独りで学んできた知識を披露するチャンスと思ったのか勝手にいろいろ話してくれた。ボッチ特有のアレだったが、アリスがめっちゃ食いついているので問題なく会話は周り、デヘアは気分よく話した。実際デヘアの知識は深く、面白いことをいろいろと話してくれた。
ちなみにこれをきっかけとして人と話すようになったデヘアは、勉強会に参加するようなり、学校のカリキュラムそっちのけで動植物について勉強するようになる。数年後、農学というこの世界では新たな学問を立ち上げるところとなるのだが、この一連の流れはもう少しだけ先、アリスが学校を去ってからの話だ。
それはさておき、ウィンゼルはデヘアの存在が面白くなかった。ウィンゼル卿はデヘアにふられて以来デヘアが嫌いだ。もちろんクラウスも嫌いだ。
というわけで、ウィンゼルはバーベキュー奉行をやっているスラファとキャロルの所に残ったわけだ。
あの兵士が潜んでいるのはちょうどこの調理スペースのすぐ裏の森だ。ウィンゼルが残ってくれたのは警戒面でちょうどいい。
アリスには時々視点を移して見に行ける。ヘラクレスもいるし。
ちなみにさっき見に行ったら、ジュリアスまで巻き込んでバスケが始まってた。
例のぼろ袋が木の枝のちょうどいいところに引っ掛けられ、アリスといつの間にか合流したジュリアスやケンたち男子衆が試合の準備をしていた。シェリアとデヘア、そして、いつの間にか合流したアピスとその従者たちが木陰から少年たちとアリスの様子を見ていた。
「打撃有りよね?」
「あほか、無しだ!無し!絶対ダメ!!」
「ケン君、口調。」ジュリアスがケンを叱咤した。「わたしはゲオルグ達と共にリデル君のサポートに入るとしよう。僕のことは心配いらない、すぐ慣れると思うよ。ただ、最初は経験者のタツ君あたりをこっちに欲しいね。」
「いや、ジュリアス殿下もタツもこちらのチームにお願いします。ジュリアス殿下のサポートは致します。正直、慣れてきたら背の高いゲオルグ様もこちらに欲しいですね。」
「いや、それでは戦力に差がありすぎないか?アンドリュー達は初心者だし、リデル君はこの競技をやったことがあるらしいが女の子だぞ?」
「やれば解ります。」
「君はいったい何を言っているんだ?」
「ジュリアスー。ケンー。話しばっかしてないで、とっとと始めましょうよー!」久々のバスケを待ちきれないアリスが二人を呼んだ。
もちろん、ジュリアスは開始2秒、アリスの一投目でわからされた。
時は少し進み、5つの焚火が設置され肉や野菜が焼かれ始めようとする頃になって、ボロボロになったジュリアス達、とアリスがアピスたちと一緒に戻ってきた。
隠れている兵士に動きはない。
「ちょうどよかったですわ。今から焼き始めますのよ。」セリーヌがノーラと一緒にアリスたちに駆け寄ってきた。
セリーヌはそう言って、アリスたちを焚火の元へ招き寄せた。
「ジュジュジュリアス様、こここれを。」カルパニアがやって来て、肉の刺さった串をバラの花を渡すかのようにジュリアスに差し出した。
「ありがとう。カルパニア。」ジュリアスが串を受け取った。「これをどうすればいいのかな?」
「そ、そ、その焚火の周りに、さささ刺すのだそうです。」カルパニアは名前を呼ばれて真っ赤になりながら、キャロルとスラファに教えてもらったやり方を説明し始めた。
「シェリシェリとリデルンも始めよっか。ケンさんたちもどうぞ。」スラファがアリスを焚火のそばへと案内する。
「こんな大きいお肉をどうやって食べますの?」マライアから串を渡されたアピスが怪訝そうに尋ねた。
「焼くと少し縮みますのよ。」とマライアが得意げに答えたが、アピスは串を眺めながらいまいち解っていない様子だった。
こうしてバーベキューが始まり肉が焼かれ始めた。
日頃とは違う環境でみんな楽しそうだ。
熱いのも恐れずに焚火のすごい近くに串を刺していたアリスの肉が真っ先に焼けた。表面焦げとる。
そろそろ食べて良いとスラファに促されたアリスは串を取ると、行儀悪く引きちぎるように肉をほおばった。似合う。
「んんん!!!旨い!!。」
「え゛。ナイフとフォークはありませんの?」ドン引きのアピス。
「あっ。」バーベキュー既知組の一同が、今さら『しまった。』という顔をした。
「すぐにお持ちしますわ。」マライアが慌てて立ち上がろうとする。
「アピスン、絶対、このまま口で食べたほうがおいしいですって!」と言ったのはもちろんアリス。「がぶりと行きましょ。がぶりと。」
そう言って、アリスは二口目を頬張った。
うまそうに食うなあ。
「確かに、おいしいね。」アリスを真似してジュリアスが串から肉を直接食べた。「アピス君、君の御父上だって遠征の時はこうやって食べることもあるんだよ。」
しばらく困ったように焚火の前の肉を見つめていたアピスだったが、おもむろに串を手に取ると恐る恐る串先の肉を咥えて引き抜くように食べた。
「・・・・。思ったより悪くないですわね。」アピスはそう言うと二口目を口で引き抜いた。
アピスが食べ始めたのを皮切りに、みんなが食べ始め、各所で声が上がった。
「おいしい!」
「旨い!」
「何これ、焼いた肉なら食べたことあるのに・・・」スラムの子らはおいしさのあまり、声が出ない。
「そうだろ!上物の牛だ!しかも、特性のスパイス入りの塩を使ってるんだぜ。海で作った白い塩なんだぜ。さあ、どんどん食べなよ!」エドワルドが勝ち誇った。
「タレのほうも試してみて欲しいのー。絶対おいしいのよ!」今度はスラファがしたり顔で宣伝する。
従者や護衛の兵士たちも、子供らが食べ始めたのを見て、少し離れた焚火で食べ始めた。声こそ上げなかったが、彼らがおいしく食べていたのは疑う余地がなかった。
と、そんな中、食事にありつけていない3人が居た。キャロルとアニエスとサザだ。
一匹忘れてた。
プラス、ウィンゼル卿だ。
彼女たちは会場の隅っこに焚火を焚いて、従者たちが薄く切ってしまった肉を使って、スープを作っていた。先に串の準備を終えてからスープを作り出したので、まだスープは沸いてすらいない。
三人は始まってしまったバーベキューのほうをしきりに気にしていた。誰かがここを見ていてくれれば向こうに行けるのにと思いながらも、三人とも自分がその役をやるのは嫌なのだ。
ウィンゼルでよければ見ててやるんだけどな。
そんな三人に助け舟が現れた。
「お嬢様がた。火の番をしていれば良いだけであれば、わたくしが見ていましょうか。」そう言ったのは、蘭の花の家紋をつけた鎧を着た男。エラスティアの馬車に乗っていった爺さんと話していたあの兵士だった。
「まあ、ありがとうございます。ミンドート家のお方。」アニエスが嬉しそうに言った。蘭の花はアピスの家の家紋だ。「アピス様に貴方様のことをお伝えいたしますわ。」
「どうぞ、お気になさらず。」兵士はうやうやしく頭を下げた。
兵士がニヤリと笑ったのが、ちっちゃいウィンゼルには下から見えた。
やばい。
この兵士が何か企んでることを知らせるためにウィンゼルを慌てて走り回らせる。
が、
「よろしくお願いしますわ!」
「ありがとうございます。」
「しばらくしたら戻ってきますのでそれまでお願いしますわ。」
何も伝わることは無く、3人は駆けて行ってしまった。




