6-5 a さいきんの学園もの3
今日は夏休みのある日、
アリスはカリア石の売り方についてミスタークィーンと商談するためにミスタークィーンの商店の一室にやってきていた。
儲かっていないとミスタークィーンは言っていたが、なかなかどうして立派な部屋だ。素人目にも高いんだろうなと思われる調度品がいくつもおいてある。
アリスたちは部屋の中央の机の前のソファーに通された。
アリス側の参加者はアリス、ケン、タツ、ショウの四人だ。オリヴァもアリスたちと一緒にやってきていたが、今日はミスタークィーン側の人間として参加だ。
ケンたちは今回もグラディスがTPOに合わせて作成したスーツのような服を着こんでいた。その様子には有能サラリーマンのような風格が漂っていた。アリスの横で彼らは背筋を伸ばし、企業の面接を待つ就活生のように集中して座っていた。
カリア石の売り方について相談に来たと言ったが、実はアリスの意図する本当の目的はそこではない。
アリスたちの今回の本当の目的は、スラムを嫌がっているミスタークィーンとケンたちが対等に話せるようにすることだ。
勉強会でのアリスの目論みの一つと似ている。
ただし、今回はミスタークィーンは彼らがスラムの人間であることを知らされている。
オリヴァを除く4人が席に一息ついて部屋の中を一通り確認したのを見計らったかのようにミスタークィーンが部屋に入ってきた。
アリスがケンの脇腹をこづいた。
合図をされたケンが慌てて立ち上がる。
「お初にお目にかかります。わたくしケンと申します。」ケンは礼儀正しくお辞儀をし、堂々とした態度でミスタークィーンに手を差し伸べた。
ミスタークィーンは、差し伸べられたケンの手を無視すると、アリスの前でしゃがみこみ、座ったままのアリスの手を取って言った。「ご機嫌いかがでございますか。王女殿下。本日もエレガントでございますな。」
「あら、ありがとう。」アリスはニッコリほほ笑んだ。ケンがスルーされたことについてアリスが内心憤りを感じているのが自分には分かったが、アリスは特に何も言わなかった。
「本日は商品のプレゼンテーションということで。」ミスタークィーンは言った。「王女殿下のご商品を扱うとあれば我々の商会のブランド力も上がりましょう。」
「私のじゃないわ。彼らの商品よ。」
「さようで。」ミスタークィーンがアリスたちの対面のソファーに腰を下ろすとケンのほうをちらりと見た。
「ケン。お時間取らせては悪いわ。座って説明を始めなさい。」
「はい。殿下。」ケンが落ち着いた様子で返事をした。練習の通りだ。ケン本人は握手を拒否されたことについて何かしらの憤りも感じていないようだった。もしかしたら表面上つくろっているが内心はこれからのプレゼンのことでいっぱいいっぱいなのかもしれない。
「本日はわたくし共のためにお時間をとっていただき、誠にありがとうございます。サー・クィーン。」
ケンはそういうと隣のタツからカリア石の入った袋を受け取りいくつかを机の上に並べた。
「こちらの石はカリア石といいまして、非常に珍しい鉱石です。」ケンがカリア石についての説明を始めた。「我々独自のルートでしか入手することができず・・・」
ケンがよどみのない口調で話せているのは練習のたまものだ。赤っちゃけた縞模様のただの石だったが、ケンは事細かにその良さを弁舌した。
「この上品な色合いもさることながら、こちらの縞模様。ほかの石では見られません。よく見ると薄い縞の境界部分が渦を巻く雲ように濃い部分に広がっているのがお分かりになるかと思います。このような気品あふれる紋様のある石など珍しいでしょう。宝石のような輝きはございませんが、それとは異なる・・・そう、落ち着いた風情とでも申しましょうか、そういったほかの鉱石にはない風格を携えております。」ちなみに一瞬言いよどんだのも練習通りだ。
アリスの手前仕方なく聞いていたミスタークィーンだったが、思ったよりプレゼンがきちんとしていたので、次第にカリア石に興味を持ってきたようで、目の前の一つをとって裏っ返したりしてどんなものかを確認し始めた。
「なるほど。」カリア石を見たミスタークィーンが素直に述べた。「この石自体はレアかもしれないが、このままではただの石だ。価値がない。」
アリスが初めてカリア石を見た時と同じ反応がミスタークィーンからも返ってきた。
ただ、カリア石に対しての反応はいまいちではあるが、この時点でここに来た一番の目的は果たしたといって良い。スラム民だとしても身なりと礼儀を整え、話す内容がきちんとしていれば相手にしてもらえるのだ。以前、ケンたちが好き勝手に売ろうとしてた時とは違う。
「はい。おっしゃる通りです。ですので、このように加工しました。」と、ケンは答えた。
ケンは大きめのカリア石をショウから受け取った。それは鳥の形に加工がされていた。ハトサブレーみたいな形だ。
「ほう。少し見せてもらえるかね。」ミスタークィーンはケンから鳥の形をしたカリア石を受け取った。見事とは言い難いが、模様を生かしてまとまったものにはなっていると思う。
「ふむ。」ミスタークィーンは鳥の造形そのものに関しては気にもとめていないのか、光を反射させるようにカリア石を窓から差し込む光に斜めにかざした。
ミスタークィーンがカリア石に集中し始めたのでケンはプレゼンを中断し彼の動向を見守った。
「いかがでしょう?アクセサリーなどにも加工できると思います。」ケンはミスタークィーンがカリア石を十分に観察し終えるのを待ってから訊ねた。
「これそのものは売れないな。」ミスタークィーンは答えた。「加工がアマチュアなのもそうだが、もしきちんと加工したとしても石自体が地味すぎる。」
ケンは少しがっかりした様子を見せた。
「ただ、スムーズに加工されているのと軽いのがよい。」ミスタークィーンは石をこぶしの裏で軽くたたいて丈夫さを確かめながら言った。「ニッチな需要ではあるが、赤系の大理石に合わせたプロダクツに使える。具体的に言えば貴族の風呂の石鹸台だな。」
え?この世界、石鹸を置くレベルの風呂あるの!?
アリスの風呂って部屋で桶と手ぬぐいなんですが・・・・病気だったからか?
「殿下は赤大理石のお風呂をお使いではないですか?」
「お風呂嫌いなのよ。」
風呂無いのってそういう事なの?
「なんか、自分が頑張って身にまとってきた闘気がふやけちゃうような気がするのよね。」
宮本武蔵かな?
てか、ほんとに宮本武蔵の生まれ変わりとかじゃないよな!?
「そうですか。」ミスタークィーンはアリスに同意を求めるのをあきらめて説明を始めた。「石鹸台を大理石でつくると、加工も難しく重いのです。水場で使うため木や鉄は使えませんし、ざらざらした石では石鹸を痛めてしまいます。滑らかで丈夫な種類の石材には赤の大理石にマッチするカラーがない。よって、錫系の金属一択なのです。このカリア石をうまく加工できれば新しいセレクションをマーケットに提案することができます。まあ、実際に売れるかどうかはマーケット次第ですが、少なくとも全く売れないことはないと思いますね。」
そういうとミスタークィーンは今度はケンに向かっていった。
「どうかね、カリア石の場所を教えてくれないかね。情報料は払おう。」
「おお、ありがと・・・」
「駄目よ!!ここからはお金の話。私がするわ。」ケンの解答を遮ってアリスが声を上げた。「石鹸台の加工まではこちらの取り分、販売からがあなたたちの取り分。価格調整でそちらの儲けはいくらにでもできるでしょ?」
「王女殿下、それはあんまりです。」
「別に、儲けがなくなるわけじゃないからいいでしょ。」
「しかし加工はこちらでやったほうがよろしいでしょう。そちらでは石鹸台まで加工できますまい。」
「そんなことはないわ。レシピを頂戴。そちらの抱えている工夫よりは安く提案できると思うわよ。」
「ふむ、しかし、クオリティーが約束されるとは限りません。」
「良いもの以外は返品でいいわ。」
「納品と納期のスタビリティーはそのまま在庫回転率に効いていきますので、その方法は受け入れられません。」とミスタークィーン。「こういうのはどうでしょう。そちらのエンジニアを一人こちらで住み込みで預かり、こちらで作業をしてもらう。わたくしは石の代金と預かった工夫にサラリーを支払う。そちらとしてはアトリエや道具などの初期費がお得、こちらは品質の安定が計れるメリットがある。Win-Winですな。」
「・・・・いくつか質問させて。」アリスは額にしわを寄せながら言った。「そちらに渡した工夫には他の工夫と同じようなきちんとした賃金は払われるのね?」
「オフコース。」
「その工夫には別の仕事をさせる?」
「そのエンジニアが望めば。」
「その分の工賃も払うんでしょうね。」
「もちろん。仕事の出来に応じてですがおサラリーは出しましょう。初期の道具もこちらでタダで準備いたしますよ。」
「・・・本当にカリア石には石鹸台として価値があるの?本命は“こっち“じゃなくて?」
「こっち?」ミスタークィーンは本当に意味が解らないという風に一瞬首をかしげてから、すぐに気が付いたように言った。「ああ、そうですね。“こちら“にもかなりの価値を見出していますね。確かにカリア石より興味がある。ですが、カリア石自体もニッチなマーケットではありますが良いアイテムになると思っていますよ。」
「カリア石の取引についてはいっぱい考えてきたからなんとかできるけど、私は商人じゃないからその場の急な取引に即応できるほど交渉力はないのよ。少し話し合わせて。」
「構いません。外しましょうか?」
「いいえ、必要ないわ。質問があるかもだから、そこに居て頂戴。」アリスはそう言うと、置物よろしく微笑みながら背筋を伸ばして座っていたケンたちに尋ねた。「この鳩作ったのは誰?」
「ショウだ。」ケンが呪縛から解かれたようにいつもの感じで答えた。
バスケの時ボールボーイしてたちびっこだ。
「一体、なんの話をしているんだ?いや、ですか?」
「ミスタークィーンがショウを工夫として雇いたいって言ってるのよ。」
「え!!」ケンとタツがショウを見た。
まだ幼いショウはなんのことか解っていない様子でいる。
「やったじゃないか!」ケンが完全に礼儀を忘れてショウを抱きしめた。
「うーん?」肝心のショウはよく分かってない様子だ。
「あの糞みたいなところから卒業できるんだ。毎日食事が食べられるぞ。」
「そうなの?やったー。」
「ミスタークィーン様がお前の腕を買ってここで雇ってくれるそうなんだ。住み込みで屋根のある部屋で暮らせるんだ。」
「食事も3食提供するよ。大したものは出さないがそれでも、君の今の食事よりは豪華なはずだ。」ミスタークィーンが横から提案した。
「ほんと!?」と喜ぶショウ。そしてふと気が付いて言った。「・・・?ケンたちは?」
「残念だけど、お前だけだ。」ケンは言った。「大丈夫、しょっちゅう会いに来るから。」
「だめよ。」アリスが即座に否定する。「あなたたちが会いに来たら、ショウの仕事に差し障るわ。もう、自由には会えないと覚悟しなさい。」
「まあ、たまにであれば構いませんよ。」ミスタークィーンがストイックなアリスに苦笑いしながら言った。「もちろんちゃんとした身なりであればですが。」
ショウが不安そうな顔をアリスに向けた。
小2くらいの子がいきなり明日から仕事しろって言われてる状況なわけだから、ショウの反応は当然だ。
むしろ、この年齢の子供が労働者としてスカウトされる状況を全く不思議に思わないこの場の面々のほうがどうなのかと思うが、この世界ではこのくらいの年齢の子が働き始めるのは珍しくないのだろう。
「行くべきよ。ショウ。」アリスはショウをじっと見つめた。「あなたの人生、階段を一歩でも登ろうとしたら、前の段からは足を離さないと上には進まないのよ。」
「大丈夫だ。俺たちも絶対に追い付く。」ケンが言った。
「ショウを預けて大丈夫でしょうね。」アリスがショウの不安を払拭すべくミスタークィーンに念を押した。
「商人の一番基礎は交渉力ではなく目利きですよ。」ミスタークィーンはそう言って鳥のカリア石の表面を光に当てて眺めた。「この仕事をこなす子が物を作る作業を嫌いなわけがない。」
ミスタークィーンの信用を問うたのにショウの適正を答えられてしまったので、アリスは面食らって何も言えなかった。
「ショウ。行くんだ。」ケンが言った。
突然の別れの宣告にショウは泣きながらうなずいた。
「では、決まりだな。」ミスタークィーンがショウの頭を撫でた。「これからよろしく頼む。」
「良かったな。」
ケンは涙の止まらないショウの前に前にかがみこむとそっと涙をぬぐってやった。
スラムに一度戻ったアリスたちは、その日のうちにみんなを集めてショウが旅立つことを告げた。みんなからは嬉しそうな感嘆の声が上がった。
みんな素直にショウの旅立ちを喜んだ。こんなことは初めてだったのだろう。ショウの出立は彼らにとっての希望でもあった。
ショウは彼のかたどったカリア石の鳥のように、外の世界へと羽ばたいていった。
アリスがやりたいのはこれなのだろう。
もちろんショウが成功するかはわからない。でも、それはショウ自身がやることなのだ。




