6-3 b さいきんの学園もの3
教室の机を班ごとに寄せ合って勉強会が始まった。
いろいろ起こるかと思ったが、2班も3班も揉めることなく順調に進んだ。特にアピスやエドワルド達がスラム民たちと揉めるのではないかと心配したが杞憂だった。
むしろ、アピスの2班は実にうまく回っていた。アピスと、意外にもゲオルグが教えるのがうまかった。この班に居たのはケンたちだったが、彼がゲオルグやアンドリューたちが教えることをどんどん吸収していき素直にお礼を言うものだから、彼らの自尊心がくすぐられたようだ。一方、同じ班のエドワルドだったが、こちらはゲオルグに勉強ができないことを叱られたのと、ケンへのライバル心とで必死で勉強に取り組んでいた。さらにはアピスの縦横無尽のフォローがゲオルグ達だけでなくスラム民たちにも及び、この班が一番良い勉強会になっていた。学力に差がある集団でこれだけ効率的に勉強が進むのも珍しい。ケンとアピスの学ぶ意欲にあてられて、ほかの生徒たちのやる気も増していたように見えた。
ジュリアスの3班もカルパニアが稼働していないことを除けばつつがなく回っていた。ショウたち小さい子がこの班だった。シェリアはそこそこ勉強ができるものの、キャロルやスラファはそれほどでもない。それでも、ショウたちが勉強するくらいの内容であれば彼女たちにも教えられた。シェリアやスラファが子供好きだったのもあり、ここも良い雰囲気で回った。いい班割りだ。さらに、勉強の残念なキャロルだったが、自分ができないとジュリアスがカルパニアではなくて自分のほうにつきっきりになってしまうので、シェリアに質問をしながら必死で解らないところを自分で考えていた。
問題は1班。アリスの班だった。
タツ達スラム民とセリーヌたち女子生徒たちの間は問題はなかった。
問題は例によってアリスだった。単純にアリスは教えるのが下手だったのだ。
いままでスラムの子らに教えていた時には文字や算数といった簡単な決まり事を教える教科だったので露見していなかったが、地理や歴史、国語といった教科についは教えるのが壊滅的だった。
まず、質問する人間が自分の分からないポイントを明確にしないと、アリスは自分が難しいと思う点をかってに答えてしまう。おまけに、アリスの中では常識であることを相手も知っている前提で説明してしまうのだ。さらには、相手の社交辞令の相槌をそのまま受け取ってしまうので、セリーヌたちきちんと理解していないままでもアリスは満足してしまうのだった。
さすがにこれじゃ可哀そうなので、ウィンゼルでアピスに助けを求めに行く。
「あら。」アピスがふらりとやってきたウィンゼルを見つけた。
ウィンゼルを促してジェスチャーでアリスの班のほうの女子生徒たちを見るようなしぐさをさせる。
アピスの視線が助けを求めるアピス派の女子生徒たちとぶつかった。
アピスがセリーヌたちのもとにかけ寄った。「どうしましたの?」
「その、えーと、少しばかりリデル様のお話は難しくて・・・」セリーヌがアリスに聞こえないようにアピスに言った。
「どこが分かりませんの?」
「その、近代革命史のこの部分なんですけれど・・・」セリーヌがアピスに先ほどのアリスに質問した内容を繰り返した。
「革命軍についてですね。どの部分が分からないのですか?」
「いえ、その革命軍の行動が全般的に・・・」
「全般的・・・そうですね、この国の成り立ちまではわかっていますか?」
アピスはセリーヌたちに少しづつ質問を繰り返し解らないところを分析していった。
「セリーヌさんは前提の歴史が分かっておられないようです。まずは近代革命史ではなく、革命軍が王国と争うことになった原因の封鎖政策について学びなさい。それを勘違いしたままでは近代史の見方が変わってしまいますわ。」アピスがセリーヌの頭の中から彼女の疑問の根幹を探り出しアドバイスをした。セリーヌのほうはまだピンと来ていないようであったが、アピスが言うのならと少し前の部分について書かれた教科書をノーラに借りに行った。
すると今度は隣で見ていたマライアがアピスに質問してきた。「ここなんですけれども・・・」
アピスはやはり、マライアの質問をじっくりと聞いて彼女の勘違いを指摘した。
「ああ、それでリデル様はあのようなことをおっしゃっていたのですね!」アピスの指摘によって、マライアの中でようやくリデルの言っていたことが自分の疑問とつながったようで、嬉しそうに声を上げた。
「その、わたくしも・・・ここなんですけれど。リデルさんのおっしゃることは難しくて・・・」今度はノーラが算数の問題とアリスの解答例を持ってきた。
これ方程式じゃん。
さては、アリス、方程式知らん人に方程式の解法提示して放置しやがったな。
「・・・この解答は私にもわかりませんわ。とりあえずこの解法については後でリデルさんに質問するとしましょう。この問題は解き方にコツがあるのです。まずは、もしも、全部ウサギだったとしたら足の本数が何本足りないかを・・・。」
アピスに教えられながら、問題を解いていくノーラ。「できたっ!」
ノーラが解き終わると同時に今度はセリーヌが嬉しそうに戻ってきた。
気づけばアピスの周りにはアピス派の面々が集まっていた。
「アピス様、分かりましたわ。封鎖政策とはただ税関を作っただけですのね。」さっきまでは今一つ理解が及んでいなかった様子だったセリーヌが晴れやかな顔でアピスに言った。
「そうですわ。そこを勘違いすると見えてくるものが違ってしまいます。」
「なぜ、こんな紛らわしい名前にしたのでしょうね。」セリーヌが不思議そうに質問した。
「ほんとに。旧王国もこんな名前を付けなければ革命なんて起きなかったかもしれませんね。」とアピス。
「もともとは違う名前だったのよ。」いつのまにかこっそりアピスたちの輪の中に紛れ込んでいたアリスが机の上に顔だけひょっこりと出して二人の会話に参加してきた。「普通に関税法だったのを、革命軍がこの国を作った後に封鎖政策っていうネガティブな名前に変えたのよ。いわゆる旧王国のイメージを悪くするためのイメージ戦略ね。」
「リデルさん!ごめんなさい、出過ぎた真似を・・・。」アピスが慌てて謝罪した。
「り、リデルさん。申し訳ありません。」セリーヌ達も気まずそうにアリスに謝った。
「いいのよ、続けて。今、私が今めちゃくちゃ勉強になってるから。アピスン勉強教えるの上手ね。」机の上に顎を乗せてノーラのノートを見ながらアリスが言った。
「そ、そうですかしら?」
「うん。アピスンが教えるの見てていい?そっちの班のみんなもこっちに並び始めちゃったし。」
アリスはほんとにアピスが教える姿を見ていたいのだろう。敬語が完全に忘れられている。アリスは自分には足りない何かを全力でアピスから学んでいるのだ。
ここら辺がアリスが教えるのが下手な理由の一つなのかもしれない。
アリスにとっては学ぶことが当然なのだ。だから、教えられようとしている人間とは話がかみ合わない。だから学力がかみ合っていなくてもケンのような自ら学ぼうとしてくる人間には教えることができるのだ。




