6-3 a さいきんの学園もの3
さて、1か月くらいたったある日の放課後の教室。
アリスに集められた若者たちが着席していた。
そして教師よろしくアリスが教卓に進み出た。
「今日は私主催の勉強会に集まってくれてありがとう!」アリスが自分でそう言って自分で拍手する。キャロルとその隣でつられたシェリアだけが手をたたき、その他の一同は状況が呑み込めない様子だ。
口を開けたままアリスを不思議そうに見る者。
誰とも目を合わさず固まったまま動かない者。
落ち着きなく教室の様子を観察している者。
不服そうに窓の外を見て居る者。
そして、大半はアリスの後ろに控えている大人たちの一番右に並んでいる男を凝視していた。
彼は虎のマスクをかぶっていた。
完全なる不審人物だ。
今日は、アリスのたくらんだ・・・企画した勉強会。
アリスの知り合いたちが集められている。
シェリア、スラファ、キャロルはもちろん、カルパニア、アピス、ジュリアス、さらにはエドワルドたち5人、あと、アリス派への入会目的でアリスに話しかけてきたアピス派の女子生徒たちから何人か。
そして、ケン、タツ、ショウらスラムの子供たちら総勢10人。
そう、スラムの友人たちだ。
彼らは、グラディスが作った小奇麗な服をまとい、スラムの人間には見えないようにしていた。
が、貴族にも見えない。
もちろんこの状況はアリスの目論見だ。
ああ、だれか抱える頭を貸してくれ。
この事態を止める大人はいなかったのか。
頼みの綱のオリヴァがミスタークィーンとの一件以来、すっかりアリスの言いなりなのが大きい。
あと、あのマスク誰だよ!!
「今日はみなさんにお勉強をしてもらいます。」アリスは教卓に両手をついて言った。アリスには少し位置が高い。
周りの視線がアリスに集まり、そして時々アリスの後ろの虎マスクの男に飛んだ。
「基本自由に勉強してもらいますが、それでは家で勉強するのと同じ。ですのでルールをつくりました。」アリスはそう言って全員を見渡した。「皆様には教師もしていただきます。自分の知っていることをきちんと理解していなければ他人にものを教えることはできません。教えることそれすなわち最大の勉強法なのです。」
キャロルが拍手をする。
両手の平を上げてキャロルの拍手に応えると、先を続けた。「とはいえ、誰かが先生役ばかりをしていてもいけませんし、誰に聞いていいかわからないのも困りますので、先生役と生徒役を班にしました。」
ジュリアスの周りに固まって座っていたエドワルド達一向がアリスに聞こえないように何やら小声で文句を言っているようだ。そりゃそうだわな。
「はーい、だまらっしゃい。まず、各班の教師役を発表しますね。まず、1班・私、2班・アピスン、3班・ジュリアス。」
『アピスン』と『ジュリアス(呼び捨て)』との呼び方に、女子生徒やエドワルド達など慣れてない面々からどよめきが起こる。
「そして、1班の生徒役がマライア、ノーラ、ナタリー、セリーヌ、みんなは私に聞いてくださいね。」アリスが教えるのはアピス派の女子生徒たちのようだ。
シェリアたちを指名するのかと思ったから意外だ。シェリアたちもびっくりしている。
「2班の生徒役がゲオルグ、アンドリュー、クリスティン、エドワルド、アルベルト。みんなはアピスンが先生です。」
エドワルド達が顔を見合わせてからアピスをちらりと見た。そして、アピスに冷たく見返され、慌てて目をそらした。
「3班の生徒役がシェリア、スラファ、キャロル、カルパニア。ジュリアス、お願いね。」
カルパニアが嬉しそうに破顔した。
先ほどまで不思議な班分けに困惑気味だったシェリアたちの表情が納得した様子に変わった。
シェリアが『任せて』と言わんばかりにアリスに親指を立てた。
「そして、このままだと各班の生徒役は教わるだけで教えることができませんので、ドッジソン家の使用人を連れてまいりました。彼らを班分けして生徒役につけますので、いろいろご教示のほど、よろしくお願いいたしますわ。」
アリスのクラスの生徒たちの視線がケンたちに集まった。好奇な視線か冷ややかな視線のどちらかだった。
なんというか、ちょっと前のアピスの心配ズバリだ。
アリスは貴族とスラムの人間をこっそり仲良くさせようとしているのだ。というか、アピスとスラムの人間を仲良くさせて、ほくそ笑むつもりに違いない。
だって、グラディスに服作ってもらったり、貴族街の中にケンたちが入ってこれるようにオリヴァに手配させたり、クラスの面々に会っても問題のないレベルの行儀を覚えさせるためにケンたちを一か月間特訓したりしなくても、アリスなら下のクラスから余裕で人を集められたもの。
くそう。アリスが調子乗ってやがる。
「今、彼らの教育をしておりますの。ドッジソン領の田舎から来てますので、あまり教育が行き届いておりませんが、皆様のお力をお借りしていろいろ学ばせることができましたらとても助かります。ぜひお願いいたしますわ。」
「皆様、よろしくお願いしますの。」スラファが教室の後ろのほうの席に座って恐怖で小さくなっているスラムの子らに声をかけた。子らと言ってもケンはスラファより年上なのだが。
彼らは皆すっかりガッチガチに固まっている。
そりゃそうだ。ばれたらどうなるかわかったもんじゃない。
「わたくしたちも、よろしくお願いいたしますわ。」セリーヌも後ろで小さくなっているケンたちの緊張を和らげようと声をかけた。
スラム民たちがぎこちなく礼をした。
「そば仕えは教育されていたほうがよろしいですものね。」とマライア。
「わたくしもこちらに使用人を連れてこようかしら。」とノーラ。
「確かに。教育の行き届いたそば仕えを探すのは大変ですものね。自分たちで教育していくのもありですわね・・・。」アピスが生真面目に召使の育成方法について考え始めた。
いやこれ、スラムの人ですからね。
ともかく、侍従と貴族という関係性がはっきりしたためか、ケンたちは受け入れられたようだ。
身分を偽ってなお彼らはクラスにとって完全な異質物であったので、貴族たちから蔑まれたり、目の敵にされるんじゃないかと心配していたが、そんなステレオタイプな貴族は実際には居ないようだ。
「なんで俺たちが平民たちと、机並べなきゃなんねえんだよ。」エドワルドがボソッとつぶやいた。
「平民が貴族の学校の中に入ってきてる時点でおかしくね。」隣のアンドリューが聞きつけて同意する。
居たよ、ステレオタイプ。
「あ゛!?」そのやり取りを聞きつけたアリスがエドワルドとアンドリューにすごんだ。「今度はつぶすわよ?」
何を!?
「ひっ!」エドワルドとアンドリューだけでなく、アリスにボコられた面々が一斉にすくむ。
「みんな貴族なんだから、きちんと教えてくださいね。(ニッコリ)」分かるような分からないようなことを言ってアリスが邪悪に笑った。
「は、はいっ!」エドワルド達がアリスに目を合わさないように天井を見上げて、軍人のような返事をした。
時に恐怖とは最も簡便な説得の手段なのだ。
・・・勉強会の描写で出てくる文言じゃないんだよなあ。
「みんな仲良くね☆」今さっき、つぶす宣言をしたばかりの人間がにっこりとほほ笑んだ。そして、説明を続けた。「アピスンとジュリアスは先生として後ろにいるこのオリヴァと・・・」
アリスがオリヴァたちを紹介しようとして振り返って、虎のマスクの男と目が合った。
「え゛っ?・・・・」
アリスがマスクの男を見て絶句する。
知らんかったんかい!!
え、なに!?
てことは、こいつほんとにただの不審者なん??
教室に張り詰めたような静けさが漂う。
アリスがつかつかと虎のマスクの男に近寄っていって小声でこっそりと話しかけた。「あんた、なんでそんなんかぶってるのよ。」
「いや、こんなとこ居るのばれたらまずいんですって。」マスクの男がアリスの耳元までかがみこんでささやき声で答えた。
って、この声ケネスか!
いつの間にセッティングしたんだ?
あと、そのマスクしか方法はなかったのか?
「ばれるわけないじゃない。」
「ジュリアス殿下とアピスちゃんには顔が割れてるんですよ。ジュリアス殿下はともかくアピスちゃんにばれたら、ミンドート公に即バレますって。」ケネスは言った。マスクのせいで表情はわからないが声が焦っている。「てか、あの二人まで居るなんて聞いてませんよ。」
アリスとマスクの男がこそこそと話を始めてしまったので、アピスが業を煮やして割り込んできた。「リデルさん、わたくしはオリヴァさんに教えを乞うてよろしいのですよね?」
アピスは今日オリヴァに師事することを楽しみにしている。
アリスがアピスと話をするようになった後、オリヴァがアリスを教えていることを知ったアピスはめずらしく興奮した。アピスはオリヴァのことを知ってアリスが自分より成績が良いことに納得が言ったようだった。勉強会にオリヴァをリクエストしたのも実はアピスだ。
アピスの机の上にはおそらくオリヴァに教えてもらいたいことが書かれているであろうノートが置かれている。
「ええ、構わないですわ。」アリスは答えた。「あと、こちら、えーと・・・マスクドケネルン。彼にもいろいろ聞くといいわ。」
いや、その名前無理あんだろ。
「えっ? ええ・・・。」アピスが気味悪そうな視線をケネルに送った。
この場で一番の不純物はスラムの子らではなくマスクドケネルンのようだ。




