6-2 a さいきんの学園もの3
「皆様のお茶会に参加してもよろしいでしょうか?」
さっそく次の朝、アピスがアリスのお茶会に参加したがった。
アリスが露骨に嫌な顔をする。
「リデルちゃん顔!」シェリアがリデルにささやいた。アピスも気づいている。可哀そうに。
「なに、なんか、また、文句でもあるの?」アリスが警戒した声を上げた。
「リデルン、言葉遣いちゃんとしなさい。」カルパニアがアリスのほっぺたをつねった。
「別に文句はありませんが、あなたのことですから、たちの悪いご友人をカルパニアさんたちに紹介しようとするんじゃないかと思いまして、心配で少し様子を見に来ましたの。というわけで、わたくしも皆さんのお茶会にお誘いくださいましな。別にご迷惑はおかけいたしません。」
こういう場合どうするんだろう?断ったりとかってあるのかしら?
「えー。」アリスが露骨に不服そうな声を上げたので、そばに居たシェリアとカルパニアが慌てて口をふさいだ。
「もちろんですわ、アピス様。」キャロルが答える。キャロルもちょっと表情が引きつっている。
「お茶とお菓子についてはご心配なく。わたくしのほうでミックスベリーのクランフティーをご用意させていただきますわ。」そういってアピスは、表情を読まれないようにするためにか扇で口元を隠した。
お菓子というその手段、アリスにとって超有効。
「ようこそ。アピス様!」カルパニアとシェリアの呪縛から逃れたアリスがアピスに手を差し出した。
「リデルさん?・・・」あまりに現金なアリスの行動に、仕掛けたアピス自身が絶句した。
さて、授業が終わると約束通りアリスの席にアピスはやってきた。アリスも特に何を言うでもなくアピスのことを待っていた。
今日はワイワイと話しながら教室を後にするアリスのたち後を、少し離れてアピスがついてくる。
アリスの肩の上のウィンゼルからアピスの様子をうかがうが、いつものように正中線のブレないきれいな歩き方でアリスたちの後をついてきているだけで、何かを企んでいる様子はない。目が合ってにっこり微笑まれてしまった。
アピスの後ろでクラスの女子たちが何事かと教室の扉から顔を出しているのが見えた。
アリスは普段と変わらない様子でみんなと話しながらお茶会の会場へと向かった。シェリアとスラファは時々不安そうにアピスの様子を振り返っている。この間泣かされたばかりのキャロルはそんなことはケロっと忘れているのか、アピスのことはそっちのけでアリスと楽しそうに話している。
カルパニアが気を使ってアピスにも声をかけたが、当のアピスは、「あまりお気を使わないでもらって大丈夫ですわよ。今日は貴女たちのお茶会です。わたくしは今日はただ皆様がどのようにしているか見たいだけなのですから、いつものように皆さんで楽しんでいてくださいましな。」と宣い、アリスたちの会話に自分から進んで入って行く気はないようだった。
アピスは何か考えているのだろうか?
「そんなこと言ってないで、楽しみましょうよ、アピスン。お菓子まで用意してもらって悪いですわ?」アピスのそんな言葉を聞きつけたアリスが明るく言った。
『アピスン』という単語に、アリスとアピス以外の4人が固まった。加えてカルパニアの顔色がどんどん青くなっていく。
「リデルン、だめ、だめだめ。それはダメ。」
「ばばば、ばかなの!?」
「リデル様!、それはないですの!!」
「ごめんなさいごめんないごめんなさい。リデルちゃんに悪気はないんです。」
「別に、リデルさんのすることにいちいち目くじらを立てていたら身が持ちませんわ。貴女たちが気にすることじゃございません。」アピスは涼しい顔で答えた。
「そうおっしゃいましても・・・・」カルパニアの顔は下のほうが青、上のほうにいたっては紫だ。
「特にカルパニアさん。そんな顔をされているほうがよほどいけませんわ。皆さんはいつもようにのお茶会を楽しんでくださいまし。」とアピス。「リデルさんの従者にアッサムをお渡ししておりますの。こんなところでのんびりしていると、お茶の準備が駄目になってしまいますわ。
「アッサム!!」アリスが目を見開いた。そして嬉しそうに破顔する。「やっぱ、ベリーにはアッサムよね。アピスン判ってるぅ!!」
アッサムってアッサムティーってやつだよな?
クランフティーがベリーのお茶ってわけじゃないのか。いや、アッサムとベリーのクランフティーなのか?それともこの世界でのアッサムがお茶じゃないのだろうか?
テンションの上がったアリスが、アピスン呼ばわりを続けたどころか完全にため口になったので、さすがのアピスの眉間にも一瞬しわが寄った。
「ほら、アピスンの言うとおりに急ぐの急ぐの!」アリスがキャロルの背中を押して廊下を進み始めた。キャロルがおろおろしながらアリスに押されて前に進む。
シェリアとスラファがアリスの代わりに何度もアピスに頭を下げてから慌ててアリスを追いかけた。そのあとをアピスがゆっくりとついていくのだった。
「アピス様。」教員棟との間の渡り廊下に出てきたところで、カルパニアがアピスに声をかけた。今は人並みの顔色だ。「今日はどうして、こちらに?」
「いえ、一応、わたくしは貴女たちの庇護者で“お味方“でしてよ?貴女たちがリデルさんのせいで何かしらのトラブルに巻き込まれないように、注意するのは当たり前ではないですか。」アピスが少し先のアリスたちには聞こえないように声を落として答えた。「別に貴女がたが、リデルさんのような人間になりたいと思っているとは思いませんが、それでもあのような方とご一緒にいると影響を受けてしまうこともあるでしょう。とても心配なのです。」
「アピス様・・・その、わたくし・・・」カルパニアが感銘を受けた様子で何かを言おうとした。
その時だった。
「アリス様!後ろ!上!」ヘラクレスの大声が中庭に響いた。
自分を介してヘラクレスの言葉を理解したのか、ウィンゼルが振り返って上を見上げた。
その目に、アピスめがけて三階から落ちて来ようとしている窓が映った。
その瞬間、ウィンゼルの体中に浮遊感が走った。
アリスがウィンゼルを放り投げた・・・というよりアリスの疾風のごとき駆け出しに、ウィンゼルがアリスの肩から吹き飛ばされたのだ。
ウィンゼルは一回転して地面に着地した。そして視界に入ってきたのはアピスを突き飛ばし覆いかぶさっているアリスと、その手前の地面に突き刺さっている窓枠だった。粉々に割れたガラスが、地面に散乱している。
「アピスン、無事!?」アリスが身を起こして自分の下に倒れているアピスに声をかけた。
「アリス様、ご無事ですか。」ヘラクレスも慌てて二人のもとに駆けつけてきて言った。おい、『アリス』って。
「だ、大丈夫ですわ。リデルさんいったい何のおつもりですの・・・・ひっ!?」答えたのはアピスだった。アピスは突然に突き飛ばされて、何ごとかとアリスに文句を言おうとしたが、今まで自分の進もうとしていた地面に割れたガラスの破片がいくつも禍々しく突き刺さっていることに気付いて恐怖の声を上げた。
「アピス様!」他のみんなも驚きと恐怖から我に返って駆け寄ってきた。
「大丈夫ですわ・・・。いったい、なんなんですの。」アピスは気丈な呈でアリスに支えられながら立ち上がった。
しかし、その手は震えていた。
そして、その震える手にべっとりとしたものを感じ、アピスは悲鳴を上げた。
「いやあぁ!!リデルさん、血!血!!」
「あ、ほんとだ。」そういってアリスは自分の腕に突き刺さっていたガラスの破片をペッと抜いた。
いや、『あ、ほんとだ。』じゃねえよ!?血!血!!
「リデルちゃん。手出して!」シェリアが慌てて駆け寄ってきてアリスのところにしゃがみこんだ。ポケットからハンカチを取り出すとアリスの腕をつかんで、怪我の辺りの服を引き裂いて応急処置をし始めた。
「リデルさん、だ、大丈夫ですか。わたくしのために。」アピスも治療を受けているアリスの目の前にしゃがみこんだ。
「リデル様!リデル様っ!!」キャロルが涙目になって喚く。
「大丈夫、大丈夫。」当のアリスは平気そうだ。
しかしその白い腕からは、大量の血がしたたり落ちている。
「うごかないで!」シェリアがアリスの腕を乱暴につかんで、自分のハンカチでアリスの二の腕をきつく縛しばった。手際がいい。次にシェリアはさらにカバンの中をまさぐると、昼に食べ終わったお弁当の袋を取り出した。
「ああ、ありがとうございます!本当にありがとうございます、リデルさん。これまであんなにも辛く当たっていたというのに。わたくしアピス=ミンドートは今までのことを懺悔いたします。」アピスがアリスの前に両膝をついてアリスに祈るように両手を握って顔の前に掲げた。少し取り乱している。次に、今度は駆け寄ってきたヘラクレスに向かって両ひざをついた。「ありがとう。リデルさんの従者。貴殿が声をかけてくれなかったらわたくしは今頃死んでおりました。」
ヘラクレスが『アリス様』と叫んでしまった事は、『アピス様』と声を上げたものとして受け入れられているようだ。
「いえ、その。大丈夫でしょうか。アヒス様。」ヘラクレスが発音が得意でない感じを装って、”アリス”に寄せて”アピス”のことを発音した。
「ええ。あなたのおかげで無事です。ありがとう。本当にありがとう。」アピスが心からの感謝を述べた。
一方、アリスの応急処置をしているシェリアはお弁当箱からナイフを取り出すと、腕に結びつけたハンカチの間に挟み込み、ねじってアリスの腕を締め付け始めた。動脈を圧迫するつもりだ。グッドだ。今はこれ以上は望むらくもない。
「お医者さんに行かないと・・・」シェリアが一通りの処置を終え、ナイフが外れないように固定してから言った。
「そうね・・・。」アリスは自分の腕の様子を見ながら他人事のように言った。そして、心配そうに見ている皆に可愛らしくウィンクして続けた。「でも、その前にお茶とお菓子よね☆」
「「「「駄目っ!!」」」」
だめっ!!
「医者に行かないとダメ!」「あなたケーキと怪我とどっちが大事なの!?」「傷が残ってしまうかもしれないんよ!」「リデル様いけません!」「無理をなさらないでくださいまし。」「んー言うと思ったw」
おい、最後。
「や!ベリーのクランフティーとアッサムティー!」
やっぱアッサムはアッサムティーのことだった!
じゃない。
今はそれどこじゃない。
こんな世界じゃ破傷風だってありえる。とっとと医者に見てもらわないと!
「後生です。リデルさん。もしこれが原因であなたに何かあったらわたくしどうしたらよいか・・・。血もとまってませんし。」
アピスがアリスの手を握る。アリスの腕からはまだ血がにじみ出てきていた。
「む。」アリスがまだ血がにじみ出ている二の腕を見つめながら言った。「こんなの、気合で止めて見せるわ。」
アリスは大きく深呼吸して瞑想するかのように目を閉じた。
アリスの瞑想があたりを包み込んだかのように、あたりが静まった。
明鏡止水。
そしてすっと止まる血。
いやいやいやいや!
なんかの漫画でそんなシーン見たことあるけど、んなもん簡単に止まってたまるか。しかもそんな食いしん坊な理由でそんな奇跡を起こすなし!
ん?
今なんか聞こえた。
ウィンゼルの耳がまさかの音をとらえた。
音のしたほうにウィンゼルを走らせる。
あ、やっぱ居た。
「ほら、止まった!これで問題ないでしょ!」瞑想から覚めたアリスが血が止まった傷口を見ながら勝ち誇った。
「駄目ですな。」アリスの後ろから野太い声がかけられ、アリスは後ろから大男に腰をつかまれひょいと抱え上げられた!
「げ。アルト!」
そう、なんでだか知らんが、教員棟の中に都合よくアルトがうろついてたので、ウィンゼルで誘導してみた。
「そんな怪我でうろついてちゃダメですぞ。ふぉっふぉっ。」アルトは相変わらずの気持ち悪さで笑う。
「くそう。放せ、放せっ!私はケーキを食べるんだ。」アリスは断固たる意志で叫び、手足をじたばたとさせる。
しかし、アルトは後ろからアリスの腰を両手でつかんで、頭上に抱え上げているため、アリスの攻撃は届かない。体をひねろうともアルトの筋力にはかなわない。背中をつかまれたザリガニのようだ。
「ほれ、止血がとれちゃうから暴れない。」
「アルト卿、リデル様とお知り合いですの?」キャロルが尋ねた。
「おや、これは可愛らしいお嬢さん。初めまして。」アルトは両手でアリスを抱えて上げているためコクリと首だけで礼を返した。「知ってるも何も私はアリス殿下の主治医でございますよ?」
あ。
いや、お前アリスが身元隠してること知ってるよな?あれ、もしかして忘れてる?
「あ、そうか。それでリデル様ともお知り合いなのですね?」キャロルが納得した。
「はぁ?」アルトが不思議そうな声を上げた。
こいつ、忘れてるな・・・。
「アルト卿、わたくし、アピス=ミンドートが命じます。リデルさんを治してくださいまし。傷一つ残さないように。」
「そんなことは言われなくても。主治医でございますので。」
「リデルちゃんもアルト卿に診てもらってるんだ!!」シェリアが驚きの声を上げた。「なら大丈夫だね!」
カルパニアとスラファも驚いた顔をしている。アルトって有名なのか。
「?」当のアルトは不思議顔だ。「リデル?」
おい・・・。
「リデル=ドッヂソンですわ!アリス殿下のついでだとしても、自分の患者のお名前くらいきちんと覚えなさい!」アピスがアルトをきつくたしなめた。
「ああ!そういえば!!」アルトは今更思い出して自分の上のアリスを見上げた。
アリスは上半身と首を器用にねじってアルトのほうを無言でにらみつけていた。
「お、おう・・・。」アルトがすまなそうな声を出した。眉が八の字になっている。
「アルト様、仕方ございませんので、わたくし”リデル=ドッヂソン”の手当をお願いしてもよろしいでしょうか?」アリスがわざとらしくアルトに言った。
このままアルトにこの場に居られてはやばいと思ったアリスは、ついにこの場からの退場を決意したようだった。ある意味ナイスだアルト。
ちなみに、クランフティーとかいうケーキはグラディスが折詰にして持って帰った。
以前出たシュゼットあたりから、お菓子はすべて実在です。
特にクリームパフはシュークリームの英訳です。




