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5-6 b さいきんの学園もの2

 さて、スラムでの遊戯を堪能したアリスがヘラクレスとグラディスとオリヴァを引き連れて、スラムから街につながる橋を渡って帰っている時のことだった。

 いつもなら橋を渡ったあたりに帰りの馬車が待っている。

 すでに、夕暮れだ。

 少し日が長くなってきたのでまだ明るい。

 時間は関係なくスラムに続くこの橋に人がいることは無いのだが、今日は橋を渡り切ったあたりに3人の人間が立っていた。そして、アリスたちの馬車とは別にもう一台の見慣れぬ荷馬車が止まっていた。

 ミスタークィーンたちだ。

 彼らはアリスがスラムに向こうところを狙うと毎回翻弄されるので、今回は帰りを狙ったようだ。

 「おお、よかった。ようやく戻られました。」ミスタークィーンが白々しく手もみをしながら、アリスに近寄ってきた。「実は、我々の馬車が皆様の馬車と接触してしまいまして、傷をつけてしまったものですから、謝罪と弁償についてお話し合いをしようとお待ちしていたのです。」

 アリスの馬車の御者がミスタークィーンを睨みつけながら御者台から降りて来た。

 「すみません。でん、いえ、リデル様。馬車に傷をつけられてしまいました。」御者は馬車の側面の傷を指さした。

 馬車の側面には扉のあたりまで擦ったような跡ができてしまっていた。おそらく、ミスタークィーンがわざとぶつけたのだろう。

 「大変、申し訳ございません。」ミスタークィーンは揉み手をしながらアリスにヘコヘコと何度も頭を下げた。

 お付きの二人もミスタークィーンに合わせるように頭を下げた。二人ともオリヴァとの会合で見たことのある顔だ。

 「つきましては・・・ひいっ!」

 ミスタークィーンが何かを言おうと顔を上げた瞬間、ヘラクレスの剣の切先がミスタークィーンののど元に突きつけられた。

 「アリス王女に何かご用ですか?」

 ヘラクレス仕事しちゃった!?

 てか、アリス王女って言っちゃったよ!?

 「へっ、ヘラクレス様!?急にどうしたのでございますか!?」オリヴァが突然仕事に目覚めたヘラクレスに驚いて慌てて駆け寄ってきた。

 グラディスがアリスをかばうように引き寄せ、御者は慌てて自分の馬車の陰に身を隠した。

 「彼らはアリス様に御用があって待っていたようですね。」ヘラクレスはオリヴァに答えた。

 「そんな、とんでもない!我々はただ馬車をぶつけたことを謝りたくてお待ちしていたのでございます。」ミスタークィーンは慌てて答えた。

 「大事な積み荷を積んでいるのに、馬車をぶつけるようなヘマをするんですか?こんな傷がつくくらい猛スピードで走らせたりしますかね?」

 「いえ、とても急いでいたものでございまして・・・。」ミスタークィーンが喉元の剣を見ながら言い訳をした。後ろの二人のお付きも青ざめて動けない。

 「急いでいたのに、我々を待っていたと?御者さんにお金を渡し連絡先を伝えておけば良かったでしょうに。それともうちの御者さんが皆さんに待っているように命じましたか?」

 「い、いいえ。しかし王都の貴族様の馬車ゆえ無下にするわけにはまいりませんし・・・。」

 「急いでいたなら3人で待っている必要はないでしょう?一人で充分だ。それに、なぜ私やオリヴァを差し置いてアリス様に話しかけようとしたんですか?アリス様はまだお若い。まずは、大人であり侍従でもある人間に最初に許可を取らなくては、このような状況になるのは当たり前でしょう?」

 「た、大変申し訳ございませぬ。今後気をつけます故、どうかご容赦を・・・。」

 「それに、あなたがたは、彼女が王女だと知っても特に驚いた様子もない。」

 「驚いております、驚いておりますとも。しかしそれどころではないのですよ。この剣をお納めいただけないでしょうか。」ミスタークィーンが剣の切っ先を凝視しながら懇願した。額からは汗が噴き出している。

 「んー、それどころじゃない状況だからこそ、『王女殿下の馬車とは知らなかったのです。』って言葉が早い段階で出てくるべきなんじゃないですかね?」ヘラクレスがいちゃもんをつける。いちゃもんだが、実際、彼らはアリス目当てで近づいてきてた訳だからしょうがない。

 「そんな、ご無体な。」ミスタークィーンはしらを切り通すつもりだ。というかしらを切る以外の選択肢がない。

 「で、この人たちは誰なんです?」ヘラクレスが突如オリヴァに尋ねた。

 「「えっ?」」ミスタークィーンとオリヴァから同時に驚きの声が漏れた。

 「あれ?知り合いじゃないんですか?」ヘラクレスはさも当たり前のように言った。「オリヴァさん、アリス様よりもこちらのみなさんのほうが心配で駆け寄って来たご様子でしたので、てっきり知り合いなのだと思ったのですが。」

 「いえ、とんでもございません。何事かと駆けつけてきただけにございます。ヘラクレス様の考えすぎでございますよ。」オリヴァが顔中滝のような汗でびしょびしょにしながらとぼけた。

 オリヴァに合わせてミスタークィーンの額からも滝のような汗が噴出する。

 もう二人の表情がすべてを物語っていて、今更なに言おうと無駄だ。

 アリスなんか、もう後ろでクスクス笑ってる。

 「剣が抜かれている鉄火場になんの理由もなく丸腰で駆けつけるんですか、あなたは?そりゃあ無理がありますよ。ねえグラディスさん。」ヘラクレスはアリスをかばうようにしているグラディスのほうを笑いながら見やった。

 「・・・・。」オリヴァはぐうの音も出ない。

 今日は当たりのヘラクレスだなぁ。普段からこうだと良いんだけどなぁ。

 「まあ、知り合いじゃないんなら切り捨てちゃってもいいですよね?」

 ヘラクレスが剣を振り上げた。

 「うぇあーあぁ、ちょい!!」オリヴァは訳の分からない声を上げて両手をミスタークィーンに伸ばした。

 「冗談ですよ。オリヴァさんの知り合いを殺すわけないじゃないですか。」ヘラクレスは剣を下げて再びミスタークィーンののど元辺りで停止させた。

 「「XXXXX。」」

 襟元までびっしょりと濡らしたミスタークィーンとオリヴァは今にも白目をむいて倒れそうなほどげっそりとしている。言葉もなく半開きの二人の口からは魂が漏れ出ているかのようだ。

 ミスタークィーンと後ろの二人も合わせたオリヴァたち4人の唇はこの数分でミイラのようにカサカサになっていた。

 「オリヴァ、もう無理よ。」アリスが笑い声をかみ殺しながらオリヴァに告げた。「兵士がついているのにそれを無視して貴族に近寄ってくるなんて普通しないわよ。誰かが、ヘラクレスなら気にしないでも大丈夫って吹き込んだんだわ。そして、ヘラクレスの事そんな風に思っているのあなただけだもの。」

 自分もヘラクレスの事、そんな風に思っちょりました。

 いや、そう思うでしょ。これまでのやらかし的に。

 「ヘラクレス、剣を戻していいわよ。」アリスが命じた。

 ヘラクレスは剣を鞘に戻した。

 「お慈悲を感謝します。王女殿下。」ミスタークィーンが両膝をついて深くお辞儀をした。後ろの二人もすぐさまミスタークィーンに倣った。土下座だ。

 この世界にもあるんだ・・・。

 そういや、前世含めても、生土下座って見るの初めてだ。こういっちゃ悪いが三人の人間が地べたにはいつくばっているとなんか壮観だ。

 「いやー、オリヴァさんの知り合いだって気づかなかったら、とっくに切り捨てちゃってましたよ。危ない危ない。」ヘラクレスはヘラヘラとしながら物騒なことを言った。

 後にヘラクレスの語るに、暗殺にもってこいのこの橋のところで仕掛けてくる相手は問答無用で切って捨てるつもりだったらしいので、オリヴァがうっかり出てこなかったらほんとにミスタークィーンたちは死んでいたっぽい。

 「でっかい貸し一つね。」アリスはオリヴァに言った。おー怖い怖い。「で、彼は誰?私に何の用?」

 「何一つ返す言葉もございません。」オリヴァは深く頭を下げると、ミスタークィーンと自分たちがどういう人間で何の目的でアリスに近づいたかを語り始めた。

 そう言えば、勝手にレジスタンスって呼んでたけど、彼らがどういう人間の集まりかって自分も良く知らんわな。

 ミスタークィーン達はこの国の商人組合の人間だそうだ。商人の組合自体はいくつかあるのだが、その中ではかなり古参の商人たちの集まりなのだそうだ。

 人数だけなら総勢30名。彼らは“貴族商取引法“を悪用した貴族たち(特にエラスティア公)の横暴で全員が商売の邪魔をされており、すでに半数近くの仲間たちが商人としての道を閉ざされてしまった。

 現在はここに居る3人を含めた10人程度だけが商人と呼べる活動を続けており、ほかの人間は小さな露天商の手伝いや、組合として斡旋された仕事をこなすことで食いつないでいる。商人として活動を続けられている10名もかつての栄光とは程遠く、創意工夫で日々を乗り切っている状態のようだ。

 オリヴァは以前そんな商人たちの一人の家庭教師をしていた流れで彼らのブレインとして協力をするようになったらしい。

 ミスタークィーンはもともと屈指の豪商だったようだが“貴族商取引法“が制定されるやいなや一気に没落を開始した。食料や宝石、貴金属の売買がすべて貴族たちに奪われてしまったからだ。

 確かこの法律は商人の輸入できる農作物を制限したり、販売できる金額の最低値を制限したりする法律だったはずだ。

 「ちょっと待って、宝石とかは関係なくない?“貴族商取引法“は農作物に関する規定だけのはずよ?宝石や貴金属はあなた達も扱えるはずだわ。」アリスが割り込んだ。

 「さすが、殿下。」オリヴァが嘆息した。「しかし、そうもいかないのです。諸外国の商人は農作物の関税を貨幣ではなく宝石や高価な品物で払うようにしたのです。そして、差額分のお釣りをもらうのです。」

 「???どういうこと?変なことはないようだけれど?」

 「本来、宝石や貴金属にも関税はかかります。なんでしたら、作物よりも高額です。商人たちは物を売る際に関税を支払わなくてはなりません。もちろん関税がかかれば、その分購入価格はあがります。ところが、この宝石について関税がかからないようにする方法があるのです。宝石を売りたい商人たちが何かの商品の関税の支払いとして通貨ではなく宝石を使用するのです。すると、その関税の宝石はそれを扱う領地の貴族に関税無しで渡るのです。税金にさらに税金をかけるわけにはいきませんからね。もともと商人たちが関税をごまかすために使っていた裏ワザです。」

 オリヴァはここで一息切った。眉間にしわが寄っている。

 「領地のために食料を輸入しなくてはならない貴族たちは必ずこれをやります。金貨で支払いを受けるよりも、宝石で支払らって貰ったほうが関税分得だと考えられているからです。結果、貴族は大量の作物を輸入し、その作物の関税分として宝石を入手します。その代わりに貴族たちは外国の商人に大量の作物を売ることを許可します。それどころか、商人の関税を多く支払わせるため、価格を高めに設定させます。この価格を法律で規定してしまったのが“貴族商取引法“なのです。」

 「我々の宝石貴金属のクライアントは主に貴族です。ところが貴族と外国のサプライヤーが直接に宝石の取引をしてしまうと、我々は出る幕がありません。」ミスタークィーンが膝をついたままの格好で補足した。「我々も同じくらいのプライスで宝石を提供することは可能です。が、いかんせん諸外国のサプライヤーにとって、小麦を高く買ってもらえるので、貴族たちに小麦と一緒に宝石を卸したほうが儲かるのです。結果、サプライヤーが我々に宝石を卸してくれません。」

 「そう言った訳で、大きな利益の得られる宝石や貴金属も商人たちは扱えなくなっているのです。」

 ミスタークィーンたちの説明では、商人たちの組合はいくつかあり、国内の物を扱っているところは幾分かマシなのだそうだ。ただ、農作物系の組合はミスタークィーンたちと同じような有様らしい。

 オリヴァは続けて、ミスタークィーンがアリスに接触してきた理由を歯に衣着せず説明した。

 アリス派として取り入りたいとのこと。アリスに取り入って“貴族商取引法“の見直しを計りたいとのこと。場合によっては反エラスティア、現体制打倒の旗印にしたいと考えていること。

 途中、あまりにも忌憚ないオリヴァの物言いにミスタークィーンが抑止をかけようと口を開いたが、ヘラクレスが剣の柄を叩いて音を鳴らすと再び無口になった。

 「う~~~ん。」アリスは腕組みしながら唸った。「“貴族商取引法“そのものが根本の問題ではない気がするけど・・・。まあいいわ。そこら辺は後で詰めましょ。」

 「!?」ミスタークィーンがアリスを驚きの顔で見上げた。「では、我々に協力していただけると?」

 「違うわよ?」アリスが言った。「あんたらが私に協力するの。ちょうどクラスの友達にも言われたのよ。王女に後ろ盾がないのはおかしいって。まさに渡りに船だわ。是非協力しなさい。あなた達の思うようには進まないとは思うけれど、損はさせないわ。」

 「喜んで!『陛下』!」ミスタークィーンは膝をついたまま目を輝かせながらアリスのことを見上げた。

 「そういうの嫌いよ。」アリスはミスタークィーンのおべっかに対し、かなり不機嫌そうに告げた。「まずはあなた達が私に手を貸す。もしその後、あなた達が期待しているような利益が私から得られないと感じたら、その時は話し合うなり揉めるなりしましょう。それと、父上に造反してまで何かをする気は無いから、話が進むのはまだ何年も先になるわよ?我慢できる?」

 「構いませぬ。殿下。」ミスタークィーンは頭を下げた。「プロジェクトは一日にしてならずです。」

 「よくわかんないけど、よろしく。ミスタークィーン。」アリスがミスタークィーンに手を伸ばし、ミスタークィーンは嬉しそうにその手を握った。 

 ようやくアリスに大きな後ろ盾がひとつできた。

 そして、後に大きな代償を生むのだった。

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