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5-5 a さいきんの学園もの2

 ケネスの授業は面白い。

 ギリギリまで単純化するので自分のような素人にも解りやすいし、村に例えて話をするので、経済の勉強をしているというより、お話を聞いている感覚に近い。

 そして、その話にはアリスを試すように穴があり、アリスは誘導されるようにその穴に飛び込むのだ。

 今日もそんな感じでケネスの授業は進んだ。

 「・・・と言うように、村人A、B、Cに子供がD、E、Fが生まれることで、衣食住の消費が二倍になりA、B、Cの売上は倍の200ラムジになりました。まあ、仕事も倍ですが。」

 「無意味。」アリスは即座に否定した。「それじゃ、D、E、Fの仕事がないじゃない。彼らは売る相手が無くて生きていけないわ。」

 「なら、彼らも子供を作って彼らに売ればいいんですよ。」ケネスが言った。

 「彼らが子供G、H、Iを生んでも、結局、DEFの世代は100ラムジづつしか儲けられないじゃないの。」

 「なら、DEF世代は各々二人づずつ2人子供をつくればいいんじゃないですか?ほら、売り上げは倍だ。」

 「DEFの子供たちはどうするのよ。」

 「じゃあ、彼らも2人づつ子供を作れば・・・」

 「どんだけ増えるのよ!ネズミじゃないのよ?」アリスが言った。「だいたい、お金のないDEFはどうやって子供が産まれるまで生きていけばいいの。」

 「そこは、親のABCに養ってもらうんじゃないですか?」とケネス。

 「それこそ、意味がないわ。」アリスは即座に反論する。「だってそうしたら、せっかく200ラムジ儲けたABCがDEFの分も合わせて200ラムジ使うことになるんでしょ?結局一人頭100ラムジの生活じゃない。元の3人の村人の状態と何も変わらなくない?それこそ、倍働いた分ABCが損よ。」

 「そうですね。」

 「よく考えたら、一人当たりの村人が消費する量を100ラムジって決めちゃってる時点で、村人が何人居ようとそれと同じ量しか売れないはずなのよ。結局、値上げしようと、人数が増えようと、一瞬儲けたように見えても、どこかの世代か、最初に得をした誰かが儲かるだけで、全体として見たら必ず一人の儲けは一人頭の消費に紐づけされるはずだわ。」

 「すばらしい。」ケネスは嬉しそうに愛弟子を見た。「村人たちに関してはそうですね。」

 「含みのある言い方ね?」

 「村人とは別に、1人の領主が居たとします。」ケネスは言った。「彼にとっては村人の頭数は大問題です。村人の暮らしの豊かさは変わらなくても、彼の税収が大きく違ってくるのですから。」

 「なるほど。」

 「領主の収入は、そのまま村の整備の良さに変わっていきます。」ケネスは言った。「だから、街の道路や建物は舗装されていますが、村の道や建物は整備されていることは少ない。」

 「私はその二つに注意しろっていうこと?」

 「二つ?」

 「国民の数を多く保つことと、村人たちの経済を幸せな位置で回すこと、の二つ。」アリスは答えた。「もちろん良い領主でいることは大前提としてね。」

 「なるほど、素晴らしい。」ケネスが目を見張った。

 「言い換えると、国民の数を多く保つことで税収を安定させること、そして、その税金を使って村人たちの経済と暮らしを良い循環に導くこと、かしらね。麻の服と藁の家と粟のごはんで100ラムジが回っていたら、絹の服と石の家と麦のパンで100ラムジが回るようにするの。」アリスはそう言いながら何かを考えているようだった。そんなアリスをケネスは嬉しそうに見るのだった。

 

 ケネスの授業が終わると、おやつタイムが始まる。もしかしたらグラディスがケネスに入れ知恵したのかもしれない。

 お菓子時、アリスは嬉しそうにケネスに学校の話をするのだ。

 「アピスがアミールと結婚するって本当?」

 「どうでしょうね?その辺りの先の話は今は考えなくてよいのではないですかね。」ケネスはぼかして答えた。

 「アピスが妹なんていやよ?彼女、論理的ではないのよ。話していても堅苦しくて面白くないし。すぐ決めつけてかかるし。」

 「そうですか。でも彼女は彼女なりの論理があるのかもしれませんよ?」ケネスがアミールとアピスの結婚の話から話をずらした。

 「どうかしら?」

 「殿下の当たり前と思っていることが彼女には当たり前ではないのかもしれませんし、殿下のほうが彼女が当たり前に知っていることを知らないのかもしれませんよ?相手に興味を持って話をしてみなさい。納得いかないところや自分の考えと齟齬があればそれを話し合うのです。人と話し合うことが互いの理解を深めるのです。授業と一緒ですね。」

 「でも、その授業の質問ですらアピスは不満みたい。まあ、彼女の言う通り授業の進みを妨げちゃうのは問題なんだけれど。」

 「アピス嬢のお話の中に殿下が納得される事があったのなら、必ずしも彼女のすべてが非論理的という訳ではないですよね。つまらない授業でも質問は浮かんだように、アピス様にも殿下が興味惹かれるところはきっとあるかと思いますよ?

 「うーん。そうかしら・・・。」

 「それにしても、授業ではどのようなことを質問しているのですか?

 「それなんだけれど、聞いてよ。犯罪率の統計でね、授業では人口当たりに犯罪率を出していたのだけれど、・・・」

 アリスが喰いついた。

 完全にアミールの結婚の話はそらされてしまった。ケネスやるな。

 しかし、わざわざケネスが話を逸らすあたり、この話は本当なのだろう。




 次の日の昼休み、4人はいつものようにアリスとシェリア机をくっつけて昼食を取っていた。

 「でね、うちの家庭教師に、私が当たり前に思っていることは当たり前じゃないって言われたのよ。えっ!?」

 アリスが昨日ケネスに言われた事をシェリアたちに話したところ、三人はめちゃくちゃ納得したように頷いた。

 「虫を手でつかんだりしませんわ。」

 「授業中寝たり、窓から出入りしたりしないのー。」

 「先生とかアピス様とか目上の人に気を使ってくれると嬉しいかな・・・。」

 「ば、ばかな・・・」

 ばかなじゃねーよ。

 「リデル様はどうしてそんなに、虫とか簡単につかめますの?」とキャロル「わたくしも地方の出身なので多少は大丈夫ですが、羽の生えてないのは絶対ダメですわ。」

 「私もキャロルンの故郷近くの出身だけど、羽が生えててもゴキブリは無理かなー。」スラファが信じられないといった様子でキャロルを見ながら言った

 「それはわたくしもよ!」キャロルが慌てて否定する。「あれは羽のついてない部類の虫ですわ。」

 二人の話を聞いたアリスに目線を向けられて、シェリアが慌てて首を振った。

 「虫が嫌いな人って多いのねぇ。」アリスは不思議そうに個人の感想を漏らした。

 「リデルちゃん以外みんなそうだと思う・・・。」

 「カッコいいのに。」

 「そういうのはせめてカブトムシとかまでにして欲しいのー。」

 まったくだ。

 普通、足の多いやつは人間の本能として嫌いそうなもんだが。いや、嫌ってください。

 「カブトムシ??」アリスは初めて聞く名前に興味を覚えたようだ。

 「角の生えた甲虫ですの。」

 「角!?角が生えてるの?」アリスのテンションが上がる。「甲?鎧がついているの?もしかして兜も!?」」

 「そうですわ。でも、多分、今リデル様が想像されているようなのとはだいぶ違いますわよ?」

 「見てみたい。」

 「カブトムシくらいでしたら、実家のほうでは珍しくないので、今度届けさせますわ。」

 「ほんと!大好きキャロルン!」アリスがそう言ってキャロルに抱きつく。

 「ぶはっ。」と効果音を声に出して、キャロルが鼻血を噴いた。

 時々ある流れだが、最近アリスはこうなることを解っていてキャロルに甘える。あざといと思うが、城でメイドたちに傍若無人にしていたのと比べたら全然良い。

 「ところで、毎週リデルンは窓から出てってどこに行ってるん?」スラファがアリスに尋ねた。「やっぱ、アリス殿下のところ?」

 「え、ええ・・いえ・・・」アリスが口先で一瞬肯定しようとして留まった。そして少し考えてから正直に答えた。「その・・・スラム街に行ってるの。」

 「「スラム!?」」スラファとキャロルが異口同音に声を上げた。

 「何しにですの???」キャロルが代表して訊ねた。

 「その、文字を教えに・・・」アリスは、ケンとタツとその仲間たちに文字を教えている事、文字を教えることで彼らの暮らしを豊かにできないかと考えている事を伝えた。

 3人はぽかんとした顔でアリスの話を聞いた。

 「彼らくらい助けられなくて、この後、領民が救えるなんて思えませんもの。」

 「リデルンすごいこと考えとるんね。」スラファが感心した声を漏らした。「でも、私たちの場合、強い貴族のお后になるのんが一番いいと思うけど。」

 「そうですわ。強い後ろ盾を持てば、彼らにお金をたくさんあげる事だってできますわ。」キャロルも賛同する。

 「それじゃダメなのよ。」そう言って、アリスはケネスが授業で言っていた3人の村人の話をし始めた。

 突然、難しいお金の流れをアリスが話始めたので3人は必死にアリスの言っていることを理解しようとしている。

 「でね、今のスラム街は5ラムジ分の物でみんなが生きている状態なのよ。だから、みんなすごく貧しい。」

 シェリアたちが話について来ているか微妙なところだったが、アリスは気にせずに続けた。

 「私の家庭教師が言うには、無理やりでもみんなが100ラムジ使って生活を回し始めればその状態で安定するはずなんだけど、たいていは先立つものがないからそうはいかないのよ。」

 「それなら、最初に95ラムジずつみんなにあげれば、みんなが100ラムジづつ使えるようになって、スラムでも100ラムジで生活が回って、皆と同じようになるんじゃないの?」意外にもスラファが話についてきていた。

 「ダメなのよ。3人の村人の話は村の中でだけお金を使うことが前提なの。供給者と消費者が完全に一致している場合の話なのよ。ところが、スラムには物を売ってる人も作ってる人も居ないの。あげたお金は全部スラムの外の商人に流れちゃうわ。そして、商人たちはお金がなくなったスラムの人たちを二度と相手にしない。結局、スラムはお金を全部使い切って、元の5ラムジ経済に逆戻り。」

 「うーん?よくわからないけど、スラムの人にお金を上げても、結局、商人にお金を取られて無くなっちゃうから意味がないってこと?」キャロルが言ったが、その表情を見ていると完全には付いてこれていないようだ。頭の上に黒いグルグルが見える。

 「ざっくり言うとそうね。」

 「そしたら、またお金を上げればよいんじゃありませんこと?」

 「そんなスラムの人だけにお金使ったら不公平じゃない。かといってスラム以外の国民全員にお金を配るなんてナンセンスよ。」

 「スラムの人にもお金を稼ぐ手段を与えたいってことなの?リデルン、すごいこと考えてるの。」

 幸いにも、アリスがうっかり領民ではなく国民と言ってしまったことは誰も気づかなかったようだ。

 「でも、それこそ、どこか大きな貴族に取り入って、スラムの人を全員農民としてしまうほうがよろしいのではありません?」キャロルが言った。

 「それも一つの方法だけれど、それは無理ね。」アリスはそう言うとスラファに同意を求めた。「そうでしょ?スラスラ?」

 「そうなの。この国は農業ではもう食べていけないの。領主が新しい農民を迎えるなんてしないんよ。そんな初期投資できる余裕もないし。」スラファが苦々しい顔をしてキャロルを見た。スラファの実家からの手紙が思い出される。

 「う・・・ごめん。」

 「いいのー。」スラファがいつもの笑顔に戻る。「リデルン、本当に領主みたいなこと考えてるんね。」

 「リデルちゃんは・・・その・・・家から、学校で人間関係を築いてこいとかは言われたりしないの?」シェリアが尋ねた。

 「それに、結局ドッヂソン家とは別の家に嫁いで行くことになりましょう?」キャロルも質問をかぶせてきた。

 「うん?そういうの無いわよ?父上もいろんなとこ見て、いろんなこと経験しなさいって。」アリスはキョトンとした顔で答えた。「だから私は私のやるべきことやるんだわ。」

 「・・・・」シェリアが悲しそうな目をした。

 「それに、結婚するからって、自分がやるべきことをしない理由にはならないでしょう?」アリスはシェリアを不思議そうに見つめ返してそう言った。

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