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5-4 a さいきんの学園もの2

 「うそ・・・。」

 張り出されたテストの結果を見てアピスが崩れ落ちた。

 アリスがぶっちぎりの点数で総合トップだった。2番手がアピス、3番がジュリアスだった。

 こりゃールイーズが荒れるな。面白そうだからあとでネズ子で見に行こう。

 「こんなことが・・・、こんなことがあっていいはずがありません・・・。」アピスの声は震えている。

 「フフフ。私の勝ちのようですわね。」アリスはアピスの斜め後ろで腕組みをしたまま勝ち誇った。

 まるで物語の序盤でヒロインをいじめに来る高慢ちきな同級生の様だ。

 「これで私が寝てようと学校をサボろうと文句は言わせませんわよ。」

 そして勝ち誇った内容がとんでもない。

 アピスは歯を食いしばって心底悔しそうにアリスを睨みつけると、フンと首を横に振って、大股で去っていった。

 ちょうど遅れてやって来たシェリアとキャロルがアピスに挨拶をしたが、彼女は二人をガン無視でのしのしと通り過ぎていった。




 さて、どうでもよかった戦いは放っておくとして自分のレベルアップについて報告しておこう。

 テスト前に、また、レベルアップした。

 64人に感染できるようになった。これで残数に気を使わないでも良さそうだ。次は128人、軍団でも作れそうな数だが、細菌としてはまだまだ駆け出しだ。

 スキルについてだが、結局、アンドリューたちとの一件で【症状】をとらなかったせいでポイントが余っている。今となっては【症状】を取る機会はなさそうだ。

 アピスと揉めてはいるものの【症状】を使いたくなる状況になるとも思えないし、そもそもアピスに感染できていない。学校にやらスラムやらに慣れてきた最近のアリスの感じでは、しばらく【症状】系のスキルを取ることはないだろう。

 2ポイントもスキルポイントを余らせておくのはもったいないので1ポイントだけ感染力を上げることにする。64人とかここまで数が増えてくると、いちいち感染するまでに時間をかけていられない。白血球戦も感染の度にいちいち指揮を執るのがめんどくさい。

 実はこの間のキャロルの部屋で、キャロルとスラファには感染済みだったりする。キャロルのお見舞いに居たっときに狭い部屋で3密でずっと話していたわけだから訳もなかった。

 その時に気が付いた。

 いままで自分は数十の細胞たちを戦術的に操って白血球をどうにかこうにか倒して来た。白血球を一度倒してしまえば安全になるので、感染チャンスがあったら自ら指揮を執り、意地でも白血球をやっつけた。

 ただ、キャロルの部屋ではちょっとかってが違った。アリスとシェリアという二人の感染源からめちゃくちゃ細菌を飛ばしまくったので、感染のY/Nのポップアップが出てYを選択した時点で、1000近くの細菌が彼女たちの体内に存在していた。しかも、白血球との戦いに備えようとしている間にも次々と援軍が到着するのだ。

 昔のアニメで誰かが言ってた。戦いは数だと。古い小説でも誰かが言ってた。大勢で数で押すのが王道、小勢で策を練るのは邪道と。

 本当にそうだった。

 さすがに1000近くも居たら、集え、戦えの号令だけで、強力な白血球といえども簡単に倒すことができた。特に細かい指示や位置取りやタイミング調整は要らない。ほんと楽なもんだった。

 というわけで、感染後の戦闘を楽にする意味も含めて【飛沫感染】のレベルを上げた。ゆくゆくは【空気感染】を狙っていきたい。

 レベルアップもさることながら、キャロルとスラファにも感染できた手前やっておいたことがある。

 彼女たちの身辺調査だ。

 アリスの友達の私生活を覗くのは気がひけるが、シェリアの実家とレジスタンスのつながりのような例もある。

 人としてのすべてを失って細菌となった自分は、アリスを王女にするために生きると決めた。自分の倫理観を犠牲にしても、アリスに危害が及ぶようなことやアリスが悲しむようなことは回避させてあげたい。

 人としてはどうかと思うが、所詮自分は細菌だ。グラディスのようにアリスを抱きしめることも、シェリアたちのようにアリスと笑うことも、アルトのようにアリスを叱ることもできない。

 自分のやれることをやるだけだ。



 まず、シェリア。

 アリスと一番仲の良いシェリアだが、家柄と両親の立場としてはアリスと相性が良くない。

 中央に用があってやって来た父親との会食の場を偶然覗き見たことで彼女の立場を知ることができた。

 シェリアの父親のシモン=タイゾ子爵は完全なるミンドート派だ。ミンドートは少し前まではベルマリア派閥筆頭としてジュリアスを推していて、最近ベルマリア公の失脚に合わせてアミール派に鞍替えした。そんなわけで、タイゾ子爵は王女アリスにはとんと興味がない。

 シモン子爵は会食の場でシェリアにこう言った。

 「アピス様にしっかり取り入りなさい。そのためにお前を学校にやっているのだからね。次期国王がアミール殿下になるにしろジュリアス殿下になるにしろ、ミンドート家とアピス様は上手いこと乗り切るおつもりの様だ。」

 この時はまだテストでの決着がつく前、ちょうどアピスとアリスが揉めている真っ最中だったので、シェリアは不安そうにうつむいた。

 「どうした。シェリア。」そんな娘の様子にシモン公が不思議そうに訊ねた。

 シェリアがぽつりぽつりとリデルの話をした。

 アリスがアピスに啖呵を切った後、シェリアは再びアピスに呼び出され、アリスとの関係を考えるよう再度要請されていたようだ。

 「シェリア。その子とは遊ぶのを止めなさい。その子はお前にとってあまり良い未来をもたらさない。」

 「でも、お父様・・・」

 「シェリア。我々の町はミンドート公領の中にある。ミンドート家とはこの後ずっとうまくやっていかなくてはならない。エラスティアやベルマリアより、それこそ王よりも、ミンドート家のほうが我々には重要なのだ。たった数年の学校の出来事くらい我慢なさい。この後の長い時間を苦労することになるんだ。」

 「・・・・。」シェリアは父に不満そうな視線を向けた。

 「ダメだ。我慢なさい。仲良くするならアピス様と仲良くなさい。そのほうがずっと良い。お前の頑張りでようやくミンドートのご息女と同じクラスになれたのだから、ここでチャンスを生かさないでどうするんだ。」

 シェリアは父に頭ごなしに言われてうつむいてしまった。反論はもう無かった。

 シェリアには悪いが、彼女がこの先アリスの助けになっていくことはないのかもしれない。彼女一人に周りの状況を覆す力はない。

 父と目を合わさないシェリアの様子に、前世の、小学生の頃の友達の、友達ではなくなった後の姿が頭をよぎった。




 次はスラファだ。

 彼女の実家のカラパス家はエラスティア、ベルマリア、ミンドート、モブートと王領を囲む四公領の遠く外側、ミンドート公領のさらに北側にある田舎町を治めている伯爵だ。

 スラファはその地から一人で王都のこの学校に出向いてきた。お付きの従者などはおらず、一人で学校の3階に下宿している。彼女の部屋は質素でベッドとドレッサー、小さな机があるだけだ。どの家具も装飾のたぐいは一切ない。机の上には持ち運べるくらいの小さな鏡が置かれていた。王城のメイドのほうがよっぽど良い家具をそろえている。

 彼女は実家と手紙でやり取りをおこなっていた。


 スラファへ

 元気にしているだろうか。 

 どうにかそれなりの値段で小麦を捌くことができた。今年もどうにか乗り切っていくことができそうだ。アキア公爵もかなり苦戦しているご様子だ。今年は乗り切れたが、来年再来年と立ち行かなかった際に、アキア公爵家に泣きついたとしても頼りにならなそうだ。ここしばらくは乗り切れるが、来年はどうなるか解らない。そちらにやってまだ1年しかたっていないというのに申し訳ないが、いろいろと覚悟をしておいてくれ。

 送り出すときにも言ったが、できることなら時間のあるうちに、エラスティアかミンドートの力ある貴族と仲良くなっておいて欲しい。いざという時に援助を受けたいとは言わない。いざという時に領民たちをお願いしたいのだ。それと、もし、お前の気に入る相手がいたら、どこの貴族でも構わない。婚姻をかわして来なさい。せめて、お前だけでも、居場所を探しておいて欲しい。

 愛している。

 カミュ=カラパス


 彼女が受け取る短い手紙からは常にカラパス家の厳しい経済状態が読み取れた。

 彼女の家の内情は実家との手紙のやり取りでしか知る由がないが、それでもいろいろなことが分かった。

 カラパス家、カラパス伯爵領は由緒ある貴族らしい。肥沃な農耕の地にあり、戦時中は小麦・大麦によって栄えていたようだ。しかし、平和な時代となり、諸外国から安い小麦物が入るに従い、街は衰退していった。小麦自体は穫れるため、伯爵領の領民自体は飢えることはなかった。ただ、余剰の生産物があっても何も得ることができないのだ。

 カラパス家自体はもっと大変だ。自領の領民たちから得た穀物を売っても儲からないのだから。

 結果、カラパス家の領民は多くその規模は伯爵の地位たるものの、力の全くない貴族となってしまった。おそらく、カラパス家が懇意にしているアキアという公領もそうなのだろう。ちなみにアキア公というのはこの国の5つの公領のうちの一つを収める公爵のことだ。

 エラスティア公だけでなくアキア公爵も未だ見たことがない。彼だけが4公から外されている。ひどい話だ。

 アリスがエルミーネやオリヴァから受けていた授業を聞いていた限り、領主にはかなりの裁量で税を自由にやりくりする権利が与えられている。農作物の出来高に対してだけでなく、土地の使用料などの名目で税金を徴収している貴族もあるようだ。

 カラパス家も同様に税を上げることもできるのだろうが、そうはしなかったところを見ると、民のことを大事にする良い領主なのだろう。手紙の文面も彼が出来た人間であることを語っていた。

 スラファはそんな領主の娘らしく、人当たりが良く、コミュ力も高い。あの性格のキャロルがアリスやシェリアと仲良くできているのも、彼女がキャロルのキツイ部分をうまく笑いに変えてくれているおかげと言っても過言ではないだろう。

 一つの懸念を除けば、彼女は人物としては期待大だ。親からの手紙にはエラスティアやミンドートの誰かと仲良くなれと書いてあったりするが、スラファはそう言ったことはどこ吹く風で自由にやってるように見える。なので、彼女はなんだかんだで今後もずっとアリスの味方でいてくれそうな気がする。

 彼女の人間性に関する一つだけある懸念点というのはキャロルの話をする時に語ろう。

 ただ、スラファに関しては、残念なことに実家が弱すぎる。

 アリスの派閥の一人として考えた場合、彼女は今後アリスの助けになることができるかどうか怪しい。そもそもカラパス家に今後があるかどうかすらも怪しい。それに、彼女がカラパス領を救わなくてはならなくなった段となれば、ミンドートやエラスティアに助けを求めるためにリデルと離れざるをえないだろう。

 スラファが後々カラパス家が王女アリスに助けを求めにくる可能性はあっても、力になってくれる貴族にはならなそうだ。

 それに、現在のアリスのほうもカラパス家を助けられるほどの金や力は持っていない。




 最後にキャロル。

 彼女はアリスに陶酔しきっている。きっと何があってもアリス側についてくれるだろう。むしろ鼻血を噴くほどなのが怖い。

 彼女の実家も伯爵家だ。

 彼女の実家からの指令については、時々やってくる執事にキャロルが息巻いてリデルの話をしていたときに聞くことができた。

 「ミンドート・ベルマリア・エラスティア・モブートの全員とコネクションを作ることがお嬢様の目的でございます。決して機嫌を損ねませんようご注意くださいませ。」

 「解っていましてよ!」キャロルはリデルに対する礼賛に水を差され、苛立った目で執事を睨みつけた。そして下を向いてもう一度呟いた。「そんなの解ってましてよ・・・。」

 「お父上のご商売は承知しておられますよね。」執事がキャロルの不満そうな様子を見てさらに釘を刺しに来た。「お嬢様が反感を買うような真似をすれば、お父上もお嬢様もただでは済まないのですよ?」

 「ウッサイわね。」キャロルが親指の爪を噛んだ。

 キャロルの生家についても問題がある。

 彼女の実家のペストリー家はあまり評判がよろしくない。

 ペストリー家もカラパス家と似たような辺りにある。

 その辺りの貴族や町はほとんどが農業で生業を立てているが、ペストリー家は違った。

 ペストリーという街はまわりの農業系の領地に対する商業で生計を立てているのだ。この街でも周辺の農業の衰退とともに消費が落ちこみ、正規の立ち回りでは立ち行かなくなった。

 ところが、最近のこのペストリー家は復活した。どうやら一部の商人たちとつるんで密輸と横流しで生計を立てているようなのだ。これは公然の秘密とされている。

 キャロルが4人の公爵とのコネクションを求められているのも、密輸のお目こぼしを求めていく為だ。彼らの機嫌を損ねて、生業を咎められればその瞬間にペストリー家はつぶれてしまうのだ。

 どうして自分がキャロルの実家についての黒い噂を知っているか。

 スラファの父からの手紙に書いてあったからだ。

 ペストリー家が密輸しているものの中に海外からの小麦がある。彼らは宝石などと抱き合わせで買うことで法外の安い値段で小麦を購入し、国内で定められた最低価格に近い値段で都市部に売りさばいて利益を得ているらしい。その結果、カラパス家の小麦が売れないのだ。カミュ=カラパスの手紙の一つにそう言った趣旨の恨み言が書かれていた。

 スラファがどうしてキャロルと仲良くなったかは解らない。どういう気持ちで仲良くしているかも解らない。

 キャロルのほうも自分の実家のせいでスラファ達が困窮していることを知っていてどうして仲良くしていられるのだろう。

 そもそも、スラファは本当にキャロルと仲がいいのだろうか。

 これが、スラファにまつわる懸念だ。

 スラファには何か後ろ暗い目的がある可能性も考えておいたほうがいいだろう。


 


 三人とも立場的にはアリスを推す要素がない。

 さらに彼女たちは有力貴族であるアピスがアリスと関わるなと言えばそれに従わざるをえない立場にいる。

 現に最近シェリアがアリスと距離を置き始めている節がある。

 アリスが三人といるととても楽しそうなだけに、この後、アリスが傷つくようなことが起こらないか心配だ。

 アリスは王女だというのに。アピスなんかよりよほど高い地位だというのに。

 とても歯がゆい。

 いっそ、アリスが王女であることが明るみに出てしまえばそんな心配をすることもなく、アピス派もジュリアス派もアリスの元に下るというのに。

 そもそも国内にアリス派が存在しないのだから、味方になりそうなクラスメイトなぞ見つかるはずがないのだ。

 今後を見据えると、今のうちに強力な貴族を見つけて友達になるように手はずを整え、その子をアリス派にしてしまうのが良いだろう。

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