歴史を変える?いいえ、変わってました
昭和十三(1938)年、俺が戦車の将来についてあれやこれややっている頃、日本自体が様変わりしようとしていた。
「大神工廠ってなに?」
話に聞いたフィクション世界の存在でしかなかったものが建設されているというのだ。しかも、すでにレーダーも実用化しているという。
完全に歴史が変わっている。いや、変わりすぎている。
さらに、規格統一によって小銃弾が6.5ミリから7.7ミリに変更されたわけだが、これが航空機関銃から歩兵小銃に至るまですべて同じになるというのである。びっくりにも程があった。
そしてとうとう、規格統一に合わせた新型軽機関銃の試作が終わり、車載銃も含めて南部さんの会社が開発した機関銃になるという。まだ制式化されていないが、戦車への適用として九二式重機関銃や十一年式軽機関銃を無理やり改造していたこれまでの機関銃と総入れ替えらしい。
「いや~、あのカイゼンという運動は凄いですな。僅か10年で日本が様変わりしてしまいましたよ」
その時合った南部さんがそんな風に回想していた。
回ってきた部品をやすり掛けして組み込んでいた作業が無くなったそうだ。製品精度が以前とは格段に違うらしい。ただ、不合格率もまだそれなりにあるので、そこを何とかするのが今の課題だそうだ。
「自動小銃の件なんですが、歩兵銃としてはいささか難しいですね。ボルトアクション式の生産が優先ですよ。支那では敵さんの銃器に撃ち負けることが多くて皆が新型を欲しがっているとか、こちらも工場を回しっぱなしですよ、海軍さんからの提案もありましてね、今や三交代で24時間操業です」
そんな話をしてくれた。そういえば、最近どこへ行ったのか小野田さんが来なくなった。支那にでも渡ったんだろうか。
日本はいろいろ変わってしまっている。
海軍の替わり具合が激しい。駆逐艦の形が全くタブレットの資料や俺の記憶と異なっている。あれはまるで米国や欧州の駆逐艦にしか見えない。最新型と思われる駆逐艦なんぞは、レーダーマストと言わんばかりに頑丈なマストで、全く日本らしくなかった。どうしてしまったんだ?海軍さんや。
そして、滑腔砲に関する研究も始まっているが、どこを探しても資料が無い手探りだった。
「原さんに言われて研究を始めてみたんですが、欧米をあたっても資料がありませんね、一体どこで話を聞いたんですか?」
そう聞かれた。
「ベルリン大学の弾道学の権威から直に可能性について聞かされたのだけど、訪独団として訪れた際には軍事機密になっていましてね。存在自体が隠されている様です。個人的な伝手で何とかこのような概念図を送って貰えましたが、これが限界のようですよ」
そう言って、滑腔砲とその砲弾に関するメカニズムを説明したネット資料を渡した。
「いえ、これでも十分なものですよ。国家機密なのによくぞこれだけのものを送っていただいたものです」
そんなにすごいものだったのだろうか?
「ところで、このAPFSDSというやつなんですが、二重構造で中にタングステンの芯を仕込んでいる様ですが、これは?」
ん?いや、そんなことを聞かれてもうろ覚えでしかないんだが
「たしか、本来はタングステンで弾体を作ればいいんですが、技術的に難しいとかでこの形らしいですね。そこの説明にあると思うので詳しくはそちらを参考にしてください。微妙な表現まで上手く訳せているか自信はないですが」
「いえいえ、助かります」
そんなやり取りをして何とか取り繕うことが出来た。
九七式の生産に忙しい三菱では、戦車以外の話題で捕まった。
「原さん、その節はありがとうございました。あの欧州の収穫機の制作にとうとう成功しまして、今、満州で試験中です。トラクターもすでに実用化できていますよ。数年内に島根に新たな農機専用工場を建てる運びとなりました!」
そう言って、例の技術者が俺を訪ねてきた。そういえば、ゴムクローラがどうなったかって?コンバインに合わせて実用化間近だそうだ。
「そういえば、ゴムカタピラを利用して半軌装トラックを作るという話が持ち上がっていますよ。不整地が多い内地や満州では普通のトラックより役に立つでしょうね」
大喜びしてるが、うん、確かに戦時中、日本でもそんなものは作られていたらしいが、軍事より先に民需で実現してしまうのか?三菱おそるべし。
そして、今更のように舞い込んだ情報によると、第二次上海事変において、海軍陸戦隊や陸軍の輸送に使われたのはRORO船だったらしい。とうとう歴史は大幅な変更を受けてしまっている。




