歴史を変える
昭和十三(1938)年、九七式軽戦車の量産が開始されると、俺は会議で新たな提案を行った。
幸いな事にドイツからもたらされた情報に4号戦車のモノがあった。そこには「短砲身42口径75ミリ砲の装備あり」と書かれていた。明らかに誤記である。が、これは使えると思った。
もう一つ情報があった。それは英国からだった。ヴィッガースで知り合った英国人からのもので、「原さんの提言には感謝している。我が国は今度、現有のいかなる戦車砲も通さない装甲を備えた戦車を開発することになった。あなたのおかげで主砲も対陣地、対戦車双方に使える6ポンド砲に決まった。歩兵が乗る装甲車も開発中だ。守旧派がうるさいが、うまくやっている」というものだった。
6ポンド砲というのが短砲身なのか長砲身なのか分からないが、対戦車戦闘を前提にするなら、相応の砲身長であるはずだ。
そうした情報を会議の席上で開陳した。
「ドイツからの報告によると新型戦車は15トン級となっており、搭載砲には長砲身75ミリ砲と記されております。更に、私信として英国よりの伝によれば、英国では現有戦車砲の通らない装甲を持つ戦車に6ポンド砲、これは我が国でいえば57ミリにあたる口径の対戦車能力を持つ砲を装備するとのことであります」
だから何だという顔をする者、なるほどと頷く者に別れている。
「さらに、これです」
俺はタブレットで調べたT34に関する情報にあった写真をプリントしていた。
写真を見た人々はそれが何かわかっていなかった。
「一番奥にあるのはソ連のBTです」
そういうと、一人が口を開いた。
「その右は九七式・・・、いや、違うな。更にその隣はなんだ?」
「はい、BTの並んでいる戦車はソ連の試作戦車です。早ければ来年にも量産が始まろうとしている様です」
皆が写真を食い入るように見る。
「この3台目、砲は何を積んでいるのか?」
実は、本来ならば4両並んだ写真だが、1両消している。そうしないと具合が悪かったので。
「それは76ミリ砲です」
会議室に衝撃が走った。
「いや、しかし、そんな話は関東軍らもモスクワも何も言ってきていないぞ」
いぶかしむように一人が言う。
「はい、それも当然でしょう。これも、たまたま、過去にソ連の訓練施設での教官経験があるドイツ軍将校からの私信によって得た情報です。彼とソ連技術者の個人的な関係で得た情報が回ってきただけなので、ご内密におねがいします」
さもおおげさに装う俺。
「英国と言いドイツと言い。君には甘い様だ」
皮肉とも誉め言葉ともとれる発言を聞き流して先を進めることにした。
「このように、海外においては既に大口径砲の装備が行われつつあります。英国が現用戦車砲で撃ち抜けないという装甲厚と言っているところを見ると、最低50ミリ、場合によっては70ミリ程度を指すと思われます。6ポンド砲ともなれば、その貫通力は100mで70ミリにはなろうかと思われます。500mでも50ミリ以上です。76ミリ砲であれば、500mで70ミリを超えるでしょう。将来の我が国戦車にはそれを踏まえた装甲を持ち、最低でも500mで70ミリを撃ち抜けることが条件となってまいります」
会議室がどよめいた。
「それでは原君、将来戦車の主砲は野砲級を載せるという事かね?」
一人がそう問うてくる。
「はい」
この日の会議はそこで終わりとなった。
次の会議では歩兵、騎兵に加えて砲兵まで加わって来ていた。
「原君、君は砲兵科だったね。その君がなぜ、歩兵科の戦車へ野砲を積むなどという話を言い出すのかね」
想定通りのセクショナリズムだった。砲兵が出てきたのはこうした理由だったらしい。
前回の説明を彼に行い、理解を求めたのだが
「装甲の厚い戦車を破壊するには大きな大砲が必要か。しかし、戦車に野砲など積まれては我々の仕事が奪われやしないかい?」
砲兵は基本的に間接照準で遠距離砲撃を行う事が任務となっている。日露戦争のご時世ならともかく、今やその射程距離は10kmを超え、戦車の直接照準では全くその任務を奪う事など敵わないのだが
「原理としてはそうかもしれんが、やろうとして出来んわけではなかろう?そうでなくとも、砲兵は取り残されておる。その戦車、砲兵が扱うというなら話に乗らんでもないが、そうでないなら反対しかできん」
砲兵が戦車を扱う訳にはいかない、砲兵には自走砲を提案するが、それと戦車は別という主張をするしかなかった。
この日の会議も半ばでお開きとなってしまった。
会議の後、造兵廠の人と話をすることが出来た。
「実は折り入ってご相談があるんですが・・・」
俺はそこで滑腔砲について説明した。
「無施条砲では砲弾が安定しませんよ。いや、言われるように弓矢状にした砲弾なら可能かもしれませんが、即答は出来かねますね」
彼が言うのもももっともだった。仮に、通常の円錐形をした現用の砲弾を撃っても、横転やきりもみを起こしてまともに飛ぶことは出来ない。砲弾というのは砲身に刻まれた螺旋によって回転力を与えられて初めてまっすぐ飛ぶことが出来る。この時代、なぜライフリングが施されたかなどは既に常識であり、それ以前の砲とは明確に区別して扱っていた。もちろん、今更ライフリングが無い砲に回帰するなどという話は非常識でしかなかった。
三度の会議の席上、砲兵科に対して、滑腔砲にする件について話をしたら
「もし、その砲が使えるというのであれば、5年間だけ野砲、或いは高射砲の使用を認めよう。成功しようと失敗しようと五年間だけだ」
「つまり、昭和十八年までですね?」
「そうだ」
エライことになってしまったぞ、おい・・・




