二度目の欧州はシベリア経由
昭和十(1935)年十月、ドイツの再軍備を調査する訪独団員としてドイツへ向かう事となった。
「シベリア鉄道かぁ~」
敦賀からウラジオストクへ行き、そこから寝台列車でモスクワを目指す旅が始まった。
恐ロシアの旅は優雅とはいかなかった。何やら監視らしき人がすました顔で乗り組んでいる。
「原君、車窓はどうかな?」
士官学校の同期でドイツでも一緒になった友人から声をかけられた。もう何日目だろう。変わらぬ荒野と時折現れる都市とが繰り返す光景が続いている。
「ロシアの大地を偵察してる気分だね。少し前まで満州からこちらを見ていただけでは分からないものが見えるから」
「それは有意義だ」
彼とそんな話をしながら時間を潰して数日。ようやくモスクワへととうちゃくした。
そこで大使館付き武官から現在のソ連について説明を受け、モスクワの街も見て歩くことが出来た。スターリンの圧政による暗い印象しかないが、あれはやはりそういう側面ばかり見ているからであって、街は普通に平穏だった。
そして、次はポーランド経由でとうとうドイツへ。
駐在していたころとはずいぶん変わった。まだ数年なのにエライ違いだった。ナチスによる好景気がそこにあった。
「随分景気が良くなったなぁ~」
「そりゃあ、そうさ、いまやドイツは好景気だからな」
そう言って同期と話をするのだが、下調べとしてドイツの現状と再軍備について語り合った。正直あ然とした。
駐在中に聴講生として通ったベルリン大学や工場訪問の途中で寄った戦史博物館など、ありとあらゆるものが再軍備のための隠れ蓑だった。
当のドイツ軍は総士官という考え方で再軍備が行われ、現在の軍、部隊を基幹としていざという時には一気に何倍にも拡大可能な体制が敷かれているという。そのことにまずあ然としたが、なにより、大学や財団法人、企業が一丸となって再軍備に取り組んでいる。
21世紀の日本はどうだろうかと考えてしまった。
平和、非軍事研究と叫ぶ大学や研究機関。護送船団で細々と軍需にぶら下がる以外さして何をするでもなく、何より、惰性と海外の流行りを追いかける以外に何もしようとはしない政府や官僚たち。
確かに、21世紀と1935年を同列に見るのはおかしいかもしれないが、何もかもが違いすぎる。
そんな中で、憲法を変えたら日本がまた侵略を始めるだとか騒ぐ連中がいるが、そう言う連中のお仲間である大学や研究機関は軍事研究反対を唱えている。
ドイツの現状から言えば、この状態では兵器研究が進まず、再軍備など到底追いつかないという事になる訳だ。
憲法変えたら侵略が始まると言いながら、肝心かなめの研究組織が軍事研究に反対。
これって、巧妙なプロパガンダだよな。
ドイツの再軍備に学んだソ連の仕業か、日本には再軍備などという危険が無いように様々なトラップが仕掛けられているものだと感心させられる。
歴史を知れば憲法変えたらと反対している連中や研究機関で軍事研究反対という面々が、或いはその先輩連中というのがどこを見ていたか、ああ、そうか、彼らは自白してるんだなぁと改めて思った。
史実と違って海軍から半ば強引にJIS規格の話が出て、規格化が行われてる今の日本の状況はどこかホッとしてしまう。
ただ、そこで抵抗している人たちというのも、まるで21世紀の人々みたいに思える。JIS規格に反対、陸海軍の弾薬統一に反対。
彼らだって頭では分かってるだろう。しかし、どうしてもそれを理解できない。どこかで違う結論が頭を離れていない。
意外とそんなものではないのかとも思ってしまう。
彼らは怖いのだ。冷静になって考えればわかっていても、世の中が分かることが怖い。感情ではその変化を受け入れることが出来ずに、どうしても反対へ反対へと考えを持って行ってしまう。
これも一種のセクショナリズムなのではないかと思った。
現に、21世紀でもそうだ。「〇〇派遣反対!」と叫ぶ人に、何が反対かと問うていくと、ある時、当の人物も納得しかける。いや、現実を知ってしまう。しかし、話しはそこから先へは進まず、なぜか振出しに戻ってしまう。今、JISに反対してる人たちを見ていると変わってないんだなぁ~と思う。
「そういえば、原君は知っているか?」
同期がそいって話してくれたのは、先の大戦、後に第一次世界大戦と呼ばれるそれに観戦武官として赴いた将軍の話だった。
どうも、将軍は総力戦というものを正しく理解しているらしい。JIS規格化反対運動にも冷淡な人だ。
「ドイツは国防省、国防大臣、総統府を中心に指揮の一元化を指向している。我が国もそうあるべきではないんだろうか。統帥の独立というが、陸海軍が個別に陛下から統帥を受けるというのでは全く一元指揮ではない。閣下も改憲による統帥の一元化を考えていられるようだ」
びっくりする話だった。戦前にも目的は違うが改憲論があったなんて!
ただ、どうだろう。小野田兄弟がそこに乗っからない限り、それは実現できないのではないか?それとも・・・
そんな思いを持って視察は次々と進む。良きにつけ悪しきに付け、ドイツが見せたくないところは要望しても無理だし、説明が杜撰になる。それもドイツ人らしいと言えばそれまでか。
そんな視察を終えて帰途に就いたが、帰りの船旅も終盤という時にかのクーデター騒ぎが起きた。
が、史実の通りに数日で事態は沈静化し、帰国後、友人知人を訪ねて見たが、改憲論ウンヌンのはなしはどこにも出てきていない。史実にほぼ準拠した動きしか起きていないらしい。
政治に介入するなら今がチャンスなのだが?
そうそう、ドイツ滞在中、暇を見つけてシュコダ社に挨拶状を出しておいた。ロリ会長の戦車をより良くしておこうと九五式軽戦車でトーションバーとショックのダブル使用で耐久性をクリアできた話を機密に引っかからない範囲で洗いざらい送っておいた。ロリ会長がもっと活躍できてくれると嬉しいな。




