第28話 任務中の無駄話
「ねえ君達。救世主の登場だよ」
そこには若い青年が立っていた。
黒いスーツに身を包み、思わず息を呑むほど綺麗な白髪。凛とした立ち振る舞いはどこかの使用人かと思うくらいだ。
浴衣や私服姿で溢れかえるこの温泉街では、一際人目を集めている。
「救世主ってなんだよ⋯⋯てかお前は誰だ」
「ボクは一条家の使用人が一人、東と申します」
「一条家?」
「はい。この国を支える一族のことで、現当主は一代で有名な大企業を作り上げた素晴らしいお方です」
一代で──それはさぞかしたくさんの人に慕われているのだろう。
そんな一族の使用人が何故ここに?
「ごめん。私達は急いでるから、そこをどいてくれない?」
「ツバキさんの失踪──誘拐と行った方がいいでしょうか」
「「「!?」」」
「その様子ですとまだ聞いていないようですね。我々一条家は、貴方達の組織にとある依頼をしました」
東は微笑を浮かべながら頬をかく。
「時間がないの。手短に言って」
「はい、我々の依頼はお嬢様の護衛です。そしてその対価としてボクがここに派遣されました」
「私でさえツバキさんのことを知ったのはついさっきなの。それなのにどうしてこんなに早く駆けつけられてるの?」
「それは一族の秘密です」
人差し指を鼻の前で立て、シーのポーズをする。
ニッコリと笑っていて圧を感じる。
「とにかく、今はツバキさんを助けましょう」
組織から直接聞かされたわけではなく、罠の可能性も十分考えられる。
しかし今は一刻を争っている。仮に東が裏切ったとして、こちらにはティナがいる。
「わかりました。俺達を助けてください。そしてそちらのお嬢さんの護衛は俺達が引き受けます」
そう言うと東はパァっと顔を輝かせ、「ありがとうございます!」とレイの両手を握りしめ、ブンブンと振るう。
「たとえボクの命がここで尽きようとも、この任務は絶対に成功させましょう」
「いや、命は大事にね?」
それほどまで自分の使える一族のお嬢さんとやらの護衛が大変なもので、俺達にして欲しいのだろうか。……つべこべ考える前に行動に起こそう。
「気を取り直して、ツバキさんを助けに行こうか!」
「おー!」
「お、おー……」
「……」
やる気満々の東に対し、緊張で戸惑うコハル。ティナに関しては話を聞いていなかった。
「まとまりなし……っと」
レイは大きなため息を着く。そんな中、東は地面を眺めながら何かを呟いている。
「敵はこの道を約100メートル進んだ後、右折。それから20メートルほどで気配が消えている」
「どうしてそれを?」
「ボクは追跡に特化した能力を持っています。微かに残っている気配や匂いを辿った。それだけです」
当然だろ、と言わんばかりの表情。レイはこのイケメン只者じゃねぇ……、と苦笑いする。
微かな匂いを辿るのは自分の特権だと思っていたコハルは、せっかくのチャンスを奪われておもしろくない。
「安心して。出番は絶対くるから」
「ティナさん……!」
しょんぼりと耳を垂らしていたコハルの頭を、ティナは優しく撫でた。
こいつが頼りになるのはあと少し……覚悟しておかないとだな。
「ちょっとレイ……色々と顔に出てるからね」
「気のせいだ。さ、ツバキさんの居場所がわかったことだから、さっさと任務を終わらせよう」
「話逸らしたな!? 思うところはあるけれど今はツバキさんが心配……帰ったら説教だからね」
そう言って力強く拳を握りしめる。
任務中とは思えないくらい無駄話が多い。しかしこれがいい──こうでなければならない。
なぜなら緊張がほぐれ、いつも通りのパフォーマンスができるから。
東の案内に従い、敵が逃げ込んだであろう建物に着く。
ティナは銃剣をより一層強く握る。レイはホルスターの中で眠る拳銃に触れた。
「…………よし。突撃だ!」
レイの声が響くと同時にティナは銃剣を振り、扉を切り刻んで粉々にする。
4人の足取りは力強く、逞しいものだった。




