第26話 不幸、その後の提案
「おねーちゃん! おねーちゃんッ!!!」
ティナはボロボロと涙を流しながら、仰向けで倒れる姉の体を揺らす。
胸や腹至るところに銃で撃ち貫かれたものや、刃物で切り刻まれた跡が見える。
「…………ティ、ナ……」
「駄目、喋っちゃ! あと少しでお医者さんが来るから!」
衝撃のあまり感情が揺れ、声が裏返る。それでも気にせずに続ける。
「おねーちゃんは死なない──死んじゃ嫌ッ!」
「あは、は……ティナは、ワガママだね……」
そう言うと苦しそうに咳き込み、床には血が飛び散る。
この時ティナにはわかっていた。もう姉は生きられないのだと。
「最後に……話があるの……」
「や、やだよぉ……! 最後とか言わないで!」
老夫婦は無言のまま背後から見守る。その頬を透明な雫が一滴、また一滴と垂れ落ちる。
姉はティナの駄々に耳を貸さずに口を開く。
「今から……二人、ここに……来るの。その人達は私の同僚でいい人だから、話をしっかりと聞いてあげて……」
「やだ」
「ティナ……これからあなたに立ち塞がる壁を、何があっても乗り越えなさい。おねーちゃんはずっと空から見てるから。これからも一生愛してるよ。
おじいさん、おばあさん、今までティナの面倒を見てくれてありがとう……二人に最後のお願い。今から絶対にティナを私に近づかせないで!」
残る最後の体力を使い切るかのように力強く言い放った。老夫婦が必死にティナの手を引くのを横目に、安心したように目を閉じるのだった。
「やめて! 離して! もう二人のことなんて嫌い!」
二人の手を解こうと暴れる中、零れた言葉。本当は微塵も思っていないのに。
チクリと胸が針に刺されたように痛む。
その隣で、小さくなっていた命の灯火が風に揺られる炎のように消えていった。
9月14日 午前6時27分48秒 死亡。
同時刻、姉の体の中に新たな生体反応を確認。
濃紺の光を放ちながら、皮膚から蔓のような物が生えると、あっという間に全身を覆う。
実体のない状態のレイは、その蔓に見覚えがあった。
自分の首元でキラキラと光を反射させるネックレス。それにすごく似ている。
蔓は地面に潜ったかと思えば、地中に根を伸ばして養分を取り込む。芽が生え、天に向かって伸びる。
10分も経たずして大きな木となり、今も成長し続けている。
「おねー……ちゃん……?」
暴れる気力すらない。全身の力が抜けて今にも気を失ってしまいそう。
老夫婦は自然と手を引く力を弱める。するとティナは声にならない声で、肩を震わせて泣く。そんな時だった――
「ここで反応が途絶えているね」
「酷い光景だな」
「報告通りだと敵はいないはずだけど、警戒して取り掛かりましょう」
「了解」
若い男女の声。このときのティナにとっては聞いたことのない声。
老夫婦はティナを守るように囲む。
二人は木によって塞がれた玄関を見ると、なんの躊躇もなく壁を突き破って入ってきた。その一人、ローブを深く被った男の片腕は鋭い刃物となっていた。
肩に掛けて体に留められたローブ。その前に垂れ下がった布の影に、もう片方の腕は隠れて見えなかった。
「お前が"荊棘"の身内か」
"荊棘"は恐らくコードネーム。ティナの姉のことを指しているのだろう。
レイは一人で納得しながら頷く。
「荊棘って誰……? 私はそんな人の妹じゃないよ」
「聞き分けの悪い子供ね。荊棘は『そういうところが愛らしい』と言っていたけれど、よくわからないな」
「見込みゼロ」
「でも荊棘からの最後のお願いだから、引き受けてあげましょう」
ミヤビの言葉に、カグヤは無言のまま頷く。
「私はここから絶対に離れない!」
睨むように二人を見上げるティナ。しかし少しも身を引くことなく、カグヤは睨み返す。
するとティナは目に涙を浮かべる。
ガタガタと手足を震わせ、今にも逃げ出したいという気持ちを必死に抑えている。
「今から一度だけ提案をする。受けるか受けないかは貴方次第よ」
ミヤビは腕を組んで目を細める。
真面目な空気を感じ取ったティナは深呼吸をして気持ちを整えた。




