第92話 相談室
「何かお困りですか?」
大聖堂の入り口にいた聖職者の女性が、中できょろきょろと不審な動きをするライチに、優しく声をかけてくれた。
「困ってるというか……あの、えぇと、」
(多分アフィとか、アル、とか、そんな感じの名前の人なんですけど、自信がなくて、って言うべきか? 特徴は……と言うべきか?)
似たような見た目の人もいるかもしれないし、特徴的な額の黒い魔石のことは、こんなところで話題にしていいものなのかもよく分からない。
なんと言えばいいものか、と逡巡するライチの様子を見て、女性は手慣れた様子で、奥の小部屋を手のひらで指し示した。
「今、言葉にできなくても大丈夫ですよ。“相談室”を、使われますか?」
(相談室??)
女性が指した先には、電話ボックスのような後付けの小部屋が三つ、少し間を空けて並んでいる。
(あ!!教会によくある、告解室とか、懺悔室とかいうやつだ!)
しかし、告解室だとしたら、離れてではなく、くっついているのがよくある形だ。
真ん中の小部屋に聖職者が待機し、両側の小部屋から、告解者が罪を告げる。一人の聖職者に、二人が話す形にはなるが、聖職者が聞き届けることで、神にも届く……というシステムだったはず。
あれだけ隙間が空いていたら、それぞれ合わせて三人の聖職者が対応しなければならなさそうだし、告解者と聖職者の二人が入り込むには、どうにも狭すぎる個室だ。
さらに、壁からも離れているので、壁を隔てた部屋で聞いている、ということもなさそうだ。
「使ったことがないんですが、どういう部屋なんですか?」
ライチは旅行先に来たような好奇心で尋ねた。
「ここ身廊……祈りの大広間では、多くの人が行き交うため、なかなか声に出して思いが届けられません。
声に出したり、集中したりしながら、真っ直ぐに様々な悩みや思いを出せる……そうした個室が、あちらの相談室となっております。
ただ悩みを声に出して吐き出すだけでも、頭で考えるよりずっとスッキリする、と聞きますよ」
(聖職者に聞いてもらうというより、“愚痴用のカラオケボックス”、みたいな感じかな?)
「人前で、お話する……みたいな部屋ではないということですよね?」
念の為確認をしておく。
一人カラオケだと思って散々好きに歌ってから、実はずっと部屋の角に店員さんが座っていて、全て聞いてました、とかになったら、ホラーでしかない。
「人前……? いえ、他者には話が漏れない作りの個室になっております。相談を聞き届ける聖道具だけがございますので、お話はそちらへどうぞ」
(やっぱりヒトカラだ!特に急ぎの用事もないし、ちょっと入ってみようかな)
これまで、異世界の人には言えない、たくさんの言葉を飲み込んできたライチである。
(めちゃくちゃ神様に愚痴ってスッキリしてやろ)
聖道具経由なら、本当に神様に届きそうだ。女性にお願いをして、さっそくライチは相談室に入ってみることにした。
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「ふんふん。この光ってる*マークが聖道具で、神様と交信中かも? ってことね」
外から見た通り、電話ボックスサイズの個室だ。
三つ横並びだったが、全て空いていたので、一番人混みから遠い、壁側の角の個室を選ばせてもらった。
中から鍵は掛けられなかったが、外から使用中だと分かる目印を掲げてくれると、先ほどの女性が言っていた。
「さすがに大声でわめいたら聞こえそうだけど、普通に話す分にはまず他の人には聞かれないな。
…………よし」
ライチは目を閉じて、これまでのことを振り返った。
会社の屋上。
神様との会話。
スピネラ村でのクラフト。
カステリナ中心街での新製品の売り込み。
「やい、神様……いや、ヴェルディウスさん。
あんたが、ポイと別の世界に投げ込んだライチだ。まさか、ポイして終わりじゃないよな? こっちは毎日必死に生きてるけど、ちゃんと責任取って見てやがるよな?」
*と、あの日見たTHE・神様!な姿が重なる。
どんどん言葉が溢れてくる。
「異世界の家族に送金なんて芸当ができるなら、二つの世界を繋げられてるんだから、もっと家族と通信とか通話とか、させてくれてもいいんじゃねーの?
俺と家族を繋ぐのは、まぁ、できないにしても、ヴェルさんならうちの家族の状況くらい分かるだろ。
伝言でいいから教えてくれよ!
元気にしてるのか? 心配かけてないか? 苦労かけてないか? 分かるのはあんただけなんだ。教えてくれよ」
まずは家族の安否だ。もちろん予想通り、レスポンスはない。
今は愚痴ヒトカラオンステージ。まだまだあるぞ。
「家族に送金したお金は、結局どうなってるんだ? 振込者の名前は? 神? ヴェルディウス? ライチ? 不審がられて通報とかされてないか? 俺は引き続き送金しててもいいのか?
俺の日本円換算は合ってんの? これ、百万Gを振り込んでても、日本で振り込まれるのは百円だけ……とかいうオチ、ないよな? そこめっちゃ気になるんだけど」
送金の説明も足りないところだらけだ。愚痴愚痴。
「ヴェルさんさぁ、こんな異世界転移とか、あちこちでやってんの? めちゃくちゃ不親切だからな?
スキル与えたら、オッケーオッケーじゃないから!
神様なのに、“衣食住”って言葉知らないのかな? “住めば都”じゃないから!
日本から生活レベル代わり過ぎで、常人なら、いきなり知らん世界で、ゴキブリと藁山で毎日寝るとか、発狂するからな? 家族のためって耐えられてるだけだから、ほんと」
これもずっと言ってやりたかった。あまり見ないようにはしていたが、虫、多すぎ!!
汚物が汚物として扱われてない世界の春、虫元気すぎ!!
「……まぁでも、ヴェルさんに授けてもらったスキルには感謝してる。
父性でクラフトできるのも、俺にかかればほぼエネルギー無尽蔵のチートだし、付属のサーチスキルで探し物とか知識が得られるのも助かってる。
おかげさまで、客人の身ではあるけど、生活レベルは上がったし、お金にも困らなくなってきた。今はゴキブリと寝なくて済んでるよ、“おかげさま”でな!」
言いたい愚痴を終えてみると、残るのはそこそこの感謝だ。
「ヴェルさんの、この世界。俺は悪くないと思う。ゴロツキはいるみたいだけど、本当にみんな親切で優しい。日本と違って、神様がちょくちょく誓いとか祈りとかで出張ってるから、それがいいのかもな。人知を超えた絶対的存在がいる、ってことだもんな。
俺は、元の世界の家族が何よりも大切だけど、ここの世界の人にも恩義を感じてる。
まだまだ甘味や少しの育児道具、下水処理くらいしかできてないけど、せっかく能力をつけてもらったなら、できる限りの力を使って、その人たちをもっと笑顔にしたいなと、本気で思ってるよ」
どんどんトーンダウンしてくる。これが、声に出して発散するということなのだろう。
「元々、日本では死んでた身らしいから、まぁやれるだけ頑張るよ。
……とはいっても、常に前の世界に残してきた家族を最優先でやらせてもらうけどな!」
そこは断固ブレないことを宣言しておく。
「あ〜、声に出したらスッキリした!
なんか、活力も湧いてきた気がする。
いい部屋だな、この愚痴ボックス。ちょくちょく神様にムカついたら、来ようかな」
「……き……聞き届け、ました」
!!!??!!?!
聖道具が一瞬点滅し、なんと、そこから女性の声が返ってきた。
「なっ……えっ……なにっ……ぁぇ?」
(なに、えっ、ただのひとりごと発散場じゃなかったの? 人には聞かれないって言ってなかった?? えっ?? ええっ??)
体中の血液がなくなったような感覚とともに、パニックの中のパニックで、全く頭が回らない。
聖道具が一度点滅して、女性の声が説明をしてくれる。
「こちら、市民からのご相談を、聖道具経由で、間接的に聖職者が受ける部屋となっています。
……知らずにご利用されましたか?」
ここはヒトカラ部屋ではなく、まさかの無人駅とかエレベーターにある、ボタンを押して係の人と通話するような感じの部屋だったらしい。
「……あ、ハイ。そうです。……というか、俺、えっ、何話したっけ、あれ、え?」
引いた血の気が返ってこない。
冗談冗談!夢の話でした〜!!で済むような感じの話だっただろうか?
頭が全く回らず、自分が何を言ったかが思い出せない。
「…………あなた、ライチさんですよね。しばらくそこで待っていてください」
(はぇ? なんで俺の名前を? あ、言ったっけ? え? 自己紹介とかしたっけか?)
脳内ですら間抜けな声をあげながら、パニックに陥ったまま大人しく部屋で待つしかできない。
コンコン
すぐにライチのいる相談室をノックする音が鳴った。
戸を開けると、そこにはアフィ……例の孤児院で会った女性がいた。
「き、きみは、試供品のときの……」
「アルフィアーナです。先日は孤児院に寄付をしてくださり、ありがとうございました。
……って、そんなことを言ってる場合ではないですよね?
……ちょっと、ついてきていただけますか?」
(そうだ、アルフィアーナ、それだ!)
ライチは全く回っていない頭で、ただただアルフィアーナの後ろをついていくしかできなかった。




