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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第89話 郊外村への依頼


「村長んちはここだぁ。でも、先に肥溜め池行くんだよな? 差し入れ、さっそく分けちまっていいかなぁ」


 郊外村に着くと、男性が村長の家を紹介してくれた。

 ライチには肥溜め池をスーパーバクテリアくん池に変えられるのか? とチャレンジがあるので、依頼前にそちらをこなす予定だ。

 男性は、それより何より、ここぞとばかりにライチに買わせた生モノを、早く食べたくて仕方がない様子だ。


「どうぞどうぞ。これからお世話になろうと思っていますし」


「よしきた! おおぉ〜〜い!!村の衆、あつまれぇ〜!今日は祭りだ〜!!」


 金属の鍋を木の棒でカンカンと叩くと、ぞろぞろと村人が集まってきた。


「このライチさんが、昨日くれた日持ちのする食べもんだけでなく、たまには良いもん食えって、生モノをいろいろ差し入れしてくだすったぞぉ〜!!

 ほれ!見ろ!!卵だ!豚肉だ!鶏肉だ!チーズだ!野菜だ!そして……酒だ〜!!」


 老若男女の感激の声が一気にあがる。


「みなさんがお腹いっぱい、ってほどは買えなかったので、ほんのお気持ちということで」


 二人で持てる荷物にも限界がある。男性はあれもこれもとまだまだ買いたがっていたが、差し入れ用に持参した大袋に入るだけとなった。


(ジャンケン……はアジア圏特有か。くじ引きで決めるのかな?)


 ワイワイと、どの家が何を食べるのかで盛り上がる様子をしばらく見ていると、木の棒に*マークを刻んだものが現れた。あれで神の意志を問いながら、公平に決めるようだ。


 ライチは賑やかな様子に背を向け、肥溜め池へ向かった。




---




「ほい!父性クラフト〜!!」


 昨日一人で必殺技っぽい声をあげて、一人で恥ずかしさに震えたので、今回は気合いの声だけあげてみた。



 …………



(え〜?!無反応?!まさかの声出し必須?!!) 


 おそらくそんな雑念にまみれていたからだろう、うまくスキルが発動しなかった。


 気を取り直して、今度はきちんと父性を滾らせて、ちゃんと何を作りたいか、街や村の子供たちをどうしたいかをイメージしてから、再度池に手をかざしてみる。


「ふぅ……。育児環境を良くするには、まずは衛生環境から!さっさと次のステップに進むぞ!

 肥溜め池よ、スーパーバクテリアくん池に、なれ〜!」


 なんと言うべきかも分からず、巷で人気の、可愛くて小さい生き物のような、ふわっとした掛け声をあげてしまう。

 汚物が絶え間なく流れ込む、大きなヘドロ池に強く念を送った。



 パァァァ



 池全体が、眩く光る。

 相変わらず、魔法使い感と万能感が強い瞬間だ。


「どれどれ……」


 光が収まってから、しゃがみ込んで池の様子をうかがう。

 サアッと吹いた風により、滞っていた異臭が流れ、消えていく。


「うんうん。臭くないし、ちゃんと透明キラキラゲルになってるなってる」


 池の中の生態系がどうなるのか少し気になったが、なんにせよ、生物には無害だというお墨付きだ。新しい環境で、強く生きてくれと祈っておくことにする。


「……父性って、なんなのかなぁ。ここではなんか凄い力なんだろうけど、日本では、子を愛でて人生の活力になるくらいしか使ってなかったしなぁ」


 キラキラと光を跳ね返して輝いているトロリとしたゲル池に、ぼんやりと独り言を落として、ライチは郊外村へ踵を返した。




---




 村長家、と言っても、他と同じで、段ボールハウスの方が何倍も居心地が良さそうなボロボロ具合だ。


 村長宅の前では差し入れ争奪戦後の余韻が残り、ほくほく顔の村人たちが嬉しそうに声をかけてきた。


「用事は終わったのか」

「村長に声かけといたぞ」


 村長宅に通されると、中年?壮年?年齢の読めない、痩せた男性が待っていた。

 口を開く。唇は割れ、歯が欠けたり抜けたりしている。


(砂糖のない時代は、意外と現代より虫歯が少なかったらしいから……昨日の男性もそうだけど、殴られたりして抜けたのかな)


 ライチには想像もつかない人生を過ごしてきたであろうことは、間違いない。


「ライチさん。ラボルだ。度々、村のもんが世話になっとるな。こちらから礼もせんで」


 軽く頭を下げるラボルに、ライチも営業のノリで頭を下げた。


「ラボルさん。お時間いただきましてありがとうございます。

 いえいえ、俺をおんぶに抱っこしてくれたフェラドたちがお世話になってる村の方ですし、今日はお願い事があって来たので」


「いいな」


「……へ?」


 急に、よく、羨ましいときなどにかけられる言葉が飛んできて、ライチは面食らう。


「目が、とてもいい。……我々を、人として大切にしてくれる目だ。

 沢山の人に愛されて、沢山の人を愛す人の目だ」


 ラボルが、胸の前で手を交差させる、神への祈りのポーズになり、先ほどより更に頭を下げた。


「こんな村だが、想いには、想いを必ず返す。

 思いやりを、ありがとう、ライチさん」


 これがきっと最上級の感謝の表現なのだろう。

 人を人として見る。そんな、日本育ちのライチの“当たり前”は、ここでは得難いものなのだ。


「俺の住んでたところでは、ごく当たり前のことなんで……なんだか恐縮です」


 どう考えても、そこまで言われるほどのことはしていないので、居心地が悪い。差し入れとか募金とか寄付とか、ごくごく普通の文化だ。


 しかも、ただの善意でなく、これから依頼をしようとしているだけに、余計に。


「できることは少ないが、何か力になれることがあったら言ってくれ。生活が苦しいんで、タダってわけにはいかんが、精一杯やらせてもらう」


 塗布の手伝いをしてくれた男性から何か聞いているのかもしれない。依頼をしやすい方向に話を運んでもらった。


「ありがとうございます、実は……」


 ライチは、普段の下水溝掃除ついでに、池からすくったスーパーバクテリアくんの塗布と、池の周りに生えているフロステ草の植え付けをして欲しいこと。

 街全体の汚れやすい場所には塗布して欲しいこと。

 スーパーバクテリアくんは、池の表面に浮いている透明な液体であること。人体には無害で、ゴミや排泄物だけが浄化されること。

 塗布に必要な道具は、明日朝にフェラドが運んでくること。

 報酬は服や調理器具あたりを予定していること、などを説明した。



「……街中の美化……。それをすると、何かライチさんに良いことがあるのかい?」


 話を聞き終えたラボルが、澄んだ瞳で問いかける。


(俺に良いこと……?)


 そういうつもりで動いていなかったので、改めて言われると数秒考えてしまった。


「俺には子供が居るんですけど、綺麗な街で、気持ちよく、病気をせず、一日でも長く生きて欲しいじゃないですか。それと同じような気持ちですかね?

 よその子も、誰かにとって世界一大切なお子さんですし。子供って、世界の宝ですしね」


「…………」


 ラボルはしばらく顎にある不揃いの髭を撫でたかと思うと、おもむろに吹き出し、笑い始めた。


「はっはっ。確かに、子供は希望だ。宝だ。未来だ。

 ……ライチさんは、随分と子だくさんなんだな」


 ラボルは、しばらく、くっくっと笑いの余韻に浸ると、やせ細って荒れた容姿に見合わない精悍な顔つきになった。


「街の仕事もこなしつつ、村総出で終わらせよう。二日もあれば済むはずだ」


「ふ、二日……!」


 かなり広大な街のはずだが、なんと手際のいいことか。チラチラと見かけた下水溝掃除の人の緩慢な動きからは、想像もできない。


「ペサ、お前はまだ街には入れんからな」


「うぁ……。わ……分かってるもん」


「ペサちゃん?」


 戸口からひょっこり女の子が現れた。

 昨日、ライチが粉ユキミルクで弟を救ったことへの感謝を述べるために、足にしがみついてきた六歳くらいの子だ。

 “神様の使い”とまで呼ばれたので印象深い。

 

「ライチさんが来たってんで、会いたい!と入ってこようとするから追い払ってたんだが、隙間だらけの家だ。戸口で聞き耳を立ててることが丸見えだ」


「街に入れなくても、わたしも何かできる!やりたい!やらせて!」


 ペサは、家に飛び込んできたかと思うと、ラボルへ必死に訴える。


「ふぅむ……」


 思案しながら顎髭を触るラボル。ふと思いついて、ライチからペサへ提案した。


「ペサちゃん。お手伝いありがとう。実は、村長さんには街を綺麗にするのを頼んだけど、この村から出るゴミとか、うんちやおしっことかも、俺は綺麗にしたいんだ。

 肥溜め池にあるキラキラした液を塗ると、汚かったり臭かったりするものがなくなるから、この村のそういうものを集める桶とか、溝とかに、キラキラ液を塗るのをお願いしてもいいかな? 塗ったあとに植えてほしいお花もあるから、よかったらそれもしてくれると嬉しい。

 あ!池に行くときは、必ず大人と一緒にね」


 ペサはパァッと顔を輝かせた。


「やる!やりたい!!」


「村を綺麗にすることを頼むのは、ペサちゃんが最初だから、“浄化隊長”になってくれると嬉しいな。

 何かやるときは、総隊長の村長さんに聞いてからにするのを、忘れないようにしてね」


 子供への声かけは、本当に言った通りに受け取られるので注意が必要だ。任命や依頼だけしてしまうと、暴走特急のように手がつけられなくなってしまう。


 小学一年生でも、担任が「お掃除するから“机”を運ぼうね!」と指示を出したら、全員が一生懸命に自分の椅子を残して、机だけを運んだ……なんて可愛いエピソードを、どこかで聞いたことがある。


 暴走させてしまわないように、気がつくところはしっかり釘を刺しておく。


「じょうか……たいちょう……」


 じ〜〜ん……と、自分に振られた役割を噛み締める姿が愛らしい。


「うむ!村の美しさは君にかかっている!よろしく頼んだよ!」


 ペサが元気に応える。笑顔が弾けた。


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