第87話 最終決定とメルカトの家族
「……さて、どうにもならない製法のことはご理解いただけたということで、引き続いて、農村からの買い取り、そして貴族への販売の管轄について議論しよう」
プルデリオがサクッと製法の話を流して、次の議論を始める。
「もちろん、ポリエクロスは織物組合が管轄しますぞ。
糸の製法は秘匿されているが、糸を買い付けて、こちらで機織り工房へ繋ぐこともできるようなので、その辺りを担当させてもらおう。
さっそく該当の村へ人を飛ばし、貴族向けの工房で機織りを始めさせたいところですな。
貴族服の試作品ができ次第、商家が領主や、上位貴族様へ、売りにゆく、ということで」
「それならば、甘味シートは、砂糖ではないのだから、蜂蜜と同じく、我々、香辛料組合が管轄させてもらおう。領地産ということは、砂糖のように輸入一本のものではありませぬからな。
農村での養蜂の管理・買い付けと同じく、甘味シートの管理と買い付けは、我らが担当しよう。
商家はそれを買い取って、領主にでも貴族様にでも売ればよいのではないですかな」
香辛料組合から、砂糖組合に対する、強烈な先制パンチだ。
ライチの素人判断で言えば、甘味シートはほぼ砂糖扱いだと思う。価値も、流通数の少ない現在は、ほぼ同等だし。
(でも、砂糖組合の長は……)
彼である。
「ぁ……えっと……あの……でも、ゆくゆくは、輸出もするんですよね? そうなると、砂糖の流通と似たような感じになったり……ならなかったり……しませんかね」
ゴニョゴニョと発言するが、続く意見に一蹴される。
「香辛料だって、希少品として他国から流れてきているのです。
砂糖だけ相手しているそちらの組合とは、規模が違うんですな」
「……」
砂糖組合から意見が出なくなった。
(が、がんばれ……!役割はほぼ砂糖だぞ……!)
なんとなく劣勢の方に味方してしまうライチである。そこに、プルデリオの声が響いた。
「ふむ。意見が割れている場合は、念の為、全員から順に一言ずつもらおうか。
私個人としては、“香辛料”というものが、そもそも蜂蜜にまで手を広げていることが気になっている。
香辛料として、ハーブ、スパイスの流通管理だけで、組合に属する工房などをとっても、十分な仕事量ではないかと思われる。そこに、追加で蜂蜜も加わっていると考えると、さらに上乗せするのは得策ではないように思われる」
香辛料組合だろう。ぐぐ……とうめくような声がする。
「また、塩は塩組合が管轄しているが、こちらは海に面した領地から、王国内流通でどんどん塩が流れてきているから多忙だ。
これに対して、砂糖は確かに、稀に流れてくる他国からの輸入一本だ。
しかし、今後、大きく発展するであろう甘味シートの生産と輸出のことを考えると、塩のように膨大な管理が必要となるため、砂糖組合のように、単発で絞った組合に管理してもらいたいところではあるな」
(……どこが管轄しても、正直俺にはあんまり関係はないんだけど……)
新設の砂糖組合か、手広い香辛料組合か。
全員に意見を聞いた結果……。
「……ふむ。では、まとめると、『ノウハウ的にも、組合員数的にも、香辛料組合に任せるべきだが、今後、塩組合のように独立させるために、トップは砂糖組合にしておきたい』ということだな。
確かに、砂糖組合には、まだ組合に所属する者がそもそもいないからな。実務も、プルデリオの商会が担当しているような状態だし」
(プルデリオさん、銀だけじゃなくて、砂糖販売にも噛んでるんだ)
高級品での荒稼ぎに定評のある男のようだ。
「香辛料組合が実働し、総括は砂糖組合がする、ということで、ゆくゆくは香辛料組合から移籍して、砂糖の組合員数が増えれば分離していくかもしれないが、現状はその形でも構わないだろうか」
「組合に利があるのなら、我々はそれで構わないでしょう」
「ぼ……私は、それで大丈夫です」
香辛料組合と砂糖組合が同意したことで、会議が一段落した空気が伝わってきた。
「では、最終決定はもちろん領主が行うとして、ギルドからの意見として報告するのは、これらだな。
織物組合は、行商人などを使って、該当の農村へのポリエクロス・ポリエ糸の買い付けをし、製品作成をする。
香辛料組合は、同じく該当の農村へ甘味シートの買い付けをする。砂糖組合はその動きを管理する。
商会はこれら新製品の購買意欲を高め、領主や貴族様への販路確保を行う。
役人は、この会議での意見を領主へ報告する。
では、各自の管轄へ今回の話を下ろしつつ、最終決定の通達に備えて、さっそく動いてくれ。
並行して、発案者の旅人を探し、見つけ次第、原材料の大量生産、製法の周知ができる道がないか、当家でも模索していきたいと思う。
これにて会議を終了する」
思ったよりもつつがなく会議が終わった。もっと胡散臭がられるかと思っていたが、かなりすんなりと新製品が受け入れられ、製法も守られた。ここの神様のしゃしゃり出る力に感謝だ。
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ざわめきが、どんどん部屋の外に消えていく。
領主にはどんな報告がなされるのだろうか。
ライチはうっかり指名手配になったりしないのだろうか。
農村のみんなはちゃんと守られるのだろうか。
分からないことは尽きないが、もうこうなっては、神様がみんなを守ってくれると信じるしかない。
そんなことを考えてから、こっそり盗み聞き席を立とうとした瞬間、ホールにメルカトの兄、リベリオの声が響いた。
「メルカト……!その姿は……!」
(そうだった、感動の再会だ……!)
どうやら、メルカトと父兄以外は空気を読んでさっさと退室したらしい。
静かになった空間で、ライチは物音をさせるわけにもいかず、結果的に盗み聞き継続、となってしまった。
(めちゃくちゃ会話は気になるんだけど、気になるんだけど!わざとじゃないんです……!ごめんなさい!)
家族水入らずの話に部外者が耳を立ててしまうことを、ライチは必死に脳内で謝罪した。
そして、謝罪した脳の根?の乾かないうちに、耳を象のように大きくして聞き耳を立てた。
「なかなか自分では悪くないかな、って思ってる。兄さんは、どう思う?」
メルカトの優しい声が、場の空気を温かくする。
「お前は……馬鹿だ……。僕なんかより、お前の方がよほど才能があるのに……!黙って居なくなって……」
「家族みんなが、どれだけ心配したと思ってるんだ。郊外村で、行商人なんて……」
温かなメルカトの空気に、リベリオの思いが決壊したのか、鼻を啜る音が響く。それに続いて父アウレリウスの震える声がする。
「心配かけて、ごめんなさい。大切な家族だからこそ、皆の笑顔が曇るのは、どうしても……耐えられなかった」
普段はしっかり者のメルカトの、まだまだ子供らしい声音が新鮮だ。
「家に帰ってきなさい。フォルティナも、ルクシアも、それから……オレッタも。ずっとお前を心配しているんだ。その姿を見せてやってくれ」
「顔は出しに行くよ。でも、家族の家には帰らない。俺は俺で、プルデリオさんの元で、やりたいことができたんだ。あの家の次期当主は兄さんだ。だから、戻らない。あの家に戻ると、兄さんが俺に甘えようとするからね」
親の心子知らず、可愛い子には旅をさせよ……いろいろな親と子の言葉が頭に浮かぶ。
(子供たちが大きくなるまで一緒にいられたら、俺も子供たちとこんな会話をしたのかな)
「馬鹿メルカト……!」
うっ、とメルカトのうめき声が聞こえたので、リベリオによって直接的にホールド的な何かをされたようだ。兄弟が仲良さそうで、何よりだ。
「そうか……。商魂すさまじい自由人のお前のやりたいことだ。リベリオ、これはうちの家も、うかうかしていられないぞ」
アウレリウスの優しい声がする。
「メルカトが本気で儲けようとしてるときは、もう誰も止められないんだけどな……。うん、頑張るよ」
「メルカト。その出で立ち、新製品の売り込み。とても良かった。
生き生きと働いている姿が見れて、今日は本当にいい日だ」
「うん……うん。とても……似合ってるよ。本当に、すまなかった……」
「兄さん。せっかくの晴れ着とアクセサリーがくすむから、湿っぽいのはもうやめてくれる?」
いたずらっぽい声に、傷をつけてしまった負い目を感じさせないようにという優しい思いが込められているのが、正しく伝わったのだろう。
「……もう、二度と謝るか!!めっちゃくちゃ男前だし、オシャレだし、宣伝になってるし、似合ってるよ!馬鹿メルカト!
今日はこのままうちまで連行してやる!母さんとルクシアにボコボコにされろ!」
メルカトが、ホールドされた苦しそうな声で、『まだやることがあるのに、それは困る〜』などの不満声をあげているが、本当に嬉しそうだ。
仲良し家族がもう一度繋がる瞬間に立ち会えて、ライチもとても幸せな気持ちになった。
(家族って、いいなぁ……)
わちゃわちゃとした声に物音をまぎれこませて静かに立ち上がると、ライチはそっ……と部屋をあとにした。




