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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第85話 ギルドホールでの会議 前半

 

 参加もしないくせに、やたらソワソワとしてしまい、プルデリオ家から借りている質のいい水筒に入れたハーブティーの減りが加速する。



 まだ時計のないこの世界。

 時刻にうるさい日本人としては、時計なしで本当にみんなが揃うのか心配で、それもソワソワの小さな原因である。



 どうやら朝食の席での雑談によると、領主の城や大聖堂には、日時計と、雨や曇りの日用の水時計があるらしい。おおむね正確に、祈りの時を知らせる鐘が鳴っているようだ。


 鐘の音より、あちこちで聞こえる夜明けと夕暮れの大きな祈りの歌の方が印象的ではあるが、鐘が時計代わりになってくれるのは、農村にはない、街のいいところだと思う。


 まだ街に慣れていないのでなんとも言えないが、体感としては、夜明け・夕暮れの祈りの歌の終了時と、正午と、それらの間に一度ずつ鳴っているように感じる。


 つまり、おおむね朝六時をスタートだとして、間を埋めるなら九時、十二時、三時、六時だろうか。


 さっき鐘が鳴ったので、そろそろ集まってくる……と、信じたい。




---




「いや〜、急な招集で、予定をこじ開けるのに苦労しましたぞ」


 ほどなくして、人の声がホールに響き始めた。


「お応えくださり、ありがとうございます」


 バルコニー席に着席しているこちらから見えるのは、天井からぶら下がっている魔道具の木製シャンデリアくらいだが、冷ややかなあの声は、見下ろさなくても分かる。プルデリオだ。 


 ライチは朝に聞いた会議参加メンバーを思い出した。


(えーと、商人組合長のプルデリオさんと、商品説明役のメルカト、あとは、織物・香辛料・砂糖の、それぞれの組合長と補佐。

 更に、貴族向けで仕事をしているような、大きな商家の代表と補佐。

 あとは、領主への報告をまとめるための庶民の役人が二人くらい。……だったかな)


 ここは書記室と名がついた場所だが、実際の書記は会議の長机の末席に着くようだ。パーティーなどでホールの邪魔をしない方がいい場合以外は、基本ここは使われできないのかもしれない。


(さてさて、まずはメルカトのご家族は……)


「メルカト……っ!!」


 そう思った瞬間、男性二人がメルカトを呼ぶ声が聞こえた。


(うわ、見たい……!……皆が声の主に注目してる今なら……!)


 目出し帽のような状態だし、いけるいける! と、ほんの一瞬、椅子から腰を浮かせて、チラリと階下を覗き込んだ。


 五十代と、二十代らしい、メルカトと同じく見目麗しい男性が、呆然と立ち尽くしてメルカトを見ている。


「父さん……兄さん。ご無沙汰しています」


 ライチはすぐに椅子に座ってしまったので、メルカトの顔はもう見えないが、優しく、笑っているような声音である。


 会議の場に私情は持ち込まない一家なのか、それっきりメルカトに関する声は聞こえなくなった。


 代わりに、雑談と着席の音が復活し、それも次第に収まっていく。


 布擦れの音がしそうな空気の中、プルデリオが口火を切った。


「本日は急な招集にも関わらず、お集まりいただきありがたく思う。業務内容として、会議中は敬語を省かせていただくことを、ご容赦願いたい。


 今回は、領主に新製品の取り扱いについての意見を上げる際に、いくつかの組合で確認したり、話し合ったりすべき点があったので、来てもらった次第だ。


 ここでの最終意見決定を領主に報告し、領主がそれを受けて、最終決定を下すこととなる。

 ……庶民の動向なぞに、わざわざ領主から否やが出されることは、まずないだろうがな」


(そうか、会議とは言っても、領地のことを決めるのは領主だから、ここで話しても何も決められないのか)


 日本で言うなら、市内の取り決めを最終決定するのに、県知事のハンコがいる……みたいな感じだろうか。

 何市もあるのに、全て読み込んでノーとか出してられないよ〜。自治できるところは、基本自治でいいよ〜。となりそうなのは理解できた。



「では、座席順に、軽く紹介から始めよう。私は商人組合長のプルデリオだ。

 こちらは、当家の使用人で、補佐のメルカト。元行商人であり、本日の議題である新製品を、当家に持参した者でもある。今回は製品の説明を任せている。

 ……座席外にいる、書記の説明は省かせてもらおう」


 一瞬、“座席外、書記”、と聞いて、無駄に書記室で待機しているライチがドキリとしたが、どうやらライチのことではなく、会議用の卓ではない場所に、それぞれ書記を置いていて、その人達を指しているようだった。


 メンバーが簡単な自己紹介をしていく。早すぎてさっぱり名前は覚えられなかったが、あらかじめ聞いていた役職だった。

 座席順としては、各組合長が上座、次が商家、下座には役人が座っているようだ。


(メルカトのお父さんとお兄さんだけでも……!)


 耳を大きくして必死に名前を聞き取ったところ、父親がアウレリウス、補佐の兄がリベリオ……と言っていたように聞こえた。

 流れ作業の紹介で、さらに元々よく知った間柄のようで、ハッキリと言ってくれなかったので、自信はあまりないのだが。




「では、時間も限られているので、さっそく、どのようなものが新製品として商人組合に持ち込まれたのか、確認するとしよう。メルカト」 


「はい」


 人が動く音がする。


(メルカト、よろしくお願いします……!)


「まずは、新しい糸と布から紹介します。こちら、ポリエ糸、ポリエクロスという名前でして、今、わたしが着用しているのも、その新製品であるポリエクロスで作られたものです」


 ほぅ……ふむ……など、値踏みの吐息が漏れ聞こえる。


「今お配りした布を、是非手にとってみてください。

 これは、王族や、領主様用に輸入されるシルクにも質感が似ていますが、アゼルシルバ領の農村で開発・作成されたものです」


 なんと……などの声が、ざわめきとなってライチに届く。


「服飾に詳しくない方もおられるので、簡単に説明いたしますと、シルク、というポリエクロスに似た光沢のある滑らかな布が、現在の最高級の布です。

 シルクは他国からの百パーセントの輸入品となっており、手に入れられるのは王族や領主様までであるのが基本です。

 飛車を自分で乗りこなして買い付けに向かう貴族なんて、いませんからね」


(へぇ〜。……てことは、魔力持ち人たちに、他国までひとっ飛びで買い付けに行ってもらったら、めっちゃ儲かるのでは?)


 そうしない理由が何かあるのかもしれないが、ひとまず今のライチには分からない。

 せっかく日本よりも便利な乗り物があるのにね〜。くらいの感想だ。



「貴族や富裕層は、基本的に、染料で富を演出していますが、農村産の糸で作られたもののうちの、質のいい麻布か、川向こうである隣領のテュフティアから、頻繁に流れてくる羊毛の服を着るのが普通です。

 ここまでは、よろしいでしょうか」


 羊皮紙、羊毛は聞いたり見かけたりするのに、オスティア河港などでは羊の話をあまり聞かないなと思ったら、すぐ隣に羊の一大産地があるらしい。


(確かに、富裕層の人達の服を見ても、色や刺繍なんかは鮮やかだけど、麻布や羊毛のごわっと感があるんだよな)


 そんな中で飛び込んできた、自領産のポリエクロス。皆が『ちょちょちょ、ちょっと待って……!』と目の色を変えるのも頷けた。


「しかも、このポリエ糸、特別に高価で希少な材料が必要なわけでもなく、更に、糸として紡ぐのにかかる時間が、普通の麻などの糸紡ぎより何十倍も短いのだそうです」


 そんな馬鹿な話が……という呟きが聞こえる。おそらく、織物関係の人だろう。


「続いて、ポリエ糸・ポリエクロスの性質についてご説明します」


 そう言って、メルカトは、実際に試せるものは目の前で試しながら、かつてグレゴル村長とマーヤとライチが試したように、ポリエクロスの性能を説明していった。



「――しなやか。なめらか。破れず丈夫。吸水はしないが速乾。布と布をこすり合わせてもくっつかない。シワにならない。直火では燃えるが、火の近くでも溶けない。熱湯に耐える。染色剤で美しく染まる。……そして、輸入に頼らなくていい。

 ……いかがでしょう?

 貴族様たちがこぞって飛びつく未来が、皆様にも見えましたでしょうか?」


(え……この強気のセリフ、あの美形が、顔にかかるアクセサリーをキラつかせながら、ナイススマイルで言ってるんだよね? そんなの、商魂イケメンすぎるぞ……!)


 いいぞいいぞ〜!と内心で応援しながら、ライチは父親気分でニヤついた。


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