第83話 レシピとフォーク
「いや……いつか量産するぞ!って思ってちゃんといろいろ考えて、量産を見越した設計図をフェラドに描いてもらったんですよ!貴族にウケそうな特別感とか統一感のあるデザインとかとか!
自分用にする試作品がうまく出来たら、ここで使いながらプレゼン……紹介をしようと思ってましたって」
どうどう、と両手でクールダウンを示しながら、必死に言い訳をする。いつかみんなに普及させたいな!くらいには思っていたので、方向性は同じはずだ。
「……ライチさん、ほんとぜんっぜん分かってない! そもそも試作を下町の工房に頼んでる段階でアウトアウトアウトぉ〜!」
頭を抱えてアルジーナから放たれたこの言葉に、ライチは正直ムッとしてしまった。
(フェラドが描いてくれて、フェラドのご実家が作ってくれるってのに、アウト、だぁ〜?)
身内贔屓かもしれないが、とても良いものができそうでワクワクしているのである。
超高級志向な商人組合長夫妻には、下町で頭を寄せ合ってものを作り上げる良さが分からないかもしれないが、それにしても、言うに事欠いてアウトとは何事か。
ライチのムッとした雰囲気を感じ取ったのか、プルデリオがすっと動くと、ヒートアップするアルジーナの右手拳を優しく握った。
「私から説明しよう。
まず、妻は本当に、ライチ君がもったいないことをしている、という心配をして、このような言い方になっていることを、理解してほしい」
この言葉で、ライチのモヤモヤがすっと落ち着いてきた。続きを聞く耳が持てる。
「君のアイディアは、貴族どころか王族も含む富裕層全体が、形にできないまま持っているような、ぼんやりとした食事への不満を、一撃で払拭するようなものなんだ」
「……はぁ」
下町工房アウト発言が気になりつつ、相槌を打つ。
「こんな道具が欲しい、とぼんやりと思っていたものを、すでにサルなどの動物が作り出して使っていると知ったら、プライドの高い者ほど、『動物が作って使ってる物なんて、野蛮で恥ずかしくて使えない!』と言い出すであろうことは、想像できるかな?」
「……できます。俺は言いませんけど、偉い人こそ言いそう」
「王族や貴族が使ってるものだ!と売り出したら、下町の富裕層が買いたくなるであろうことは?」
「欲しくなりますね。……うん、なるほど、よく分かりました」
ここまで言われれば、アルジーナの言いたかったことが分かってきた。
「アルジーナさんは、試作品だろうが、貴族が欲しがっているに決まっているものが最初に下町で作られた、なんて貴族に知られたら、下級のもの、下賤なものだとイメージが付いてしまって、嫌煙されて、下町より上の層への商機が丸つぶれ、ってことが言いたかったんですね」
「……そうですわ。つい、ヒートアップしてしまって……失礼いたしました」
落ち着いたアルジーナが、腰掛けながらおほほモードに戻る。
「先に下々の者に広まってしまえば、もう二度と上位の人には届かなくなりますの。
更に、よく分からないプライドから、下々の者がその物を使うことすら、規制されてしまったりするのです。作る場所、売り出す準備と順番は、本当に大切なのですわ」
冷静に話してもらえると、よく分かった。
夫妻は、単に商機の話をしているのではなく、『良い道具だと思うから、是非ともちゃんとした手順で、世に広げたい』と願っていることが伝わってくる。
「便利ももちろんですが、不衛生な手で食事をすると、病気にもなりやすくなるんです。子供なんか特に、手を清潔にできませんし。
フォークがあれば、パンなんかは難しくても、手が触れずに食べられるものも増えるかなと思ってます。だから、ゆくゆくは庶民まで広げたくて……。
お手伝いしてもらえませんか?」
初めからこう頼めばよかったのだ。
周りが『相談、相談!』と言っていた意味がだんだんと分かってきた。時代の先を行く知識には、それほどの価値がある。
「勿論だ」
プルデリオのその言葉で、実際の権利についての話し合いがなされた。
ヘアケアのように、何もかも丸投げして、好きにばら撒いて貰うのがベストだろう。
「ヘアケア製品と違って、一目見れば簡単に模倣品が作れる以上、原材料がばれるまでの逃げ切り、みたいなことができませんね……」
ライチは腕を組んで思案する。
メルカトの言っていたヘアケアでの荒稼ぎ方法は使えなさそうだ。こういった場合はどうやって儲けを確保するのだろう。
「ほほ。こういう一発商品は、模倣品の製作が間に合わない期間で、予想してため込んでいた在庫を一気に売り払うのが常套ですわ」
「継続的な儲けを狙うのではなく、ブームのスタートダッシュだけで荒稼ぎするやり方が、フォークには向いているだろう」
「な……なるほど……」
最近の例だと、スマホストラップとかも、一大ブーム、在庫切れ、となったあと、すぐにさまざまな店に、類似品が山ほど並んでいた。
育児をしてると、『あれこれと今はいらん!スマホ!お前だけついてこい!』みたいなシーンがちょこちょこあるので、リノのリクエストで百均を探し回ったものだ。
「……そうか。だから、急いでいるんだ。
俺の試作品ができるのを待たず、高級品の金属加工の工房に打診したりと、どんどん動き始めたいんですね」
ライチの言葉に、夫婦は深く頷いた。
「その通りだ。
模倣品が出来上がるまでの荒稼ぎで得る利益計算を従者にさせてから、また後ほど情報料の支払いをさせてもらおう。
貴族はオーダーメイドを好むので、あれこれ注文をつけられてから作るスタイルでの、ゆるやかな滑り出しだ。
そのオーダーメイド期間のうちに、下位貴族や富裕層、庶民、農村向けの量産型を仕込んでおく。こちらは銀なんかとは違って、薄利多売でほぼ慈善事業のようなものだがな。
フォーク一つ一つはそれほど高いものではないが、ナイフやスプーンの保有数と同等の数はいずれ必要となると考えると……。
ざっと見積もっても、利益の二割で百万Gほどは渡せると思う」
(い……い、い……いっせんまんえん……!!)
アイディアだけでこれだけ貰えるのだ。当のプルデリオにはどれだけ入るのだろうか。
(売り出す人には、アイディアマンの一・五〜二倍ほど儲けが入るはずだから……わぁぁ)
たかがフォーク、されどフォーク。
(入金してもらったら、さっそくATM送金させてもらっちゃお……)
「よろしくお願いします」
アイディアマンのライチの仕事はここで終わりだが、これから貴族への売り込みや、オーダーメイド対応、大量生産が各工房に降りかかる。
フェラドのご家族も、金属加工の大工房として、そのうちその流れに巻き込まれていくだろう。
(頑張れ、フェラドのご家族と皆さん……!)
一抜けの立場から、せめてエールだけ送っておくことにした。
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自分用の客室に戻ると、ライチは柔らかいベッドに飛び込んだ。
休む間もなく、すぐに使用人が、ベルを鳴らして入室してくる。
夜の間の飲み水と、朝の洗面用の水を枕元に置き、夕食着を脱がせてくれて、寝間着に着替えさせてくれるのだ。
「今日もお世話になりました。おやすみなさい」
使用人に就寝の挨拶をして、ライチはすぐに燭台の火を消した。
(つかれたぁぁ……。
明日はギルドホールでの新製品の取り扱いの会議、だ……)
ここで失敗したら、見込まれていたはずの高額の仕送りが頓挫してしまう。
出稼ぎの父親として、踏ん張りどころだ。
(表には出ない予定だけど、できることを頑張ろう)
そう思う頃には、ベッドが沈み込んだかのような感覚とともに、ライチは夢の世界へ落ちていった。




