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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第73話 カステリナ中心街 案内


「ココは、皮なめし工房。尿で動物の皮をぐじゅぐじゅするんで、とんでもなくクサいっすよね〜」


 案内のスタートにと、南門から左に曲がってすぐの場所へ戻った。ここは、むわっとした猛烈な臭いが鼻をつく場所だ。

 建物の裏を見れば、巨大な桶がいくつも並んでいる。男性たちが、鼻をぶっ潰す勢いの悪臭のもとを、ノーガードでかき混ぜながら、ノリノリで鼻歌を歌っている。もはや狂気だ。


「んで、そこが染色工房っす。染色剤の中身はトップシークレットらしいっすけど、噂によると、布を染めるのに糞とか腐らせた貝や虫を使ってるとかなんとか……これも臭いの強さで言ったらトップクラスっすね〜」


 確かに、カラフルな布が干された裏手では、青黒い泥のような液体が桶で泡立っている。すでに鼻の感覚がイカれ始めているせいか、何の匂いかはよくわからないが、頑張って例えるなら、豆が崩壊するほど腐らせた納豆に、糞尿と、腐った肉をぐっちょりと混ぜて、さらに熟成させたような……たぶん近づくと物理的に泣かされるやつ。


 フェラドが次に指したのは、動物のものとおぼしき内臓を運び入れている最中の建物だった。


「あれは獣脂工房っす。蝋燭とかにするやつね。なんせこの辺は、慣れてないと、油断したらリバース!っすよね〜」


 南は、ただでさえ下水の集大成の場所だ。

 とんでもない悪臭を、更に煮詰めたような、究極の臭いに、さすがに鼻が働きを停止し始めてきた。

 これが、最初にフェラドの言っていた『鼻が諦める』というやつだろう。……全くもって知りたくなかった感覚だが。


(作業で発生するガスや臭いは、バクテリアではどうしようもないよなぁ……)


 スーパーバクテリアくんによって、悪臭のない街になるかと思っていたが、そうは問屋が卸さないらしい。


(多分密閉するとガス的なあれこれで建物も人もやられるだろうしなぁ)


 目が痛いくらいの刺激的な臭さだ、おそらくガスも発生しているだろう。


(……あ。屋根抜きの壁で囲んで、飛車を飛ばしたりするような風の魔道具とやらで、上空に吸気したら、マシになったり……しないかなぁ)


 ヘリコプターより優秀な飛行道具がこの世にはあるようなので、ぜひ一般市民にも優遇してほしいものだ。


(……まぁ、よしんばそんな魔道具が手に入ったとしても、それを動かす魔力がないんだけども……)


 生まれたときから、自分でタービンを回して発電しなくても、お金さえ払えばいくらでも電気を使えていたライチとしては、便利な道具があるのに、それが動かせる人と動かせない人がいるという常識が、どうにも馴染まないでいた。



「んで次は、煙と騒音ゾーンっす。いろんな意味で煙たくて熱くて煩いうちのオヤジの金属加工の工房は、鍋、ランプ、刃物、武器、農具……なんでもござれっす」


「そっちが陶芸工房。釜焼きの煙がもうもうしてて、近くにいると鼻の奥がピリピリするっす。陶芸って言っても、器だけじゃなくて、街の瓦とかレンガとかも作ってるっすよ」


「で、そこに石を積んでんのが石細工工房。石を切り出して建築に回したり、彫像とか、門の飾りも作ってるっすね」


 そんな案内を聞いている間に、西門が近づいてきた。


「最初にみんなで入ってきた西門の正面の大通りっすね。

 この通りは、食堂、兼、宿屋とか、商店がぎゅうぎゅうに詰まってて、朝から晩まで市場みたいになってるっす」


 通りの両側に店が並び、それぞれの店のパンやチーズ、香草入りの煮込み料理が漂わせる香りが、心地よい。さっきまでの悪臭を鼻から洗い流していく……気がする。


「食いもん屋だと、パン屋、肉魚屋、乳製品屋、酒屋、卵・野菜屋、塩とスパイス屋とかっすかね。

 あとは工房の製品を売る商店と、質屋がやってるリサイクル屋もあるっす」


「砂糖は? スパイス屋かな?」


 農村ではマボロシの存在だったが、ここは新設の“砂糖組合”まであると聞く城下町だ。

 甘味シートでバチバチになるかもしれないお相手を、一応確認しておく。


「……えっとね、ライチさん。庶民が使えるような砂糖って、まずねぇんすよ。プルデリオさんちにはあるかもっすけど、基本、王族サマとかお貴族サマ用の、金レベルの調味料っすからね」


 いまだに砂糖と甘味シートの価値を正しく理解していないライチに、フェラドがやれやれといったポーズを取る。


「街で見かけるのは、だいたい蜂蜜っすね。養蜂をする農村から仕入れた薬草屋が取り扱ってるっす。

 砂糖は、えーと確か、海や陸の向こうの向こうの遠くて暑い国でしか採れない、甘〜い草のしぼり汁を、水気飛ばして固めたやつっすよね。

 船の輸送も危険だらけだし、陸だといくつもの国を越えなきゃだし……とにかく運んでくるのにバカみたいに手間と時間と金かかるんで……まぁ、なんせ、庶民が手ぇ出せるもんじゃないっす」


 サトウキビには沖縄のイメージしかないライチだ。

 かなりの距離を乗り越えて運んできているような説明に、大航海時代にスパイスを求めてインドを目指して奔走した、バスコ・ダ・ガマや、コロンブスたちのイメージがよぎった。


「これは、ここに来るときにメルカトが話してくれた話っすけど、できたての砂糖組合も『これ、どこで取り扱うよ? スパイス組合? いや、スパイスではねぇかぁ』って、とりあえず作った程度らしいんで、まだ全然機能してないらしいっすよ」


 遠方から海や陸を越えて、なんとか少量を運んできている粉だ。遠くのことすぎて、確かにいきなり管理を任されても困ってしまうだろう。


「結局、この街でも砂糖はほぼマボロシの存在ってことなんだな」


「そういうことっす!この街、どころか、王族サマからしても、そんなお目にかかれるもんじゃないんじゃないっすか〜? 知らねっすけど。

 ライチさんの甘味シートのヤバさが、ちょっとは伝わったっすかねぇ〜」


 ふぅ〜、とわざとらしいため息をついて、フェラドは道案内を再開した。


 西の大通りで右折して説明を聞いていたが、歩を進めると、すぐに次のブロックでまた右折した。はじめより一本内側の道を、南に戻っていく。

 先ほどの外側の通りより、やや落ち着いた雰囲気の小道だ。


「ここからは、そんなに害のない職人の工芸ゾーンっす。

 まずは木工工房。調理器具とか家具とか車輪とかなんでも作ってて、外に木屑の山があるから分かりやすいっす」


 臭いも音も幾分か減り、歩いていてもそこまで鼻と心が疲れない道が続く。


「ここは細工工房。木や骨や角から、印章とか封蝋の判とか、鋳型とかも作ってくれるっす」


「細工っていっても、貴金属とか、ガラス、筆、インクとかの嗜好品は、この辺じゃ作ってないっすよ。そういうのは、富裕層街に、貴族とか大聖堂向けの工房があるって聞いたことあるっす」


「あ、蜂蜜を置いてるって言ってた薬草屋が大聖堂の近くにあって、薬草は聖職者がする診療で使われてるっす。植物油とか香油も、その薬草屋が取り扱ってるっす」


 蜂蜜に油に薬草に……体に良さそうなもののなんでも屋さん、ということか。


(工房と、商店と、取り扱いは何で……あああ……)


 これから、どれくらいの期間かは未定だが、お世話になる予定の街だ。なんとか必死で説明に食らいついてみたものの、いよいよ脳みそがオーバーヒートを起こしてきた。話が頭に入らず、右から左に耳を抜けて流れ始める。


 そのタイミングで、ありがたいことに最後のゾーンにたどり着いてくれた。いつの間にか、南の大通り目前まで南下している。


「最後に、このゾーンが繊維・衣料系っす!

 まずは紡績工房。羊毛や亜麻を糸にする作業で、ひたすらカラカラ音がしてるっす」


「織物工房はそこっすね。織機の音が規則正しく響いてて、聞いてるとちょっと気持ちいいっすよ」


「そこが服飾工房。布を加工するとこっすね。服とか、帽子、絨毯とかまで、布製品なら基本何でも作るっす」


「で、そこが革製品工房。靴や鞄、ベルト、手袋とか、なめした革を仕入れて仕上げる職人っすね」


「ラストは羊皮紙の工房っす。皮なめしとは別で、刃で削いだり、石で磨いたりして作るんで、そこまで臭いはきつくないっす。工房はここっすけど、庶民は羊皮紙なんて高いもの、手が出ないんで、納品は貴族とか役所とか大聖堂だけっすけどね」



「――以上っす!

 ここに集まってるのはほんと大きな施設だけで、個人のちっさい加工屋なんかは、結構街に点在してるっす。ま、ライチさんが注文するなら、でかいとこで充分だと思うっすけど」


「ふぉぉ……よく……わかったよ、ありがとう」

 

 街を回す専門店を一気に聞いて、ライチは脳がふわふわとしていた。


 食品系は今のところ、郊外村に届けたり、行動中の軽食を買ったりするくらいなので、一度全て考えないことにする。商品を見えるように並べてくれているから、覚える必要もないし。


 生産系の工房は、クラフトをする身としては是非覚えておきたがったが……脳内のメモにも限界がある。

 嗜好品工房は富裕層街。下町の生活必需品はこの辺の並びで作られている、ということだけはなんとか覚えた。

 

「……あれ、そういえば、魔石屋、とか、魔道具屋、みたいなのはないのかな? 農村でクズ魔石をゲットしてるところを見たんだけど、フェラドたちが買い取ってるよな?」

 

 ライチはバルゴがウサギモンスターの顔を削ぎ落として収集していた、小さなひし型の黄色の魔石を思い出した。


「そっすそっす。でも、魔石屋ってのはなくて、魔石は全て役所に持ち込む決まりになってるっす。中の魔力だけ魔道具に使って、あとは黒くなるんでポイするとかなんとか……? すません、よく知らないっす。村では一個三十Gで買い取りして、役所では五十Gで買い取ってもらってるっすよ」


 農夫の日当が百Gくらいだそうだから、一殺で三分の一日分の稼ぎだそうだ。バルゴのクワさばきもさすがである。

 

「……魔石って……魔力が抜けると、黒く、なるんだ?」


 黒い魔石といえば……である。


「魔力を抜いたら叩き潰して黒い粉にしてるんかな? 城壁の外に黒い砂を廃棄してるとこを見たって、噂は聞いたことあるっすけど……実際見たことはないんで、なんとも」


 大聖堂の彼女も、魔力を抜かれているのだろうか。魔力持ちは、魔力を抜かれても大丈夫なのだろうか。考えても仕方がないが、勝手に気になってしまう。


「ありがとう、また聞ける人がいたら聞いてみるよ」


 ガイドフェラドに丁重にお礼を言って、屋敷へと戻ることにした。


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