第71話 フェラドの家族
「食べ物いっぱいありがとう。また来てね」
と、やや現金で可愛いおねだり感のある見送りをされながら、ライチたちは郊外村を出た。
南門でプルパスを見せ、城壁内へと戻ってくる。
メルカトはこのあと、商人組合へ寄ってプルデリオへライチの発注の報告をしたあと、屋敷で荷物の整理をしたり、仕事の研修を受けたりするらしい。
「遠回りさせてごめん。よろしくお願いします」
大聖堂の方へ向かうメルカトとムリーナと別れ、フェラドの案内で工房通りへと入った。
工房通りとは、南門から西門へと続く城壁沿いの外側の円の通りのことを指すそうだ。
「工房は、皮のなめしとか、鉄打ちとかで、臭いも音も排水も凄いんで、端っこに追いやられてるんすよ。南西に渡ってるのは、西門正面にある店舗通りに近くするためっすかね。
ニオイが強烈な革製品の工房とかが一番南寄り、次が煩くて熱い金属製品の工房っす。パンとか布織りとか、匂いや音があんまりしない工房は、もう一周内側の通りに並んでるっす」
南門から入ってすぐに左折した場所で、その説明を受けていたが、数軒先に進んで、すぐにフェラドが立ち止まった。
「ここっす。うちのオヤジの工房。ちょっとでかい、鍛冶工房っす」
「“ちょっとでかい”……?」
フェラドか指した建物は、こぢんまりとした建物がぎゅうぎゅうと並ぶ下町にしては、かなり大きな建物だった。
門柱は石積みで、上には黒鉄の看板。その中央には、平行する鉄槌と火掻き棒の紋章が刻まれている。
他の工房の面積の三倍はありそうな、堂々たる建物だった。
「あー。一応、うちのキレオヤジ、下町の鍛冶屋のボスしてるんで、この大工房を任されてんすよ。三人のアニキ達もここにいるんで、結構有名な鍛冶一家みたいっすね。工房は立派っすけど、別の所にある実家はめちゃ狭いっすよ」
鍛冶屋だとは聞いていたが、思っていたよりご立派な家庭環境に驚いた。メルカトといい、フェラドといい、かなり贅沢な行商人だったようだ。
門の中へ案内される。
まずは小さな中庭があった。もうこの時点ですでにむわっと暑い気がする。
ぐるりと見渡すと、コの字に構えた三つの工房棟と、見習いらしき若者たちが小走りに何かを運んでいる姿が見えた。
カンッ、カンッ、カンッ
カッカッカッカッ
カンッ……カンッ……カンッ……
あちらこちらから響く金属を叩く音が連なり、まるでオーケストラの練習時間のような、雑然としたハーモニーになっている。
煙突文化のない街の建物の屋根からは、全体的に煙が上がり、工房の中ではあちこちで火花が散っている。血の味のような、鉄の匂いが鼻をついた。
「よ〜っす。帰ったっすよ〜」
フェラドが正面にあった工房へ呑気な声をかけた、その瞬間だった。
――ダンダンダンダン!
荒々しい大きな足音が、猛スピードでこちらに近づいてきた。
建物の右手から、いかにも現役のベテラン職人という格好の男が飛び出てくる。全身は灰と煤で黒ずみ、手には大きめのハンマーを持っていた。
「フェラドてめぇ……」
その声は、唸る雷鳴のように床を響いて伝わってくる。
「男なら、一度決めた道から、尻尾巻いて逃げてんじゃ、ねぇっ!」
「ほいっと」
「だぁぁ!!死ぬっ!!」
金属製のハンマーが――いや、殺人凶器が、回転しながら風を切って飛んでくる。
フェラドは慣れた様子で軽く身をひねってそれをかわす。背後にいたライチは、絶叫しながら咄嗟に身をかがめた。
ハンマーはライチの左後方の石壁に当たり、ガコン!と響く音を立てて落ちる。
(なんか飛んでくるって聞いてなかったら、絶対死んでた……!)
聞くのと実際に経験するのとではわけが違う。
ハンマーがものすごい速さで顔面に飛んでくるというのは、もう二度と味わいたくない体験だった。
「オヤジ、オヤジ、落ち着いて!逃げ帰ってきたんじゃなくて、客連れてきたんよ、客!スーパークラフター!」
「あぁん? 客ぅ?」
フェラド父の怒りの眉がぴくりと動く。
ライチは、バクバクと激しく暴れる鼓動を抑えながら、必死にぺこりと頭を下げた。
「す、すみません。突然伺って。フェラドくんから聞いた、こちらの工房の技術力に、ぜひお願いしたい加工がありまして」
ライチは気を取り直しながら、フェラドに目配せした。
「これ、発注書なんですが……」
フェラドが父親にメルカトからもらった二枚の木札を渡す。
「……んだ、こりゃあ?」
「おっ、フェラドじゃん。おかえり。足で稼げたか?」
「オヤジ、いくら末っ子が可愛いからって、打ちかけの鉄ほっといてダッシュすんなって」
「なになに、おもろい注文?」
騒ぎを聞いて、フェラドによく似たテンションの三人の男性が集まってきた。フェラドより結構年上で、ライチに近い年頃だ。紹介されなくても、彼らがフェラドのお兄さんだと分かる。
「ただいま、アニキ〜。これは、こちらのライチさんのご注文の、ハシと、フォークってやつ」
フェラドがへらへらと挨拶をし、発注書について説明してくれる。
「……おぉ、見たこともないモノのはずなのに、めっちゃ作りやすいなこの発注書。俺作りたい!」
「俺も俺も!分けようぜ」
「お客さんが書いたやつ? ナイスっすね」
声も顔も似ているので、フェラドが四人いるみたいで、脳が混乱する。とりあえず否定しなければ。
「いえ、これはフェラドくんが俺の欲しいイメージを具体化してくれて、それを書いたものなんです。彼は凄い才能を持ってます。イメージをどんどん現実に作れるように形にしてくれて……」
なんとか彼の才能を伝えようと言葉を紡ぐが、フェラド父も合わせて、四人に大笑いされてしまった。
「ハッハッハ!フェラドに才能!んなもんがあったら、今ごろここで鉄打ってらぁ!」
「アハハハ!フェラド、やったじゃん。才能、あるってよ!」
「見せてやれよお前の傑作集!アレも素晴らしい才能だよなぁ!」
どれが誰の発言だが分からないが、ライチはものすごくものすごく腹を立てた。
(あぁん? こういう、子供やきょうだいを型にはめて馬鹿にするような家庭環境が、尊い才能を潰すんだぞ)
本人たちは末っ子を可愛がってネタにしてるつもりかもしれないが、他人のライチからすると全く笑えない。人様のご家庭ではあるが、正直ムカムカが止まらない。
「へへっ……。やっぱそうすよね。イメージなんかできても、ねぇ」
フェラドが情けない笑顔でへらへらと笑っているのにも、モヤモヤが積もる一方だ。
「……。今日は、これと、もう一品、新しい品を作ってほしくて。“絞り機”っていうんですが。まだ発注書がないので、俺の説明を聞いて、今、ここで、書いてもらっていいですか?」
ライチは冷たい微笑みを貼り付けて、反撃に出ることにした。
「一番、完成イメージに近いものを書けた人の発注書を、五千Gで買い取りますね」
『…………は??』
五人が声をそろえてポカンとあっけにとられた顔でライチを見た。
「発注書なんぞに金を払うなんざ、聞いたこともないぞ」
「しかも……なんだって? 発注書に五千? 金銭感覚どうなってるんだ?」
「そんな細かい発注書なんて無くても、口で言ってくれりゃ作るって」
「(……ラ、ライチさん、もしかして……なんか……怒ってるっす?)」
人の顔色をうかがい慣れているのか、フェラドがこっそり耳打ちしに来た。
ライチはそれにニコリと笑顔を一つ返す。
「やれるんですか? やれないんですか? 無理なら、“大工房では断られた”と言って、別の工房に頼みに行きますが」
ライチのその挑発に、フェラド父は額に青筋を浮かべながらニンマリと笑った。
「……言ったなァ若造が。うちに作れねぇもんはねぇ。どんなもんが欲しいのか、言ってみろや」
それぞれ木札と金属ペンを準備したのを見て、ライチはさっそく欲しいものの説明を始めた。




