第69話 フロステ草とメルカトの過去
《父性クラフト パパサーチ 起動》
[新規項目追加]:ヘドロ掃除不要の街の下水溝《フロステ草 仕様》
【クラフト方法】
・スーパーバクテリアくんを塗布した下水溝のわきに、フロステ草を植える。
【基本仕様】
・スーパーバクテリアくんが下水処理をするとヘドロが発生。これを肥料として取り込み、増殖するのがフロステ草。
・フロステ草は、以下のように街の下水溝に繁殖させるのに適している。
1.薄青い六枚花弁の美しい花で、*の信仰と合致する。
2.冬以外に咲き続ける多年草で、背が低く、花が密集して咲くため、街の景観が良くなる。
3.花の中央がほんのり青白く発光するため、夜間の華になる。
4.犬や子供が誤食しても無毒で安全。
5.肥料を全草に溜め込むため、増えすぎた場合は抜いて撒くことで、他所へ肥料の移動ができる。
6.近寄ると分かる程度の柔らかな微香で、鼻を刺激しない。
7.種子を使わず、地を這う根で増殖するため、年中繁殖が可能。
8.日光を多く必要としないため、街の日陰でも元気に咲く。
9.葉や花が落ちにくく、根だけをヘドロに向かって伸ばすため、下水溝を塞がない。
10.根は地中に潜らず、地表とヘドロ内を這うため、草抜きが容易。
【ご注意】
・ヘドロとの相性が非常に良く、繁殖力が強烈なため、水流が少ない場所では下水溝を塞ぐ場合がある。草抜きが必要になる場面も。
《パパの育コツメモに自動保存されました》
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(おっ、きたきた!……なんだよ、フロステ草を一緒に植えないと、結局、ヘドロ掃除か必須だったんじゃんか。あぶないな〜)
どうも、ライチの発想以上は支援してくれないとか、聞き方を間違えるといつまでも答えてくれないとか、神様がくれたスキルの割に、やや不親切である。
「糞は、粘土みたいにへばりつくから本当は掃除がいるんだけど、フロステ草って草を下水溝わきに植えると、それが粘土を吸い取って掃除してくれるんだ」
そうメルカトに答える。なるほど……と納得してくれたので、なんとかタイムアウトギリギリで体面は保てたようだ。父性クラフトさん、ありがとう。
(草抜きついでに肥料の移動ができるなら、“荒地がいつか農地になるといいな計画”との相性もいいな)
これはほくほく情報である。覚えておこう。
足元からは新たにサーチの光の道が伸びている。見ると、黒彼岸花もどきに追いやられるように、肥溜め池から遠巻きに生えている花が光っているのを見つけた。
芝桜のように、地を這う水色のアスタリスクの形の花だ。どうやらあれがフロステ草らしい。こういう環境で生きるから、根だけを汚泥へ伸ばす進化をしたのかもしれない。
(薄水色でアスタリスク型だ……夜は光って、無毒で、勝手に増えて、水路も塞がず、肥料の移動もできる……バッチリじゃないか!)
あとは、勝手に下水溝に花を植えていいのか問題、くらいだろうか。夢の美しい街まで、もう一息である。
(領主様に許可を取る……とか。ちょっと大ごとだから、嫌だなぁ……。
花の形が神聖だから、大聖堂の方から塗布ついでに植えていったら、『あの大聖堂から伸びてくる花は、臭いも排泄物も浄化していくぞ!神の花だ!』なんて言ってうっかり保護されてくれたりして……)
これはナイスアイデアである。
ひとまず駆除され始めるまでは、その方向でいってみることにした。
壺満タンにバクテリアを採り、麻袋にフロステ草の長い根ごと採集していく。
フロステ草の回収は、二人も手伝ってくれた。
「“オデイバナ”は遠くからでもよく見えるので知っていましたが、フロステ草は初めて認知しました。
肥溜めの花なのに、とても美しいし、どこか神聖な花ですね。これなら勝手に植えても駆除されないかもしれません」
どうやら【オデイバナ】は、あの赤黒い彼岸花もどきの名前のようだ。汚泥の花……やはり、好感度が低そうな名前である。なにせ肥溜め池を取り囲むようにビッシリ生えている黒い花だ、確かにライチ自身にもいいイメージはなかった。
「手伝ってくれてありがとう。上手くいくように祈っててくれ」
こうして、いよいよスーパーバクテリアくんとフロステ草による、街の下水革命の下準備が整った。
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「じゃあ、家を片付けてくるっす。
……メルカトの荷物も、ついでにムリーナに乗せて持ってったらどうっすか?」
フェラドが少し考えた後にそう誘いをかけると、メルカトは長らく思案したあと、
「……そうだな。俺も、一旦ここは引き上げて、フェラドと一緒にプルデリオさんのところでお世話になりながら、今後のことを考えてみることにするよ」
と、決断をした。
実家には寄りたくないが、商売には寄っていきたい葛藤がありありと見て取れる。
「……あの、さ。……メルカトが、そこまでして実家に寄っていきたくない理由って、どんな理由なのかな? 言いたくなければ全然いいんだけど、何か俺も力になれるかもしれないし、メルカトにはたくさんお世話になってるし……」
ライチはメルカトの家の片付けについて行きながら、ついに踏み込んで聞いてしまった。
部屋にあるものを袋に詰めつつ、ドキドキしながら返答を待っていると、人生の岐路に立ってオーバーヒート気味になっているのか、珍しくメルカトがぽつぽつと自分のことを話し始めた。
「…………兄が……いるんです。……優しい兄が。
幼い頃からの俺の婚約者も、皆みんなが、好きになってしまうような、素敵な兄が。
俺は、損得勘定しかできなくて。人望も愛嬌もないのに、父も母も誰も彼も……兄本人ですら、『メルカトを後継者に』と、言うんです」
メルカトが、左目を覆う。
「婚約破棄を申し出た“あの夜”、兄さんの払った手が、本当にたまたま燭台に……。
俺がこの火傷を負ったことで、真っ白だった兄さんの心に、一生消えない傷をつけてしまいました。傷を見る度に、俺なんかより、よほど傷ついていく兄さんが、どうしても見ていられなくて……」
そうか……大切に想い合う家族に、故意ではなくつけられた傷跡だったのか。
「こんな顔じゃ、どうせ商売にも向かないし、俺がいたら、兄さんの歩みが止まってしまう。……だから俺は、兄さんの認知できる範囲に、自分を置きたくないんです。
本当は商売からも離れないといけないはずなのに、それもできない俺は、ほんと……なんなんでしょうね」
メルカトが自嘲気味にわらう。
「すみません……。兄を貶めるような話は広めたくなくて、できるだけ言わないようにしてきたんですが……。
ライチさんは、どことなく兄と似てるので、つい話してしまいました。今言ったことは、忘れてください」
ようやく話してもらえたメルカトの過去。ライチは……
「……話してくれてありがとう。メルカトは、ご家族が大好きなんだね。笑顔を壊したくなくて、もう三年も、離れる道を選んできたんだ。それは、とても尊くて……かっこいいことだと俺は思う。
俺も、離れていても、何よりも家族が大切だから……なんとなく、分かるよ」
何の痛みも、どんなご家族かも知らないライチに言えることは、こんな当たり障りのないことだけだ。――でも。
「もし……もしの話だけどさ、メルカトが逆の立場ならどうだったと思う?
君が、大切なお兄さんに、消えない傷をつけてしまったとして、その兄さんが好きなことを諦めて家から消えてしまったら……」
メルカトが、はっとしたように小さく息を呑む。
「自分のせいで……なんてことをしてしまったんだ。って、それこそずっと自分を責めてしまうかもしれないよな。
……たぶん、そんな家族思いで素敵なお兄さんなら、傷のことも勿論だけど、その後、弟から、家族や商人の未来を奪ってしまったことに、誰よりも胸を痛めているんじゃないかな。
もちろん、お兄さんのことは、お兄さんにしか分からないから、一度ちゃんと話し合ってみないとだけど、もし俺と似たような人なんだったら……」
どこかすがるような目が、ライチを見つめる。
「俺なら、大事な家族には、やりたいことをやって生きてほしいよ。
『最低!痛い!許さない!』って一生思ってくれてていいから、自分のことなんか気にしないで、やりたいことを思いっきりやってほしい。
自分のつけた傷のせいでそれが叶わなくなったのなら、使えるものは何でも使って、次のやりたいことを助力させてほしい。……そう、思うと思う」
例えば、自分が負わせてしまった傷で、我が子が夢を諦めたとして。
当の我が子が、ライチの笑顔のために家族から消えてしまっては、本末転倒も本末転倒だと思う。
自分さえいなければ……なんて、絶対そんなことはない。大切な家族なんて、そこに存在してくれるだけで、もう、充分なのだ。
「“やりたいこと”、を……」
メルカトが、ライチの話を自分に落とし込んでいる。これ以上は私見の押し付けになりそうなので、ライチは引っ込んで、あとはご家族で解決してもらうことにする。
「あ。傷跡を見る度に、お兄さんの笑顔が曇ってしまうなら、さ、」
「曇ってしまうなら……?」
「眼帯みたいな、めちゃくちゃイカしたアイマスクをするとか、傷跡を飾ったり、タトゥー……ってあるのかな? ペイントを入れて素敵模様にしたりするのはどうかな?
簡単なのならモノクル……は、まだないか。アクセサリーみたいなのを目の周りにつけて、ついでに宣伝にしちゃうとか。
メルカト、めちゃくちゃ美男子だから、髪もオールバックにして、ガンガン顔出しして露出しちゃおうよ。
お兄さんもそんな姿を見たら、『家を出てどうしてるか心配してたけど、よかった、やりたいようにやれてるんだな』って、きっと安心してくれると思うよ」
最後は少し明るい話題でしめくくってみた。
メルカトは困ったような顔で『……ありがとうございます』と礼をしたあと、
「……タトゥー? と、モノクル? について、ちょっとお話を聞かせてもらっていいですか?」
と、いつものギラついた笑顔で詰め寄ってきた。
うむ。いつものメルカトに戻ってくれて何よりである。




