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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第67話 南門

(……さて。今日の予定はっと)


 朝からドタバタだったから、欲を言えば一旦フカフカの布団で寝てしまいところだが、脳内でToDoリストを整理してみる。


・スーパーバクテリアくん作り

・スーパーバクテリアくんの下水溝ぬりぬり

・フォーク、マイ箸、絞り金具の発注

・孤児院のアルフィアーナに製品の使用感を聞く

・新レシピを厨房に伝えに行く


(こんなところかな?)


 そこに、明日のギルドホール待機も含まれるし、項目内には郊外村訪問と、肥溜め池探索が含まれている。

 新レシピは、今日の調理はお腹いっぱいなので、シェフの皆さんには我慢していただこう。


(バクテリア作り……早くしたいな。空から排泄物が振ってくる街での子育てなんて、俺は断固認めん。

 孤児院は昨日の今日だから行っても意味がないし、金物の発注はぜひフェラドと行きたいしなぁ。……いや、それを言うなら、郊外村もフェラドやメルカトと一緒に行きたいな)


「……よし、まずは二人と合流だ。もしかしたら荷物を取りに郊外村の家に向かうかもしれないし、同行させて欲しいと頼もう」


 ライチは部屋に残ってくれていた使用人に声を掛け、二人の元へ案内してもらうことにした。




---




「お、ライチさんも説明を聞きに来たっすか」


 庭の隅で、施設案内をされているらしい二人と、その案内人の使用人と合流した。


「(そうだ、そうだ!うまいぞ!

 ぶくぶく……って息を出したら、水から顔を出して、『ぱっ!』って言え!息を吸おうと思わなくていい!

 “ぱっ”のときに、口の周りの水が払えて、さらに肺……おなかに残った空気も出ていくから、無理に吸わなくても勝手に息ができるんだ!

 吸わなきゃ吸わなきゃ……と思うと、水を飲みこんじまってむせるから、空気中で“ぱっ!”だぞ!……よし、もっぺんやってみろ!)」


「(はいっ!)」「(きゃー♡)」


 少し離れた庭中央の池で、使用人がおろおろと取り囲む中、じぃじの熱血水泳指導が行われているのが遠く聞こえる。

 親がこの感じなら、娘のアルジーナもマーメイドばりに泳げるんだろうなぁ……と予想できてしまう、熱い指導っぷりだ。


 ライチは遠いその声を聞き流しながら、目の前のフェラドに向き直る。


「二人がもし今日、郊外村に行くなら、ついて行かせてほしくて。このあとの予定は?」


 そうフェラドに尋ねると、行商人二人は目を丸くした。


「郊外村に……っすか? ライチさんの読み通り、確かにこのあと、家から荷物を取ってこようとは思ってるんすけど……なんでまた郊外村に? 観光するにしても、悪環境っすよ、ほんとに」


 スーパーバクテリアくんを作りたいんだ〜ははは〜。と言うわけにもいかないライチは、むむ。と少し考え込んだ。


「見たこともないクラフト素材がある気がして。それで、あの、もしよかったらだけど、肥溜め池までも案内してほしいんだ……」


 郊外村に行くことですら怪訝そうな二人に、更に怪しい提案をぶち込んでしまった。


「??………はあ……? もうライチさんのやることには驚かないって決めてるっすけど……。

 わかったっす、肥溜め池っすね。なら家の荷物を持つ前に、最初に連れて行くっすよ。汚れてもいいボロ着と、採集セットを持って行くのをお忘れなくっす。……メルカトは、このあとどうするっすか?」


「俺は……。……ここにいても考え込んでしまいそうだから、俺もついて行くよ」


 どうやら久々の男三人と女一匹?道中になりそうだ。……荷物持ちとしてムリーナが来るのかは知らないけど。





---




「では、トルヴェルさん、俺たちは行きます。短い間でしたが、何から何まで大変お世話になりました。……そして今後も、よろしくお願いします」


 ビニールプール……ではなく、観賞用の庭の池から上がってきた、ぶ厚めの下着姿のトルヴェルに別れを告げる。何ともしまらない別れ方だが、あっけらかんとした彼にぴったりな気もする。


「おうよ。スピネラのことは一旦任されとくわな。……長く生きてきたが、お前さんほど面白いお人もそうそういねぇわ。楽しい旅だったぞ。

 娘夫婦と孫たちを頼んだ。プルデリオに商売のあれこれを仕込んだのは俺だから、あいつが一人で困ってたら、こっちにも連絡くれやな」


 なんとも頼りになるお言葉である。

 湿った手で、ぽんぽんと頭を叩かれた。トルヴェルはライチのことを一体いくつだと思っているのだろう。


(日本人は幼く見えるとか言うけど……まさかな)


 ライチの方の年齢読みは、これまで良い確率で当たっているので、逆もまた然りだと思い込むことにした。




---




「……そうか。門外へ行くと、また城壁内に入るのに通行料がいるんだ」


 入ってきたのは西門だったが、初めて通る南門が見えてきたところで、ライチははたと気がついた。

 確か毎回城壁に入るごとに一人三百Gだったと思う。……今更だが、三千円もするなんて!観光地もビックリの値段設定だ。

 今でははした金とすら思える金額だが、これから何度も行き来するかもしれないことを思うと、少し癪なシステムだった。今日はムリーナも来ているので、更に荷物代と、ムリーナの分のお金も取られてしまう。


(それはそうとして……鼻が……もげる……)


 富裕層街を出て、南側に向かえば向かうほど、悪臭が酷くなっていく。川の側の農村、オスティアではありえないこもった臭いだ。西門の方よりさらに臭いがきつい。


 一応、南門から大聖堂まで伸びている大通りだけは、南にある他領の人が通るらしく、多少清掃がされてはいるが、大通りから横に伸びる路地がとんでもない状況なので、臭いはどうしようもないようだ。


(北の上流から、南の下流に向かって、街全体が微妙な傾斜になってるんだったな。この臭いと汚物の集大成が、郊外村か……)


 南門のほど近くにある、小さな南南東の通用門を、ボロボロの痩せた身なりの人たちが見張られながら行き来している。あそこは下水が城壁外へと流れ出るために開けられた、汚れ仕事を担う人たちだけが使う“汚物門”と呼ばれる門だそうだ。


(同じ人間だぞ……? なぁ〜にが汚物門だ。人様に汚物とか言ってるその心が、一番汚物なんだからな)


 ライチはふつふつと湧き出る、モヤモヤした気持ちを、心の中でペイと吐き出した。

 情操教育に悪すぎる。ピッカピカにして、一刻も早く“美物門”に変えてやりたいところである。

 

 通用門を睨みながら、二五三と焼き付けられた市街通行証を握りしめる。

 南門で門番に仕事用の紋章を見せるか、この通行証を返却すると、城壁外へ出られるようだ。


「ちっちっち。俺らがお世話になってるのを、誰だと思ってるんすか。カステリナの商売のドンっすよ? そんなもんは顔パスっすよ」


 顔パス? そんな写真……いや、人相書きみたいなシステムがあったとは驚きである。


「……フェラド。言い方が悪い。所有者の城壁出入り自由の許可を求める、プルデリオ家の紋章入りの申請書をもらってきただけでしょうに」


 なるほど。顔パスではなく、プルパスということらしい。城壁の外に出る用事のときに、中に忘れ物を二回してしまった日には、合計一万円くらいの無駄な損失があるのかと萎えていたところだ。プルパスがあるとは朗報である。




「プルデリオ家の使いでっす。初めにもらった通行証も返すますっす」


 フェラドが代表となり、人数分である三枚の木板の申請書と、ライチの市街通行証を提出してくれた。プルデリオ家に恥をかかせないようにと気合いを入れた敬語が、おかしなことになっている。


 じっと文書の中身を見た門番は、


「紋章はこちらで確認した。文言を読める者が別にいるので、ここでしばらく待つように」


と木札の申請書を自分の後ろの係員に渡した。その係員は、木札を持って分厚い城壁の中へと消えていく。

 どうやらこの門番は字が読めないようだ。識字率を上げていかないと、こういうところで門番も通行人も割を食ってしまうらしい。



 門外に出る列から少し外れたところで待たされる。十分ほどで、門番に呼ばれた。


「確認ができたようだ。通ってよし。これは、また中に戻る際にも提示するように」


 そう言われて通行を許された。申請書がそれぞれに手渡される。なくさないように大切にしなければ。

 出るときには、別に申請書を見せなくても出られただろうが、『中にいた者が申請書持参で出ていき、帰ってきた』と印象付けるために必要な工程だったようだ。これを繰り返して、そのうち軽く確認するだけの顔パスになるのかもしれない。


「よっしゃ。無事、帰りも支払いなしで通れそうっすね。やったぞ、ムリーナ」


 荷物も合わせると四百Gも毎度請求されるムリーナに、フェラドが頬を寄せる。別にムリーナがそれを払うわけではないのだが、喜ぶフェラドに彼女は『よかったわね』という顔でそれを受け止めていた。



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