第65話 提案
「続きまして、先ほどの二つのケーキとフルーツ。そして、もう一品、“ほろにがプルンと卵”でございます」
水切りヨーグルトとカスタードクリームのミルクレープと、りんごのカスタードタルトが、大きめの皿に並べられ、彩りと口直しにさくらんぼ、いちじく、そして赤カラの実が添えられている。
更に、焦がし蜂蜜のカラメルプリンが陶器の椀に入れられて運ばれてきた。上からカラメルソースがかかると、よりプリンらしさが際立って、美味しそうにできている。
(フレンチトーストの時も、なんなら昨日のステーキなんかの時からずっと思ってるけど、フォークがないのがほんと辛いんだよなぁ……)
農村や下町ならまだ分かるが、貴族よりも貴族らしいと自負しているらしい、この大豪邸で、である。
ならば、一体何で食べるのか?
インド式のような素手食い、または、海賊並みにワイルドな、ナイフ突き刺し食いなのである。
これだけ豪勢な家で、高級な食事をとるのに、皆で素手で食べることに、ライチは非常に抵抗があった。
(貴族と富豪向けだけでもいいから、フォークもすぐ作りたい……この光景とマッチしてない……。あと、できればマイ箸も欲しい……)
と、いうことで、先ほどのフレンチトーストはつまみ上げられて口へ。今来たケーキは、ピザのように背中を持ってかじって食べられていく。
「おおっ、うめぇ!……やるなぁライチ」
「このプルプルはなんですか? 香ばしいソースともよく合ってて、未知の食感です……」
満場一致で美味しそうなリアクションをしてくれている。
どうやらスイーツビュッフェは皆の口に合ったようだ。
本来“ビュッフェ”は立って取りに行くものなので、今回の出し方にはそぐわないが、作った側からすれば、ビュッフェのような気分で種類を取り揃えたのでオールオッケーである。
「ふ……ふぇぇ……」
ざわつく食堂に、小さな泣き声が聞こえる。
(あら、ロゼッタちゃん、どうかしたかな)
そう思って様子をうかがうと、なんと!泣いているのはしっかり者のセリオではないか。
「すみません、奥様。どうやらセリオぼっちゃまが、『美味しすぎて泣けてきた』そうでして……」
「かあさまぁ……僕、ぼくぅ……」
(で、出たー!!幼児期にある、良い感情もキャパオーバーで泣いちゃうやつ〜!)
ルノを初めてラーメン屋に連れて行った時のことを思い出す。麺をすすってしばらくすると、急にあーんあーんと泣き出したので何事かと思ったら、なんと美味しすぎてどうして良いか分からなくなって泣いてしまったそうなのだ。
ピュア。一点の曇りなきピュア。
(いやぁ、良いものが作れてよかったな……)
頭頂から爪先まで全身浄化されて、ライチの早起きの苦労は露と消えていった。
「ライチ君。君は――」
「おぉいっ!!オヤジぃ!なんてお人を捕まえてきてくれたんだ!やるじゃないか!さすがアタシのオヤジだ!分かってやがる!!
プルさん、勿論分かってるよね?! 絶!対!逃したら駄目だよ!!
セリオ、美味しくてよかったねぇぇ。ロジーも、もっといろいろ食べたいよなぁ〜」
(えっ……誰?)
急にガラの悪い女性が入ってきたのかと思った。声の主を見ると、なんと立ち上がって吠えているのはプルデリオの奥さん、アルジーナではないか。
「ガーハッハッハ!俺の手土産、最高だったろ? 思ってたよりスゲーもんを隠し持ってたが、俺の商眼を舐めてもらっちゃ困る。
な〜♡じぃじの連れてきたライチのお菓子、美味しいだろ〜?」
トルヴェルが、自分の手柄のようにふんぞり返って自慢している。
「じぃじ、おいちい!ありがと」
「どれも本当に美味じいでず」
セリオが鼻をぐじゅぐじゅと鳴らしながら頑張って答えている。
やたらライチに対して気前がいいと思ったら、こういう腹づもりもあったようだ。自慢の“良い手土産”とやらになれて、何よりである。
「……勿論、このまま手放すことはないさ。一旦落ち着くんだジーナ」
こほんと咳払いをして、プルデリオがアルジーナをいさめる。
「あら、この商魂たくましいところに惚れてんだろ? 商売上手でかっこいい母様、セリオもロゼッタも大好きだよな〜♡」
「ママ、だ〜いすち♡」
「もぢろんです。あごがれです」
さすがトルヴェルの娘だ。この調子だと、一代でここまでの富豪にのし上がったのも、プルデリオ一人の手腕ではなさそうだ。
「……せっかくの振る舞いなので、食後までは商談は我慢しようとしていたが……我が子に泣かれてしまっては、親としてはすぐに次の手を打たざるを得ない。無作法だが、食べながら話させてもらおう」
プルデリオが口元を布で拭いながら、ライチを鋭い眼光で射抜く。
「話すべきことの一つは、すでに厨房に周知された今回のレシピに関してだ。これは後で交渉させていただく。
もう一つは……君の今後のことだ」
(あれ、ヤバい、なんか、狩られる気配が……)
全員のギラギラした目が怖い。
「帰る場所も分からない、帰り方も分からない根無し草の旅人だと言っていたな?
また、厨房からは、今日のレシピ以外にも、まだまだ誰も知らないレシピのレパートリーがあると聞いている。そして、この甘味シートを作り出したのも、新しい布や、孤児院に寄付した育児用品も君の発明だ」
プルデリオは宣言通り、タルトを一口かじって、飲み込んでから続けた。狼のような青い眼が光っている。
「悪い意味ではないので誤解しないで欲しいのだが、君は、“金のなる木”だ。
そこに存在しているだけで、知識と技術で巨万の富を生み出す怪物だ。お義父さんがこちらへ寄越したのも納得だ。君を守るにはかなりの力が必要となる、そんな存在なんだ」
(……まぁ……そりゃそうか……。前の世界に『未来予知らしいものができて、未来の製品が生み出せる人』なんて急に現れたら、各国で血みどろの奪い合いになってもおかしくないもんな……)
当事者になってみると、呑気に、育児環境が良くなればいいなぁ、くらいにしか思ってなかったが、リアルなところはそうらしい。
「俺も、もともと単身で他領から乗り込んできた身だ。
君は君で行きたいところがあり、やりたいことがあるだろうから、それを制限するつもりはない。
……しかし、この調子であちこちに君の中にあるものを垂れ流していると、いつか必ず、君の価値を狙うものによって、身の危険に晒されるだろう。
その時に君を守れるのは、武力や、人脈や、金銭や、経験なのだが……」
「全部、ほぼ無いです……」
「だろうな。故郷と家族を失っているなら、それが当然だろう」
なぜ世の中を良くしようとしているだけの人を、狙おうとするのか……悪い人の考えることは本当に理解不能である。
「正直、いずれは領主様にかけあって、保護を求めた方が良い人材だと思う。領主どころか、王族によって飼い殺されてもおかしくはないはずだ」
(王族の飼い殺し?! 何、その、不自由極まりない、育児のイの字もない、リノへの送金すらできなさそうな悪環境ワード……こわすぎる)
「領主様の保護……ですか……」
「ああ。ゆくゆくは。……ただ。さすがに、今はまだ君の価値に、周りは気づくべくもない。それまでの今しばらくは……」
アルジーナがうんうんと強く頷いている。
「我が家を拠点とし、その知識を出す際の相談役として、我々を使ってくれないか?
衣食住には困らせないし、人が必要なら好きに使ってもらって構わない。得られた知識に利がある場合には、もちろん代金を払う。
金は力だ。金だけでは生きられないが、持っておけば、いざという時に君を守る力になってくれるだろう。……どうだろうか?」
(おお……。軽い気持ちで、スイーツビュッフェだ〜!いえ〜い!と作ったら、結果、囲い込まれようとしています……)
ライチはしばらくどう答えるか考えながら、目の前のプリンをパクパクと食べて、綺麗にさらえた。とても美味しくできている。
めちゃくちゃありがたい申し出のような気がする。
しかも、雇われではなく、ご意見番の客人ポジションだ。従業員ではないから、拠点がここになるからといって、スピネラ村へ行けなくなるわけでもないだろう。
(湯船に浸かって、いい食事を食べて、いい服を着て、フカフカの布団で寝られる……)
例えばここではない別のどこかに居を構えたとしても、自分で衣食住を整えれば、それだけで時間が消費されてしまう。家事をする時間に、育児ができないのと同じだ。
設備もサービスも魅力的だったが、自分の世話を自分でしなくて良いという、タイパの良さがとても良いことのように思えた。
(浮いた時間を、家族のために、世のために使わせてもらえる)
「……ご提案ありがとうございます。知らないことが多すぎて、具体的なビジョンはまだ見えてませんが……。
ひとまず、俺はこの街でやりたいことがあるので、ご提案の通り、しばらくプルデリオさんの家に滞在させてもらってもいいですか? 代わりに、その間は、新レシピや、新製品の相談をさせてもらう感じで……どうでしょうか?」
ライチの答えに、プルデリオ夫妻が立ち上がった。
「ありがとう。それで構わない。うちの家をどんどん踏み台にして、やりたいことをやってくれ。……我々は我々で、君から搾り取れるだけ取らせてもらう」
ニッと笑った青い目の黒い狼に、握手を求められる。
ぐっと握り返して、交渉が成立した。




