第63話 朝食スイーツビュッフェ 調理
甘味水の甘さにも、各調理法にも驚かれたが、何より料理人の皆にとって新鮮だったのが、意外とプリンだったようだ。
言われてみると、タルトやプリンはわりと近世の発明だった気がする。千年くらい未来の知識を伝授してる訳だから、古代ローマ寄りのこの時代の人達が大混乱するのも頷ける。
一、フレンチトースト。
小さめにパンを切って、牛乳と卵と甘味水の液に漬け込んで、食べる前に両面焼けば出来上がりだ。
分厚いと、一晩漬け込まないと液が中心まで染み込まなかったりするので、今朝は小さめにして時短にするのがポイントだ。漬け込めない代わりに、牛乳を多めにしてプルプル度をアップしておく。
飾りの粉砂糖はないが、蜂蜜と甘味水を混ぜたシロップをたっぷりかけて召し上がっていただこう。
「“浸しパン”はよくある調理法ですが、これは内側まで甘くて、また別の食べ物のようになっています……!」
製菓係が作ってくれたフレンチトーストを試食したサピダンが、感動に震えている。
フレンチトースト、美味しいよね。分かる分かる。うちでも朝食の定番だった。パンの耳でも作れるのが経済的でいいよね。
二、ミルクレープ。
水切りヨーグルトは、ヨーグルトを濾し布をかぶせて逆さにして、ゆっくり一晩絞る……なんてレシピも見かけるが、意外と布で包んでオラー!と絞った方が秒で硬くなるのである。
小麦粉と卵と牛乳を混ぜた液を、バターを塗った鉄板で薄く広げて焼いて、冷ます。
甘味水で甘くした水切りヨーグルトクリームと、別で作ったカスタードクリームを塗って、クレープ・クリーム・クレープ・クリーム……と何層にも重ねれば出来上がりだ。
フルーツを挟んでも美味しいが、初回はプレーンでお楽しみいただこう。いつかは氷庫とやらを手に入れて、生クリームも挟んでみたいものである。
「“薄焼き生地”をこんな風に甘くして、新しい二つのクリームを塗って何層も重ねるなんて……見たことも聞いたこともない……。切った断面もさぞ美しいことでしょう」
始めは上手くクレープを焼けなかった製菓係も、三枚目には美しいクレープを焼くことができるようになった。
失敗クレープにクリームを重ねて試食したサピダンが、目を輝かせている。
三、プリン。
フレンチトーストと同様に、卵と牛乳と甘味水を混ぜた液を作り、泡ができないように気をつけつつカップに入れ、蒸す。
焦がし蜂蜜&甘味水のカラメルソースを食べる前に掛ければ完成だ。
工程は簡単だが、蒸し器がないどころか、蒸す文化も無いそうなので、水を張った鍋に上げ底をして布で蓋をして蒸すことにした。
「最初にもおっしゃってましたが、“蒸す”って何ですか? え?鍋の中に鍋を入れて煮るんですか?! 蒸気で加熱?!」
「ちょ……なんですかこのプルプルは?!」
「食べたことのない食感とのどごし……!」
プリンは、簡単そうに見えて、きちんとした日本の環境でも、プロのように滑らかに美しく仕上げるのは難しいものだ。ライチとしては、すも入ってるし、硬めだし、“割と失敗寄りのプリン”だったが、試食の一同が美味しさに大混乱になっているのが少し面白かった。
四、りんごのタルト。
小麦粉とバター、卵黄、甘味水、塩ひとつまみを練る。少し休ませて、平らにして巨大クッキーにして鉄板で焼いた。
バターは冷やしたままの方が、サクサクで風味が立つし、生地も冷蔵庫で一晩寝かせた方がなじんで美味しくなるのだが、今回は致し方ない。
フライパンなどの、底が平らでフチの立った加熱器具は無いそうで、しぶしぶ、フチの立たない平らなクッキーにすることにした。膨らまないようにフォークで穴を開けるものだが、フォークはないので、それはナイフで代用した。
(……ちぇ。フェラドのご実家の金属加工屋とかで、絶対フライパンをゲットしてやる)
卵黄に牛乳と甘味水と、少しの小麦粉を混ぜて、マッハで混ぜながら、ごく弱火で混ぜ続ければカスタードクリームの完成だ。プリンもそうだが、本当はバニラビーンズはマストだし、小麦粉より片栗粉の方がプルッとして美味しいのだが、我慢である。
薄切りのりんごを、甘味水と蜂蜜で軽く炒めて、生地がべしゃべしゃしないように、ほんのりカラメルコーティングする。
タルト台の巨大クッキーに、カスタードクリームを山型に塗り、薄焼きりんごのカラメリゼを少しずつ重ねながら円形に美しく盛り付ければ、りんごのカスタードタルトの完成である。
「う……うつくしい……!」
「キラキラ輝くりんごが、宝石のようです!」
「この卵のクリームは、蜜卵クリームに似てますね。でも、もっと滑らかでコシがあります!」
フルーツのホールケーキまで出されたら、もう阿鼻叫喚のような状態になってしまった。カスタードのようなデザートは、そういえばイン・セレーナの夕食でも出てきたのを思い出す。タルト生地も、カスタードクリームも汎用性が高いので、ぜひ皆にも習得してもらいたいものである。
おまけに五の赤カラジュースを作れば、あとは食べてもらうのを待つだけのスイーツビュッフェの出来上がりだ。
「……ライチ様。本日は本当にありがとうございました。……長らく料理をやってきて、かなりの頂まで登りつめたと自負しておりましたが、自分なんてものは、まだまだひよっこでした。
もし他にもご存じのレシピがございましたら、是非ご教授いただけると幸いです」
「いえいえ、お役に立ててよかったです。皆さんのご協力により、無事時間までに完成しました。プルデリオさんたちに食べてもらうのが楽しみですね」
最後には、また皆で整列して、頭を下げてくれた。サピダンは特に深々と頭を下げている。
「肉や、魚料理はご存じないですか?」
「野菜料理や副菜は?」
今回は補佐しか出番のなかったメンツが、下げた頭を上げて、鼻息荒く、目をギラギラとさせて前のめりになっている。
「料理も、お子様メニューならほぼフルコンプしてます。また機会があったら是非」
あとのことはプルデリオとも相談しないと、勝手に彼の料理人と繋がっていくわけにもいくまい。
料理担当組が、そうだな、うんうん、と目を合わせて頷き合っている。
何をどうするつもりかは分からないが、とりあえず、こちらは一旦手を離しておくことにする。
ライチは改めて、作業台を見た。
(確かに、我ながら、なかなかの朝食スイーツビュッフェができたな)
高価な牛乳と卵と乳製品を、湯水のように使えるのはかなり大きい。他にも作りたいメニューはたくさんある。栗粉があるらしいので、モンブランとか、モンブランとか!
(金属加工屋で、絞り金作ってもらえないかなぁ。モンブランといえば、あのにょろにょろだよな〜)
あとは氷庫もそうだが、ベーキングパウダー……いや、せめてイースト菌が欲しいところだ。
(今度時間があったら、パパサーチさんに何とかしてくれって圧かけてみるか)
圧をかけたところでどうにかなるものでもないと思うが、そんな冗談を考えながら、食卓の最終調整をする。
味蕾が甘味で飽和しないように、できれば苦めのコーヒーや紅茶なんかを添えたいが、この豪邸でもそれらは無いらしい。代わりにハーブティーならあるそうなので、それを準備してもらう。
コーヒーや紅茶はお子様向けではないので、父性をエネルギーにクラフトをするライチからすると、バルゴが欲しがったお酒同様、『ふーん』扱いになった。
更に生のさくらんぼとイチジクがあるらしいので、それもお口直しの酸味として皿に添えてもらうことにした。
「お世話様でした!では、また!」
調理服を使用人に脱がせてもらうと、ライチは小さく手を振って厨房を出た。




