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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第61話 高額送金


「お〜、長い湯浴みだったな。溺れたのかと思ったぞ」


 案内された豪華すぎる食事部屋の、長いテーブルの一番奥の短辺、いわゆる“お誕生日席”に座った王様のようなトルヴェルが、遅いライチの登場に笑った。


「すみません、あまりに気持ちよくて……プルデリオさん、ありがとうございました」


「お気に召してもらえたようで、何よりだ」


 その隣、長辺の端にプルデリオが座っており、プルデリオの向かいにはトルヴェルそっくりの女性が座っている。


(はい!絶対トルヴェルさんの娘さん!)


 奥さんの横の席は空いていて、プルデリオの横にはフェラドとメルカトが座っていた。


「ライチ様。こちらへ」


 使用人に椅子を引かれ、ライチは奥さんの横へと座った。


 かなりお待たせしてしまっていたのか、すぐさま最初の料理が運ばれてくる。

 豆のスープと、高級ハムっぽい薄切りの豚肉に、カットされた果物が添えてある物が並んだ。銀のグラスには赤ワインが注がれる。


(う、美味そう〜……)


 配膳を待つ間、部屋全体が静かなので、お腹が鳴ると響いてしまう。昼ご飯が早かったのもあり、ライチは必死で腹の虫を沈静化させ続けた。



 配膳が終わると、プルデリオが立ち上がり、杯を持った。


「では、簡単に紹介をさせていただこう。私の愛しい妻であり、トルヴェルお義父さんの愛娘、アルジーナだ」


 奥さんが使用人に椅子を引かれ、優雅に立ち上がって、膝だけを曲げて礼をする。


「そして、お客人は、遠方からの旅人のライチ君、行商人のフェラド君と、メルカト君だ」


 さっさと紹介されてしまったので、立ち上がるタイミングを逃したが、ペコリと頭を下げて代わりとすることにした。


「今はここには居ない子供たちも、じきに就寝の挨拶にやってくるので、どうぞよしなに」


 小さな子供たちは、大人と一緒に食事をさせてもらえないようだ。


 確かに、言われてみれば、子供は小さいうちは、行儀よくじっと座り続けたり、大人のよくわからない話に耳を傾け続けたり、どこも汚さず音も立てず、美しく一人で食事ができたりが上手くできないので、こういう場には同席は難しいのだろう。


(べったべたにするんだよな〜。あの写真、よく撮れてたのになぁ)


 ライチは、自分の子供たちが、顔面も頭も服も全て米粒とトマトソースとヨーグルトまみれになっていた姿を思い出して、こんな場なのに思わず笑い出しそうになった。


(うちはもう、髪に練り込まれた米粒なんかを部屋で取るのが面倒で、風呂場の排水口にキッチン用の目の細かいネットを付けて、一気にルノとレントの二人ともを丸洗いしてたけど、他のご家庭はどうしてたんだろうな)


 角が持ち上がったレジャーシートを敷いて、長袖の着るエプロンを着せる派だったが、外食時、よそのご家庭が、綺麗な白っぽい服の子がシリコンエプロンをつけて、『ちゅるちゅる たべる!じぶんで たべる!』と泣かれて、あわあわしていたのを思い出す。


(みんな元気かなぁ)


「遠方からのお客様も、こうして一堂に会すご縁に、感謝を。……杯をお持ちください」


 家族を思ってぼんやりしている間に、乾杯になってしまった。内心慌てるライチとともに、全員がプルデリオに倣い、杯を掲げる。


「我らの商いに、幸運を。――乾杯」


 全員の杯が軽く持ち上げられ、次の瞬間には、使用人が再び動き出し始めた。




---




「お父様、お帰りなさいませ。お客様、ようこそおいでくださいました。セリオともうします。お食事中お邪魔いたします。

 おじい様、お久しぶりです。お元気でしたか?」


(うわ。どう見ても“真面目でキレ者の四歳の息子、セリオ”くんだ。賢そう〜)


「パパ、おかりなしゃ。ロジーでしゅ。じじ、おじぇんち?」


(で、こちらが“愛嬌たっぷりの二歳の娘、ロゼッタ”ちゃんだ〜! そうそう、二歳って、ペラペラ喋る子と、たどたどしい子で結構差が出るんだよな〜。あぁ〜、可愛い〜。ルノに会いたいよ〜〜)


「セリオ、ロゼッタ、とっても上手に言えたじゃないか。さすが、パパの自慢の子供たちだ」


(聞きました?奥さん!狼のようなギラギラの男が、デロデロの顔して、とっても上手♡とか、パパの自慢♡とか言ってます!)


 もう、今すぐ席を立って、がっちり手を組んで、我が子の可愛さを分かち合いたい気持ちでいっぱいである。うんうん、とっても上手に言えたよね。しゅごい、しゅごい。


「じぃじだぞ〜!また大きくなったなぁ。今日は甘いものをたんまり土産に持ってきたんだ。

 ここにいるライチが作って、フェラドとメルカトが持ってきてくれて、じぃじが買ったものだぞ。明日の朝ご飯にでも出してもらおうな」


 貴族のような食事ルールなんて、船乗りには関係ねぇ!とでも言いたげに、すちゃっと立ち上がったトルヴェルは、挨拶に来た子供二人をまとめて抱き上げ、うりうりと頬を寄せて、軽く二人に引かれている。


 ライチも、正直そんなルールはどうでもよかったので、トルヴェルに倣って、抱き上げられた二人の前に立った。


「はじめまして、こんばんは。遠くの国から来たライチというよ。さっきのご挨拶、とっても上手だったね。パパが自慢って言うの、よく分かるよ。俺も、君たちと同じくらいの子供がいるパパなんだ。よろしくね」


 にっこり笑うと、二人は誇らしげに、にこ〜っと笑った。


(あぁ〜、可愛い。もうなんか魂が綺麗。浄化される〜)


 変な意味では断じてないが、長らく子供との触れ合いに飢えていたので、父性エネルギーを可視化できるなら、頭から花火が上がりそうな胸キュンさである。

 これだけまっすぐ育ってくれたら、そりゃあ可愛くてたまらないだろう。


「セリオ、ロゼッタ、おじい様とお客様はお食事中だから、お話しはこの辺りにして、今日はもう寝ましょうね。ほら、家族への挨拶をなさい」


 アルジーナに言われた二人が、ちょこちょこと祖父、父、母の席を回る。


「また明日な。おやすみ、セリオ、ロゼッタ」


「挨拶に来てくれてありがとう。いい夢を見るんだよ。おやすみ、パパの愛しい子たち」


「挨拶に来てくれてありがとうね。とっても上手よ。おやすみなさい、私の愛しい子たち」


 それぞれが頭を撫でて、二人の両頬にキスをする。


 笑顔の花を咲かせて、子供たちは退室して行った。


(……いいな……)


 食前に写真のことを思い出したのがよくなかった。写真すら手元にないし、もう顔を見ることもないという現実が、チクチクとライチをつつく。

 愛しい我が子にキスできることが、こんなにも尊いことで、幸せに包まれていたんだと知っていたなら、一度一度、もっともーっと大切にしたのに。


 あまりにも幸せいっぱいの家族の姿に、心臓がきゅっと掴まれたような苦しさを感じたのを、ライチは無理矢理ワインで飲み込んだ。




---




「……よし。やるか」


 豪勢で美味しい食事に舌鼓を打ちまくり、ライチは大満足で個室に戻ってきた。なかでもステーキが一番美味しかった。プルデリオ家とオスティアさまさまである。

 食事中の会話は、我が子、我が孫可愛いエピソードに終始していた。

 ライチからしてもあるあるで面白く、大いに楽しい時間だった。人の子がたっぷりと可愛がられているのを見ると、他人も安心して嬉しくなるものである。


 そして今。部屋に案内してくれた使用人に、寝間着に着替えさせてもらった後である。


 ふかふかの天蓋付きのベッドに横になって、しばらくイメージトレーニングをした後、身体を起こすと、今日手に入れたばかりのギルドカードを、胸元から引っ張り出した。



「スキル:ATM起動」


《スキル:ATM 起動します》


 久しぶりの起動だったが、声は即座に脳内に響いた。

 目の前に白い光の板が浮かび上がる。


『いらっしゃいませ』

『ご希望の 取り引きは 「ご送金」 ですね』

『送金先は 「家族」 ですね』


 前回と同じく、機械的な音声が表示を淡々と読み上げる。


『ご希望の入金方法を お選びください』

『ギルドカード または 現金』


(おっ!前はなかった選択肢だ!)


 ギルドカードが選択できるようになっている。これが試してみたかったことだ。迷わず“ギルドカード”を押して選択する。


『ギルドカード を 読み取り機に かざしてください』


 画面の見本イラストに描かれたものと同じ読み取り機へ、ギルドカードをくっつけた。ものは試しで唾液での個人認証をしていないが、どうなるか……。


『カードが 認証されました』


(おお、自分のスキル相手なら、さすがに認証はいらないんだな)


『続いて 送金金額を 入力してください』


(今回はひとまず、百万円だ!)


 下水はすぐに解決するとして、商品の原料を量産する体制を整えたいし、エンジン作りも難航しそうだが叶えたいし、電気のようなものも作りたいし、ゆくゆくは教育や、医療も良くしていきたい。今後の諸々の先行投資のためにも、こちらでの貯蓄は多くて困ることはないだろう。


 死亡保険金にはまだまだ及ばないが、さりとて百万円だ。ポンともらえるとかなりお役に立てる金額のはずである。


(一、〇、万、G、っと)


 数字を入れ始めた瞬間から、“完了”の選択肢が浮かび上がる。百万円と同価値くらいだと勝手に判断している十万Gを入力し、完了ボタンを押す。


『ご送金先は リノ ですね』

『ご指定内容を ご確認ください』

 ……

『よろしければ 送金 を押してください』


 間違いはない。


「いざ!送金!」


 タッチした瞬間、画面が強く輝いた。


『送金が 完了しました』

『またのお取引を お待ちしております』


 光の板が消える。


 試しにギルドカードをカチリと噛んで認証してみる。

 最初にトルヴェルに返した市民権代十万Gと、昼の一九九九八Gの出金と、今回送金した十万Gを合わせて、残高が五七八万 七五二Gへと減っていた。


(ふむふむ。これで、俺の送金したお金は、この世界のギルドカードを持つ子育て世帯にまんべんなく認知されないように配られたわけだな)


(そして、リノのいる世界では見えない資産が百万円? ほど集められて、リノに振り込まれたと。

 見えない資産を抜かれた人は、代わりに神様パワーで見えない〇・九円以下の価値の、小さなラッキーに見舞われている、と……)


 ATMスキルの異世界間の送金方法を思い出しながら再確認する。みんながハッピーのはずである。よきかな。


「よしよし。いい感じだぞ」


(リノ、急に百万円も届いて、どんな顔するかな)


送金主がライチだと、もし書いてあるとしたら、オンラインで残高を見て、

『はぁ〜?! ど〜こほっつき歩いてんだ、あのバカライチ! 五十円だけって謎の送金してきたと思ったら、今度は何? この大金?! あいつぅ〜……まさか悪事に手を染めてんじゃ無いでしょうね!』

なんて、ジタバタしていそうだ。


(混乱させてすまん……。というか、できたら神様が説明とかしてくれてるといいんだけどな)


 前回の送金時には泣いてしまったが、今回はなんとか郷愁に飲まれずに済んだようだ。


 父親として、せめてたった一つできたことを噛み締めて、ライチは最高の眠りに吸い込まれていった。


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