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パパは異世界ATM 〜家族に届く育児クラフト〜  作者: taniko


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第60話 プルデリオ家


「♪ヴェルディウスよ 空におわす唯一の方よ

 我らは常に 神の名を呼ぶ」


 街に、夕暮れを告げる祈りの歌が流れ始めた。


 毎回聞く度に、『そうそう、神様、そんな名前だったね』と思うが、一向に覚えられない。

 今日は神聖な場所に行って、神聖な人に出会ったこともあり、ちょっと気合を入れて語呂合わせで覚えてみることにする。


(ヴェル……ベルね。ディウスは……デカい臼。『神様への餅つき用の、ベル型のでかいうす』……ベル でウス……ヴェルディウス……よし)


 神様からしたら、『何が『よし』やねん』と突っ込みたくなる仕上がりだが、何もしないで丸暗記するより、いくらかマシである。神様はベルで臼。オッケーオッケー。



 早めに着いた商人組合の前で待ちながら、そんなどうでもいいことを考えていると、大聖堂の方から見知った三人の人影が見えた。

 影だけでもほっとする、慣れたむさくるしいメンツである。


「お疲れっす〜。ライチさん〜。うまく街に溶け込めたっすか?」


 フェラドが、キミは富裕層街でそのノリで大丈夫なのか? と心配になるほどの軽いノリで、元気に声をかけてくれる。


「銀行に二回並んで、手数料無しで出金して、大聖堂でお祈りして、聖騎士団の訓練と、孤児院を見学して、修道女さんに試供品も寄付してきた。どや」


 その後は街ブラをする予定だったが、『あの子がどんな罪を……』とか、『新製品の説明、ちゃんとできたよな?』とかいろいろ考えてしまい、キャパオーバーでなんだかぼんやりとしてしまった。

 結果、ひたすらここでのんびり人間観察をするという、完全にふわふわ浮いた不審人物になっていたのだが、それは内緒にしておいた。


「そうか。手数料のこと、言い忘れてしまいましたね。無事おろせて、孤児院にも行けたようで、よかったです」


 自分も一仕事を終えたメルカトが、優しくにっこりと笑ってくれる。


「こっちも、なかなか楽しい時間だったぞ」


 ゴリッゴリに儲け話を推し進めてきた感が三人から漂っていて、ライチは気が抜けて笑ってしまった。


「いいですね。どれくらい話が進んだんですか?」


「最初にお貴族様に卸すなら、超高品質を売りにしたいからな。その辺の高級工房を回って、製造できんだろオラオラって圧かけて回ってきた」


 城下町の胃袋のオスティアのドンにオラつかれたら、一般の工房主ではたまったものではなかっただろう。少し同情してしまう。

 滋賀の人が他県に『琵琶湖の水止めるぞ? あ〜ん?』とふざけて言うとテレビで見たことがあるが、そんなどころではない、本気で生死に関わる圧を感じた。


「あとは、軽く試作品を作ったりですかね。いい感じに、本当に必要な材料を隠して作れそうです。

 その後は商品の売り出し方について隠れて相談したりしてました」


 一体どう売っていくつもりだろう。貴族から先に売る、ということは、庶民で一番貴族に近いプルデリオを通して売ることになるのだろうか。



 脳内でプルデリオと貴族女性の寸劇が始まる。


『奥様、本日は奥様だけに、特別な新商品をお持ちしました。奥様の侍女に、事前に新商品の試用をお願いしていたのですが、何かお気づきになられましたでしょうか?』


『アンのことね。なんなの、あの髪のサラサラの感触と艶めきは。香油の艶ではないじゃない。確かに、まだどこでも見たことも聞いたこともないわ』


『三日後には〇〇様に呼ばれておりまして、そこでも同様のお話をさせていただこうかと思っております。奥様はニ日後に皆様とのお茶会がございますよね。そこへ、この新商品でケアした髪で現れたらどうなるか……』


『羨望の的ですわね。いいわ、言い値で買いましょう。代わりに、今晩すぐに使えるように用意なさい』


『ありがとうございます』



(うわぁ〜……やってそう〜〜)


 ライチの勝手な妄想だが、もう『絶対こんな流れですよね?』と言えるくらい具体的に想像できてしまった。お金が余ってる人に、美しくなる効果が明らかな新製品……売れないわけがない。

 プルデリオを使うのか、はたまた別の商人がいるのかはよく分からないが、貴族に売り出す段階まで作り上げたら、トップのプルデリオを絡めてくるのは間違いないだろう。


(そして、その言い値で売ったものの一割は俺に……何もしてないのに……すご)


 振込はできないようなので、また売上がたまった頃に届けに来てくれるか、貰いに行くことになるだろう。

 なんか、いいのかな? という気もするが、楽しみでもある。




---




「……お待たせしました。……では、向かいましょうか」


 眉間にくっきりとシワを刻んで、渋々オブ渋々、という顔で、建物からプルデリオが出てきた。


 ライチは義実家で同居をしていたので比較にはならないが、もし別居している義父が、急に『今晩、部下たちと一緒に、夕飯そっちで食べて、泊まっていくわ!』と宣言してきたら、多分……結構……迷惑だな〜〜と思ってしまうだろう。

 家庭それぞれで子供の寝かしつけのルーティーンもあるし、客が泊まると子供も興奮したり、夜なのに盛り上がって居心地も悪かろう。

 幼い子供のいる家庭に、知らない人物が夜から朝までお邪魔するのは、迷惑中の迷惑なのだ。


(どうか、プルデリオ家が、広くて、使用人たっぷりで、朝まで来客があろうが、『そういや、昨日誰か来てたっけ? 広すぎて忘れてた』レベルに迷惑がかからない富豪屋敷でありますように……)


 ライチは祈りながらプルデリオとトルヴェルの後ろを付いて行った。




---




 貴族街の高い壁のすぐ近く。

 二メートル程の高さの白い壁に囲まれた敷地。その正門にいる門番を、顔パスで通り抜けると、その異世界は現れた。


(ご……豪邸だ!!豪邸!!庭に池付きの、白亜の宮殿だ!)


 下町も富裕層街でも、建物に使われる木は丸出しが基本。あの高級ホテル、イン・セレーナも中の壁に塗りは施されていたが、外観は高級そうな木がそのままだ。公営施設ですら、石がそのまま積まれた建物、というなか、一際目立つ、真っ白の漆喰塗りの外壁の邸宅だ。

 ところどころ、わざと塗りをやめて、レンガを露出させていることから、木でも石でもなく、レンガ積みの邸宅であることが窺える。

 屋根には青が混ぜ込まれた漆喰塗りの瓦が、夕暮れのオレンジの中でも、青と白の美しいコントラストを生み出している。


 そして驚くべきはその広さ。

 きゅっと肩を寄せ合って並んでいる城壁内の建物とは一線を画して、池がある庭付きの広大な土地を有している。


 白い石畳の地面に囲まれた池は、円が四つ重なった花のような形で、池のそばにはお茶会用なのか、白く塗られた金属のテーブルと椅子が何セットか置かれている。


 屋敷の方は二階建てで、全面的に前にせり出したバルコニーの部分を、古代ローマ建築のような真っ白の柱が一階で支えている。バルコニーにもテーブルセットがいくつも置かれているのが見えた。

 庭から二階バルコニーに直接通じている外階段が、池から伸びる二本の触角のようだ。

 窓には鉄格子とともに、窓ガラスがはめ込まれ、室内の豪華な照明が、キラキラと池に反射して、幻想的な雰囲気を作り出している。


「……す、すごすぎる……」


 気分はハリウッドスターとかのお宅訪問だ。それくらい、異次元の豪華さだった。


「三年前までは小さな町家に暮らしてた小僧が、長になった途端、やるよなぁ。

 全部できたての新築だぞ。泊まらせてもらわない手はないだろう?」


 トルヴェルがニヤニヤと笑う。確かに、さっきのライチの願いを取り消したい気持ちになった。

 この規模なら、間違いなく『あれ?誰か泊まってたの?』レベルで、迷惑の内にも入らないはずだ。

 自分が知っている狭い家を想像し、寝かしつけのルーティーンとかを気にしていた自分が恥ずかしい。


 清水が揺れる池の横を通り抜けて、一階にある大きな木の扉に近づくと、センサーでも付いているかのように、従者の手によって内側から開く。

 そこには、豪勢なロウソクのシャンデリアの下、青い絨毯にずらりと並んだ使用人たちが、深く頭を下げて待っていた。


 商人組合でプルデリオから指示を出されていたあの老紳士が、使用人代表として声をあげる。


「お帰りなさいませ、プルデリオ様。そして、ようこそお越しくださいました、トルヴェル様、ライチ様、フェラド様、メルカト様。

 まずは本日お泊りの各お部屋にご案内させていただき、湯浴みの後に夕餉となります。

 今晩はどうぞごゆるりとお過ごしください」


 夢のような提案である。


 そして、ライチが農村で砂の上の藁山で寝ていた世界と同じ世界に、こんな生活をしている家があったなんて、と思うと、何とも言えない気持ちになった。




---




「……あ、あぁ〜……最っ高……」


 何とも言えないなんて思ってすみませんでした、もう……もう……風呂しか勝たん。


 案内された豪華な個室の、石が敷かれた湯あみ部屋には、木造の湯船に、たっぷりとお湯が張られていた。ギルドカードごと入浴するのか? と考えて、電池のイメージがちらっとよぎってしまい、少し迷って、湯船から手が届く物掛けに掛けておくことにした。


 排水口は無い部屋なので、掛け湯もなしで、そのまま湯船にダイブするしかなさそうだ。

 そして、洗ってない自分が浸かってた湯で身体を清めることになるようだった。


 使用人の男性が、香油を頭皮に塗りたくってくれようとしたので、それをお断りする代わりに、油とお酢と灰汁を持ってきてもらい、ヒゲだけ剃ってもらうことにする。


 なるほど。湯船に入る前に渡された薄手の下着は、どうやら入浴後用ではなく、使用人が出入りするとき用の裸体隠しのためだったようだ。そうとは知らずに全裸でダイブしてしまった。まぁ今のところ彼とは会話だけで、湯船の中を見られてないので、マナーとしてセーフということにしておこう。ライチはひげ剃りのとき用に、そっと下着を水中の股間に乗せた。


 汚れた身体を直で浸けていたお湯での洗浄、という点のみ、日本人としては不満があるが、何はともあれ久方ぶりの湯船である。


「♪いい湯だよな〜 あっはっは〜

  いい湯だよな〜 あっはっは〜

  しずくが天井から ポタリと頭に〜っと」


 優しい手つきのひげ剃り後。

 一人風呂なのを良いことに、ついつい懐かしの歌がまろび出てしまう。

 最高である。何度でも言おう。最高なのである。


「もうボク……ここん家の子になる……」


 夢見心地で、そんな一人ジョークを言うくらいには、至高の時間を過ごさせていただいた。もうプルデリオ氏には、足を向けて寝られない。


 

 入浴後には、夕食用のボタン付きのシャツと、ベスト、ズボンの高級着が用意されており、しかも、着用は使用人に手伝ってもらいながらする、とのことだった。


(くっ……金持ちは服すら自分で着ないのか)


 確かに、わざわざボタンが背中側についている服だ。

『ほーら、ボクちんはお金持ちだから、前ボタンなんて、そんな自分でやれるような服は着ないのだよ!あ〜はっは』

と、ライチの中の謎のイメージ貴族ぼっちゃんが、偉そうに笑っている。


(背中ボタンなんて、そんなの、そんなの!背もたれにもたれたらゴツゴツして邪魔なだけだしな!)


 脳内でイマジナリーぼっちゃんに、むなしい反論をしながら、ライチは小さい子供のように服を着せてもらったのであった。


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